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2022/02/22.Tue

はじめに

 このブログをご訪問くださいまして、ありがとうございます。

 このブログは、サブタイトル通り、若年性アルツハイマー型認知症の父親を持つ男性をモデル・情報源にしたノンフィクション小説、記録小説です。

 諸事情により、本編の記事はUPした日の数か月前のことが書かれており、また、なかなか進まず、途中で終わってしまったり、このブログを読んでくださる方にお断りせず修正・削除したりといったこともありえますが、あらかじめご了承ください。

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 そのようなわけで、本ブログの記事は以下から始まります。
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 なお、過去(から)記事をご覧になられる場合は、目次をご利用下さい。

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はじめに
2019/02/18.Mon

平成29年-春-(8)

 3月下旬も俺と母親が、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)の部屋に行くと、部屋の中は日差しがあって暖かくて、小さなテーブルの上で加湿器が動いていた。

 父親は部屋のベッドで、やや横向きの仰向けになっており、眠そうで、点滴中ではなかった。

 パジャマを着ており、中は紙オムツと(男女兼用)尿取りパッドと思われ、毛布と布団は肩から足先まで、しっかり掛けられていた。

 俺は、ついていたラジオを消して、面会中は、家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーを使い、演歌・歌謡曲番組を録画したDVDをかけた。

 母親は、家から持ってきたコロコロ(粘着クリーナー)を使って、父親の部屋を軽く掃除した。

 俺は父親のシェーバーを、ハンドソープを使って水洗いした。


 その次(二日後)の面会では、父親は部屋のベッドで、わずかに横向きの仰向けになっており、腕・手の関節の拘縮のせいでぎこちないが、自分で手を動かして、口のあたりを触るなどした。

 俺は、父親のスポンジブラシ・コップ洗い、シェーバーのブラシでの手入れなどをした。

 部屋の棚の上の「看取りファイル」によると、前日の午後のエンシュアが、飲みこみの問題でわずかな量になってしまったようだが、それ以外は、ここ数日、特に大きな問題や変化はなかったようだ。


 その次(二日後)の面会で父親は、上半身部を少し高くされたベッドで、やや横向きの仰向けになっており、2本の点滴中だった。

 点滴は毎日続いている上に、この日の点滴は手の甲からなので針を刺されたところがはっきりとわかり、それを見た俺と母親は、やはり痛々しいと思った。

 母親が家から持ってきたハンディモップで、部屋の棚やテーブルの上などを拭いた。

 父親がしゃっくりをし始めて、少し苦しそうに見えたので、俺が介護スタッフさんを探しに行って、父親のしゃっくりの状況を話すと…

 そのスタッフさんは部屋に来てくれて、父親のベッドの上半身部をもう少し高くした。

 しばらくすると、父親のしゃっくりは止まらなかったが、おちついてきて苦しそうではなくなったので、俺と母親は、介護スタッフさんに状況を伝えて後のことを頼んでから、帰った。



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平成29年-春
2019/02/17.Sun

平成29年-春-(7) 保険金、胃カメラ

 平成29年(2017年)の3月下旬になると、俺の住む地域は、寒くなって雪が降る日もあったが、全体的には暖かくなってきた。

 交通事故による母親のケガの治療が一段落した日(平成29年-春-(1) 参照)に、そのことを俺の任意自動車保険の損害保険会社に連絡していたが…

 この3月下旬になって、相手方の保険会社から母親の銀行口座に、人身傷害の保険金が振り込まれた。

 これでようやく、交通事故のことに一区切りがついた。


 母親が約2か月ぶりに美容室に行きたいと言ったので、俺が自家用車を運転して送迎した。

 母親を待っている間に俺は、近くのスーパーの休憩スペースで、再就職に備えた勉強をした(平成29年-春-(1) 参照)。

 個別指導塾講師・家庭教師として働いていた時、このような場所での勉強は、ほとんど英語だけだったが、再就職に必要になるだろうと思って、今後は数学にも力を入れることにした。

 その休憩スペースにいた時に、また胃が痛くなってきて、念のために持ってきていた胃薬を飲んだ(平成28~29年-冬-(35)平成29年-春-(4) 参照)。


 時々胃痛が強く出て薬を飲まなければならない、という状態が続いていた俺は、かかりつけの内科医院で言われていた通り、胃カメラ検査を受けることにした(平成28~29年-冬-(27) 参照)。

 口から胃カメラを入れる形で、大変で、苦しかった。

 この年の1月に総合病院に入院した際に胃カメラ検査を受け、現在も時々痰の吸引をされている父親の苦しみが、少しだけだが、わかる気がした。

 俺の検査結果は特に問題なくて、それは良かったが、胃痛の原因はわからないということになってしまい、これまで通り胃薬を飲んで様子を見ていくしかない…


 俺は、花粉症の目の症状を抑える目薬が少なくなったので、一人で眼科医院を受診した。


 また俺は、皮膚の症状で処方されている薬も少なくなってきたので、皮膚科医院を受診した。

 診察を受けて、これまでと同じ飲み薬、塗り薬を継続することになったが、しもやけや冷えを抑える漢方薬は、もう春で全体的には暖かくなってきたので、もう必要ないだろう、ということになり、処方されなかった。

 花粉症の季節になったので、ずっと飲んでいる蕁麻疹(じんましん・アレルギー)を抑える飲み薬は、スギなどの花粉の飛散シーズンが終わるまで、花粉症の症状を抑える薬としても飲み続けることになる。


 この時期のテレビ全国放送のニュース・報道・情報番組は、疑惑の学園トップの「証人喚問」一色だった。



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平成29年-春
2019/02/15.Fri

平成29年-春-(6) シャワー浴

 3月中旬の次(翌日)の面会も午前中で、父親は部屋のベッドで少し横向きの仰向けになっており、点滴中で、自分で手を動かしたり頭を浮かせたりした。

 この日の午前中は(特養を含む介護)施設のホールで、特養入居者参加型の歌イベントをやっていたが、父親の体調を考えると、点滴中でもあり、行けなかった。

 この特養と提携している精神病院から精神科の医師が、父親の部屋に定期往診に来たが、いつものように父親をちょっと見て、ちょっと何かをメモして、すぐ終わった。


 その次(二日後)の面会では、父親は部屋のベッドで完全に真横向きになって寝ており、少し苦しそうな姿勢に見えたが、関節の拘縮や骨の湾曲があって、また骨や筋肉が弱くなってしまった父親の身体を、俺も母親も安全に動かす自信がないので…

 俺は介護スタッフさんを探しに行って、部屋に来てもらい、父親の姿勢を直してもらった。

 俺と母親が、部屋の棚の上の「看取りファイル」を読むと、午前のトロミ付ジュースは(全介助で)2口くらいとはいえ、ほぼ毎日飲むことができている。

 また、(全介助の)身体をきれいにすることについては、少し前まで、週に1回の浴室での入浴と1回の部屋のベッドで全身を拭く清拭だったが…

 最近、清拭の方が浴室でのシャワー浴に変わったようで、よりスッキリするだろうし、シャワー浴ができるくらい体力が戻ってきたとも言えるだろう。


 その次(翌日)の面会では、父親は部屋のベッドで、やや横向きの仰向けになっており、点滴中で、眠そうになったり目を覚ました感じになって手を動かしたりした。

 また、痰が絡むような咳をして、しかめっ面をすることもあった。

 俺は父親の部屋の収納(押入)の、水でいっぱいになってしまった除湿剤(タンク型)2個を、家から持ってきた新しいものと交換した。



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平成29年-春
2019/02/13.Wed

平成29年-春-(5) パジャマの入れ替え

 3月中旬も俺と母親が、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)の部屋に行くと…

 父親はベッドで、複数のクッションを使った褥瘡(じょくそう・床ずれ)予防のための体位変換による、やや横向きの仰向けになっており、眠そうではなく、点滴中だった。

 父親が身につけているのはパジャマで、その中は、上は全前開きタイプの半袖下着シャツで、下は紙オムツと(男女兼用)尿取りパッドのようだ。

 毛布が胸から足の範囲に、その上に布団が足だけに、掛けられていていた。

 俺と母親は、家から少しずつ父親の春(秋)物の衣類を持ってきて、父親の部屋の(収納の中にある)衣装ケースに入れて、その分だけ入りきらなくなった真冬物を持ち帰る、という毎年恒例の作業を始めたが…

 父親がほとんどパジャマしか着なくなったので、今回の入れ替えはパジャマがメインになる。


 その次(二日後)の面会では、父親は部屋のベッドで、やや横向きの仰向けになっており、点滴中だった。

 いつものように、褥瘡予防マットレス(電動エアマットレス)のスイッチは入っていて、時折、大きめの音とともにマットレスが動いた(小さく波打った)。

 この時期は、エアコン(暖房)のスイッチは入っておらず、小さなテーブルの上の加湿器は動いている、という日が多かった。

 俺は、ついていたラジオを消して、面会中は、家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーを使い、父親が好きだった歌謡曲や演歌を多く含む最近のテレビ番組を録画・ダビングしていたDVD-RWをかけた。

 父親は、眠そうになったり腕を動かしたりしたが、その腕の、ここ数日の点滴の針を刺された複数の箇所が、アザのように真っ青になっている…


 その次(二日後)の面会では、俺と母親が父親の部屋の前に来た時、(特養を含む介護)施設の看護師さんが部屋から出てきて、痰の吸引が終わったところだと話してから、他のところへ行った。

 父親は、上半身部をわりと高くされたベッドで、少し横向きの仰向けになっており、痰吸引されて疲れたせいか眠そうで、点滴中だった。

 いつものように俺は、父親のシェーバーのブラシでの手入れ、スポンジブラシ・歯ブラシ・コップ・指ガード洗い、などをした。



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平成29年-春
2019/02/11.Mon

平成29年-春-(4) また無職に

 平成29年(2017年)の3月中旬、俺の住む地域は、晴れた日は暖かくて春らしいのだが、天気が悪いと少し冬に戻る感じになった。

 晴れて暖かい日の俺は、身体の冷えを抑える漢方薬を飲まなくてもよくなった。

 少し前まで俺の胃痛はほとんど出なくなっていて、痛みで眠れないと困るので念のため夜だけ飲むくらいだったが、この時期は、夕方に痛くなることが何日かあったので、そのような日はやむを得ず、夜だけでなく夕方も(頓服で)胃薬を飲んだ。


 母親が孫(俺の弟の子供)たちに会いたいと言ったので、俺は弟に都合を聞いた上で、自家用車を運転して母親を、同じ市内だが近くはない弟の家へ、孫たちがいる時に合わせて連れて行った。


 父親が入居している特養から、父親の先月分の請求書や生活記録が届いた。

 2月の特養での生活記録は、もちろん総合病院を退院した2月中旬以降のものなので、日数は少ないのだが…

 退院直後の危険な状態になっていた頃を中心に詳しく書かれているので、量や行数は、それ以前の1か月全部が記録されていた月より、ずっと多かった。

 それを読んだ俺と母親は、父親が危険な状態になっていた頃、いかに父親が苦しんでいたかが読み取れて辛かったし…

 いかに特養のスタッフさんが父親への対応で大変だったかもわかって、スタッフさんたちへの感謝の念を深くすると共に、申し訳なく思った。


 俺の週一日の個別指導塾講師の仕事は、この3月中旬で引継ぎ事務も含めて終わり(平成28~29年-冬-(28) 参照)、俺は、また無職になった…



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