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2022/02/22.Tue

はじめに

 このブログをご訪問くださいまして、ありがとうございます。

 このブログは、サブタイトル通り、若年性アルツハイマー型認知症の父親を持つ男性をモデル・情報源にしたノンフィクション小説、記録小説です。

 諸事情により、本編の記事はUPした日の数か月前のことが書かれており、また、なかなか進まず、途中で終わってしまったり、このブログを読んでくださる方にお断りせず修正・削除したりといったこともありえますが、あらかじめご了承ください。

 人気ブログランキングとFC2ブログランキングに参加していますので、記事の下にある「人気ブログランキング」と「FC2 Blog Ranking」のボタン(バナー、リンクタグ、どちらか一方だけでもけっこうです)をクリックして応援していただけたら、うれしいです(※)

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 そのようなわけで、本ブログの記事は以下から始まります。
 ぜひご覧ください。 ↓ ↓ ↓

 なお、過去(から)記事をご覧になられる場合は、目次をご利用下さい。

 すぐ上の文の「」内の目次をクリックしていただくか、左欄のカテゴリ-目次からご覧ください。


  
はじめに
2019/04/14.Sun

本編を終えて

 ブログ本編の記事は、一通り書き終わりました。

 ここまで(悪意なく)お読みいただいた方々、本当にありがとうございました。

 公共のメディアでウソをついた、地域の権力者側の人々が、‘俺’や私(このブログの作者oretomo)に悪いことをするリスクを少しでも下げるため、また、他の事情もありましたが…

 本編は記事をUPした時点よりだいぶ前のことについて書いていたにもかかわらず、最後までお付き合いくださり、重ねてお礼を申し上げます。


 これまで、若年性認知症をテーマにした映画、テレビのドラマ・ドキュメンタリー番組・情報番組(の中の特集なども含む)は数多くありました。

 あくまでも私の個人的な印象ですが、それらの大部分は、わりと症状や環境が穏やかな人、穏やかな時期を選んで(映画やドラマはそれを基にして)感動話に仕上げている、というものでした。

 それに対して私は、症状や環境が穏やか(な時期ばかり)ではなかった若年性認知症の本人と、その家族の事実・現実を、本人が若年性認知症と診断された頃から亡くなる頃までを通して書きました。

 このブログが、若年性認知症で困って・苦しんでいて、それでも誠実に努力しているご本人と、そのご本人を支えている方々に、少しでも助けになってきたならば、今後の助けになれたら、うれしいです。


 さて、このブログ本編の舞台である県において、公共のメディアでウソをついた側の主な議員が所属する政党・会派の国政における政党名を、以前の記事で書きました(総選挙と国民審査 参照)。

 しかし、これだけ名前を出して、このブログ本編に長期にわたって何度も登場した、他の公的な団体の全国組織の名前を出さないでいるのは、やはり、不公平というかバランスが悪いと思いまして、出すべきか否か迷いましたが、ここで紹介します。

 ブログ本編に登場する「認知症の家族会」は、「公益社団法人 認知症の人と家族の会」の某県支部です。

 そして「公共放送局」は、「日本放送協会 NHK」の某(県)支局です。

 そのNHKの某支局のウソについて、証拠をそろえた‘俺’が追及するよう頼んだものの、それを断ったのは「フジテレビ」の系列局です。

 ただNHKについては、この支局は(公開フォーラムの収録で)家族の会にウソを言われてしまったという側面があり…

 自らウソを作った(NHKのスタジオ収録という点で)疑いがあるNHKの本局よりは、ましかもしれません(NHKスペシャル“認知症800万人” 時代「母と息子 3000日の介護記録」を観て-5 など参照)。


 このブログの、途中になっていた・後回しにしていた記事の修正は再開して、少しずつでも進めたいと思っております。

 この「修正」とは、内容を変えることではなく、記事にタイトルを付けたり、ブログランキングのバナーを替えたり、体裁や表現を整えて読みやすくしたりすることです。

 それらの進行状況の報告、内容が変わるくらいの記事の変更、といった連絡させていただきたいことが出てきましたら、新しい記事をUPしたいと考えています。

 そのような点では、今後ともよろしくお願い致します。



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補足と意見-2
2019/04/08.Mon

目次に追加しました-18

 “平成29年-春”の本編記事を一通りUPし終えたので、「目次」に「平成29年-春」を追加しました。

平成29年-春  父親が亡くなり、そして…
 父親は、少し元気になったと思ったら急に、静かに亡くなりました。
 俺と母親は、父親が亡くなってからも納骨まで、ずっと大変でした。
 俺に残ったのは、後悔と罪悪感と相続手続だけです。


 この“平成29年-春”で、本編は(一応)終わらせていただきます。

 この次に、まとめ的な記事をUPしたいと思っています。



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連絡
2019/04/05.Fri

平成29年-春-(29) これから

 四十九日法要と納骨の翌日に、俺は思った。

 納骨も終わり、ようやく一区切りしたが、これから俺は、どうすればいいのだろうか?

 正直もう疲れたし、我が身を振り返れば、40代後半で無職、自分の配偶者も子供も恋人も友人もいない…

 腰痛・坐骨神経痛・自律神経の不調などは、ある程度の改善の余地はあるとしても、生きている限り、ずっと悩まされ続けるだろう。

 俺の住む県では、公共のメディアや場でウソをついた側が大多数の権力側で正義である状況も変わりなく、事情を知っていてそちらに味方しない俺に明るい未来は無いし、他のところで新しい生活を始める気力も無い…

 結局、これからの人生は辛くて苦しいだけで、うれしいことや楽しいことは何もないから、自殺しようと思った。

 しかし、まだ相続が残っていて、生きる気力のない俺は父親の資産を何も受け継ぐ気はないが、母親や弟に面倒をかけないためには、俺が父親の相続にかかわる手続を終わらせるしかない。

 それに、一人では少し遠い外出も難しい母親のために、また、すぐ死ぬことは弟一家への大きな迷惑になることも考え、もうしばらく生きることにした。


 特養に入居した後の一時帰宅を実現できなかったことが一番悔しいが、様々な、父親への対応の間違いと不足…

 公共のメディアや場でウソをつき、認知症で困って・苦しんでいても正直に努力している認知症の人とその家族を追い込んだり見捨てたりするような認知症の家族会に、そのウソを確信する前までとはいえ、協力していたこと…

 その家族会からの脅迫(少なくとも妨害や嫌がらせ)があったとはいえ、地域の若年性認知症の人とその家族を支援する活動を早々にやめてしまったこと…

 これらの罪を背負っていることも充分に承知しているが、なるべく周りに迷惑をかけない消え方・死に方を考えながら、もう少しだけ、生きてみようと思う。

 もう少しだけ…



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平成29年-春
2019/04/03.Wed

平成29年-春-(28) 四十九日法要

 平成29年(2017年)の6月初め、俺の住む地域は雨が多く、少し寒いくらいの日もあって、カレンダーとしては夏かもしれないが、俺の実感は「春の終わり頃」だった。

 葬儀社の人が、俺が頼んでおいた「お骨壺」を我が家に持ってきてくれた。

 その数日後の朝、俺と母親は、家の仮祭壇に置いてあった‘お骨箱’などを自家用車に積んで、まず花屋へ行き、注文していたお寺用とお墓用の2セットの供花を買ってから、寺に向かった。

 俺の弟一家、親戚などが合わせて20人くらい寺の本堂に集まり、四十九日法要が始まったが、弟の小さな子供たちがはしゃぎ回り、大変だった。

 この子たちのおかげで暗い雰囲気になり過ぎなかった、とも言えるが。

 法要が終わると俺と母親は、住職の指示で、父親の「お骨」を箱から壺に移した。

 住職、そして法要の参加者ほぼ全員が自家用車に乗り合って、少し離れた墓地に移動して、昼少し前に小雨の中、納骨をした。

 納骨が終わると、そこにいた全員が、また自家用車に乗り合って、父親の葬儀・告別式などをした斎場に移動した。

 斎場のホールを仕切ったホール全体の半分くらいのスペースで、昼過ぎから食事会をした。

 進め方や段取りが決まっていて、その中で俺は喪主としてしなければならないことが多くあったが、なんとかこなした。

 食事会が終わると、俺と母親は参加者の見送りをしてから、帰宅した。


 父親が亡くなった後のことで、俺が最低限しなければならないことは、終わった…



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平成29年-春
2019/03/31.Sun

平成29年-春-(27) 薬の疑念と後悔

 父親が総合病院へ2回目に入院した際、コーヒーのような色の物を吐いた原因が、最初は血と言われていたのが、その後は不明ということになってしまった(平成28~29年-冬-(26) 参照)。

 俺は、「その原因は、貧血の改善のために父親が飲まされていた、黒い鉄分を補給するフェロミアではないか?」という疑念をずっと持っていた。


 父親の葬儀が終わってしばらくして、知り合いの(といってもたまにしか会ったり連絡を取り合ったりできない)医療関係者(平成27年-夏-(9) 参照)に会った際に、その疑念と、その頃の父親の状態について話したら…

 医師は、患者に貧血の治療でフェロミアを飲ませ始めたら、定期的に・こまめに血液検査を行い、その結果が出る度に(患者本人に無理な場合は)家族に対して、その結果や数値を示しながら、フェロミアを続けるかどうかを含めた説明をするはず、とのこと。

 俺は、そのような説明は無かった、と答えると…

 “認知症の人だから、本人に説明できないから”といった理由で省略できる説明ではないし、医師が自分で「身体が弱っている、終末期」と診断しているなら、より丁寧な説明や慎重な対応が求められるので、その説明が無かったというだけでも変だが…

 まず、(俺の父親が)フェロミアを飲み始める前と、飲み始めて以降の血液検査の結果の写し(コピー)がほしいと言ってみてはどうか、とのことだった。


 「もう父親は亡くなっているし、あの往診医師・担当医師では出してくれないだろう」と俺は思ったが…

 ダメもとで、父親が入居していた特養(特別養護老人ホーム)の生活相談員さんを通じて、血液検査の結果の写しを頼んでみたら、手間はかかったが入手できた。

 それを見ると、父親はフェロミアを飲み始めてから、ある程度は貧血が改善したが、服用していたフェロミアの量からすると、改善の度合いは小さかった。


 その後また、この5月下旬までに、知り合いの医療関係者に会う機会があって、俺が血液検査結果の話をしたら…

 貧血の改善に足りていない(使われなかった)分が排泄されていれば、つまり、便がフェロミアの鉄分で黒い、ということが続いていたら、特に心配することはなかっただろうが…

 便が黒くなかったとしたら、フェロミアの黒い粉が胃や腸に残っていて、飲食物の消化・吸収を妨げて父親を弱らせ、また…

 口から吐いた物がチョコレート色だったのは、消化・吸収を妨げられた飲食物と共に、胃や腸に溜めきれなくなったフェロミアが出てきた、という可能性があるそうだ。

 もともと、身体が弱っている人には鉄分が吸収されにくい、ということもあるらしい。


 俺は、父親がフェロミアを飲み始めて以降の「看取りファイル」に、ほんの数回、父親の便が黒いという記述があったことを思い出した。

 本当に少ない回数なので、この時以外の便か黒くなかったら、フェロミアが胃や腸に残って悪さをしていた可能性が高いが…

 “排便があったら毎回のように便が黒かったものの、それがあたりまえになって、毎回わざわざ書かれなくなった”ということもありえるので、この場合は、充分にフェロミアは排泄されていたことになるだろう。


 俺は、父親がフェロミアを飲んでいた時期の便の色について特養に確認したかったが…

 その時期からしばらく経ってしまっていること、病院の方が強い特養との提携関係、それでも血液検査のコピーを入手するために特養が病院に対してがんばってくれたらしいこと、などを考えたら…

 もう俺は確認する気になれず、疑念と後悔が残ってしまった。



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