2022/02/22.Tue

はじめに

 このブログをご訪問くださいまして、ありがとうございます。

 このブログは、サブタイトル通り、若年性アルツハイマー型認知症の父親を持つ男性をモデル・情報源にしたノンフィクション小説、記録小説です。

 諸事情により、本編の記事はUPした日の数か月前のことが書かれており、また、なかなか進まず、途中で終わってしまったり、このブログを読んでくださる方にお断りせず修正・削除したりといったこともありえますが、あらかじめご了承ください。

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 そのようなわけで、本ブログの記事は以下から始まります。
 ぜひご覧ください。 ↓ ↓ ↓

 なお、過去(から)記事をご覧になられる場合は、目次をご利用下さい。

 すぐ上の文の「」内の目次をクリックしていただくか、左欄のカテゴリ-目次からご覧ください。


  
はじめに
2018/02/24.Sat

平成27年-秋-(11) 施設の祭り2015

 10月上旬の次の面会は、父親が入居している特養を含む介護施設の、年一回のお祭りの日だった。

 前年と同様、一般の人が参加する前の「プレオープン」の時間に、俺が父親のリクライニング車椅子を押して、その横に母親がついて、3人で祭り会場をゆっくり回った(平成26年-秋-(7) 参照)。

 その中の喫茶店でコーヒーとチーズケーキを買って、父親の部屋に戻った。

 俺は介護スタッフさんを探し、買ってきたコーヒーにトロミと甘みを加えてもらって、また、チーズケーキを食べさせてみてもよいか聞いたら、少しなら大丈夫だろう、とのこと。

 母親が、トロミ付コーヒーをスプーンで一口分ずつすくって父親に飲ませた(食べさせた?)ら、こちらは全量を飲んでくれたが、チーズケーキの方は、ムセ・誤嚥が怖いので3分の1くらいしか食べさせられず…

 残りはスタッフさんに渡して、できたら後で父親に食べさせてくれるよう頼んだ。

 この日の父親は、うなり声や歯ぎしりがあった。


 その次の面会では、俺と母親が特養に着いた時、父親は共同スペースでリクライニング車椅子に眠そうに座っていた。

 横への傾きが強く、目ヤニが多めで、また、片側の頬がふくらんでいて、そこには薬が塗られているようだった。

 3人で父親の部屋に移動してから…

 俺は、この日は父親のふくらんでいる方の頬を避けて顔拭き、目ヤニ拭き取り、頭拭き、リクライニング車椅子のヘッドレストカバー代わりの枕パッド交換、コップ・歯ブラシ・ストロー洗いなどをした。

 また、父親のシェーバーを、ハンドソープで水洗いした。

 父親の髪がだいぶ伸びてきたので、10月中旬にヘアカットしてほしい旨を連絡用ホワイトボードに書いた。

 母親は、家から持ってきた父親の冬寄りの秋物衣類を、父親の部屋の衣装ケースに入れて、その分、衣装ケースに入らなくなった夏物の残りを大きな袋に入れて、家に持ち帰った。



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平成27年-秋
2018/02/22.Thu

平成27年-秋-(10)

 10月上旬も俺と母親が、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に会いに行くと…

 特養の(父親の部屋があるブロックの)共同スペースにいなかったので、父親の部屋に行くと、普段の日中の服を着て、ベッド上で仰向けになっていた。

 「オムツ交換のために、少し前からベッドに寝かされていたのだろう」と俺が思っていたら、介護スタッフさん一人が来室して、俺と母親には部屋の外で待っているように言ってから、父親のオムツ交換をした。

 オムツ交換が終わったということで、俺と母親が父親のところに行くと、スタッフさんが一人で、父親をベッドから、すぐ横に置いたリクライニング車椅子に移していた。

 そして、スタッフさんと俺の二人ががりで、父親を車椅子にしっかり(深く)座らせた。

 スタッフさんから、父親は病院で腎エコー検査を受けられたが、まだ結果はわからないという話があった。

 父親の靴下がだいぶ伸びてしまったことに気づいた俺は、退室しようとしていたスタッフさんにことわって、俺が別の(伸びていない)靴下に替えた。

 秋になってから面会中の父親はずっと靴下を履いた(履かせた)ままでいたので、この時、久しぶりに父親の裸足を見た訳だが、足先の、肌の荒れはほとんど消えていたものの、爪の色が悪いのは相変わらずだった(平成27年-夏-(7) など参照)。

 父親は眠そうだが、横へ大きく傾きがちで、歯ぎしりも強かった。


 この日は、特養がある施設のホールで、特養入居者参加型の歌イベントがあったので、俺が父親のリクライニング車椅子を押して、母親がその横について、3人でホールへ行った。

 すでに始まっていて、30~40人の入居者が、歌をリードしているボランティアの人を囲むように、扇形になって車椅子や(ホール備品の)肘掛椅子に座っていたので…

 俺は扇形の端あたりに父親の車椅子を固定してから、肘掛椅子を二つ持ってきて、父親を挟むように母親と座った。

 わりと元気な入居者さんたちは、ボランティアの人のリードに合わせて歌ったり手を動かしたりしたが、ただ聞いているだけ、ホールにいるだけ、という感じの入居者さんたちも多くて…

 父親は、ずっと眠そうだった。



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平成27年-秋
2018/02/20.Tue

平成27年-秋-(9) ピロリ菌

 10月上旬になると、俺が9月に受けた健康診断の結果が届いた(平成27年-秋-(1) 参照)。

 ピロリ菌の検査は問題なかったが、例年通り、血液検査の一部の項目で引っかかっていた。


 俺は健診結果と下腹の痛みのことで、内科医院を受診した。

 この日は少し寒いくらいだったせいか、医院内は暖房が入っていた。

 診察を受けた際、医師からは、健診の血液検査で問題があったところについては、そんなに心配な数値ではないので、特に精密検査や治療はしない、とのこと。

 ピロリ菌検査で問題なかったので、これからは、健診で胃のバリウム検査を毎年受ける必要はなく、2年に1回くらいでかまわないそうだ。

 下腹の痛みは、たまに出るくらいで強くはないという現状を俺が伝えると、医師は、「それなら心配しなくてもいいが、回数が増えたり痛みが強くなったりしたら来院するように」と言った。


 俺は歯の定期検診で、歯科医院も受診した。

 みがき残しが多いことを注意されたが、虫歯はないそうで、3か月後にまた検診を受けるように言われた。


 母親は近所の仲のよい奥さんと、隣の市の温泉旅館で一泊してきたが、その送迎は俺が自家用車でしなければならなかった。

 母親にも市の健康診断の結果が届き、高血圧などで引っかかるのはいつものことだが、今回は他に目と、母親も受けたピロリ菌検査でも引っかかっていたそうだ。


 母親は処方されている目薬が少なくなってきたことと、健診で目の項目に問題があったことで、俺は目薬の件は同じだが、初めて買った老眼鏡のこともあって…

 いつも通り自家用車のガソリン代の節約のために、一緒に眼科医院を受診した。

 母親は、健診で引っかかったことについては様子を見よう、と医師に言われたそうだ。

 俺の方は、いつもの眼圧や視力の外に、老眼鏡をかけての(近い距離の)視力についても検査を受けた上で…

 これまでの目薬を継続して、老眼鏡については、「検査では(俺の)目に合っているから、かけていての違和感や疲れなどがあっても慣れるしかなく、そのうち慣れるだろう」と医師に言われた。


 母親は、いつもの高血圧などと、今回の健診で引っかかったピロリ菌のことで、かかりつけの内科医院を受診したら…

 ピロリ菌については大きな病院でしっかり検査してもらう必要があるとのことで、医師から総合病院への紹介状を受け取ってきた。



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平成27年-秋
2018/02/18.Sun

過去記事の修正-13

 「平成26年-夏-(7)」に、以下の文章を加筆しました。


***** ***** *****

 具体的には、次のような内容だった。

 このドキュメンタリーの主人公は、土木建築関係の現場の仕事をしていた50代の男性だ。

 40代の頃から仕事に支障などが出始め、50代になってようやく認知症に詳しい医師に診てもらって、若年性アルツハイマーを発症と診断された。

 それまでの仕事はやめざるを得なくなり、子供はおらず、内縁の妻(的な人?)は、この男性が若年性認知症だと知った途端、どこかに行ってしまったそうで、唯一の家族である年老いた母親は、息子の病気に対応できない…

 診断した医師の紹介でケアマネージャーが対応したが、このケアマネージャーは、見守り・手助け・介護などができる家族がいない若年性認知症の人については、「住むところは有料老人ホーム、仕事は障害者作業所での単純軽作業」と決めつけている人だった。

 このケアマネージャーは、かつて俺も参加した「若年性認知症の人と家族の集会」で、従来の障害者向け支援・サービスに若年性認知症の人をあてはめる有効性を強く語り、それを行政にも強く訴えていた人(平成24~25年-冬-(24) 参照)で…

 認知症の家族会の役員でもあったが、このドキュメンタリー番組には、認知症の家族会との係わりには触れず・触れられずに出演していた。

 実は、この若年性アルツハイマーの男性は、長く海外で仕事をした経験があり、ある外国語の能力が高く、番組の中でも、その外国語の原書をスムーズに読んでいた。

 俺の見た感じでは、この男性は、周囲の若年性認知症に対する正しい理解とある程度の補助があれば、その外国語を使った仕事をできそうだし、住むところも、若年性認知症専門のグループホームのようなところがあれば、そちらの方が良さそうなのだが…

 結局、決めつけているケアマネージャーの意向で、有料老人ホームに住むことになり、障害者作業所で単純軽作業の仕事をすることになった。

 最初のうちはよかったが、有料老人ホームでは周りの住人がずっと年上の高齢者ばかりなので、孤立していき、トラブルも起きて…

 作業所での仕事も本人に合うものではなさそうで、このドキュメンタリー番組で取材された長くはない期間内でも、はっきりと仕事・作業ができなくなっていったのは、若年性アルツハイマーの進行だけが原因ではないように、俺には見えた。

***** ***** *****


 上記は、「平成26年-夏-(7)」をUPした時に書こうと思った文章なのですが、当時は、ここまで書いたら細かすぎる・長すぎると考えて、やめました。

 しかし最近、関連する記事(おくやみ欄 参照)をUPした時に、今さらですが、「この文章も、あっていいのでは」と思って、今回、加筆した次第です。



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連絡
2018/02/16.Fri

平成27年-秋-(8) 話し合ってほしいこと

 9月中旬の次の面会では…

 俺と母親が特養の(父親がいるブロックの)共同スペースに着いた時、わりとしっかりしている数人の入居者が、隣の市の大きな祭りに出かけるところだった。

 以前は俺の父親も、あの中の一人だったが…

 その父親は、共同スペースの奥の方でリクライニング車椅子に座っていて、両目とも目ヤニがこびりついている感じだ。

 俺が父親の車椅子を押し、母親がその横について、3人で父親の部屋に移動したら、めずらしく、同じ部屋の隣のスペースで寝たきりの男性入居者に、家族が面会に来ていた。

 俺は父親の目ヤニを拭き取った後、父親の手の爪が少し伸びすぎていることに気づいたので、家から持ってきていた爪切りを使って、その爪を切った。

 この日は俺が老眼鏡を受け取る前で、やはり老眼鏡がないと、父親の爪を切るのは、しんどい。

 介護スタッフさんが、父親の分のトロミ付コーヒーと、俺・母親の分のお茶を持ってきてくれた。

 この時に俺は、「事前に用意してもらえたら助かります」と言われていた文書を、そのスタッフさんに渡した。

 10月に予定されている、父親を担当しているスタッフさんたちの大部分が集まる約半年に1回の会議で、俺と母親が話し合ってほしいことをまとめたものだ。

 この中で俺は、父親のトイレ誘導が無くなった(平成27年-夏-(12)平成27年-夏-(17) など参照)のは仕方ないが、失禁してからオムツ交換までの時間が少しでも短くなってほしいので…

 排泄が近いことを、あるいは排泄(失禁)したらすぐそのことを、介護者(のスマホ・携帯電話など)に知らせてくれる装置・システムの導入を検討してほしい旨を書き、その装置・システムの資料も添付した。

 スタッフさんが退室した後、母親が全介助で父親にコーヒーを飲ませたら、父親は特にムセもなく、わりとスムーズに全量を飲んでくれた。

 父親は全体的に眠そうだったが、うなったり、歯ぎしりしたり、笑顔を見せたりすることもあった。


 その次に面会した日は、9月下旬としては気温が高くて、少し暑いくらいだった。

 3人で父親の部屋(二人部屋の中の父親のスペース)にいた時、介護スタッフさんが、真夏と同じように、父親の分のトロミ付スポーツドリンクと、俺・母親の分の冷たいお茶を持ってきてくれた。

 9月になってからは、父親は温かいトロミ付コーヒー、俺と母親は温かいお茶だったが、この日の暑さを考えてくれたのだろう。

 その介護スタッフさんから俺は、10月初めに父親を病院に連れて行って腎エコー検査を受けさせることと、10月中旬の父親についての会議の予定を伝えられた。

 父親は、久しぶりに横への傾きが大きかった。

 母親は、家から持ってきた父親の秋物衣類を衣装ケースの中へ入れて、その分入りきらなくなって出した真夏物の残りを、家に持ち帰るべく、大きな袋に入れた。



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平成27年-秋
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