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2009/08/27.Thu

これまで、これから-(5)

 障害者手帳や介護保険のサービスも、父親のためにもっとうまく使えないだろうか?
 その他の制度も検討したい。

 俺の病気は、完治はしていないものの治ってきたようなので、父親がデイサービスに行っている間のパートしか無理だろうが俺の就職、いや、長期的に考えて、俺の病気を完治させ、その間なるべく金と時間をかけずに(中途半端になっている)資格取得を優先させるべきか?

 できることから、少しずつやっていこう。

 将来については、不安のほうが大きいし、行きづまるかもしれない。

 でもそれまでは、できるかぎり父親の手助けをしながら、自分なりに充実した人生を送っていこうと思っている。


 …しかし、俺が、それなりに希望を持てていたのは、この頃までだった。



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これまで、これから
2009/08/27.Thu

これまで、これから-(4)

 父親の働いていた病院に、家族は過度の期待をしていたのではないか。


 団体への再就職については、父親の再就職先のしかるべき人に、父親の病気のことを話しておくべきだった。

 俺が、「1年くらいなら、本人の精神的な負担にならなければ勤まるので、1年後には新しい人が就任するという形にして父親に辞めるよう勧めてほしい」と言っておけば…

 いや、それ以前に、その団体について詳しく調べておくべきだった。


 もっと早く介護保険のサービスを受けるべきだった(受けられるものがあった)のでは? 全般的に情報収集が不足していたのでは? 後悔や反省は山ほどある。



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これまで、これから
2009/08/25.Tue

これまで、これから-(3)

 俺は、「父親が認知症ではなかったら、認知症の父親がいなかったらどんなにましだろう」、「どんなにつらくて嫌な仕事でも、東京でサラリーマン暮しをしているほうがよかった」といったことを何度も考えた。

 しかし、そんなことばかり考えていたら先に進めない。

 家族が大きな病気や障害を持っている人はたくさんいるし、家族が健康であっても問題を抱えている人だって少なくない、とわりきるようにした。

 とはいえ、わりきるにも、お金と心に最低限の余裕が必要だと俺は思う。

 経済的には、住宅ローンなどの借金が(父親の若年性アルツハイマーの診断時には既に)なかったこと、父親が再就職先の団体を退職する時には老齢年金をもらえる年齢になっていたこと、家計を助ける情報を得てそれを実行できたこと等で、なんとかやってこられた。

 俺は、働けなくなってからは、働いていないこと自体が精神的につらかったが、「いろいろ工夫して出費を減らしたり、制度を調べて手続し正当にもらえるお金はもらえるようにしたりすることも一種の労働」と考えるようにしたら、少し気が楽になった。


 父親の症状がひどくなる前に、この経験を将来生かせるだろう資格を取っていたことは、俺の心の負担を軽くしてくれた。

 その一方で、この資格は、俺がしていた仕事に必要なもので、介護に直接かかわるものではなく、「介護に直接かかわる資格を持っていたら、もっとうまく対応できていたかもしれない」とも思ってしまうのだが…

 認知症に関する経験や専門知識のある誠実な人々と出会い助けられたことも、俺の心の負担を軽くしてくれた。


 ただ、この(平成19年、2007年)頃までに助けてくれた人々のほとんどは、やがて変わっていく。

 本当に助けてくれたのは比較的対応しやすかった、父親の若年性アルツハイマーが中度くらいまでで…

 重度へ進んで大変になっていくほど、その助けてくれた人々は冷たく、投げやりになって、本人と家族は追い込まれていく。

 そして、一番助けてほしい最も大変な時期に、それまで頼りにしていた人々のほとんどに助けてもらえないという事態に陥ることを、この頃の俺は知る由もなかった…



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これまで、これから
2009/08/25.Tue

これまで、これから-(2)

 父親をつきっきりで見守らなければならなくなってからは、「なんで俺がこんなことをしなければならないのか」と何度も思った。

 「我が家の状況を知らない人、知っても理解してくれない人にとっては、俺はろくでもないニートに見えるのだろうな」とも。

 俺だって働きたい、結婚して自分の家庭も持ちたい。

 だが、人に頼ろうにも、母親は健康に不安があり、神経の病気とそれによる通院は続いており、自動車を運転できない、という中で精一杯やってくれているのはわかるし、弟には弟の家庭がある。

 親戚には、折を見て話すことから始めなければならなかった。



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これまで、これから
2009/08/25.Tue

これまで、これから-(1)

 平成19(2007)年の春から夏へと季節が移る頃…

 父親が若年性アルツハイマーと診断されてから6年、その診断をした主治医(認知症の専門医)の推定による(若年性アルツハイマーの)発症時からは約8年、家族が父親の様子がおかしいと感じ始めた時期からは約10年が経った。

 最近の父親は、週3回デイサービスを利用し、デイサービスの時とぐっすり寝ている時以外は、常に俺か母親が近くで、認知症のいろいろな症状・行動に悩まされながら、不機嫌にならないように気を使いつつ見守り・手助け・話し相手になるといったことをしなければならないが…

 なんとか、大きなトラブルなく過ごしている。



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これまで、これから
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