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2009/09/17.Thu

平成20年-春-(8)

 ある日の午後、父親は家の居間でぐっすり昼寝しているようだったので、俺と母親がしばらく目を離していたら…

 父親が布団から、いなくなってしまった!

 俺と母親があわててさがすと、父親は玄関でどうしてよいか困っていた。

 トイレに行こうとして迷ったようで、しばらくすると俺に、「勝手なことをして…」と謝った。


 別の日の午後、父親は昼寝から起きるとすぐ、なぜか楽しそうで、特におもしろいことなどしていない俺と母親を見て笑った。


 約半年に1回の父親の検診で、俺が付き添って病院の泌尿器科に行った。
 すぐに検査結果が出たものについては、大きな問題や変化はなかった。

 尿検査の採尿とその後の排尿は、俺が手助けしたが、一般トイレの小便器でできた。

 血液検査の際、一般的な健康診断の項目も加えてもらった。


 数日後、父親のデイサービス中に俺が一人で病院の泌尿器科に行って、父親の泌尿器の方の残りの検査結果を医師に聞いたら、特に問題はなかったが…

 血液検査については、コレステロールと肝機能の数値が少し高いと言われた。


 前回から約1ヶ月後の父親の認知症(若年性アルツハイマー)の定期検診で、主治医から年齢や生まれた年を聞かれたが、父親は答えられず、また、服のボタンをやたらと気にするなど、おちつきがなかった。



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平成20年-春
2009/09/17.Thu

平成20年-春-(7)

 ある日、父親は昼寝から起きると、「だめだ」、「おかしい」、「仕返ししてやる」と言うなど混乱し、顔も相当きつくなった。

 原因はよくわからなかったが、父親が目覚めた時、たまたま俺も母親も、父親の近くにいなかったことが影響したようだ。


 父親は、気候が暖かくなってきたら何度もフラッと外に出たがることが、コタツを片付けた時期から座った姿勢の時に手のひらで何度も膝をたたく「膝たたき」が、暑くなってきたらアゴや首周りのアカこすりが、また今年も始まった。


 父親は朝、少し早く起きるようになった。

 母親が先に起きていろいろ始めるのでその音で目覚めるのか、健康を考えて夕食を少なめにしているので、それによる空腹感があるのか、一人だけ寝ているのが不安なのか、昼に寝すぎているのか、トイレに行きたいのか…

 家族には、よくわからない。


 最近の父親は時々、何気なく、ティッシュペーパーをボックスから取り出して少したたむだけ、ということを繰り返す。

 また、そのたたんだティッシュを、やたらと気にしたり、近くに置いておきたがったりする。


 (新しい)デイサービス先で父親の体重を計ってもらっているのだが、減ってきた。


 父親は、歯磨きの際は洗面所に入ってから歯磨きを始めるまで、排泄の際はトイレに入ってから排泄を始めるまで、の時間が、だいぶ長くかかるようになった。

 混乱というか、どうしてよいかわからない様子がしばらく続く。



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平成20年-春
2009/09/15.Tue

平成20年-春-(6)

 ケアマネージャーとデイサービス先の変更手続が正式に終わり、父親は、「幼老統合ケア」の新しいデイサービス先に週3回くらい行くようになった(最初からデイサービス先の送迎あり)。

 俺は少しおちついたので、俺なりに父親の「不安」の原因を考えてみた。

 父親の「不安」が最初に見られるようになったのは、父親が行っていた小規模多機能ホームのデイサービスにおいてだから、父親の「不安」が出た、少なくともきっかけとなる原因は、そのデイサービスにあったと思う。

 小規模多機能ホームのケアマネージャーにそう伝えたら、「思い当たることはなく、本人の認知症の進行と、ご家族への依存が強いことが原因ではないか」という返事だった。

 「思い当たることはない」まではともかく、その先については「本人と家族が全部悪い」と言われたのと同じで、家族としては、たまったものではない。

 最初の2ヶ月はそれなりにデイサービスに行っていたのだから、3ヶ月目になって変わったことはなかったか? 

 もともと、朝夕の送迎の際の介護スタッフ、デイサービスの連絡帳に記入する介護スタッフが頻繁に変わり、父親がおちついて過ごせるか心配だった。

 そんな中でも、俺の見た感じでは1人だけ、父親が安心して接している介護スタッフがいたのだが…

 辞めたのか、人事異動なのか、3ヶ月目になって(父親の送迎の際に)姿も(連絡帳の記入者名のところに)名前も見えなくなり、これが父親を不安にさせたのでは、と俺は思った。



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平成20年-春
2009/09/15.Tue

平成20年-春-(5)

 ある日、父親が、激しく混乱しながら、そして泣きながらデイサービス先から帰ってきて、「もう行きたくない」と俺に訴えた。

 俺と母親がずっと傍にいて「もう行かなくていいから」と言ったりしたが、父親が少しおちつく(最低限の日常生活ができる状態になる)まで1時間以上かかった。


 俺は翌朝、不安そうな、おちつかない父親と病院に行き、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医に診てもらったら、認知症の周辺症状の一つである「不安」が強く出てしまっているとのことだった。

 いつものアリセプト(平成13年-春-(2) 参照)と繰り返しの症状を抑える精神薬(平成18年-秋-(9) 参照)とは別に、不安をおさえる薬も出された。

 その不安を抑える薬を飲ませたら、父親は少しおちついたが、これまで行っていた小規模多機能ホームに行かせることはもう無理だ、と俺は判断した。

 不安を抑える薬は、おちついていくとともに量は減ったものの、ずっと飲み続けることになる。


 俺は、探しておいた「幼老統合ケア」のデイサービス施設に、父親を試しに行かせてみたら、父親はだいぶおちついた。

 以前の「幼老統合ケア」のデイサービス施設と似ていて、少人数、民家を改造(バリアフリー化)したところなので家庭的な雰囲気、幼児のためのスペースもある。

 実は、似ていて当然なのである。

 父親が以前に通っていた「幼老統合ケア」のデイサービス施設の職員のうち2人が、より良い「幼老統合ケア」を目指して独立してつくったところで、ここでは、その2人が所長と幹部スタッフなのだから。

 父親のことを知っているスタッフがいて、父親にとっても(覚えているかどうかわからないが)初対面の人ばかりではないということが、俺がここを選んだ一番大きな理由だった。

 ただ、基本的にデイサービスのみという点も同じなので、ショートステイをどうするかを、また一から考えなければならない。

 父親がおちついているようだから、少し時間はあるが…

 小規模多機能ホーム(専属)のケアマネージャーにはもう頼めないから、新しいケアマネージャーも、そのデイサービス施設に紹介してもらった。

 ケアマネージャーをじっくり探す時間はなく、他に方法がなかった。



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平成20年-春
2009/09/14.Mon

平成20年-春-(4)

 父親は、小規模多機能ホームに行くようになって最初の2ヶ月くらいはそれなりによかったが、その後、つまり最近は、様子がおかしくなってきた。

 朝、その小規模多機能ホームのデイサービスに行く時の腰が重くなり、連絡帳などによると、デイサービス中に父親が、不安な様子や帰宅願望を何回も見せるようになったということだ。

 家にいる時の父親は、そんなに不安そうには見えないのだが。


 俺は、父親の状態のこととは別に、その小規模多機能ホームには違和感を覚えるようになっていた。

 デイサービスの度に、そこのスタッフが連絡帳に父親のことを書いてよこすのだが、それを書くスタッフの記入者名が頻繁に変わり、また、送迎の際のスタッフも同様に変わるのだ。

 父親の行っている小規模多機能ホームは、大規模施設の規模を小さくしただけで、小規模多機能の特長である「家庭的でおちついて過ごせるところ」ではないのでは、と俺は思うようになっていた。


 まず俺は、父親が小規模多機能ホームに移る前の、この小規模多機能ホームを「大丈夫」と勧めたケアマネージャー(平成19~20年-冬-(5) 参照)に相談しようと思って、電話して父親の現状を話したが…

 ケアマネージャーは俺の父親の心配はせず、その小規模多機能ホームに味方するようなことを言い、その態度・言い方は、明らかに以前より冷たかった。

 よく考えれば、もう父親の担当ではないし、このケアマネージャーの居宅介護支援事業所と小規模多機能ホームは同系列で、そういう事情もあったのだろうが…

 このケアマネージャーにも小規模多機能ホームにも、もう頼れない、助けてもらえないことは、はっきりした。


 そのケアマネージャーを紹介してくれた地元の認知症の家族会(平成18年-秋-(2) 参照)に対しても、俺は、好い印象を持てなくなった。

 この家族会の人に勧められて、父親がデイサービスに行っていた時間に開催された集会に、俺と母親は一度参加してみたのだが…

 現役の介護家族より、介護を終えた人のほうが多く参加していた。

 ただ、この点については、現役介護家族である俺は、このような会に参加する時間があったら、少しでも休んだほうがいいのでは、先にやるべきことがあるのでは、と迷いながら参加したから…

 集会に来ていない他の現役介護家族の人も同じように考えたとしたら、やむをえないのかもしれない。

 とはいえ、介護を終えた参加者の話は昔のことで現在と状況が違い、俺にはあまり参考にならない気がして、また、その参考にならない(と俺が思った)話の時間がわりと長く、現役介護家族が話をする時間が短くなってしまった。

 さらに、若年性認知症にかかわる参加者は俺と母親だけで、こちらから話しても、他の参加者の老年性認知症介護などの話を聞いても、病気が異なるせいか違和感が強く、これでは参加してもどうかと思って、行かなくなったから…


 もう、俺が一人で動くしかなかった。


 俺は、父親が小規模多機能ホームのデイサービスに行っている時間に、父親が以前行っていたデイサービス先とは別のところで、同じような「幼老統合ケア」をしているデイサービス施設を探した。

 以前のところは、雰囲気が変わってしまい、人数もいっぱいになっていたようなので、戻るに戻れなかった。

 俺が1つ見つけて、ある程度目処が立った頃…



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平成20年-春
2009/09/14.Mon

平成20年-春-(3)

 父親が深夜や早朝に(トイレに行きたそうにするので)、俺か母親がトイレに連れて行かなければならない、ということがまた増えてきた。

 排尿の際、便座カバーに尿をかけてしまうことが再び増えた。


 父親が風邪をひいたりして先延ばしになっていたが、ようやく、俺が父親を床屋に連れて行って、父親の散髪をしてもらった。


 居間のテレビの調子が悪くなり、古いので修理にけっこうお金がかかるということで、これを機会に地上デジタル対応のものに買い換えた。

 レコーダーも(テレビと合わせるしかないので)地上デジタル対応のものに買い替えたら、手軽にハードディスクに録画できるようになった。

 父親の好きなテレビ番組(幅広い世代向けのバラエティ番組、懐かしい歌の番組など)を録画して見せるようにしたら、画質のきれいさもあってか、喜んで見てくれる。

 意外だったのは、俺が自分で見ようと思って録画したプロレス番組を、父親が楽しんで見ていることだ。

 俺も母親も、父親がプロレス番組を見る姿は初めて、あるいは数十年ぶりに目にしたと思う。


 俺は、桜が開花してからは、地元の桜の名所に父親と数回行った。


 父親の認知症(若年性アルツハイマー)の定期検診は、約1ヶ月に1回、俺も母親も付き添って病院へ行く形で続いている。

 約1年半ぶりに、MRIによる父親の脳の撮影が行われ、ほどなく結果が出た。

 主治医の説明では、動作(身体の動き)にかかわる部分の萎縮が進んでおり、動作ができなかったり、おかしかったり遅かったりといった現状を裏付けているが、記憶にかかわる部分は、この1年半では萎縮があまり進んでいない、ということだった。

 喜んでいいのか悲しむべきなのか、俺には微妙な感じがした。



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平成20年-春
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