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2009/11/05.Thu

これまで、これから 2-(4)

 もうすぐ平成21年(西暦2009年)の春なので、父親が若年性アルツハイマーと診断されてから8年、主治医の判断による父親の若年性アルツハイマーの発症からは10年以上、そして、家族が父親の様子がおかしいと感じ始めた時期からは約12年になる。

 平成19年の夏からこれまでは、俺にとって、特に医療や福祉という点で、いろいろな現実を知った時期だったと思う。

 質より量を選ぶ(選ばざるをえない)介護従事者がいる。

 多くのケアマネージャーが、ケアプランなどで主治医との連携を謳いながらも実際はほとんど連携などしていない、という話をある医療関係者から聞いた。


 後悔と反省ばかりの時期でもあった。

 一番大きな反省は、小規模多機能ホームに移ってもらったのは、俺が先のことを考えすぎたためで、それまでの「幼老統合ケア」デイサービスで大きな問題がなかったのだから、そのままできるだけ続けたほうがよかったのではないか、ということだ。


 我が家の介護状況を一言にすると、「老老シングル介護」ということになるのか?

 現在の介護をめぐる社会状況では、在宅の「老老介護」も「シングル介護」も行き詰ってしまうと俺は思う。
 我が家の「老老シングル介護」でも大変なのだから。


 夢や希望といったものをすべて捨て、考えることもやめて最低限のことだけをするのが、少なくとも精神的には一番楽だろう、と思うことも多かった。

 しかし俺は、少しでも良い状況を目指して努力することや、夢や希望を追い続けることを忘れたくはない。

 というか、こういう思い、考え方にしがみついていないと、俺自身がダメになってしまうような気がする…



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これまで、これから 2
2009/11/03.Tue

これまで、これから 2-(3)

 介護保険にしても、老人福祉にしても、障害者福祉にしても、「住み慣れた地域で安心して暮らす」ということが理念や目標になっているようだが、俺はこれに疑問を感じることがあった。

 この理念・目標は、公務員、地域に根ざした自営業者、終身雇用・年功序列だった時代のサラリーマン、といった人々が対象になっているのではないか。

 そういう人たちなら、戸建、分譲はともかく家を持つことができる、あるいは持っているわけだから、「住み慣れた地域」というものができるだろう。

 しかし、現在は、ライフスタイルの変化や仕事の都合などで、(自分の意思で、あるいはやむなく)あちこちの賃貸住宅を移り続ける人も多くなっている。

 そういう人たちには、「住み慣れた地域」というものができるのだろうか。

 これは、父親が入院して少しおちついた頃、俺が、「東京でサラリーマンを続けていたら、あちこちの賃貸住宅を移り続けることになっていただろう」といったことを考えて…

 ちょうどその時に、介護保険や福祉の「住み慣れた地域で安心して暮らす」という理念・目標を何かで読んだので、思いついたことである。



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これまで、これから 2
2009/11/02.Mon

これまで、これから 2-(2)

 父親が入院する少し前、ケアマネージャーから、入院してからの要介護度変更を勧められた(平成20~21年-冬-(16) 参照)。

 なぜ、ケアマネージャーが入院してからの要介護度変更を勧めたのか…

 一番の理由は、要介護度が2から3になったとしても、結託しているデイサービス先は俺の父親を受入れ続ける気はない、ということがわかっていたからだろう。


 そして、もう一つの理由が推測できたのは、父親が入院してからだった。

 入院当初の頃は、大きな生活・環境の変化があったり、強い薬が与えられたりして、入院前より状態が悪くなることが多いらしく、この時期に要介護度変更の調査を受ければ、要介護度が重くなる可能性が高いようだ。

 要介護度が重くなれば、より多くの介護サービスが介護保険の一割負担の限度額内で受けられることになるし、特別養護老人ホームに入居できる可能性も高くなる。

 このケアマネージャーは「入院してすぐに要介護認定を受けさせる」ということを、認定される要介護度を重くするためのテクニックとして何度も使ってきたのだろう。


 入院当初の頃に、要介護度認定の有効期間が切れそうになったら、その時期に要介護度変更の調査を受けるのもやむをえない、と俺は思う。

 しかし、要介護度は病気の重さだけではなく、主に介護の大変さで判断されるものであるはずだ。

 やはり、要介護度変更の調査は、在宅の時、退院してから、入院中だとしても退院の目処がたつなど症状がおちついてから受けるべきであろう。

 俺は、綺麗事だけを言うつもりはない。
 ただ、周囲の目があるし、役所はそんなに甘くない、と思っているのだ。

 また、入院当初の頃に要介護度変更の調査を受けて要介護度が重くなったとしても、その後に症状がおちついてしまえば、いずれ要介護度が軽くなってしまうだろう。

 重くなった時の対応より、軽くなった場合の対応のほうが、俺は大変だと思う。



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これまで、これから 2
2009/11/01.Sun

これまで、これから 2-(1)

 ショートステイ先と同じ施設の特別養護老人ホーム(以下、特養)に入居を申込んだ際(平成20年-秋-(7) 参照)、申込書類の中に、ケアマネージャーが記入する部分があった。

 俺の父親を担当しているケアマネージャーは最初、その書類の、父親の主たる介護者という項目のところに、俺の母親の名前を書いていた。

 実際のところは俺が主たる介護者になってしまっているので、そのように直してほしいとケアマネージャーに言ったら、ケアマネージャーは不思議そうな顔をしたが、直した。


 なぜその時、ケアマネージャーが不思議そうな顔をしたか、俺は当時わからなかったが、今は推測できる。

 もうすぐ65歳で、いろいろ(俺よりも多くの)病気を持っている母親を主たる介護者にして申込んだほうが、特養の入居評価のポイントが上がる。

 つまり、特養への入居が(少し)早くなりうるのだ。

 主たる介護者の部分を母親にすれば(そのポイント上昇分で)父親が特養にすぐ入居できる、という段階であれば、俺が働き始めたことにする等して「主たる介護者は母親になった」と入居申込した特養に俺は言うかもしれない。

 しかし、今はまだそういう段階ではない。

 もしも、「実際の主たる介護者は子なのに、特養の申込み上の主たる介護者は高齢の配偶者」とする人が多くいると、「認知症の人は、子が介護していてもつらい、家族2人で介護していても大変、老老介護は実際のところほとんど不可能」という現実が、統計上の数字に現れないだろう。

 介護保険制度の見直しに直接かかわる人々の多くは、現実に介護しているわけでもなく、現実の介護を身近で自分のことのように見ているわけでもなく、統計上の数字だけを見ているのだろうと、介護保険に関する様々な情報から、俺はそう思っている。

 現実が数字となってそういう人々の目に届くように、役所や介護保険施設に提出する書類は正直に記入したほうがよいと思う。

 俺の父親について、今のところは。

 介護保険制度の見直しに直接かかわる人々に、(これはさすがにないと思うが)数字をごまかされたら…

 正しい数字でも、「子が介護しているなら、家族2人で介護しているなら大丈夫だろう。老老介護の人が多いということは、老老介護でもなんとかなるということだろう」のように現実とは逆の解釈をされたら…

 俺のやったことは無意味になってしまうし、考えが甘いということになってしまうだろう。



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これまで、これから 2
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