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2010/06/14.Mon

平成21年-夏-(79)

 デイサービスが2日続いたその翌日から、父親は3泊4日のショートステイだった。


 3泊4日のショートステイの初日の夕方、ケアマネージャーが来宅した。

 来月の予定表を受け取ると、俺は、父親の車椅子が必要なので(平成21年-夏-(68) 参照)、折りたたみ式で俺の自家用車に積めるタイプで、中古の安いものを探してほしいと頼んだ。

 この日には弟も家に来た。

 普通の(硬さの)ものを食べると誤嚥の危険性が高い父親のために、(高齢者向け)介護食のレトルトをたくさん買って持ってきてくれた。


 3泊4日のショートステイの2、3日目の俺は、入院している祖母のお見舞いや、俺自身の以前からの病気による通院などをした。


 3泊4日のショートステイの4日目の夕方、父親が帰宅した。

 父親は「はいよ」と言うことが多く、反応もよくて、歩き回ることもあるが、わりと椅子に座っていてくれた。

 夕食後、俺が父親のそばでテレビの天気予報を見ながら、「明日は天気がよさそうだね」と父親に言うと、「よかった」と答えてくれた。

 父親に失語症状があるため、普段はほとんどコミュニケーションをとれないが、たまに、一言だけ、意思のわかる言葉を発してくれることがある。

 その一瞬を逃したくない、と俺は思う。



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平成21年-夏
2010/06/12.Sat

平成21年-夏-(78)

 精神病院に行った次の日から、父親のデイサービスが2日続いた。

 父親、家にいた朝夕は反応がよくて、「はいよ」も時々言った。


 父親は退院後、玄関では手すり(平成20年-秋-(1) 参照)を握ってもくれない(肩・肘・手首の関節の拘縮で握りたくても難しい?)ので、上がり框を昇り降りする際、非常に不安定な体勢になってしまっていた。

 俺と母親は父親の身体をしっかり支えながら、父親の靴を履かせたり脱がせたりしていたが、やはり無理があるし危険なので、玄関の上がり框に、その半分くらいの高さの踏み台を置くことにした。

 これによって、上がり框を昇り降りする時、つまり靴を脱ぎ履きする時は、以前より安定するようになり、俺や母親の介助はあいかわらず必要だが、その負担は減った。


 2日目の父親がデイサービスに行っている間に、俺はケアマネージャーと電話のやりとりをして、来月の予定について、介護保険の限度額内におさめるために、どこを減らすか相談した(平成21年-夏-(55)-(56) 参照)。

 この相談が、父親が要介護度4か5になるまで毎月続くと思うと、俺は気が滅入った。


 父親がこの日のデイサービスから帰宅後、俺はデイサービスの連絡帳を見て、今日の(あるはずの)入浴の部分が記入されていないことに気づいた。

 施設に電話して、父親が入浴したのか聞いてみると、いつものように午前中に入浴を勧めたら興奮したために、午後に入浴させたそうで、また、自分の思い通りに歩けなかった時に険しい表情を見せたとのこと。

 興奮も険しい表情も短時間でおさまり、スタッフが充分対応できる程度のものだったそうで、「スタッフのケアの工夫などで対応できなくなったら、ご家族に連絡して、薬を増やすなどしてもらいます」ということだった。



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平成21年-夏
2010/06/10.Thu

平成21年-夏-(77)

 …前(下)の記事<平成21年-夏-(76)>の続きです。

 診察後ほどなく、父親がおちつかなくなり、家から持ってきたお茶を飲ませてもダメだった。

 俺は車椅子を押して、母親は替えオムツや着替えなどの荷物を持って、父親を病院の障害者用トイレに連れて行った。

 リハビリパンツ(の中の尿取りパッド)には失禁しておらず、便座に座らせようとしたら、座りかけた時に排尿を始めてしまった。

 大部分は便器内にさせたが、足、尿取りパッド、リハビリパンツ、そしてズボンにも尿がかかってしまった。

 俺と母親は尿がかかってしまったものを交換しよう、着替えさせようとしたが…

 父親にはこちらの意図がなかなか通じず、抵抗や動きがあり、おちついて便座に座っていてもくれないし、手すりにつかまって立っていてもくれないから、本当に大変だった。

 俺は作業しながら、どうしてこんな苦労をしてまで通院させなければいけないのか、と思っていた。
 特別養護老人ホームに入居できていたら、そこで嘱託医が診てくれるのに、とも。

 なんとか後始末までして、その後、会計や薬の受取りを済ませてから、介護タクシーで帰宅した。


 夕方、俺は自家用車を運転して家から一番近いスーパーに行き、急いで、父親が安全に食べられるであろう、やわらかいケーキを買って戻った。

 父親の誕生日といっても、夕食後のデザートにケーキがついたくらいで、俺と母親は、父親に誕生日であることを話すなどしたが、特に反応はなかった…



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平成21年-夏
2010/06/08.Tue

平成21年-夏-(76)

 3泊4日のショートステイの翌日、今日の父親はショートステイもデイサービスもなく、定期通院で精神病院に(俺と母親が介助して連れて)行く日で、父親の68歳の誕生日でもあった。

 早朝4:00頃に、居間から聞こえる母親の声で俺は起きた。

 俺が居間に行くと、父親も起きていて、オムツ内に排便してしまっているようだ。

 父親を手引き歩行で洗面所に誘導し、母親といっしょに注意深くオムツを取り外しながら便の処理をしたが、父親の足などが便で汚れてしまったので…

 俺が、隣の浴室で父親の下半身を洗い、母親は汚れた下パジャマや防水シーツの予洗いをした。

 洗面所で父親に新しい紙オムツと尿取りパッドをあてて、別のパジャマを着せてから居間に戻り、麦茶を飲ませてからベッドに寝かせた。

 俺が起きてからここまで、40分はかかった。


 9:20頃、タクシー会社の車椅子用軽バン(後部スロープを利用して車椅子を人力で押して乗せる軽バンタイプの福祉車両)が家に来て、前回の通院(平成21年-夏-(66) 参照)と同じように送迎してもらった。

 前回(平成21年-夏-(68) 参照)と違って今回は、帰りにせかされたり、車椅子を預かったりすることはなかった。

 病院についてから診察が終わるまでの父親は、ずっと眠そうに車椅子に座っていて、反応が鈍かった。


 診察は、前回と同様、まず俺が父親の若年性アルツハイマーの主治医に、父親の前回の診察後から最近までの様子をまとめた手紙やショートステイの記録などを渡して読んでもらった。

 そして、主治医が父親を診ながら、俺と母親に質問し、それに答えた。

 薬は前回と同じで様子をみることになったが、抵抗が増えていることは気になるので、興奮や不安を抑える液体の薬を毎日夕食時だけ1包飲んでいるが(平成21年-夏-(67) 参照)…

 頓服薬として以前に出ている同じ薬を、父親が不穏になった時はためらわずに飲ませること、また、歯科医院に通院する時や施設でヘアカットをしてもらう時など、不穏になると危険が予想される場合は、その薬を予防のため事前に飲ませるように、と主治医に言われた。

 次の記事に続きます…



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平成21年-夏
2010/06/07.Mon

平成21年-夏-(75)

 デイサービスの翌日の今日から、父親は3泊4日のショートステイだ。

 父親の朝食後、いつものように俺が父親を洗面所に手引き歩行で誘導し、歯ブラシを用意して父親の歯を磨こうとしたのだが、父親が口を開けてくれない。

 すると、父親が排便したような音がしたので、俺はすぐに父親をトイレに誘導した。

 トイレで俺が父親のリハビリパンツをおろすと、その中の尿取りパッドに少量の軟便をしていて、俺は、それを注意しながら取り外し、父親を便座に座らせてウォシュレットを使ったら…

 父親が少しふんばった(立ち上がろうとした?)ように見えて、その直後に排便と排尿をした。

 途中からとはいえ、家で、トイレで座って排便したのは退院後初めてのことだ。
 これまでは、ずっと尿取りパッドなどに排便(失禁)していた。

 今回も、先日トイレで座って排尿した時のようにタイミングが合っただけだと思うが、それでも俺は、うれしかった。


 父親が3泊4日のショートステイに行ってその2日目くらいに、俺の風邪はやっと治ったようだ。


 3泊4日のショートステイの3・4日目、俺は、これまで父親の入居を申し込んだ全ての特別養護老人ホームに行き、「意見書」の写しを提出してきた。

 この「意見書」は、先日ケアマネージャーから受け取ったもので、父親が退院したことによって介護の状況が変わったことを特別養護老人ホームに伝えるために、ケアマネージャーに書いてもらっていた。



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平成21年-夏
2010/06/05.Sat

平成21年-夏-(74)

 2泊3日のショートステイの翌日は、デイサービスもショートステイもない日、その次の日はデイサービスと続いた。

 父親が朝夕だけでもいると介護に追われて、俺の風邪は治りようがなく…

 それに加えて風邪をひいていると、比較的健康な時と比べて、父親の介護は倍以上疲れるような気がした。

 父親に風邪をうつさないように、父親のそばにいなければならない間、俺はずっとマスクをしていたのだが、その分だけ呼吸が苦しくなり、よけい疲れた。

 父親が早朝に起きてしまうことが続いているだけでも、それに対応しなければならない俺はつらいのに、こういう時に限って、父親が深夜にも起きてしまうことがあった。

 また、入院前と比べたらだいぶましだが、介護に抵抗されることも時々あり、それで俺は背筋を痛めたようだ。


 父親が家で飲み物を飲む時は、俺か母親が、ストローを使って少しずつ飲ませている。

 父親は福祉用具のコップ、そこまでいかなくても、ストローが固定できるフタ付きコップを使えば、飲むこと自体は一人でできるだろう。

 しかし、父親に任せてしまうと一気に飲んでしまう。
 ムセたり誤嚥したりする危険性が高いため、介助して飲ませるしかない。



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平成21年-夏
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