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2010/06/20.Sun

これまで、これから3-(4)

 「介護のために自分の人生や生活、健康を犠牲にしてはいけない」、「介護をがんばりすぎてはいけない」と言う人がいる。

 しかし、今の父親の要介護度、要介護度が上がる(重度になる)見通しが全く立たない、特別養護老人ホーム(以下、特養)へ入居する見通しも全く立たないという状況などの中で、父親の心身の状態が悪くならないように保つ介護をするには…

 俺と母親が、自分の人生や生活、健康を犠牲にしてでも、がんばりすぎるしかない。

 「今の父親の要介護度」とは、現在の要介護度3の限度額内で受けられる介護サービスの量が、俺と母親にとっては全然足りないことを主に指している(平成21年-夏-(55)-(56) 参照)。

 「要介護度が上がる見通しが全く立たない」のは、他はどうか知らないが、俺の住む地域では、寝たきりにならないと、要介護度4か5には、まずならないからだ(平成21年-夏-(33) 参照)。

 「特養へ入居する見通しも全く立たない」のは、他はどうか知らないが、俺の住む地域では、要介護度4か5の人や一人暮らしの人が優先されると、俺が父親の入居を申込んだほとんどの特養で担当者に言われたからだ。


 親戚や近所の人、ボランティア等に父親の介護を手伝ってもらうことも、これまで何度も考えたが…

 ふだん一緒に暮らしているわけでもなく、医療や看護、介護の専門家でもない人に、父親の多様かつ複雑な症状およびそれらに対する介護を、俺や母親が説明することも、そういった人たちに理解してもらうことも、極めて難しく、はっきり言って無理だ。

 それに、入院前のような暴力の可能性は、今は低いが、介護抵抗などでそういう人たちにケガをさせてしまった場合、逆に父親がケガをした場合などのトラブルが起きたら、誰がどう責任をとるのか、介護施設やホームヘルパーなら、そのあたりのことは契約でわりとはっきりしているが…


 父親を見捨てて一人暮らしをさせるわけにもいかないし、寝かせきりによって寝たきりにしたり、故意に、あるいはできることをしない等の手抜きをしたりして父親の状態を悪くすることもできない。

 そうすることが、要介護認定を重度にするための、そして、特養へ入居するための近道になりうるとしても…


 それでも、早く要介護度が4か5に認定されてほしい。

 父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医が、ある時、俺に、「認知症の人の介護は本人が動ける時期のほうが大変なんだから、認知症の場合は、寝たきりのほうが要介護度が重くなるのは変なことなんだよね」と話してくれたことがある。

 まず、今年の春の介護保険制度の改正で、介護報酬が上がったために利用者が介護保険の限度額内で受けられなくなった分の介護サービスを、また限度額内で受けられるように、限度額を引き上げてほしい。

 そして、要介護度認定は、寝たきりかどうか以外も部分もしっかり見てほしいし、介護の努力と効果がしっかり反映されるものになってほしい(要介護認定-(1)-(2)-(3) 参照)。



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これまで、これから 3
2010/06/19.Sat

これまで、これから3-(3)

 俺は、以前に格闘技をやっていた頃から、ほぼ毎日、ストレッチ(体操)をしている。

 父親が家にいる日に俺がストレッチをするのは、父親が寝た後にその日の記録をつけたり、デイサービスやショートステイの準備をしたりした更に後だから、どうしても深夜になる。

 俺は、主に、というかほとんど父親の介護で、慢性的に疲れているし、睡眠不足でもあるから…

 せいぜい15分くらいのストレッチをしている間でも、「わざわざこれ以上疲れる必要があるのか」とか、「こんなことをしないで睡眠時間を少しでも長くしたほうがいいのではないか」といったことを、どうしても考えてしまう。

 ちゃんとした(専門的な)ストレッチではないし、しっかりやる日もあればそうでない日もあり、わりといいかげんだ。

 とはいえ、これまで俺が父親の介護で大きなケガをしていないのは、このストレッチのおかげでもある、と思っている。

 しかし、父親の身体介助がこれ以上きつくなったら、ケガを覚悟しなければならないだろう。


 深夜のストレッチの前後に、せいぜい10~30分くらいではあるものの、先のことを考えた勉強もしているが…

 この時も、「眠い。こんなことをしないで、睡眠時間を少しでも長くしたほうがいいのではないか」と思ってしまう。



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これまで、これから 3
2010/06/16.Wed

これまで、これから3-(2)

 父親が退院してから俺は、父親の状態や行動、それに対応して俺や母親がしたこと、俺が思ったことなどについて、詳細な記録をつけるようになった。

 父親は歩き回ったりはするが、目的が周りの人にわかるような動きはほとんどないし、失語でコミュニケーションがとれないから、その時その時において俺がやるべきことは、過去の詳細な記録から推測するしかない。

 その記録の具体的な使い方は、排尿や排便のタイミングをつかむ、複雑な服薬をしっかり管理する、などいろいろあるが…

 何よりも、父親の介護でうまくいったことは繰り返せるように、失敗したことは繰り返さないようにするために必要なのだ。

 とはいえ、父親が家にいて起きている時は、ずっと近くにいて介護しなければならないし、それと並行して、父親の状態が変化したり俺や母親が何か父親の介護をしたりするたびに(忘れないように)記録もつけなければならないから…

 最低限のことを、メモ用紙に殴り書きすることしかできない。

 それでは後日の役に立たないので、俺は、メモ用紙に殴り書きした内容を後でノートに書き直す。

 その日のうちにまとめないと忘れてしまうから、その日のことはその日のうちに。

 ショートステイもデイサービスもない日は、父親の介護の合間に少しはノートに書き直せるとはいえ、大部分は父親が寝てからノートに書くことになるので、俺は、自分の睡眠時間をけっこう削ることになる。

 こういう日は、いつもよりさらにつらい。



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これまで、これから 3
2010/06/15.Tue

これまで、これから3-(1)

 父親が再入院して(平成21年-春-(16)-(17)-(18) 参照)、それからしばらくの間の俺は、こういうことも考えていた。

 もし、若年性認知症の人(専用)の介護施設が家から通える範囲にあり、そこに入院前からデイサービスやショートステイで通っていて、退院後すぐにそこに戻って入院前と同じ内容・量のサービスを受けられたら…

 父親が再入院する必要は、なかったのでは?

 それ以前に、若年性認知症の人(専用)の介護施設が家から通える範囲にあって、そこに通っていたら、父親は入院せずに済んだのではないか? とも。


 父親が退院する少し前、父親の身体介助が大変になることはわかっていたから、俺は、身体介助の方法についてのテレビ番組を見たり、図書館から借りた介護の本を読んだりした。

 しかし、テレビや本で紹介された方法も、図書館の本に載っている方法も、思ったよりも大きな空間(広さ・高さ)を必要とするものが多くて…

 我が家は介護施設や病院ではなくて狭いから、特にトイレでは、実践することができない。


 国の政策として、介護を在宅中心の方向で進めるなら…

 バリアフリーでなかったり、身体介助や福祉用具設置の充分なスペースがなかったりする(長期間の居住を目的とする)家の建築は許可されてはいけないのでは、と考えるのは極端だろうか?



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これまで、これから 3
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