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2010/12/15.Wed

平成21~22年-冬-(33)

 ショートステイから帰ってきた翌日、父親はデイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 眠剤を飲み続けていたことについて、父親の睡眠や生活リズムという点では、特に大きな心配はなさそうだ。

 とはいえ、午前中のトイレでは「ウーウー」言い、前のめりに倒れそうになりながら、介助している俺の顔や首を爪を立ててつかむ等、あいかわらず、(失語で)コミュニケーションがとれない、姿勢が不安定、介護抵抗といった問題がある。

 最近、家で父親は鼻をグスグスさせることが多く、かといって自分で鼻をかめないから、俺がティッシュを使って鼻水をできるだけ吸い取っている。

 風邪のようではないので、花粉症の症状が多少は出ているのだろう。

 花粉症の症状が出るのは春が近いから、とも言える。


 一日中家にいた翌日の父親は、デイサービスがあった。

 父親のデイサービス中、ケアマネージャーから家に電話があり、来月の介護サービス利用予定のことで相談した。

 毎回のことだが、介護保険の(一割負担)限度額内におさめるため、どこのデイサービスを休みにするか話し合う。

 俺は毎回、気が滅入る…

 父親はデイサービスから帰宅すると、飲ませたお茶を飲み込まずにいきなり口から吐き出したり、やたらと歩き回ったり、いつにもまして大変だった。


 デイサービスの翌日は、一昨日と同様、父親はデイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 夕方、ケアマネージャーが来宅して、昨日電話で相談した内容を反映させた予定表を持ってきた。

 ケアマネージャーが父親の様子を見て、話しかけたりもしたが、父親の反応は鈍かった。



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平成21~22年-冬
2010/12/14.Tue

平成21~22年-冬-(32) 薬の誤服用

 精神病院に通院した翌日から、父親は3泊4日のショートステイだった。

 普段の朝の介護に加え、シロップの薬・目薬・シェーバー・歯磨きムースを荷物に加える等、父親をショートステイに送り出すにあたって、当日の朝でなければできないことも多々ある。

 9:00過ぎに父親をショートステイに送り出した後、俺はやっと、自分の朝食にありつけた。

 この日の夕方、俺は自分の部屋で横になっていたが、弟が来宅して母親と話していることはわかった。

 俺の身体は相当疲れて、まいっているのだろう…

 身体を起こしたくても起こせず、なんとか起きて居間に行った時には、弟は帰ってしまっていた。


 父親のショートステイの2~4日目の俺は、なかなか疲れがとれなかったが、母親の買い物に自家用車での送迎がてら同行したり、今も続けている父親の音楽カセットテープ作りで必要なCDをレンタル・返却したりした(平成21年-秋-(46) 参照)。


 父親がショートステイから帰宅した時、とても眠そう、しんどそうだった。

 俺は、父親の荷物を整理している時、ショートステイの時に持たせている、夜どうしても眠れない場合のための頓服の眠剤が、3包全部なくなっていることに気づいた。

 ここしばらく、眠剤に頼る必要のない状態が続いていたので、1包だけならともかく、3包(3晩)飲ませる必要があったとはとうてい思えない。

 俺はショートステイ先に電話し、ショートステイ中の3夜とも、父親が眠れなくて眠剤を飲ませたのかどうか確認した。

 ショートステイ先の担当者によると、父親の担当介護スタッフが、今回から持たせた花粉症の粉薬と細粒の眠剤を取り違えて、花粉症の薬のつもりで眠剤を毎晩飲ませてしまったようだ。

 ショートステイ先の担当者からは、謝罪と、水分を多く摂取させてほしい、という言葉があった。

 俺のほうも、花粉症の薬を病院で受け取ったのがショートステイの前日で、受け取ってからショートステイ先に送り出すまで父親の介護に追われていたため、花粉症の薬の飲み方や他の薬(粉薬・細粒)との見分け方をしっかり書く(文章にする)余裕がなくて…

 ショートステイ初日の朝に迎えに来てくれたスタッフに急いで口頭で伝えただけだったから、そう責めることもできない。

 今夜は当然、眠剤を飲ませないが、3日連続で飲ませた後なので、睡眠や生活リズムに悪影響が出ないか心配だ…



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平成21~22年-冬
2010/12/13.Mon

平成21~22年-冬-(31)

 …前(下)の記事~ 平成21~22年-冬-(30) ~の続きです。

 診察室に入った父親は、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医の呼びかけに対して反応や発語をして、主治医は、「久しぶりに声を聞いた」と少し驚いた。

 父親は次第におちつかなくなったが、その中でもなんとか俺と母親は、父親のむくみ、介護抵抗などについて状況を報告した。

 また、もうしばらくするとスギなどの花粉が飛散する時期になるので、今回から、スギ花粉の飛散が終わる頃まで、花粉症の薬も出してもらうことになった。

 去年の花粉症の時期に飲んでいたものと同じもので(平成21年-夏-(8) 参照)、粉状にするので食事に混ぜてもよいとのこと。

 父親の飲み薬は、次の通りになった。
○アリセプトの粉薬(平成21年-春-(14) 参照)を毎日朝食時に1包

○おちつきなさや興奮を抑えるシロップ薬(平成21年-春-(14) 参照)を毎日朝昼夕食時に数cc(再入院前から同じ量)ずつ

○興奮や不安を抑える液体の薬を毎日夕食時に1包(平成21年-夏-(67) 参照)

○利尿剤の粉薬(平成21年-夏-(20) 参照)を毎日朝食時に1包

○花粉症の症状を抑える粉薬を毎日夕食時に1包


 診察後、おちつきなくウーウー言っている父親を再び障害者用トイレに誘導したが、失禁はしていなかったものの、とうてい洋式便器の便座には座らせられない。

 会計などの窓口近くの待合スペースに移動したが、やはり、おちつきなくウーウー言っている。

 変な顔で俺たち家族3人を見ている人が多いのはわかるが、俺も母親も、それを気にしている余裕はない。

 家から持ってきたスポーツドリンクをなんとか父親に飲ませたら、少しおちついた。

 それから30分後、やっと薬を受け取り、病院を後にした。


 帰宅してすぐ、おちつかない父親をトイレに誘導したら、多量の失禁をしていた。

 俺が父親の尿取りパッドを交換していた時、父親はバランスよく立った状態で、両手でお尻をかいた。

 かいたこと自体は良いことではないが、普段は姿勢が不安定で動きの鈍い父親にとっては非常にめずらしい器用な行為であり、俺は驚き、そして、ちょっとうれしくなってしまった。


 夕食時に、今日から飲むことになった花粉症の粉薬を、俺は少量の(甘い)ヨーグルトに混ぜて父親の口に入れたら、父親は「だめだ」と言った。

 苦味を感じたようで、俺は次回以降、薬とヨーグルトをもう少しよく混ぜることにした。



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平成21~22年-冬
2010/12/11.Sat

平成21~22年-冬-(30)

 ショートステイから帰ってきた翌日とその次の日の父親は、2日続けてデイサービスがあった。

 俺は、腰痛が強くなってきた。


 2日デイサービスが続いて、その次の日はデイサービスもショートステイもなく、父親の定期通院があり、午前中、家族3人で精神病院に行った。

 病院に着いてから約30分後、車椅子から何度も立ち上がろうとする父親を、念のために病院内の障害者用トイレに誘導したら失禁していて、尿取りパッドの交換などをした。

 おちつきなく、「わからん」と言って混乱してもいたが、抵抗はさほど強くなかったので、なんとかなった。

 診察室前の待合スペースに戻り、しばらくは車椅子に座っていてくれたが、また、おちつきがなくなり、車椅子から立ち上がろうとしたので、仕方なく…

 転倒や激突の危険性が高くなるのであまりしたくはないのだが、父親を車椅子から立たせ、俺と母親が交代しながら手引き歩行で近くを歩かせた。

 ここに通院する度に思うのだが、少なくとも外来では、父親ほど症状が重く、待たせるのが大変な人は他に見たことがない。

 やはり今の父親は、介護の大変さからすれば特養(特別養護老人ホーム)に入居しているのが当然の状態で、やむをえず在宅介護だとしても、訪問診療で対応してもらうべきなのだろう。

 しかし、(介護の大変さとはまた別の)身体が動かない、寝たきりといったことが要介護度を重くしたり、一人暮らしであることが特養の入居を早めたり、この地域は訪問診療の体制が脆弱だったり、という現状があって…

 今の俺は、その現状を恨むしかない。

 トイレに行ってから約50分後、病院に着いてからは約1時間20分経って、やっと診察室に呼ばれた頃には、父親は車椅子に座っていてくれるようになっていた。


 次の記事に続きます…



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平成21~22年-冬
2010/12/08.Wed

平成21~22年-冬-(29) 入居待ち人数

 2日連続のデイサービスに続いて、今日から父親は3泊4日のショートステイだ。

 9:30頃に父親をショートステイに送り出すと、それからしばらく、俺と母親はそれぞれ身体を休めた。

 夕方、俺と母親は、ファミレスで弟一家(弟と、弟の奥さんと子供)と落ち合い、そこで夕食にした。

 俺と母親にとっては、本当に久しぶりの外食だった。


 父親のショートステイ中の別の日(2~4日目)の俺は、いろいろやるべきことがあった。

 母親の定期通院で心療内科医院に送迎がてら付き添った。
 精神薬の種類も量も同じで、様子を見ていくことになった。


 俺一人で、ある特養(特別養護老人ホーム)に行き、父親の入居申込をした。

 俺は1ヶ月くらい前から、入居申込についてケアマネージャーと相談していて、すでに6箇所ほど申込んでいるが、できれば、もっと申し込み先を増やした方がよいということになって、今日のこの特養の申込に至った。

 申込自体はスムーズに受理されたが、担当者による現状の話は、厳しかった。

 この特養の定員は80名だが、要介護度4と5の人がその7割くらいを占め、(今の父親と同じ)要介護度3の人もいるが、一人暮らしだったなど(介護の大変さとは別の)入居がやむをえないような事情の場合が多く…

 待ち人数は約300人で、入退所は月1人くらい、とのこと。

 これでは、俺の父親が入居できるのは、いつになるのか…


 父親のお尻の赤みの件で、俺は総合病院の皮膚科に電話して受診が可能かどうか、今日から2週間くらいの間で比較的空いている日時、などを聞いた。

 診察の直前や診察中に失禁してしまった場合、診察室内で尿取りパッドの交換などをするのはやむをえない、とのこと。

 赤みは現れたり消えたりしており、現れている時でないと診察してもらっても仕方がないので、具体的な予約はまだしない、ということになった。


 予定通りショートステイから帰って来た時の父親は、手のむくみや身体の傾きが目立っていた。



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平成21~22年-冬
2010/12/07.Tue

平成21~22年-冬-(28)

 歯科医院に通院した翌日の父親は、デイサービスがあった。

 俺は朝、父親を起こした時、いきなり言葉にならない(失語のため)うなり声で怒られた。
 よくあることだが、今朝の声はひときわ大きかった。

 父親の身体を無理に起こすような体勢になってしまったから、ということはわかっている。

 ただ、父親が身体を横向きにして(させて)くれれば、俺も父親の身体を無理な体勢にしなくて済むのに、身体に力を入れて抵抗し、膝を立てることさえして(させて)くれないのだから、仕方がない。

 深夜(早朝)にベッドで寝ている父親のオムツ交換ができないのは、交換しようとした時に目を覚まして抵抗されたら交換などできるはずがなく、そうなる可能性が高いからで…

 俺の身体、特に腰がきつくなる原因の一つも、この抵抗にあるだろう。

 デイサービスの送迎車が家に迎えに来る前に父親の体温を測った時は嫌がられ、迎えに来た時にはいつもより怒られ、今朝は散々だった。


 父親がデイサービスに行っている間、俺と母親は、祖母(母親の実母)のお見舞いで病院に行き、その後はスーパーで買い物をした。


 夕方、父親が帰宅した時、「だけども」と言ったようだ。

 しばらくして、今度は「小便」と言ったようなのでトイレに誘導したら、(リハビリパンツ内の)尿取りパッドに、ついさっきしたばかりという感じの失禁をしていた。

 失語の父親が、自分の意思を発語で伝えてくれるようなことはめったにないので、俺はうれしかった。


 翌日もデイサービスがあったが、朝は前日のような強い興奮はなく、夕方は前日のような発語はなかった。

 時々あることだが、朝、父親のお尻の一部が赤くなっていた。
 その日の夜には、消えていたが…



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平成21~22年-冬
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