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2011/04/05.Tue

平成22年-春-(37) 椎間板ヘルニアになっても

 精神病院を受診した翌日から、父親は3泊4日のショートステイだった。

 9:00頃に父親をショートステイに送り出すと、俺と母親は一休みしてから、脳梗塞になってからずっと入院している祖母(母親の実母)に会いに行った。

 祖母は穏やかな表情をしていて、俺も母親も安心した。

 そこから足を延ばす形で、昨日行った精神病院にまた行き、父親の薬の受取りや次回の予約の確認をした。


 父親のショートステイの別の日に、俺はケアマネージャーに電話して、俺の腰のMRI結果を伝えた(平成22年-春-(25)-(32) 参照)。

 父親の入居を申込んでいる全ての特養(特別養護老人ホーム)に、「介護する家族の状況の大きな変化」として、俺が腰の椎間板ヘルニアになり、在宅介護が本当に限界であることを伝えるよう勧められた。

 父親のショートステイ中に7ヶ所の特養に電話して、ケアマネージャーと相談した通りに伝えたが…

 全てが同じ答えで、入居待ち順位は少し上がるものの、入居はまだまだ先ということだった。

 俺が腰の椎間板ヘルニアで入院や手術の予定があったり、父親の要介護度が現在の3から4になったりすれば、入居がだいぶ近づくような感触もあったが…


 3泊4日ショートステイの4日目の夕方、予定通り父親が帰宅した。

 父親の夕食の途中、食器がはずみで「ガチャン!」と音を立てた時、父親は「お~、びっくりした」と言った。

 ふだんは失語で言葉にならず、たまに短い単語を言うだけの父親にしては、とても長い言葉だったので、介助していた俺と母親は、そのことでびっくりした。



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平成22年-春
2011/03/09.Wed

平成22年-春-(36) アリセプトがゼリーに

 ショートステイから帰ってきた翌日から2日続けて、父親はデイサービスがあった。

 1日目のデイサービス中に、施設に出張してくる理容師にヘアカットしてもらった。

 この2日間は、父親のお尻の仙骨部分が赤くなり、褥瘡(床ずれ)が一時心配されたものの、赤みは徐々に消えていき、俺も母親も一安心した。


 デイサービスが2日続いた翌日は、父親のデイサービスもショートステイもなく、定期通院で精神病院に行くことになっていた。

 いつものように、午前中、家族3人で福祉車両の自家用車で病院に行ってきた。

 診察の少し前から、診察中もずっと父親はおちつきなく、何度も車椅子から不安定な動きで立ち上がろうとするので(転倒・激突しそうになり)、大変だった。

 そのような診察中でも、なんとか俺と母親は、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医と最低限の相談はした。

 父親の主食について、ショートステイで普通のごはんを食べさせていた時期のこと(平成22年-春-(31)-(33) 参照)を伝えたところ… 

 “普通のごはん”を食べさせてみて、危なそう(誤嚥しそう)になったらすぐ“おかゆ”に戻す、という条件つきで、家・デイサービス・ショートステイの全てにおいて、父親に普通のごはんを食べてもらうことになった。

 アリセプトにゼリータイプがあるのなら(平成22年-春-(34) 参照)、そのほうが父親に飲ませ(食べさせ)やすいのでそちらに替えてほしい、と俺が頼んだら…

 主治医は、「じゃあ、今回からゼリーで出そう」とあっさり言った。

 アリセプトが、錠剤を砕いて粉にしたもの(父親は錠剤を飲みこめないので、食べ物に混ぜられるように粉にして出してもらっていた、平成21年-春-(14) 参照)からゼリーになることと…

 花粉症の薬はもう時期が過ぎたので出ない他は、薬はこれまでと同じだ(平成21~22年-冬-(31) 参照)。

 診察後も父親がおちつかなかったので、俺と母親は、病院外来の中でもできるだけ静かなところに移動させたり、家から持ってきたスポーツドリンクを飲ませたりして、なんとか会計までしのぎ、薬の受取は翌日ということにして、早々に帰宅した。



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平成22年-春
2011/03/08.Tue

平成22年-春-(35)

 一日中家にいた翌日から、父親は3泊4日のショートステイだった。

 父親のショートステイ中、俺は、いくら寝ても疲れは抜けなかったが、下腹の痛みは引いたようだ。

 疲れがとれないせいだろう、母親と日用の飲食良品を買いにスーパーに行った時も、俺はフラフラで、どこでもすぐに座りたくなってしまった。

 とはいえ、俺が自家用車を運転して行くしかないので、俺は、母親が買い物に行っている間に家で休んでいる、ということはできない…

 ひどく疲れていたが、なんとか俺は、歯科医院に行って定期検診を受けてきた。

 時々歯が痛くなっていたのだが、結局、予約されていた定期検診の日まで我慢してしまった。

 もちろん、その歯は治療することになった…


 3泊4日のショートステイの4日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。

 ショートステイ中の父親は、一時的に体温が37度台半ばまで上がったが、それ以外は特に大きな問題はなかったそうだ。



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平成22年-春
2011/03/07.Mon

平成22年-春-(34) 介護サービスのパターン変更

 平成22年(2010年)の5月下旬に入った。

 一日中家にいた翌日の父親は、デイサービスがあった。

 父親のデイサービス中に俺は、父親が通院している(俺と母親が父親を通院させている)精神病院に電話した。

 現在父親が飲んでいる薬の内の一つの飲ませ方について、薬剤師にちょっとした確認をしたのだが、その際、最近アリセプトにゼリータイプができた、ということを聞いた。

 俺は数日前から時々、下腹が痛くなる…


 デイサービスの翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 今週は介護保険の限度額の関係で、デイサービスが1日しかないからだ…

 父親は、とにかくおちつきがなく、意味不明の発声も多かった。

 夕方、ケアマネージャーが来宅し、来月の予定表を俺に渡し、俺の父親の様子を見てから帰った。

 これまで、週に3泊4日のショートステイと1~2日のデイサービスという形だったが、来月の中旬から、週に4泊5日のショートステイと1日のデイサービスになる(平成22年-春-(17)-(19) 参照)。

 そうしないと、もう俺と母親は、もたない。

 そうしても、我が家の在宅介護生活の破綻が少し先に延びるだけ、ということもわかっているが…



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平成22年-春
2011/03/05.Sat

平成22年-春-(33) トイレ誘導

 父親の3泊4日のショートステイの別の日に、俺は、市役所に行って自動車税の減免申請をした。

 約1年前に同じ手続をしていて(平成21年-春-(35) 参照)、当時と同じ自家用車ならしなくてよかったのだが…

 昨年の秋に福祉車両の車に買い換えたことによって(平成21年-秋-(8) 参照)、今年も同じ手続をしないと税金を減免してもらえないからだ。


 3泊4日ショートステイの4日目の夕方、父親は予定通りに帰宅し、その際に送迎スタッフが俺に、父親がショートステイ中の食事で普通のごはんを食べていた時のことを話した。

 結論としては、普通のごはんでも、しっかり声がけや口などの観察をしながら食べさせれば大丈夫そう、ということだった。


 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 朝、俺が父親の身体を介護ベッドから起こした時、今日はスムーズに起こせなかったせいか、俺は父親に、「この野郎!」と怒鳴られた。

 普段は失語なのに、どうして、このような言葉だけがしっかり言えるのだろうか?

 午前中は椅子に座って眠そうにしている時間が長く、午後になって歩き回りが増えた。

 夕方、居間のテレビには相撲中継が映っていたが、父親はおちつきがなく、もう、相撲中継は見せないほうがよさそうだ…


 最近の家での父親の排泄は、全体的には尿取りパッドへの失禁があいかわらず多いが、トイレの洋式便器に座って排泄してくれる回数が少し増えた。

 ただし、これは俺が、失語などでコミュニケーションのとれない父親の仕草や発声、前回の排泄の時刻と内容などから推測し、早めに、こまめにトイレに誘導しているからであって…

 そういう努力をしなければ、ずっと失禁だけだろう。

 俺の身体的には、食後など決まった時刻に最低限の回数だけトイレに誘導し、その時に排泄がなかったら、次の決まった時刻のトイレ誘導までに失禁してその状態が続いていても仕方がない、と割り切るほうが、特に俺の腰にとっては、助かる。

 おそらく父親本人も、身体的にはそのほうが楽だろうし、このような生活の方が要介護度も重く認定してもらいやすいだろう。

 しかし、失禁した(と後でわかることが多いのだが)時の父親の不快そうな、つらそうな表情を見ると、俺は、俺の身体がもつ限りは、できるだけトイレで排泄させたいと思ってしまう。

 そうすることが、父親の要介護度が軽く判定されてしまう方向に行くとしても。

 このような俺の努力が要介護認定に、介護の大変さとして正しく反映されるのならば、少しは救われるのだが…



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平成22年-春
2011/03/01.Tue

平成22年-春-(32) 椎間板ヘルニア

 歯科医院に行った翌日から、父親は3泊4日のショートステイだった。

 父親をショートステイに送り出した後、俺は父親の定期検診で昨日行った歯科医院に電話して…

 次回の予約をしてから、次回以降の父親の診察の際、診察室(個室)内で父親の好きな音楽を聞かせてよいか相談し、了承された。


 父親のショートステイ中の別の日、俺は整形外科医院に行き、先日のMRI撮影(平成22年-春-(30) 参照)の結果を聞いた。

 結果は、腰の椎間板ヘルニアで、医師は俺の腰のMRI写真から、「椎間板の一つが脊柱管を押していて、神経を常に強く圧迫するギリギリ手前という状態で、時々強く押されて、その時に腰痛が強くなるのだろう」と言った。

 また、「今すぐ手術する必要はないが、腰に大きな負担がかかることはしないように」とも言われた。

 しかし俺は、父親の在宅介護が続く限り、この指示は聞けない…


 俺は、腰がヘルニアになったことは身体的にきついし、精神的にも苦しくてショックを受けたが、一方で、そうなって当然と納得もしていた。

 父親は、失語などでコミュニケーションがとれず、身体の姿勢も動きも不安定で転倒や激突の危険性が高く、身体に力を入れたり怒ったりという介護抵抗もある。

 俺が家で父親の身体介助をする時は、転倒や激突をしないように父親の身体を支えること、介護抵抗をかわす又は抑えること、身体介助そのもの、この3つを並行してしなければならない。

 しかも、施設や病院と違って身体介助に必要となる充分なスペースがない、各空間の狭い家において、そうとう無理な姿勢で。

 こんなことを、ずっと続けてきたのだから…

 俺は、テレビの身体介助についての番組を見たり、図書館で身体介助の本を借りて読んだりして、介助者の腰に負担をかけない身体介助の方法は、自分なりにだが、知っていた。

 しかし、その方法は、要介助者が、コミュニケーションがとれて可能な範囲で協力してくれるか、あるいは全く自分では身体を動かせないかのどちらかのパターンで…

 また、その介助方法は、わりと大きなスペースが必要とされるので、家で俺の父親に対しては、全くと言っていいほど役に立たなかった。


 父親が家にいて起きている間、俺は腰痛がひどくならないように、父親の身体介助をする時には常に腰ベルトを装着することにした。

 対策としては、こんなことしかできない。

 とはいえ、父親は、いつ身体介助が必要になるかわからない面もあるので、俺は、ほとんどずっと腰ベルトをしていなければならず、常に腹が圧迫されていて、苦しい…

 父親が深夜や早朝に起きてしまった時など、寝ていた場合の俺は、慌てて腰ベルトをつけなければならず、これも大変だ。

 俺の身体は、父親が特別養護老人ホームに入居するまで、もつのだろうか…



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平成22年-春
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