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2011/06/08.Wed

平成22年-夏-(30) 少しでも休みたいが…

 一日中家にいた翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 朝から父親は、うなり声が多く、9:30頃にショートステイの送迎車が来るまで、ずっとその状態が続いた。

 俺と母親は、父親の身体介助で肉体的に、父親のうなり声で精神的に、まいってしまった…


 父親のショートステイ中、母親の心療内科医院での定期受診があり、俺はいつものように自家用車を運転して送迎しつつ付き添った。

 やはり母は医師から、「薬の減量を試すのは、心身ともに負荷の少ない日に」と指示された。


 ショートステイ中の別の日には、母親が、新聞で紹介されていたおいしい料理の店に行きたいというので、介護疲れがなかなかとれない俺は家で休みたかったが、自家用車を運転して母親とそこに行った。

 精神的に不安定なところがある母親の希望は、できるだけかなえたい、ある意味かなえざるをえないと思ったのと、そんなに遠くではなく、ショートステイ中の父親に急変があってもなんとかなる場所だったからだ。

 しかし、やはり俺としては、つらいし、少しでも休みたい…


 ショートステイ中のまた別の日には、ケアマネージャーが来宅し、来月の介護サービス予定表の受け取り、俺の父親の現状について報告・相談といった、いつものことをした。


 4泊5日ショートステイの5日目の夕方、父親は予定通りに帰宅した。

 あらかじめ頼んでおいたことだが、ショートステイ中に父親はヘアカットをしてもらい、スッキリした雰囲気で帰ってきた。

 帰宅した父親には、まず、半袖の上着シャツを脱がせ、上はサーフシャツ1枚になってもらい、下は靴下を脱がせ、薄手のズボンを七分丈パンツにはき替えさせた。

 この暑い夏の間、ずっと続いた着替え介助で、おちつかず抵抗もあるのに姿勢・動きが不安定という父親に対しては、朝の起床時と夜寝る前の着替え介助だけでもきついのに、それ以外の時にも必要となると…

 俺と母親は、父親に朝起きてから寝る前まで同じ服でいてもらえるようになる秋は、もうすぐだ、と自分に言い聞かせている。



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平成22年-夏
2011/06/07.Tue

平成22年-夏-(29) 上半身リハビリの相談

 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。

 あらかじめ約束していたことだが、父親のデイサービス中、俺はそのデイサービス(とショートステイで父親が通っている)施設のリハビリ室に行って…

 そこの看護師や昨年の秋と同じリハビリの専門家(平成21年-秋-(36) 参照)と、父親のリハビリについて話し合った。

 俺は、もう少し上半身のリハビリを加えてくれるよう頼んだ(平成22年-夏-(21) 参照)。

 そのリハビリ専門家によると、父親の身体の硬い部分一つ一つについて、筋肉が単に硬いのか、筋肉の短縮なのか、何かの病気なのか、薬の(副)作用なのか、緊張なのか、抵抗なのか…

 といった整形外科的な判断や指示がないと、踏み込んだリハビリをするのは難しいとのことだ。

 しかし、整形外科医院や病院の整形外科に行って、身体の硬い部分や骨が湾曲しているような部分を一つ一つ診てもらうのは…

 今の父親には(おちつきなさ、抵抗、排泄等の問題から)とうてい無理なので、「ここでのリハビリは、やってもらえる範囲で少しずつ」と頼むしかなかった。

 その話し合いの後、俺の父親が車椅子に乗せられてリハビリ室に来た。

 リハビリ専門家が父親の身体を触ったり関節を動かしたりして、俺は指示され、父親を車椅子から立たせてリハビリ室の中を歩かせ、歩行の様子を見せた。

 父親は少し不機嫌そうで、時々うなった。

 この話し合いと、父親を見てもらったことにより、これまでの下半身中心のリハビリに、肩や肘の曲げ伸ばしやマッサージを、できる範囲で少しずつ加えてもらえることになった。

 俺は父親に声をかけてから帰宅し、自分の入浴など、父親が家にいない時にしかできないことを済ませた。

 夕方に父親は帰宅した。

 夜、俺が父親を介護ベッドに寝かせる時、腕の曲げ伸ばし(平成22年-夏-(22) 参照)については、今度から施設でやってもらうことになったし、今日は実際、昼に俺が見ている前で専門の人にやってもらっていたので、今夜からやめることにした。

 その介護を減らしただけでも、俺は少し助かる。


 デイサービスの翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 昼になると、昨日の夕方もそうだったが、父親の体温は37度台半ばまで上がってしまい、俺と母親は、エアコン(冷房)をつけたり、父親に水分補給したり、首や脇の下を冷やしたり、といった対応に追われた。

 微熱とはいえ発熱が見られるのに、父親は食事をしっかり食べ、時々歩き回るし、うなりや抵抗もある。

 俺と母親は、このギャップに悩まされるし対応もつらいのだが、父親はそれだけ(身体は)元気で、発熱(軽度の熱中症)以外は問題ないんだ、と思うことにした。

 その方が、精神的に少しは楽になる。

 ただ、やはり発熱のせいか、日中の椅子に座り続ける時間はやや長く、座っている間は(毎回)ずっと同じ姿勢で、暑さでリハビリパンツ内の状態もよくないのか…

 夜に寝かせる前の着替えの際、今日の椅子に座っていた時に体重がかかっていたと思われるお尻の一部分が、少し赤くなっていた。



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平成22年-夏
2011/06/06.Mon

平成22年-夏-(28)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。


 デイサービスの翌日の父親はデイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 父親は、あいかわらず歩き回り(徘徊)が多くて見守りや介助をする俺と母親は大変だが、なんとか家の中に留めておけるだけまし、と考えるしかない。

 その一方で、あいかわらず暑いからだろうが、発熱してしまう。

 今日は微熱程度だが、悪化しないようにするため、冷房や水分補給、首や脇の下を冷やすなどの対応に俺と母親は追われた。


 一日中家にいた翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 早朝、父親と同じ居間で布団に寝ていたはずの母親に呼ばれ、自分の部屋で寝ていた俺は、すぐに起きて居間に行った。

 介護ベッドの父親はうなり、上半身を起こそうとしていた。

 どうやって身体を起こせばよいかわからず(その方法を忘れてしまった)、関節の拘縮があり、筋力も落ちている父親が、自分自身で身体を起こせるはずもない。

 俺が父親の身体を起こし、母親と協力してオムツ交換をしたら、便失禁をしていたので、これが不快でうなっていたのだろう。

 深夜・早朝に対応しなければならないことは最近少なくなったが、無くなった訳ではない。

 今後、増えることはあっても、無くなることはないだろう…

 9:30頃にショートステイの送迎車が家に来て、父親を送り出した。


 父親のショートステイ中、俺は自分の歯の定期検診で歯科医院に行ってきた。

 特に大きな問題はなく、ホッとした。

 この日の夕方、ショートステイ先から電話があり、父親は、また転倒して後頭部をぶつけたらしい。

 ケガは無さそうで、注意して経過を見てくれるとのことで、俺と母親としてはまかせるしかないが、心配だし、精神的にきつい。

 悪化・急変した場合も考え、いつも以上に外出を控えることになる…


 4泊5日のショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。

 ぶつけた後頭部は、問題なかったようだ。

 今日は父親の69歳の誕生日で、俺と母親が昼のうちに買ってきたケーキを、夕食時に父親に食べてもらった。

 父親は自分の誕生日であることが理解できないようだが、おいしそうにケーキを食べてくれたので、俺と母親は、それで充分と思うことにした…



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平成22年-夏
2011/06/04.Sat

平成22年-夏-(27) 祖母の特養入居の理由と条件

 精神病院に通院した翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 俺は昨日の夕方からフラフラだったが、父親の朝の介護を、母親と協力してなんとか済ませ、ショートステイの準備のうち当日の朝にしかできないこともやってから、父親をショートステイに送り出した。

 俺は腰の痛みが強く、椎間板ヘルニアが一時的に悪化したようだ(平成22年-春-(32) 参照)。

 フラフラで腰も痛かったが、俺はなんとか出かけて、昨日行った精神病院にまた行き、父親の薬を受け取った。


 ショートステイ中の別の日の俺は、長期間入院していた病院から特養(特別養護老人ホーム)に移った祖母(俺の母親の実母)に、母親と会いに行った。

 祖母はベッドで横になっていたが、腕にギプスをしており、また、入院中は鼻からの経管栄養だったと思うが、今は胃瘻(いろう)になっていた。

 祖母が病院から特養に移るきっかけは腕の骨折で、また、胃瘻にすることが特養に入所する条件だったようだ…


 また別の日に俺は、市役所に行って父親の精神障害者保健福祉手帳と重度心身障害者医療証の更新申請をしたり、母親を美容院に送迎したりした。


 4泊5日ショートステイの5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。

 送ってくれたスタッフさんによると、俺の父親のトイレ誘導の回数は、他の利用者さんと同じでは足りない(排泄物で服を汚したりすることが多い)ので…

 今回から父親だけ特別に、他の利用者さんたちより1日あたり1~2回多く、トイレ誘導するようにしたとのこと。

 そうすることによって、父親の排泄に改善が見られたそうだ。



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平成22年-夏
2011/06/01.Wed

平成22年-夏-(26) 要介護度が間違っているから入院?

 4泊5日のショートステイから帰宅した翌日の父親はデイサービスがあり、その次の日はデイサービスもショートステイもなく、精神病院への定期通院があった。

 精神病院へは、いつものように家族3人で、福祉車両の自家用車に乗って行ってきた。

 今回の父親はわりとおちついていて、俺と母親は、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医に、最近の父親の介護抵抗や急な体温上昇について詳しく話せたが…

 主治医が言うには、「どちらの症状も、若年性アルツハイマーからきているやむを得ないもの」なので、薬は同じで様子を見ていくことになった。

 父親が定期的に飲む(食べる)薬は、次の通り。
○アリセプトのゼリー(平成22年-春-(36) 参照)を毎日朝食時に1個

○おちつきなさや興奮を抑えるシロップ薬(平成21年-春-(14) 参照)を毎日朝昼夕食時に数cc(再入院前から同じ量)ずつ

○興奮や不安を抑える液体の薬を毎日夕食時に1包(平成21年-夏-(67) 参照)

○利尿剤の粉薬(平成21年-夏-(20) 参照)を毎日朝食時に1包

 これに、排便を促す頓服薬として下剤、精神的に不穏になった、なりそうな時の頓服薬として夕食時のものと同じ「興奮や不安を抑える液体の薬」が加わる。

 父親の飲み薬の種類と量について、「必要なだけにする。多く飲ませて転倒のリスクを高めたり寝たきりになりやすくしたりするのは、避けたい」という主治医の方針には、俺も母親も賛成している。

 ただ、「本当に必要な種類と量」がどのくらいなのかが、つかみにくい。

 主治医は、「そんなに介護が厳しい状態なら…」ということで、父親の短期入院を勧めてくれたが、俺は悩みながらも、断った。

 断った理由として、今の父親には、俺と母親にとってもだが、短期入院した場合の良い効果より、入院による生活環境の変化が及ぼす悪影響や、入院が長期になってしまった場合のデメリットのほうが大きいと思われる、ということを俺が言ったら…

 主治医は、「そうかもしれない」と考え直した。

 それに、今の父親は介護が大変ということであり、最初の入院前のように暴力がひどい訳ではないし、デイサービス・ショートステイ先から「もう受け入れられない」と言われている訳でもない。

 デイサービス・ショートステイ先では、現在の若年性認知症の利用者は、俺の父親一人のようだ。

 俺の父親は、老年性認知症とは症状についても必要となる介護についても大きく違う若年性認知症であり…

 実際に他の(同じ要介護度3の)利用者よりもいろいろ手がかかって、個別対応してもらうことも多いが、それなりにおちついて過ごしているそうだ。

 何よりも、デイサービスやショートステイに行くことを、父親は嫌がっていない。

 介護の大変さが正しく要介護度に反映されて4か5になって、デイサービスかショートステイに介護保険の限度額内で毎日行かせられるようになり、特養(特別養護老人ホーム)への入所の目処がたてば、なんとかやっていける。

 つまり、現在の俺と母親が厳しい・つらいのは、もちろん父親の介護が大変だからだが、介護の大変さが正しく要介護度に反映されていないことも大きな要因になっている。

 介護の大変さが正しく要介護度に反映されないから入院、というのは話の筋が違うだろう。



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平成22年-夏
2011/05/31.Tue

平成22年-夏-(25) 破れたパジャマ

 父親のショートステイ中、他にあったことは…

 俺が家電量販店に立ち寄ったら、扇風機が店頭から消えていた。
 エアコンも展示用のものは並んでいるが、入荷待ちの表示だらけ。

 この猛暑で、冷房商品は売り切れ状態になっていた。

 母親の歯の定期検診があり、俺はいつものように自家用車で送迎した。

 俺は、だるく、食欲がない状態が続いているので、かかりつけの内科医院に行ったら、「猛暑とその中での介護疲れによる、ひどい夏バテ」と診断されて、点滴を受けた。

 点滴の後は、少しましになった。

 叔父(俺の母親の実兄)から電話があり、ずっと入院していた祖母が特別養護老人ホームに移ったそうだ。


 4泊5日ショートステイの5日目の夕方、予定通り父親は帰ってきたのだが…

 送ってきたスタッフさんが、申し訳なさそうに、俺の父親のカバンの中から、大きく破れた上パジャマを取り出した。

 父親が着替え介助の際に強く抵抗したせいであることは、スタッフさんに説明される前に、俺と母親はわかっていた。

 弁償すると言ってくれたが、「そんなことはしないでください。かえって申し訳ない」と俺は答えた。

 もう何年も着たものだし、父親の着替えの際にスタッフさんたちが苦労していることも、俺と母親は、普段の家での父親の着替え介助でよくわかっているから(平成22年-夏-(21) 参照)。



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平成22年-夏
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