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2011/08/06.Sat

平成22年-秋-(31)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。

 朝、父親を介護ベッドから起こして着替えやオムツ交換をした際、笑顔を見せてくれたのはよかったのだが、起こしてすぐ歩き回られると、それは俺も母親もきつい。

 父親のデイサービス中、ケアマネージャーが来宅し、俺と母親は、来月の予定表を受け取ったり、父親の家での状況について相談したりした。

 その後、俺は昨日行った精神病院にまた行き、父親の薬を受け取って帰宅した。


 往診先の医院からの電話もあった。
 父親の状態の確認で、特に皮膚の状態について聞かれた。

 明日に往診の予定だが、効率よくするために、処方する薬を往診前にある程度(決められるものは)決めてしまいたいようだ。
 俺は、最近の父親が乾燥肌なのか、時々、身体のあちこちをかいたり、皮膚が粉を吹いたようになったりすることも伝えた。


 夕方に帰宅した父親は、その後やはり歩き回った。

 無理に座らせておこうとすれば怒ることは目に見えているし、あいかわらず不安定で転倒しそうな歩き方なので、俺か母親が、細心の注意を払った手引き歩行で付き添わなければならない。


 デイサービスの翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 朝、俺が父親を、居間からとなりの(母親が朝食を用意してある)食堂に誘導する際、父親は笑顔を見せた。
 父親は昼食後に、「なんだ?」や「はいよ」という発語があった。


 午後に往診の先生と看護師さんが来宅した際、父親はおちつきがなかったが、なんとか皮膚の問題があるところも診てもらい、利尿剤や皮膚に塗る薬の院外処方箋を渡された。

 この処方箋を持って、自家用車を運転できる俺が調剤薬局に行くことになるわけだが、それなりに時間がかかる。
 今日は父親が家にいるので、父親を母親一人に任せて俺が行くのは厳しい。

 利尿剤は精神病院のほうから多めに出してもらっていたし、塗り薬は原則、ショートステイ・デイサービス先での入浴・清拭後に塗ってもらうことになるから、今すぐ必要という訳ではない。

 明日、父親をショートステイに送り出した後、俺が家から一番近い薬局に行って、その後、ショートステイ先に必要な分を届けることになる。


 父親は、夕方になると歩き回りが増え、うなり声が加わることもあった。
 また、一日を通して時々、手が震えた。

 今日も寒く、父親が一日中家にいたこともあるが、朝晩だけでなく昼もコタツを使った。
 父親が夜寝る時に着せるパジャマも、冬物に替えた。
 もう、完全に冬が来たと言っていいだろう。

 最近の父親は、笑顔や(怒りを伴わない)発語が以前より多く、俺も母親も、そういう時は心が少し救われる。

平成22年-秋
2011/08/03.Wed

平成22年-秋-(30)

 一日中家にいた翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 父親をショートステイに送り出した後、俺は往診の医師に電話して、父親が最近、身体のあちこちをかくようになり、時にはかきすぎて皮膚が赤くなることについて報告・相談した。

 父親のかゆみそのものだけなら次回の往診まで待ってもいいのだが、かゆみからのイライラ・精神症状が心配だったし、24時間365日対応してくれる訪問診療でもあるので、俺は、早めに連絡だけはしたほうがいいと考えて電話した。

 俺の話を聞いた医師は、「緊急性はなさそうだし、今度の往診の際に診た上で塗り薬を処方する」とのこと。


 父親のショートステイ中の別の日に、俺は…

 母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム)に入所している祖母に会いに行ったが、祖母は眠っていて、さらにやせた感じだった。

 母親の心療内科医院への定期通院があり、俺は自家用車で送迎しつつ付き添った。

 母親と協力して、暖房器具を全部すぐに使えるようにするなど、完全な冬支度をした。


 父親の4泊5日ショートステイの5日目になったばかりの午前0:00頃、自分の部屋でそろそろ寝ようと思っていた俺は、母親に呼ばれて、力の無い声のするトイレに行くと、母親は、胃の中のものを全部吐いていた。

 吐いたことで少しおちついた感じの母親に、俺は、すぐに出かける準備をして自家用車で送迎・同行するから夜間診療所に行こうと言ったが、「眠いし、眠れそうだから行かない」とのこと。

 俺は、母親が居間でおちついて眠ったことを確認してから、自分の部屋に戻って寝た。


 朝には、母親の体調はだいぶよくなっていた。


 父親の薬の残量の関係で、俺は昼前後に一人で精神病院に行き、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医に、父親の経過報告などをしてきた。

 中心になったのは、父親の日中の眠気がここしばらく強くて、転倒や昼夜逆転のリスクを考えるとそのままにしてはおけないことだ。
 前々回から出されている鎮静剤の粉薬(眠気の副作用がある、平成22年-秋-(15) 参照)の一回あたりに飲む量を少し減らすことになった。

 また、利尿剤や下剤は往診のほうで出してもらうことになったので、今回、精神病院で処方された、父親に定期的に飲ませる、食べさせる、食べ物に混ぜる薬は次の通り。

○アリセプトのゼリー(平成22年-春-(36) 参照)を毎日朝食時に1個
○おちつきなさや興奮を抑えるシロップ薬を毎日朝昼夕食時に数cc(再入院前から同じ量)ずつ(平成21年-春-(14) 参照)
○興奮や不安を抑える液体の薬を毎日夕食時に1包(平成21年-夏-(67) 参照)
○鎮静剤の粉薬を毎日朝昼夕食時に1包(少し減量)

 これに加えて、毎回ではなく少なくなった時だけ出してもらう頓服薬は、精神的に不穏になった、なりそうな時の、夕食時のものと同じ「興奮や不安を抑える液体の薬」だけになる。

 今回は父親の薬のことが主だったが、外来の患者数が多いこともあり、薬ができるまでだいぶ時間がかかるとのことで、早く帰って父親が家で過ごすための準備をしなければならない俺は、薬の受け取りを明日に回して帰宅した。


 夕方、父親が予定通り帰宅した。

平成22年-秋
2011/08/02.Tue

平成22年-秋-(29)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。

 父親の朝食後の歯磨きの際、俺が父親の歯を磨く合間に、父親が自分で、つばと歯磨きムースが混じったものを口から出した。
 退院後はずっと見られなかったことで、俺は驚いた。

 夕方、父親がデイサービスから帰宅し、いつものように送迎車から車椅子に座ったままリフトで下ろされた際、「よっしゃあ」と言った。
 父親は失語症状があるものの、たまに単語を言う。

 とはいえ、玄関先に迎えに出ていた俺も母親も、父親からこんな言葉を聞いた覚えが(少なくともここ数年は)無く、本当に驚いた。


 デイサービスの翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 午前中に福祉用具会社の人が家に、頼んでおいた父親のブーツ型介護シューズを持ってきた。
 父親の足に合うことを確認した上で、購入した。

 このブーツ型介護シューズは、今年の秋に新発売になったものだ。
 この前の冬、介護シューズしか履けなくなり、その介護シューズが普通の(春~秋)物しかなくて寒そうだった父親のことを思い出して、俺は母親と相談して買うことを決めていた。


 父親は、前夜にちゃんと眠っていたのに、日中、ひどく眠そうだった。
 それでも、眠そうでない時は歩き回ったり、身体のあちこちをかいたりして、俺と母親は歩き回りには付き添い、身体をかくのは慎重にやめさせた。

平成22年-秋
2011/08/01.Mon

平成22年-秋-(28)

 父親のショートステイ中の別の日、この地域の介護にかかわる家族の会が、県の認知症にかかわる担当者と話し合う機会があった。

 俺は、この会の会員で、若年性認知症の人の現役介護家族でもあり、また、要望・意見を(間接的に)伝えた経緯から(平成22年-夏-(8) 参照)、参加することになった。

 俺がその話し合いの場に行ってみると、公共施設の小さな会議室で、家族の会の会員が数人と県の担当者が2~3人、という小規模のものだった。

 俺は、この地域の認知症対策が進まないのは、家族の会の要望の伝え方に問題があると思っていたが、県にも大きな問題があることを、この時知った。

 県の担当者の主な発言は、次の2つ。
 「県の現在の組織や制度では、認知症に対して充分な対応ができないことは認めるものの、組織や制度は変えない」

 「若年性認知症については、県の担当課が長寿社会課なので、どうしても高齢者や老年性認知症への対応が優先され、若年性認知症は後回しになる」

 明らかに認知症の現実がわかっていないし、矛盾・破綻もある発言なので、俺はそこを追及しようとしたが… やめた。

 俺の感触では、県の担当者は、自分たちが認知症の現実について知らない(あるいは知っていて知らないふりをしている)こと、矛盾・破綻した発言をしていることを認識しているようだ。
 ただ、認知症にしっかり取り組むことの大変さを感じていて、腰が引けているというか、「仕事を増やしたくない」などと考えているように、俺には思えた。

 こういう人たちに対しては、現在の対応について厳しく批判・追求するのは逆効果で、今しっかり取り組まずに後回しにすればするほど(後任の担当者だけでなく県全体が)大変になるのを理解してもらうことと、やる気を引き出すことが大事だ。

 それが俺にはわかったのだが、話し合いの時間が短くて、具体的なことはできなかった。


 4泊5日ショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。

 送迎スタッフさんによると、ショートステイ中の父親も、以前より穏やかで笑顔も見られたとのこと。

 家にいるときのいつものように、21:00ころに父親を寝かせたが、俺が続けている、ベッド上に寝かせた後に父親の身体を軽く曲げ伸ばしたりマッサージしたりすることが、布団枚数がほとんど冬仕様で多くなったために、やりにくくなってきた。

平成22年-秋
2011/07/30.Sat

平成22年-秋-(27)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親はデイサービスがあり、その次の日は家にいて、午後に往診を受けることになっていた。

 父親は、朝から手がだいぶ震えていて、歩き回りも多い。

 午後に往診の先生が来て、今回は、事前に予約して、家族全員がインフルエンザの予防接種を受けた。

 母親、俺、父親の順で受けて、父親は「イタイ」と言ったが、特に身体に力を入れたり動いたりすることはなかった。

 インフルエンザ予防接種を家族全員が受けたのは、家族の一人でもインフルエンザになったら大変なことになるからで、また、俺がインフルエンザではなかったものの高熱をともなう風邪をひいた際の反省からでもある(平成21~22年-冬-(25)-(26) 参照)。

 前シーズンは、父親を通院させてインフルエンザ予防接種を受けさせることが困難だったためにあきらめ、父親が受けないのなら、と俺も母親も受けていなかった。
 往診に来てもらって予防接種を受けられ、さらに家族も受けられるから今回は受けたという側面も、もちろんある。


 夜、ベッドに寝かせる前のいつもの着替えやオムツ交換の際、父親は、椅子などのないところで急に座り込みそうになって俺と母親であわてて父親の身体を支えたり、眠いのに身体を動かされたということなのか怒ったり、ということがあった。


 往診のあった翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 朝、父親を朝食のテーブルに誘導する際、父親は(理由はわからないが)笑顔を見せた。

 9:30頃にショートステイに送り出す際、今回は(薄手の)コートを着せた。
 それだけ寒くなってきたからだ。


 父親のショートステイ中、俺はディーラーに行って、リコール修理と、バンパーのキズに対処してもらった(平成22年-秋-(26) 参照)。

 また、定期検診で歯科医院に行ってきた。
 大きな問題はなかったが、父親の介護に追われているからだろう、歯磨きが不充分であることを指摘された。

平成22年-秋
2011/07/27.Wed

平成22年-秋-(26)

 精神病院を受診した翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 朝、居間で父親を介護ベッドから起こす前、母親が、父親に聞こえないように俺に話したのだが…

 深夜に父親が、急に「このヤロー!」と大声を出し、同じ居間の布団で寝ていた母親は、驚いて起きたそうだ。
 母親が父親を見ると、特に目を覚ます様子もなく、その後は静かに眠ったそうで、母親は「何かいやな夢を見ていたのではないか」とのこと。

 9:30頃、ショートステイの送迎車が家に来て、父親を送り出した。
 その直前、眠そうだった父親に俺が、ショートステイ先に行くことを告げると、父親は目を開けて笑顔を見せた。

 昼前後、俺は母親と自家用車で出かけ、昨日行った精神病院にまた行って、昨日の診察で処方された父親の薬を受け取ると、母親が行きたいと言ったイベントの会場に向かった。

 そこの駐車場で俺は、少し高めの縁石を(低い)車止めのように思ってしまい、突っ込んでバンパーをこすってしまった。
 俺はボーっとしていたかも…

 最近は自家用車の運転中も、介護疲れ・風邪・風邪薬の副作用などが原因だと思うが、俺は時々ボーっとするようになっていたので、そのうち何かやってしまうのでは、という不安はあった。

 夕方、俺は疲れていたが、車のキズを放っておく気になれず、ディーラーに行って相談した。
 すると、たいしたものではないし、ちょうど近日中にリコール修理をすることになっていたので、その際に、タッチペンやサビ止めを無料で塗ってくれるとのこと。
 こんなことでお金やこれ以上の時間を使っている余裕の無い俺には、ありがたい対応だった。


 父親のショートステイ中の別の日の俺は、母親が定期検診を受けるので歯科医院に送迎するなど、こまごまとした用事に追われた。

 寒くなってきたので、母親と協力して、居間のテーブルをコタツ仕様に変えた。
 コタツをつけるのは、しばらくは朝晩だけになると思うが。


 風邪の症状がだいたいおさまっても念のために飲み続けていた俺の風邪薬は、飲みきってしまった。
 その後、風邪そのものの症状は特に見られないが、風邪薬(解熱鎮痛剤)でおさえられていただけなのだろう、風邪薬を飲んでいた間は小康状態になっていた腰や関節などの身体の痛みが、また強く出てきた。


 4泊5日ショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。
 父親は発語があり、2回ほど新聞に手を伸ばすなど、ある意味いい状態だ。

 夕食後に父親を居間の椅子に座らせた時には、コタツをつけた。
 夜に寝かせる時の布団は、ショートステイ前よりも厚い物にした。

平成22年-秋
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