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2012/08/29.Wed

平成23~24年-冬-(35)

 母親は、久しぶりに地域の婦人会のイベントに顔を出した。
 母親なりに、少しずつ社会復帰しようと、地域とのつながりを取り戻そうとしているのだろう。


 俺と母親が父親の面会に行った際、特養(特別養護老人ホーム)の(主に)内科の嘱託医による往診と重なることがあった。

 俺と母親が、父親の部屋で父親の目ヤニふき取りなどをしていた(平成23~24年-冬-(32) 参照)時、声が若々しい男性の先生(50歳前後?)と、先生と同じ病院の女性看護師さん、この介護施設の女性看護師さんの3人がやってきた。

 先生は父親の様子を見たり、聴診器をあてたりした後、特に問題ないと言った。

 また、父親は先日、入所時の健康診断を受けたそうで、「血液検査も(胸の)レントゲンも特に問題なく、まだ若いこともあって元気だね」と先生は続けた。

 在宅の時にはなかなかできなかった、やってもらえなかった健康診断を(平成23年-春-(27) 参照)、血液検査など父親がなんとか受けられるものに限定されるとはいえ、特養に入所したらすぐにやってもらえて、そのことに俺は拍子抜けした。

 精神科から出される以外の薬も、入所前と同じで続けられていたが(平成23年-秋-(7) 参照)、この先生は薬をなるべく飲ませたくない、使いたくない人のようで、利尿剤と目薬は、最低限の使用量・回数だったこともあって、「やめてみよう」とのこと。

 花粉症の薬(平成23年-春-(28) 参照)も、「症状が出たら飲んでもらおう」ということで、この先生から処方される薬は次のものだけになった。

○下剤(だいぶ前から、下剤に頼らないと排便できなくなっている … 平成20~21年-冬-(1)平成22年-春-(8) など参照)
○皮膚の問題に対応した塗り薬(皮膚に、重くはないがいろいろ問題がある … 平成22年-秋-(30)-(31)平成22~23年-冬-(30) 参照)

 面会に行くと特養の介護スタッフさんは、俺と母親のためにお茶やコーヒーを出してくれる。
 ありがたいが、忙しいはずなので申し訳ないとも俺は思う。

平成23~24年-冬
2012/08/27.Mon

平成23~24年-冬-(34)

 母親の心療内科医院への定期通院があり、俺が自家用車を運転して送迎・同行した。

 父親の特養(特別養護老人ホーム)入所から約2週間経って、母親は精神的にだいぶおちついたように、俺には見える。

 先生の診断も同様で、今回は薬を出さないで様子を見て、精神的にまた不安定になることがなかったら、もう通院しなくて良いそうだ。

 俺は、良かったと思う一方で、父親の「在宅」介護が厳しくなってから、母親はずっと、心療内科医院への通院とそこで処方される精神安定剤などに頼らざるを得ない状態が続き(平成21年-春-(34) など参照)、在宅介護が終わって通院と精神薬が必要なくなるとすれば…

 若年性アルツハイマーの父親を在宅介護することが、いかに大変だったかを現してもいるから、複雑だ。


 俺は自家用車を運転して母親と、特養に入居している祖母に会いに行った。

 祖母は特養の中央スペースに、部屋からベッドごと運ばれてきていて、そこで胃ろうの昼食中だった。

 祖母は眠そうで大きなあくびを数回したが、顔色は前回より良かった。

平成23~24年-冬
2012/08/25.Sat

平成23~24年-冬-(33)

 父親が特養(特別養護老人ホーム)に入所してから約10日後、福祉用具会社さんから家に電話があり(平成23~24年-冬-(27) 参照)、介護保険でレンタルしていた福祉用具の引取り日時を決めた。

 その数日後、予定通り福祉用具会社の担当者さんが家に来て、もう一人のスタッフさんと一緒に、居間の介護ベッド、モジュール車椅子を手際よく分解し、褥瘡予防マットレスとともに車へ積み込んだ。

 俺と母親は、福祉用具会社の担当者さんに、これまでのお礼を言った。

 特養に入居中は介護保険で福祉用具をレンタルすることはないが、介護シューズなど購入向けの福祉用具が必要になる事態は考えられ、その時はまた、この福祉用具会社さんに頼むつもりだ。


 福祉用具会社の二人が帰って行くと、居間が急に広く、寂しくなった。

 父親が精神病院を退院してから特養に入所するまでの約2年半、ここに介護ベッドがあって、ショートステイ中以外はずっと、父親を寝かせ、起こす介助を続けてきた。

 モジュール車椅子も、特養に入所する直前の約2か月間だったが、この部屋で父親の椅子代わりとして使っていた。


 父親が頻繁に、不安定な動きでベッドに無理に上ろうとした時期があった。
 父親が居間で尻餅をついてしまって、俺と母親が介護ベッドの機能を使ってなんとか立ち上がらせる、という事態が何度もあった。

 東日本大震災の際の停電中、介護ベッドが動かなくなり、本当に困ってしまった。

 モジュール車椅子を使うようになったら、父親の姿勢が改善された…

 俺と母親は、そんなことを思い出しながら、居間の片付けや掃除をした。

平成23~24年-冬
2012/08/24.Fri

平成23~24年-冬-(32)

 …前(下)の記事~ 平成23~24年-冬-(31) ~の続きです。

 この施設の介護の質の高さは、市内ではトップレベルだと俺は思うが、それでも、福祉・介護制度上の人手不足による行き届かない感があり、細かい介護、時間のかかる介護は難しい面もあるようだ。

 俺と母親は、最初は父親に会いに行くだけだったが、やがて、家からタオルなどを持ってきて、家でやっていたような父親の「介護」の一部をするようになる。

 父親を特養(特別養護老人ホーム)の共同スペースから父親の部屋へ、慎重に手引き歩行で誘導し、部屋内の椅子に座らせて、家から持ち込んだ、父親の好きな(かつて好きだった)演歌・歌謡曲の入っているCDやカセットテープ(平成23~24年-冬-(26) 参照)を聞かせながら…

 目ヤニが多い時はそれを拭き取り(平成23~24年-冬-(29) 参照)、週2回に減った入浴のある日以外に面会した場合は、顔を拭いたり頭を拭いたりする。


 俺は、父親の電気シェーバーの手入れもする。

 忙しいスタッフさんは、さっと水洗いするのが精一杯のようで、それでも大丈夫なのだろうが、やはり、残った髭クズをできるだけブラシで取り除いたり、たまにはハンドソープも使って水洗いしたりするほうが、シェーバーが長持ちすると俺は思うからだ。


 スタッフさんに俺の父親の排泄状況を聞いた上で、その時の父親の状態なども見ながら、俺と母親で父親をトイレに誘導することもある。

 スタッフさんも俺も母親も気づかないうちに失禁してからだいぶ経っていて、父親の服が尿でぬれているのを見つけ、急いで着替えさせたということも、この時期では一度あった。
 トイレへの誘導回数が、これも人手不足によるやむを得ないことだが、入所前より減ってしまったのも一因だろう。

 トイレで下を脱がせたり(尿取りパッド交換なども含めて)はかせたりするのはスタッフさんがやってくれるものの、なんとか便座に座らせた後、父親のそばでしばらく見守りながら排泄を待つことは、(一人で何人もの入居者に対応しなければならなくて)忙しいスタッフさんには大変で、俺がそれを引き受けることになる。


 その後、父親を共同スペースの食事をとる席に誘導し、モジュール車椅子に座らせる。

 俺と母親は、父親の部屋に一度戻り、片付けなどをする。
 そして、父親に声をかけてから帰る。

平成23~24年-冬
2012/08/22.Wed

平成23~24年-冬-(31)

 父親が特養(特別養護老人ホーム)に入所した直後から、例年よりもずっと寒さが厳しくなり、この時期この地域では、普段の年なら雪は降ってもたいして積もらないのに、今年は豪雪だった。

 俺は、父親を介護し続けてたまった疲れを取る間もなく、雪かきなどに追われるようになって、身体の痛みは多く、強くなり、体調も崩してしまった。

 しかし、入所直後ということもあって、しばらくの間、週に2回くらいは自家用車を運転して母親と一緒に、なんとか父親に面会に行くことにした。


 特養の父親に会いに行くと、だいたい父親は、共同スペース奥のソファに座っている。
 おちついている、というか眠そうだが、俺と母親の声がけに「あ~」、「うん」のような反応・発声が見られる時がある。

 スタッフさんによると、笑顔を見せることもあるそうだ。

 ややのけぞっていたり、手が震えていたりすることはあるが、横への傾きが見られることは少ない。

 週に2回、1回あたり約15分と、入所前よりリハビリの内容・量は下がってしまったが、それでも続けてもらっている効果が出ているのか?

 入所前の(少なくなる前の)リハビリの効果がまだ残っていることの方が大きな要因で、減ってしまって、これから悪くなっていくのだろうか?

 次の記事に続きます…

平成23~24年-冬
2012/08/20.Mon

平成23~24年-冬-(30)

 父親が特養(特別養護老人ホーム)に入所した2日後…

 市の支給紙オムツが宅配業者さんによって家に届けられたが、一昨日に市役所で止める手続を済ませていたので、持ち帰ってもらった。

 俺は、父親の入所申込みをしていた多くの特養のうち、父親が入所したことが伝わっていない(はずの多くの)ところに電話し、事情を話した(平成23~24年-冬-(19) 参照)。

 どの特養からも、この電話で入所申込を取り下げたことになり、書類や手続はいらないと言われた。


 俺は、あらかじめ電話した上で、ケアマネさんのいる事務所に行き、俺の父親が特養に入所した日とその前後のことを報告した。

 ケアマネージャー(という職業の人)は制度上、「在宅」介護の人を担当するので、特養への入所で「施設」介護に移るなどして在宅介護が終わると、その人から離れるとのこと。

 ケアマネさんは勤め先の人事異動で、ケアマネージャーを辞めて、今度の介護保険改正に伴う新事業の仕事に就くことになり、これまでのケアマネージャーの仕事の引継ぎを始めているそうだ。

 だから俺の父親は、次に引継ぐことなく、特養入所(在宅介護の最後)までしっかり担当できた最後の人になったらしい。

 5人目でやっとだったが、本当に良いケアマネさんに会えて、俺は心から感謝している。

 俺は、これまでのお礼を述べて、事務所を後にした。

平成23~24年-冬
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