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2012/09/03.Mon

これまで、これから7-(3)

 春が近くなって豪雪がおさまり、例年並みの気候に戻ると、俺の身体の状態は少し良くなった(平成23~24年-冬-(31) 参照)。

 「父親が特養(特別養護老人ホーム)に入所したら」と後回しにしていた多くの雑事のうち、少しは片付けることができた。


 俺はようやく、身体を休めながら、治しながらだが、自分自身のこれからの人生を考えられるようになった。
 とはいえ、父親の介護でボロボロになってしまった身体は、もう完全には治らない。

 特養に入所したとはいえ、父親のためにし続けなければならないことも多い。

 自家用車を運転できないとほとんど何もできないこの地域で運転できず、また長年の介護で、心療内科への通院は一段落したものの心身共にまいってしまった母親もいる。

 仕事や子育てが大変な弟夫婦に助けてもらうことも、難しい。

 在宅介護で社会からほとんど孤立していた家族の社会復帰を支援する制度、システムなどは、この地域にない。
 全国的にもそうかもしれないが…

 父親が特養に入所する前の長期間、俺も母親も父親の介護に追われて「整理整頓」がほとんどできず、我が家の、父親が生活していたスペース以外の部屋・空間はゴミ屋敷に近づいていた。
 その片付けは、とても短期間でできるものではない。

 俺は、どうすればいいのか?

 働くことだけを考えてみても…

 今の俺にできるのは、短時間の事務のパートやアルバイトくらいしかないが、この地域には、探しても無い。

 俺は、父親がデイサービスを利用するようになってから、家での内職を何度か考え、ハローワークに相談に行ったこともある。

 しかし内職の仕事は少なく、しかも子育てをしている主婦が優先で、親の介護があるから内職したいという人に仕事は回らない、と言われた。
 この地域に、ハローワーク以外に信頼できる内職紹介機関はない。

 今も状況は変わってなさそうで、内職もあきらめるしかない。


 少し時間を置いて、自分の身体の状態が良くなってから、母親のことを他の誰かに(ある程度)頼める目途が立ってから、俺の持っている資格を生かして(フルタイムの)仕事をするという形が、良いのかもしれない。
 それまでは父親の障害年金(の一部)に頼ったり、貯金を取り崩したりということが続くことになるので、心苦しいし、不安も大きいが…

 ただ、俺は父親の介護を通して、この地域の(この地域だけのことではないようにも思うが)若年性認知症の人とその家族が非常に苦しい状況に追い込まれている、追い込まれているだろうことが、いやというほどわかった。

 俺が仕事として、若年性認知症の人とその家族を支援することは、できないだろうか?

 俺の身体に問題が多く、母親のこともあって働くのに制限があるし、福祉の資格や実務経験もないから、やはり無理か…

これまで、これから7
2012/09/02.Sun

これまで、これから7-(2)

 父親が特養(特別養護老人ホーム)に入所したことは、もちろん介護が終わることではなく、これからも続いていくが、一区切りではあるだろう。

 一区切りして、俺が思うのは…

 アルツハイマー病など進行性で、治したり進行を止めたりする方法がなく、その進行を遅らせることしかできない認知症について、「適切な医療・介護を受ければ、進行を遅らせることができる」と一般的に言われるようになってから、だいぶ経つ。

 俺は、少し違うと思う。

 単に「適切な医療・介護」ではなく、「認知症の人それぞれに合う適切な医療・看護・介護サービスが身近にあって、それを受け~」でなければならない。

 そして、「受ければ」ではなく、「受け始め、それを受け続けられれば」だろう。

 また、個人差などあるが、認知症の人は環境の変化に弱いから、できるだけ同じ場所で、同じ人から適切な医療・看護・介護から受けられるようにすべきだし、もし、変えざるを得ない状況になっても、その変化はできるだけ緩やかなものにすべきだと思う。


 「認知症の人それぞれに合う適切な医療・看護・介護サービス」、父親の場合、具体的には「若年性認知症専門の支援やサービス」が早くから身近にあって、それを受け始め、受け続けていれば、進行をずっと遅らせることも、本人と家族の負担をずっと減らすこともできただろう。

 この地域には、未だに、若年性認知症専門の支援やサービスがない。

これまで、これから7
2012/08/31.Fri

これまで、これから7-(1)

 平成23年の秋から24年の春先にかけては、目まぐるしく状況が変わった。

 (主に)内科の訪問診療医を交代してもらった(平成23年-秋-(5) 参照)。
 ショートステイで往診を受けられるようになり、俺と母親の負担が減った。

 訪問リハビリを受けるようになった(平成23年-秋-(5) 参照)。
 父親の身体の拘縮や傾きの問題が、ようやく改善した。

 父親の入所申込みをしていた多くの特養(特別養護老人ホーム)の内の一つから、父親の入所待ち順位が「男性の1番」になったという連絡が来て(平成23年-秋-(35)平成23年-秋-(42) 参照)、ずっと待たされていた父親の特養入所が急に現実味を帯びてきた。

 父親にメマリー(メマンチン)を飲んでもらうことにした(平成23~24年-冬-(14) 参照)。
 そして、わずかかもしれないが良い効果が見られた(平成23~24年-冬-(23) 参照)。


 父親がデイサービスとショートステイで通っていた介護施設の特養への入所が、急に決まり(平成23~24年-冬-(17) 参照)、約2週間後には入所した(平成23~24年-冬-(27) 参照)。


 今にして思えば、平成23年の夏に要介護度が3から5になったことが(平成23年-夏-(12) 参照)、これらの変化の始まりだったのだろう。

 要介護度が5になるまで、父親を介護する大変さが要介護度に正しく反映されるまでが、とても長かったのだが…

これまで、これから7
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