FC2ブログ
2012/10/23.Tue

平成24年-春-(24)

 …前(下)の記事~ 平成24年-春-(23) ~の続きです。

 父親のワープロ文書データFD数枚をデータ復旧・変換会社に送ってから数日後、そのFD数枚とその中身がテキストデータに変換された1枚のCD-Rが家に届いた。

 俺は早速、自分のパソコンでCD-Rからテキストデータを取り込み、父親が作った文書データを整理しながら、そのうちのいくつかを読んでみた。

 父親が若年性アルツハイマーと診断される少し前、すでに発症・進行していたと思われる時期には総合病院で事務系の幹部職員として働いていたのだが、仕事でクレームが来て、うまく対応できなくてひどく悩んでいたことをうかがわせる文書があった。

 この時期、俺はまだ東京にいた。

 この時期の父親について母親に聞いたら、家で仕事のことはほとんど話さなかったし、悩んでいるようにも見えなかったらしい。

 もっと早くこの文書のことを知っていたら、父親に対して早くから適切な対応や手助けができていたかもしれない…

 しかし、今さらでも、データ変換によってこの内容がわかって良かったと俺は思いたい。

 わからないままワープロ本体だけでなくデータFDまで壊れてしまっ(てい)たら、当時の父親の仕事や思いについて知ることが、永遠に叶わなくなっていただろうから。

平成24年-春
2012/10/21.Sun

平成24年-春-(23)

 家の中の片付けを進めていく中で(これまで、これから7-(3) 参照)、父親が使っていたワープロが出てきた。

 ワープロ本体と一緒にマニュアルや付属のFD(この機種のワープロ専用フロッピーディスク)、インクリボンなど全部残っているのが、かつての父親らしいと俺は思った。

 父親はこのワープロでいろいろな文書を作成していて、そのデータFD数枚も一緒に見つかったのだが、家には、それらが印刷されたもの(書類として)は残っていない。

 ワープロにはハードディスクドライブなど無いから、父親の作った文書は、このFDの中のデータとしてしか残っていない。

 このワープロは、父親が若年性アルツハイマーを発症してからもしばらく使っていたはずで、そういったことも含めて、父親自身の記録としてしっかり残しておきたいと俺は考えた。

 この機種のワープロ専用データFDに保存してあるだけでは心もとないと思った俺は、ワープロ(本体)にFDから文書データを読みこんで一つ一つ印刷していこうと思ったのだが…

 FDドライブが故障してしまったようで、文書を呼び出せない。
 当然、印刷することも、内容を見ることすらできない。


 俺は最初に、ワープロの修理を考えた。

 家から1番目と2番目に近い家電量販店に行って修理を頼んでみたが、どちらでも、「メーカー修理になるが、古い物なので部品が無くなっていて無理だろう」と言われた。

 仕方なく俺はインターネットでワープロ修理について調べたら、東京などで修理をしている会社はあるが…

 よく考えたら、修理してもらっても、父親の文書データを印刷したら、その後に俺や俺の周りの誰かがこのワープロを使うことは考えられず、それを考えたら、修理は送料も含めて料金が高すぎる。


 外付けフロッピーディスクドライブと文書データ変換ソフトを購入して、ワープロ専用のデータFDを今俺が使っているパソコンのワープロソフトで読み込む方法もあるようだが、この方法もけっこう費用がかかり、父親のデータFDの枚数からすると割に合わない気がする。


 俺は、テレビの報道番組で紹介されていた、東日本大震災で被災して(古い)パソコンやワープロの本体を失い、専用FDなどの今のパソコンなどでは開けない、読み取れない記憶媒体だけがなんとか残った人のために、データ復旧・変換をしている会社のことを思い出した。

 インターネットでその会社を探し出し、調べてみたら、父親がワープロで作った文書のデータFDを、俺が今使っているパソコンで開ける、読み取れるテキストデータ、CD-R保存にしてもらえそうで、その料金もワープロ本体を修理したり変換ソフトを使ったりするよりずっと安い。

 テキストデータ変換なら、俺のパソコン本体(のハードディスク)を含めていろいろな記憶媒体に保存しておけるから安心だし、急いで印刷する必要もない。

 俺は母親と相談して、このデータ変換を頼むことにして、この会社の担当者とのメールのやりとりを経て、父親のワープロデータFD数枚(全部)を宅配便で送った。

 次の記事に続きます…

平成24年-春
2012/10/19.Fri

平成24年-春-(22)

 約4か月前に父親が特養(特別養護老人ホーム)に移って住所が変わったことに伴い、(精神障害者手帳を持っている)父親が家にいたからこその軽自動車税やNHK料金などの軽減や免除が、もう受けられなくなっていることに俺は気づいた。

 受けられなくなっているはずだが、実際は今も軽減や免除が続いている状態で、それらが打ち切られたという連絡や通知はもちろん、打ち切られたら来るはずの納付書や請求書も家に届いていない。

 父親の住民票の住所が家から特養に移って4か月にもなるし、自動車税については(一般的な)納付期限も迫っているのに…

 俺が関連書類を調べたら、それらの軽減や免除の対象にならなくなった本人や家族が、自らその旨を市役所やNHKに届け出る必要があると書いてあったので、これらの軽減や免除を受けられなくなるのは家計的には厳しいものの、俺は市役所とNHKに行って、その手続をしたのだが…

 担当者が「黙っていれば当分の間、納めたり払ったりしなくて済んだし、さかのぼりの督促や請求を受けない場合もある」という内容の説明をしたり、「自分から進んで手続にくるなんて、バカじゃないか」とでも言いたげにニヤニヤして俺の顔を見たりする窓口があった。

 正直に言った、手続したのに、俺は嫌な気分になった。

平成24年-春
2012/10/17.Wed

平成24年-春-(21)

 5月下旬も週2回のペースで、俺が自家用車を運転して母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に面会に行った。

 会った時の父親は、目ヤニが多いことがよくあり、慎重に拭き取らなければならない。
 身体の横への傾きも強い。
 反応は良く、「うん」のような言葉を言ってくれることもある。


 俺は、特養の生活相談員さんと話し合った上で、父親が好きだと思われるTV歌番組を家で録画したDVDと、(家から一番近い家電量販店で一番安く買えた)ポータブルDVDプレーヤーを持ち込んで、父親に見せてみた。

 音だけでなく映像があることはもちろん、歌に加えて司会やトーク、拍手などもあるせいか、歌だけのCDを聞かせている時よりも、少しだが父親の反応が良い気がする。


 父親のリハビリ計画書のやりとり、重度心身医療証の更新など手続・書類的なことも、在宅介護の頃ほど多くはないが、俺は対応しなければならない。

平成24年-春
2012/10/15.Mon

平成24年-春-(20)

 5月中旬、俺は自分の身体の問題で、眼科医院と皮膚科医院に行ってきた。

 眼科医院の診察では、花粉症の目薬はもう点眼しなくて良いことになった。

 今シーズンは、この目薬を早めに使い始めたことと、例年より花粉の飛散が少なかった(らしい)ことが良かったようで、俺は、目の症状に関してはだいぶ助かった。

 ずっと使っている目薬の方は、やめられないが…

 皮膚科医院の診察では、蕁麻疹が(一時的なものかもしれないが)悪化しているので、先生から薬の変更などについて話があった。


 父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)から、4月分の請求書や父親の生活記録が届いた。

 父親は、全体的におちついて過ごしているようだ。

 うなったりすることもあるが、良い反応や発声、笑顔などのほうが多いそうだ。

 介護施設で行われる歌のイベントに参加したり、特養の共同スペースのテレビでNHKのど自慢を見たりすると、そこでハミング(のようなこと)をすることもあるらしい。

 特養に小型犬がやってきたり(アニマルセラピー)、花見ドライブに行ったりしたことも楽しかったようだ。


 母親が首の強い痛みを訴え、検査も含めて何度も通院することになり、その度に俺が自家用車を運転して病院や医院へ送迎・同行し、必要があった時には俺が母親の病状を説明した。

 その痛みは徐々にひいてきたそうで、検査結果も特に大きな問題はなかったが…

 俺がこの対応に追われて体調を崩してしまい、強い頭痛とだるさが数日間続いた。

平成24年-春
2012/10/14.Sun

平成24年-春-(19)

 ゴールデンウィーク明けから5月中旬にかけて、俺と母親が特養(特別養護老人ホーム)へ面会に行った時の父親は、目ヤニがやや多いのは気になったものの、肌ツヤが良くて身体は健康そうだった。


 精神・神経的には、全体を通して見ればおちついていたものの、波が少し強かった。

 うなりがひどい時もあれば、笑顔が見られたり笑い声が聞かれたりすることもあった。

 歩行の不安定さや手の震えも、ひどい時もあれば少しましな時もあった。


 面会の時間によっては、俺と母親の分のお茶といっしょに、父親の分のお茶やおやつをスタッフさんから渡される時があり、その際は、俺と母親が細心の注意を払いながら、父親に飲ませたり食べさせたりした。

平成24年-春
 | HOME | Next »