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2012/12/13.Thu

平成24年-夏-(32)

 …前(下)の記事~ 平成24年-夏-(31) ~の続きです。

 社会の風向きも、少しは変わってきたが…

 今年の6月には厚生労働省の新対策が発表され、若年性認知症独自の支援・サービスの必要性が明記されていた。

 とはいえ、具体的なものではない。

 この指針を盾に、この地域の若年性認知症のことをよくわかっていない行政とか福祉専門職の人が具体的な対策をつくったら、どんなものができてしまうか本当に心配だし、おかしな、現状に合わない対策ができた後に、そういった専門的な人たちに修正や撤回をしてもらうのは非常に困難だ。

 逆に、形だけの実効性が無い、小さい対策をつくられても困る。

 そうなる前に、この地域の若年性認知症をわかっている人が、具体的な提案をしなければならない。

 その役割を果たす人間として、俺がふさわしいかどうかは、わからない。

 しかし、俺よりも若年性認知症のことをわかっていない人に任せるよりはましだろうし、もし、俺より良い対策をつくってくれる人が現れたら俺は喜んで譲るし、可能ならその人の力になりたいとも思う。


 母親には、俺が自分の資格で自営業をする前段階としてこのNPO活動をする、と説明して、なんとか納得してもらった。

 俺が自分の資格で自営業をする場合、このNPO活動とリンクする部分があるのは事実だし、NPO活動が軌道に乗った時にその自営業を始める段取りも、俺は具体的に考えている。

 しかし、軌道に乗るまでどれだけ時間がかかるのか…

 この地域では、若年性認知症に対する(老年性認知症と分けた)正しい理解と適切な支援が無い・少ないから、その本人や家族が声を上げられず、声が上がらないから正しい理解や適切な支援ができてこない、という悪循環に陥っている。

 だから俺は、声なき声をひろう、表に出すことから始めなければならない。
 社会的なニーズが明らかになっていることでNPO活動を始めるのとでは、大変さが全然違う。

 それにこの地域では、若年性認知症への支援やサービスは、老年性認知症と基本的に同じ、あるいはその延長線上のものでかまわないという考え方が広まっており、そう考える人たちのネットワークもできてしまっているようだ。

 そこを変えていく困難さは並大抵のものではないし、俺のやろうとしている活動を理解や支援、共にしてくれる人を見つけるのが非常に厳しい、ということでもある。


 俺自身の身体の痛みや不安もある。
 家計的にもつらい。

 見通しは全く立っていない…

平成24年-夏
2012/12/12.Wed

平成24年-夏-(31)

 …前(下)の記事~ 平成24年-夏-(30) ~の続きです。

 父親が、若年性アルツハイマーが最重度まで進行したと(当時の主治医に)言われてから、久しい。

 以前ほど強くはないが、急にうなるなどの問題行動がある。

 寝たきりや完全な車椅子生活にはなっていないとはいえ、日常生活は、ほぼ全介助…
 排泄は、ほぼ失禁状態。

 失語症状などでほとんどコミュニケーションはとれず、発声や反応も少ない。

 身体は硬く、筋力も低下し、傾きもあり、そして震える。
 細心の注意を払って介助していないと、すぐ転倒してしまうほど立位や歩行は不安定。

 とても「自立」という言葉を使える状態ではないかもしれないが、それでも俺は、自立度をできるだけ保ったまま、なるべく健康でいてほしい。
 そして、少なくとも口から飲んだり食べたりできるうちは生き続けてほしい、と思っている。

 父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)だけではなく多くの特養でも同じだろうが、社会制度上の(問題で)人手不足が続くことによる大変な部分は、できるだけ家族が面会して少しでもフォローするしかない。

 それに、父親に何かあった時は、(在宅介護の頃ほど多くはないだろうが)俺は父親のために他のことを止めなければならない。

 母親のことも、少しは誰か他の人に頼まないと、俺はやっていけない。

 この地域において、若年性認知症の人やその家族への正しい理解と適切な支援が広がらなければ、俺は勤めや自営業を始めても専念できない、安心して続けられない。

 そして何より、俺自身が近い将来に若年性認知症になった場合を考えると…

 高齢者・老年性認知症の人向けの支援やサービスは、受けたくない。
 80歳・90歳の人たちに囲まれて同じようなことをして過ごすのには、正直言って、大きな抵抗がある。
 可能な限り、現役世代として働き続けたい。

 やはり、この地域において、若年性認知症を(老年性認知症と分けて)正しく理解してもらいたいし、若年性認知症専門の支援やサービスは絶対にあってほしい。

 次の記事に続きます…

平成24年-夏
2012/12/11.Tue

平成24年-夏-(30)

 …前(下)の記事~ 平成24年-夏-(29) ~の続きです。

 俺の決心(だけ)を母親に話したら、強く反対された。

 まず、自分の人生を考えて、会社などに勤めるか、資格を生かして自営業を始めるのが先だろう!
 この地域の若年性認知症の人のことは、行政とか福祉専門職の人に任せればいい!

 といったことを、俺は何度も言われた。


 この地域に若年性認知症専門の支援やサービスを頼める、任せられる専門家などがいたなら、父親も母親も俺も、こんなにつらい思いをしなかったはずだ。


 俺の調べた範囲では…

 この国の他の地域(俺の住む地域からは遠い)には、ほんの数ヶ所だが、若年性認知症専門の支援やサービスがあり、効果・実績を上げている。

 そのような支援やサービスは主に、福祉や介護の専門家、認知症の家族を看取り終えた人の中で、若年性認知症の本人とその家族にしっかり向き合った人が若年性認知症専門の支援やサービスの必要性に気づき(ちゃんと向き合い、本人や家族の立場になって考えれば自然・当然にそうなると俺は思う)、そして、専門家や認知症介護を経験した人としての立場や組織、ネットワークを生かして始めている。


 この地域で俺は、そういった専門家や認知症介護経験者を探したが、結局みつからなかった。

 俺だって本来は、施設介護とはいえ父親を、そして長年の在宅介護でまいってしまった母親を支えていて、自分自身も大きな痛みや悩みを抱えている、支援してほしい側の「若年性認知症の人の家族」なのだ。

 かといって、他の地域の若年性認知症専門の支援やサービスを始めたような人が、この地域に現れてくれるのを待っている訳にもいかない。

 自分の経験からしても、この地域では今、追い込まれている若年性認知症の人とその家族が少なからずいるはずなのだ。


 俺は、自分の人生のことも考えている。
 母親と違うのは、短期的に考えるか中・長期的に考えるかだ。

 短期的に考えれば、母親の意見は正しいと思う。
 しかし、中・長期的に考えると…

 次の記事に続きます…

平成24年-夏
2012/12/10.Mon

平成24年-夏-(29)

 俺は悩んだ末、この地域の若年性認知症の人とその家族を支援するNPO活動を始めることにした(平成24年-夏-(5) 参照)。

 その理由は…

 まず7月下旬、この地域の介護家族会の集会に参加した際に、そこにいた若年性認知症の奥さんを介護しているご主人が「若年性認知症の人(専門)の居場所」の必要性を強く訴えたこと。

 その奥さん(若年性認知症の本人)が、一般の人と一緒に参加している趣味教室で、周りの人々の態度が、よそよそしかったり変だったりして、自分は息苦しさを感じていると俺に話してくれたこと。

 この周りの人々の態度は、若年性認知症に対する正しい理解が無い・少ないことからきているのだろう。

 そして先日、車で1時間以上かけて行って参加した、その地域の認知症にかかわる集会で、会うのは3回目になる若年性認知症の本人が俺に、「行くところ、することがほとんどなくて、生活に張り合いがない」と寂しそうに言ったからだ(平成24年-夏-(25) 参照)。


 俺は、父親の若年性アルツハイマーがまだ軽度だったころ、俺も「若年性認知症の人(専門)の居場所」の必要性を強く感じたこと、当時の父親も行くところ、することがほとんどなくて寂しそうだったのを思い出した。

 そしてそこから、父親にとっても家族にとってもつらい生活がずっと続いたのだ。


 俺は、決心を固めた。

 この地域の若年性認知症の人やその家族に、俺たち家族と同じような苦しみを味わってほしくないから、できるだけの助け合い、支援をしたい。

 この地域において、若年性認知症を(老年性認知症と分けて)正しく理解してもらうことと、若年性認知症の人とその家族に対する適切な、専門の支援やサービス、居場所をつくることを目指す。

 そして、なるべく早く活動範囲を広げ、車で1時間以上かけて行って認知症にかかわる集会に参加したその地域も、含まれるようにする。

平成24年-夏
2012/12/08.Sat

平成24年-夏-(28)

 俺と母親が父親との面会に行った際に、特養(特別養護老人ホーム)の相談員さんに、父親の、特に足の関節拘縮や筋力低下の問題(平成24年-夏-(21) 参照)で、リハビリやマッサージを増やすことができないか、ダメもとで聞いてみた。

 どうして「ダメもと」かと言うと、現状・現行制度における介護保険を使ったリハビリは、現在の(入居してからずっとほぼ同じ)内容・量で限界のはずだからだ。

 すると、特養に来てやってもらえて、しかも健康保険が使える(俺の父親の場合はおそらく0割負担になる)訪問マッサージのサービスがあり、ここの介護施設にも数人の利用者がいるそうだ。

 俺は、「なぜ、もっと早く教えてくれなかったのか」と思ったが…

 特養はできる限りのフォローはするものの、あくまでも家族とこの訪問マッサージを提供する会社との契約・責任に基づくものなので、今回の俺のように聞いた場合は別だが、特養の側から勧めることは難しいらしい。

 特養の(外科の)嘱託医の同意書が必要になるなど、手続が少し面倒だが、医師の同意書が必要ということは医師の指示に基づくものだから、その点は安心だ。

 すぐに俺は、その訪問マッサージの会社に連絡した。

 何度か電話で打ち合わせる中で、認知症の人へのマッサージの実績が豊富で、俺の父親のことも理解した上でやってもらえる、と判断した俺と母親は、その訪問マッサージを頼むことに決めた。

 この間に俺は、これもダメもとで、父親が特養に入居する前に訪問リハビリをしてくれていた訪問看護ステーションに電話して、当時のリハビリメニューや父親のことを、その訪問マッサージの会社に伝えてくれるよう頼んだら…

 父親のリハビリをしてくれていたPT(理学療法士)さん(平成23~24年-冬-(25) 参照)が、しっかり連絡を取ってくれた。

 俺は、本当にありがたいと思った。


 この時期に父親の71歳の誕生日が来て、特養でお祝いをしてくれた。

 俺と母親はバースデーカードをつくり、誕生日からしばらくの間、父親の部屋の目立つところに飾っておいた。

 この時期の父親は、笑顔を見せてくれることが多く、また、トイレで座っている時に排泄してくれることもあった。

平成24年-夏
2012/12/07.Fri

平成24年-夏-(27)

 今月の美術リハビリ教室も、前月(平成24年-夏-(17) 参照)と同じ福祉施設で開催されたが、生徒の顔ぶれが前回と違い、施設のデイサービスのおばあちゃんたちは参加しなかった。

 施設内は節電しているとはいえ冷房が効いているが、猛暑の気候でおばあちゃんたちは少し疲れているようで、休息を優先させたらしい。

 俺の住む地域からはやや遠いところに住み、先日もその地域の集会で会った若年性認知症の本人とその奥さん(平成24年-夏-(24)平成24年-夏-(25) 参照)、そして、俺の住む地域の若年性認知症の本人とそのご主人(平成24年-夏-(11) など参照)は参加した。

 授業時間の前後に、俺は、両夫妻に自分が考えているNPO(平成24年-夏-(5) 参照)の話をしてみた。

 今回は、夏らしい絵葉書を作った。

平成24年-夏
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