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2013/09/30.Mon

平成25年-春-(28)

 5月末頃、いつものように俺が自家用車を運転して母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム、父親のところとは別)に入居している祖母に会ってきた。

 前回、5月中旬に面会した時もそうだったが、祖母は部屋のベッドで寝て(寝たきりで)いて、上半身を少し高くした状態での胃ろうの食事中で、完全に眠っており、俺と母親が声をかけても反応は無かった。

 スタッフさんに祖母の近況を聞いたら、特に変化はなく、目の動きで反応を示すこともあるとのこと。

 俺も母親も、これから当分の間、祖母は大きな変化なく過ごしていくだろうと思っていた…


 俺は、ずっと使っている目薬が少なくなったので、眼科医院を受診した。

 大きな問題や変化はないので(その目薬は)継続するように、一方で、(春先から使っていた)花粉症の目薬はもうやめて良い、と先生に言われた。


 春服で過ごすのには、やや厳しい気候になってきた。

平成25年-春
2013/09/28.Sat

平成25年-春-(27)

 5月下旬になると、母親の風邪も治り、俺と母親の二人で週2回くらい、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に会いに行った。

 特養の生活相談員さんに、父親の来月の介護保険証更新について聞いたら、相談員さんの方で役所への手続を含めて全部やってくれるとのこと。

 家から父親の初夏向けの衣類を持って来て、その分だけ衣装箱に入らなくなった(冬よりの)春物を家に持ち帰った。

 父親は眠そう、少しだるそうなことが多く、身体の横への傾きも強かった。


 5月中旬に面会した際、スタッフさんから、(その日の)起床時に父親の口から痰とツバがあふれ出ていたという話があったので…

 俺は過去に家で同じことがあった(平成23年-秋-(28)平成23~24年-冬-(12)平成23~24年-冬-(14)平成23~24年-冬-(20)平成23~24年-冬-(24) 参照)と伝え、スタッフさんからは、深夜早朝の介護スタッフの見回りを増やし、同じことが続くようなら(家族に)連絡すると言われた。


 その後、スタッフさんによると父親は、次の日には同じことが少しあったものの、その翌日以降はなくなったそうで、俺と母親は安心した。

平成25年-春
2013/09/24.Tue

平成25年-春-(26)

 5月中旬に、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)から、父親の先月分の請求書や生活記録が届いた。

 先月の父親は、転倒や目の周りが腫れる等あったが、全体的にはおちついていて、多くの行事に参加させてもらっていたようだ。


 この地域の介護家族会からの会報が、また今月も届いた…


 風邪が治った俺は、会計資格(平成25年-春-(6)平成25年-春-(7) 参照)の試験日が近づいてきたので、特に応用力の面で勉強不足は否めない(平成25年-春-(24) 参照)ものの、模擬試験中心の学習に切り替えたのだが…

 やはり模擬試験は、基礎はそれなりに勉強したので解けることは解けるのだが、応用力・実戦力が全然足りないので、試験時間内では全く終わらない。

 かといって、今から応用力を身につける問題練習をしている時間は無い…

平成25年-春
2013/09/21.Sat

平成25年-春-(25)

 俺の風邪がだいたい治った頃、俺からうつったのだろう、母親が風邪をひいてしまった。

 母親の風邪は数日で治るのだが、それまでの間に、俺一人で父親に会いに行くことがあった。

 父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)に、その日は午後に行った。

 入居者さんたちの多くが自分の部屋で昼寝しているらしく、共同スペースにいるのは2~3人だった。

 そのうちの一人のおばあちゃんが、「みんな(家に)帰ったの? 私も今日帰るんだよね?」と何度も言い、スタッフさんはその度に、「みんな部屋で寝ているだけ。みんな今日もここでお泊りだよ」とやさしく答えていた。

 俺一人では、父親を手引き歩行で部屋に誘導するのは困難なので、モジュール車椅子に乗せて、共同スペースと父親の部屋との間を移動した。

 父親の部屋のボックスティッシュが空になりかけていたので、家から新しいものを、父親のフルネームを記入した上で持ってきた。

 春の終りから夏の初めにかけての衣類や帽子も持ってきて、それで衣装箱に入りきらなくなった冬物を家に持ち帰ることにした。

 俺一人では大変なこともあったが、眠そうな父親に、主に整容面でのできる介護をした。

平成25年-春
2013/09/17.Tue

平成25年-春-(24)

 いつものように俺が自家用車を運転して母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム、父親のところとは別)に入居している祖母に会ってきた。

 あいかわらず祖母は部屋のベッドで寝て(寝たきりで)いて、上半身を少し高くした状態での胃ろうの食事中だった。
 口が空きっぱなしで、呼吸が時々、やや荒くなった。

 俺と母親が声をかけると少し目を開けてくれたが、その後は眠ってしまった。
 それで呼吸がおちついたようなので、結果的には良かった。

 スタッフさんに祖母の近況を聞いたら、大きな変化はないとのこと。


 GWが明けると、俺は腰などに加えて、ノドが痛くなってきた。

 咳や鼻水も出てきたが、ノドがやたらと痛いので我慢ができなくなり、耳鼻咽喉科を受診したら…

 インフルエンザではなかったが、細菌性のノド風邪とのことだった。

 父親と母親のために使わなければならない時間が相変わらず多く、それに加えて就職に必要な複数の資格や技能を身につけるための勉強・訓練を並行してやっていると、最近の俺は心身を休める時間が本当に少なかった。

 そのような状況において、ここしばらく気温の変動が激しかったので、それに身体がついていけなかったのだろう。


 ノドの強い痛みは数日でおちついたものの、その後、全体としての風邪はなかなか治りきらず、資格の勉強のペースもさらに落ちてしまう(平成25年-春-(21) 参照)。

 試験日程を考えれば一番勉強しなければいけない時期に、俺は体調を崩してそれができなくなった。

 時期的に花粉症の心配はもうないので、そろそろ外出時のマスクは不要になるはずだったのに、風邪のせいで続けることにもなった。

平成25年-春
2013/09/13.Fri

平成25年-春-(23)

 GW中の平日に俺は、蕁麻疹と坐骨神経痛の薬が少なくなってきていたので、それぞれ皮膚科医院と整形外科医院を受診した。

 少しでも医療費を抑えたいので多めの日数分の薬を出してもらい、それに加えて、次回は大きな変化がなければ(診察なしの)薬の処方だけ、ということにしてもらった。


 GW中も俺と母親は週2回くらい、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に会いに行った。

 父親は、全体的にはおちついていたが、(目ヤニなどで)しっかり目が開かない日もあれば、ちゃんと開く日もあり、上半身(主に首)が横に大きく傾く日もあれば、さほどでもない日もあるなど、波があった。

 ソメイヨシノはすでに散り、遅咲きの桜も散り始めていた。

平成25年-春
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