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2009/06/02.Tue

目次

≪目次の使い方≫

 このブログは、平成12年の夏の出来事から順に時間の経過と共に、季節区切りで書いています。

 それぞれの季節は、平成12年の夏と秋、平成13年-夏、平成13~14年-冬、平成16年-春、は一つずつしか記事がありませんが、それら以外は、平成12~13年-冬-(1)、平成12~13年-冬-(2)など、複数の記事があります。

 この下の≪目次≫に、各季節の最初の記事へのリンク一覧があります。

 目次の「○○年(和暦)-□(季節)」と書いているリンクをクリックしていただくと、「平成12年-夏」と「平成12年-秋」と「平成13年-夏」と「平成13~14年-冬」と「平成16年-春」はその記事に、それら以外は目次の各項目での指定がなければ、その季節の最初の記事-(1) にジャンプします。

 各季節の-(2)以降を続けてご覧になられる場合は、記事のすぐ下にある << この次に作成した記事 | HOME | この前に作成した記事 >>  のリンクを利用して、次の記事にお進み下さい。

 季節区切りではありますが、各項の記事が多すぎても、と思いまして、各項の本編記事数が多くとも30程度になるように季節を分割しているところがあり、また、本編記事の間に「補足と意見」、「連絡」などの記事が入っている場合もありますが、ご了承下さい。


≪目次≫

平成12年-夏  俺の帰郷

平成12年-秋  俺の国家資格試験

平成12~13年-冬  父親の異変

平成13年-春  父親の診断

平成13年-夏  父親の再就職、俺の(正規雇用の)就職

平成13年-秋  父親の携帯電話と健康診断

平成13~14年-冬  父親の年賀状

平成14年-春  父親の事故

平成14年-夏  父親の出張

平成14年-秋  父親の退職(うつ病)

平成14~15年-冬  父親がほっとしたこと、喜んだこと

平成15年-春  父親の運転をやめさせた

平成15年-夏  隣県への一泊旅行

平成15年-秋  俺の健康診断、そして紅葉

平成15~16年-冬  俺のお見合い?

平成16年-春  花見

平成16年-夏  若年性アルツハイマーの進行

平成16年-秋  俺は正規から非正規雇用へ

平成16~17年-冬  八方ふさがり、俺の離職

平成17年-春  最後の砂浜

平成17年-夏  父親の混乱と怒り、そして徘徊の始まり?

平成17年-秋  最後の遠出、最初の公的支援手続

平成17~18年-冬  父親が、一人では何もできなくなっていく…
 父親の混乱と怒りも、ひどくなっていきます。

平成18年-春  俺と母親だけでは、限界

平成18年-夏  様々な公的支援手続
 精神障害者保健福祉手帳、障害年金、介護保険サービス(要介護認定)などです。

平成18年-秋  デイサービスを利用し始める

平成18~19年-冬  やっと父親がデイサービスに慣れてきたが…

平成19年-春  デイサービスと通院治療だけでは、全然足りない

これまで、これから
 平成19年の初夏頃に俺が、平成12年の夏からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです(まだ希望を持っていました)。



平成19年-夏  父親の混乱、繰り返すタイプ(?)の異常行動

平成19年-秋  困難な通院が続く

平成19~20年-冬  やむをえず小規模多機能サービスに変えたが…
 デイサービスだけ(の施設)では、先が見えなかったので。

平成20年-春  小規模多機能サービスは、ダメだった

平成20年-夏  父親の「不安」、失語症状の悪化、手の震え
 俺は、円形脱毛症になってしまいました。
 母親の体調不良も続いています。

平成20年-秋  父親の通院と薬のことで、俺は悩み続ける…
 ショートステイの利用について、話を進め始めました。

平成20~21年-冬  父親の精神病院(精神科病院)への入院
 まず、在宅介護で父親が入院するしかなくなっていく話が続きます。
 実際に入院するのは、この項(季節)の終り近くになります。

これまで、これから2
 平成21年の春先頃に俺が、平成19年の夏からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。
 様々な現実を知り、そして…
 投げやりになる一歩手前で、なんとか踏み止まっていました。



平成21年-春  父親の入院、そして退院、すぐに再入院

平成21年-夏 一  父親、ようやく退院

平成21年-夏 二  退院後の父親
 平成21年-夏(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成21年-夏-(18)から始まります。

平成21年-夏 三  リハビリなど
 ここは、平成21年-夏-(41)から始まります。
 リハビリ、自助食器、福祉車両など、いつまで続くかわからない在宅介護の状況を…
 少しでも改善するために取り組み始めたことが書いてあります。

これまで、これから3
 平成21年の初秋頃に俺が、この年の春と夏を振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。
 様々な矛盾に悩んでいました。



平成21年-秋 一  父親の身体介助が厳しすぎる
 父親は、姿勢も動きも不安定で危険なのに、歩き回り… 

平成21年-秋 二  父親の大ケガ
 平成21年-秋(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成21年-秋-(19)から始まります。

平成21~22年-冬  父親の精神症状への対応と身体介助
 これらは同時進行で行わなければならず…
 俺と母親は、父親と一緒だと身も心も全く休まりません。
 俺は、ひどい体調不良になりました。

平成22年-春  俺の腰と足の痛みが悪化
 父親は、良い意味でも悪い意味でも元気になってきました。
 悪い方が多いのですが…

これまで、これから4
 平成22年の初夏頃に俺が、平成21年秋からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成22年-夏  猛暑と納得できない「現実」
 父親は、急な体温上昇が目立ってきました。

平成22年-秋  父親の精神・身体症状の悪化
 父親は、手の震えもひどくなってきました。パーキンソン病?
 内科的な問題については、ようやく訪問診療を受けられるようになりました。

平成22~23年-冬  なんとか最悪の事態を避けている
 父親は、歯の訪問診療も受けられるようになりました。
 ギリギリの状態ですが、俺は努力と工夫でなんとか凌いでいます。

これまで、これから5
 平成23年の春先頃に俺が、平成22年夏からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成23年-春 一  東日本大震災の発生
 ここは、平成23年-春-(1)の前記事「このブログ本編の舞台は…」から始まります。
 発生時の地震の大きな揺れ、その後の大停電、そして物資不足と困難が続きます。
 その影響・ストレスでしょう、父親の症状は進行・悪化してしまいました。
 震災前でも父親の介護はギリギリだったのに、こんなことになって更に厳しくなり…
 ついに俺は、強い坐骨神経痛(この頃はまだ未診断)が出てきてしまいました。

平成23年-春 二  東日本大震災の発生から一か月
 平成23年-春(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成23年-春-(23)から始まります。
 震災発生以降の介護の大変さからでしょう、俺は帯状疱疹になってしまいました。

平成23年-夏 一  やっと要介護度が介護の大変さに見合うものになったが…
 要介護度が3から5になったのに、たいして介護状況が改善しません。
 この夏も父親は、熱中症(急な体温上昇)が目立ってきました。

平成23年-夏 二  ようやく訪問リハビリを受けられる目処が立った
 平成23年-夏(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成23年-夏-(30)から始まります。

これまで、これから6
 平成23年の初秋頃に俺が、この年の春と夏を振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成23年-秋 一  訪問診療(内科等)の切替えと訪問リハビリの開始

平成23年-秋 二  ようやく俺は、坐骨神経痛と診断された
 平成23年-秋(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成23年-秋-(17)から始まります。

平成23年-秋 三  特別養護老人ホームへの入居が近づいた
 ここは、平成23年-秋-(35)から始まります。

平成23~24年-冬 一  特別養護老人ホームへの入居が決まった

平成23~24年-冬 二  父親が特別養護老人ホームに入居した
 平成23~24年-冬(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成23~24年-冬-(27)から始まります。

これまで、これから7
 平成24年の春先頃に俺が、平成23年秋からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成24年-春  俺と母親は、生活の立て直しを始めた
 父親は、徐々に特別養護老人ホームでの生活に慣れてきました。
 俺は、認知症の家族会の活動に積極的に参加することになるのですが…

平成24年-夏  俺は、この地域の若年性認知症の現実を改めて知る
 俺は同じ地域の若年性認知症の人とその家族に会ったり、その話を聞いたりしました。
 父親は、訪問マッサージを受けられるようになりました。

平成24年-秋 一  俺は、若年性認知症支援NPOを作り始めた

平成24年-秋 二  父親がようやく、前頭側頭型認知症(でもある)と診断された
 平成24年-秋(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成24年-秋-(22)から始まります。
 前頭側頭型認知症は、ピック病とも呼ばれます。
 俺は、実質的な若年性認知症支援NPO活動を始めましたが…

これまで、これから8
 平成24年の晩秋頃に俺が、この年の春からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成24~25年-冬 一  俺のアナフィラキシー・ショック
 父親は、特別養護老人ホームで新年を迎えました。

平成24~25年-冬 二  俺はNPO活動を縮小した
 平成24~25年-冬(カテゴリ)は記事が多いので、目次では分けました。
 ここは、平成24~25年-冬-(21)から始まります。
 俺は、認知症の家族会を退会しました。

平成25年-春  俺は就職活動と資格の勉強を始めた

平成25年-夏  地元で認知症をテーマにしたフォーラムが開催された
 このフォーラムが、テレビのウソの元になったものです。
 脳血管性認知症の祖母が終末期に入り、そして亡くなりました。

これまで、これから9
 平成25年の初秋頃に俺が、平成24年の初冬からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成25年-秋  テレビはウソをつき、俺はNPO活動をやめることにした

平成25~26年-冬  テレビのウソから離れて生きる決心
 俺は、「テレビでウソをついた人及びその仲間とはかかわらずに生きていく」
 と決意しました。
 それが非常に大変で、苦しいことを承知の上で。

平成26年-春  孤独な努力
 俺は、ほとんど誰にも理解されないまま努力や苦労を続けています。

これまで、これから10
 平成26年の初夏頃に俺が、平成25年の秋からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成26年-夏  ドキュメンタリー番組、リクライニング車椅子
 俺の考えが反映されたドキュメンタリー番組が放送されました。
 父親が転倒してケガをしました。
 ケガ防止のためにリクライニング車椅子を使い始めました。

平成26年-秋  うなり声、ソフト食、俺の耳鳴りと試験
 父親は夏に精神薬2種類が減りましたが、うなり声がひどくなったので、
 減らした2種類の内一つを、再び飲むようになりました。
 父親の飲み込みが悪くなり、食べるおかずはソフト食になりました。
 俺は耳鳴りが治らないまま、試験を受けました。

平成26~27年-冬  面会ストップ、番組の受賞
 インフルエンザの流行で、父親に面会できない期間がありました。
 夏に放送されたドキュメンタリー番組が受賞しました。

平成27年-春  口腔ケア、もう歩かせられない
 父親は、歯科衛生士による口腔ケアを受ける回数が増えました。
 もう父親を歩かせないことにしました。

これまで、これから11
 平成27年の初夏頃に俺が、平成26年の夏からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。
 成年後見制度に対する俺の考え方も述べています。



平成27年-夏  二人部屋、ベッドと排泄ケアの変化
 父親は二人部屋に移り、介護ベッドも低床→普通タイプに替わりました。
 ほぼ排泄ケアは部屋のベッドでだけになり、トイレ誘導がなくなりました。
 地域の認知症医療を支えていた医師が、既に他県の病院に移っていました。

平成27年-秋  父親の総合病院への入院
 父親が感染症で総合病院に入院し、感染症は短期間で治ったものの、
 終末期・看取りが近いと診断され、入院が続きました。
 家族は混乱・動揺する中で、胃ろうについての判断を迫られました。

平成27~28年-冬  父親は総合病院を退院した
 父親は、ようやく総合病院を退院して特養に戻りました。
 その後、少しずつ元気になりましたが、終末期という診断のままです。
 俺と母親は、父親が元気になっていくことを喜びながらも、
 父親が亡くなった時の準備を始めました。

平成28年-春  俺の目標達成、そして職探しへ
 俺はTOEICテストで目標スコアを達成し、職探しを始めました。
 父親は、特養のベッドで寝ている時間が長く、帯状疱疹、
 首つかみ等の問題もありましたが、全体的には落ち着いていました。

これまで、これから12
 平成28年の初夏頃に俺が、平成27年の夏からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。



平成28年-夏  特養の人手不足、俺の就職
 父親は、訪問マッサージを再開できるくらい元気になりました。
 特養の人手不足を強く感じさせられることが、いくつかありました。
 俺は、個別指導塾講師・家庭教師として働き始めました。

平成28年-秋  俺の不調、父親は少しずつ…
 俺は自律神経がおかしくなり、治療を受け始めました。
 父親に大きな問題はありませんでしたが、体重が減ってきている、
 もう歯ブラシでの歯磨きはしない、といった変化がありました。

平成28~29年-冬  交通事故、父親の再入院
 俺と母親は交通事故に遭い、母親がケガをしました。
 父親は総合病院に「原因不明の症状」で入院して、
 その退院直後に、非常に危険な状態になりました。

平成29年-春  父親が亡くなり、そして…
 父親は、少し元気になったと思ったら急に、静かに亡くなりました。
 俺と母親は、父親が亡くなってからも納骨まで、ずっと大変でした。
 俺に残ったのは、後悔と罪悪感と相続手続だけです。





 ブログ内の記事リンクのせいか、本編記事のタイトルにハイフンや括弧を使っているせいか、このブログの検索機能で各記事のタイトルを入力して検索してもピンポイントに出てこないようですので、各項(季節)の途中で止めて、そこからまたお読みいただく場合は…

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