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2017/07/04.Tue

平成26年-夏-(31) 父親の誕生日

 8月下旬も俺と母親は週に2~3回、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)に行った。

 ようやく父親の眉上の治療用テープが取れて、そこはカサブタになっていた。

 その次の面会の時には、カサブタも無くなっていて、切れていたところがピンクの線のようになっていた。


 父親は反応や笑顔が多く、それは良いのだが、手の震えや身体を不意に動かすことが多かったり前かがみが強かったりするのは、少し気になる。

 前かがみや立ち上がろうとする動きが非常に強い時もあったが、この時は俺がトイレに行きたいか尋ねたら、めずらしく「うん」と言ってくれた(これも減薬の効果?)ので…

 トイレに誘導して俺と母親の二人がかりで便座に座らせ、しばらく待っていたら、排便してくれた。

 父親が久しぶりにトイレで座って排泄してくれたのでうれしかったが、介助していた俺は、やはり腰や足に痛みが出てしまった。


 父親は、73歳の誕生日を迎えた。

 誕生日に一番近い面会日に、俺と母親は父親の部屋で、父親に「誕生日おめでとう」と言って、俺が家で作って持ってきた大きめのバースデーカードを父親に見せてから、部屋の目立つところに飾った。

 そして俺は、父親が部屋の椅子に座っていて、その隣に母親がいる写真を撮った。



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平成26年-夏
2017/07/01.Sat

平成26年-夏-(30)

 8月下旬になると、涼しくなってきた。

 昼は少し暑くても夜は涼しくなり、虫の声も聞こえるようになってきた。


 この時期に、蕁麻疹(じんましん)の薬がなくなってきた俺は、皮膚科医院を受診した。

 蕁麻疹については、これまでと同じ飲み薬を継続するしかないのだが…

 皮膚科で診てもらっているせいか原因はアレルギーと言われているが、何のアレルギーかは、ずっとはっきりしないままだ。

 「俺の蕁麻疹の主な原因は、やはりストレスではないのだろうか」と思うようになってきた。


 蕁麻疹とは別の皮膚の問題として、ずっと両親のこと、自分の学習などを優先せざるを得なかった俺の顔の皮膚は、長期間荒れたまま、何も対処していなかった。

 働いている訳でもなく、恋人どころか友達すらいないのだから、荒れたままでもかまわないと思っていたのだが…

 事情を知っている医師から俺は、「遠からず人と接する仕事を始めるなら、今のうちから対処しておいた方がよい」と言われた。

 確かに英語を使う仕事は、在宅の翻訳など一部の例外を除き、人と接することの方が多いだろうから、俺は顔の皮膚の治療・ケアを始めることにした。

 その分の薬代が多くなってしまうが、「なるべく早く働き始めて稼げるようになればよい」と前向きに考え…

 また「早く働き始めるためには、必死にTOEIC学習をしてスコアを大幅アップさせなければならない」と自分にプレッシャーをかけた。



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平成26年-夏
2017/06/29.Thu

平成26年-夏-(29)

 父親が入居している特養(特別養護老人ホームから)減薬についての電話があってから数日後の面会の時…

 俺と母親は特養に着いてすぐ、介護スタッフさんから「(俺の父親が)失禁した際は、できるだけトイレに手引き歩行で誘導していましたが、部屋のベッドで対応することが多くなりました」という話があった。

 失禁した後、トイレで便座に座ってもらうことによって残りの排泄(?)をトイレでしてくれる可能性があって自立度の維持につながるし、尿取りパッド交換なども、部屋よりはトイレの方がプライドを傷つけないだろう、といった配慮から… 

 できるだけトイレに手引き歩行で誘導してくれていたようだし、俺と母親が面会中に同様に誘導することも多かったが、俺と父親が手引き歩行中もトイレでも急にバランスを崩して危険になることが増えてきたので、やむを得ないだろう。


 この日、共同スペースでリクライニング車椅子に座っていた父親を、俺が手引き歩行で父親の部屋へ誘導した時は、わりと安定していた。

 いつものように部屋の入口で、父親を普通の車椅子に座らせて、母親が車椅子を動かないようして俺が父親の内履きを脱がせてから、手引き歩行して部屋の中心へ。

 そして椅子に座らせて、好きな音楽を聞いてもらったり、スタッフさんが用意してくれた飲み物を母親が介助して飲ませたりして過ごした後、父親に共同スペースに戻ってもらおうと…

 部屋の入口で、俺が父親を車椅子に座らせて内履きを履かせようとしたら、母親がブレーキをかけるのを忘れていて、車椅子が後ろに動き始めてハンドルを握っていた母親は止められず、父親がずり落ちて尻餅をついてしまった。

 静かにずり落ちたのでケガの心配なども無いのだが、母親が自分の責任を感じすぎたのか少しパニックになり、俺がおちつかせながら、腰に不安を感じつつもメインになって父親を、なんとか車椅子に座らせ直した。

 しかし、父親が不快そうな、疲れたような表情になってしまった…


 帰りがけに、父親の減薬のことを家に電話で伝えてくれた看護師さんに会った。

 俺は、興奮や不安を抑える液体の薬をやめた効果か、父親の反応や表情が良くなって、眠気も改善されたように見える一方で…

 手の震えが目立ったり、動きたがったり、急に座り込みやすくなったりしているかも、という俺の印象を、その看護師さんに伝えた。

 看護師さんからは、次回の精神科の往診までに経過をまとめたり検討したりするという返事で、また…

 父親のリハビリの内、歩行訓練は転倒リスクが大きくなってきたのでやめて、その代わりに(椅子に座らせたまま)足を動かしたりほぐしたりすることを考えている、という話があった。


 父親は、リハビリ・訪問マッサージ・減薬などで身体の硬さは取れてきた一方で、もう筋力や姿勢を保つ感覚はだいぶ失われていて取り戻すことも難しい、というバランスの悪さにより歩行困難になって、転倒リスクも大きくなってしまったようだ。

  精神病院の老年性認知症病棟に長期入院させられていた時期から、関節が普通に動くこと・正しい姿勢・筋力などがバランスよく維持されるための身体的なリハビリを受けられていれば、現状は良い方向で違っていたのではないか?

 そのために俺は、もっと必死に動く・対応するべきだったのではないか…



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平成26年-夏
2017/06/27.Tue

平成26年-夏-(28) さらに減薬

 8月中旬の朝、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)の介護スタッフさんから家に、次のような内容の電話があった。

 今朝、俺の父親を手引き歩行していた時に、父親が急にバランスを崩して、そのスタッフさん一人では支えきれずに、一緒に倒れてしまった。

 どこかぶつけたり、ということは二人ともなくて、俺の父親が少し驚いたくらいで済んだ。

 朝食後のトイレは、念のために、完全に介護スタッフ2人がかりで行なった。

 一人介助での手引き歩行は、もう無理かも…

 ということだった。


 電話があった2日後に俺と母親が、特養の父親に会いに行くと、父親は共同スペースのテレビの近くで、けっこう後ろに傾けられたリクライニング車椅子に座っていた。

 いつものように声をかけながら父親に近づくと、眉上に治療用テープが貼ってあるのは相変わらずだが、その周りの血が溜まったような赤みは、ほとんど消えていた。

 父親の部屋への行き来の際、俺が父親を手引き歩行したら、歩き始めはだいぶ不安定だったが徐々によくなり、転倒するような不安は無かった。


 面会に行った翌日、特養の看護師さんから家に電話があった。

 俺の父親を往診した精神科の医師が、朝の寝覚めの悪さや身体の傾きを改善するために、毎日夕食時に1包を飲ませている興奮や不安を抑える液体の薬(平成24年-夏-(21) 参照)をやめてみるそうだ。

 これによって、父親が現在飲んでいる薬は以下のようになる。

○アリセプトの錠剤を毎日朝食時に1錠(平成24年-春-(5) 参照)

○メマリー(錠剤1個を砕いて粉にしたもの)を毎日朝食時に1包(平成24年-春-(12) 参照)

○おちつきなさや興奮を抑えるシロップ薬を毎日朝昼夕食時に数cc(再入院前から同じ量)ずつ(平成21年-春-(14) 参照)

○自力・自分の意思での排便が難しいので排便のペースに合わせて2~3日に1回の下剤(平成23~24年-冬-(35) 参照)

 興奮や不安を抑える液体の薬をやめてみるのは2回目で前回はうまくいかなかったこと、鎮静剤の減薬(平成26年-夏-(9) 参照)からそんなに経っていないこと、今回も一日おきとかにせず即やめることなどについて、俺は不安に思ったが…

 父親が不穏になったらすぐに戻すし、その際には効き目が穏やかな薬に変えるかも、という話もあったし、薬が減るのは基本的にいいことだと思うので、減薬を実施してもらうことにした。



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平成26年-夏
2017/06/24.Sat

平成26年-夏-(27)

 8月中旬になると、蒸し暑さが戻ってきた。

 俺はだるいし、こんな時に限って蕁麻疹(アレルギー)の薬を飲み忘れて皮膚が赤くなったりかゆくなったりするという、自分のミスでイライラが増すことがあった。


 父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)から、先月分の請求書や生活記録が届いた。


 俺は市役所に行って、今年も市の健康診断を無料で受けられるようにする手続をした。

 公共交通機関が非常に不便なので自家用車で行くしかないが、ガソリン代の節約のために平日の日中に市役所方面に他の用事がある時に合わせた。

 母親の受け取っている年金は少なくて、俺も働けなくて(収入がなくて)納税できないでいるので我が家は非課税世帯だから、手続すれば無料にできる。

 働けないでいることを情けなく思うが、受けられる公的支援・サービスは受けないと、生活できない…


 新聞やTVニュースでは、広島で大きな土砂災害があったことを伝えていた。



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平成26年-夏
2017/06/20.Tue

平成26年-夏-(26)

 8月中旬にさしかかると、雨が降って涼しくなる日が出てきた。

 涼しくなったのはいいが、夜にすごい雷雨になって短時間だが停電になった時は母親がパニックになりかけて、俺はおちつかせるのに苦労した。


 この時期に俺と母親が、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に会いに行くと、いつもなら共同スペースにいるはずの父親が、いない。

 父親は冷房が強めの室内で、ベッドで仰向けになっていて、俺と母親は、父親がまた熱中症になってしまったのかと心配したが…

 介護スタッフさんが来たので、事情を聴いた。

 俺の父親は、下剤に頼らないと排便できなくなってだいぶ経つ。

 今朝から下剤が効いてきて排便が近くなった様子が見られるのだが、今回は前かがみが強くて、リクライニング車椅子に座面・背もたれを後ろに倒して座らせても心配なくらいなので、念のために部屋のベッドに寝かせているそうだ。

 父親の眉上の治療用テープ部分は、その下で血が固まってきている感じで、その周りの赤みの範囲は狭くなってきたようだ。


 次の面会した日の父親は、共同スペースでリクライニング車椅子に座っていた。

 いつものように俺と母親の二人がかりで父親を車椅子から立たせて、俺が父親を手引き歩行して母親が横で見守りながら、3人で父親の部屋に行ったが、今回の歩行は、わりと安定していた。

 父親の部屋に行ったら、入ってすぐのホワイトボードに、父親が週2回受けている訪問マッサージの会社からの「お盆休みのお知らせ」がマグネットで貼ってあった。

 スタッフさんがいつものように、俺と母親の分のお茶(この時期は冷たい)と、父親の飲み物を持ってきてくれたが、今回は珍しく、トロミなし・氷入りのジュースで、ストローで飲ませてほしいとのこと。

 母親が父親に介助して飲ませたが、ストローで飲ませるのは父親がストローを噛んでしまって無理で…

 ストローで氷をよけながら(氷が口に入らないように、父親は口に入った氷をいきなり飲みこむリスクが高いので)直接コップからジュースを飲ませたら、スムーズに全量を飲んでくれた。



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平成26年-夏
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