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2009/07/20.Mon

平成17年-春-(3)

 この春は、2か所で1回ずつ花見をした。

 市内の公園と、隣市の文化施設にある桜並木で、昼に桜を見ながら家族で散歩した。


 桜の季節が終わると、昨年と同じ、他の花がきれいに咲いている公園や花のイベントに行った。


 夏が近づいた頃、家族3人で自家用車に乗り、海とその周辺の名所に日帰りで行ってきた。
 家は内陸部にある上に、途中でいろいろ立ち寄ったりしたので、だいぶ時間がかかった。

 車中の父親は、相変わらず助手席で座っているだけだったが、今回の目的地は俺が以前仕事で行った場所に近かったので、俺一人の運転でも、さほど苦労しなかった。

 特産品を売っている店などを回り、海に着いたのは夕方近くになってしまった。

 家から遠いこともあり、父親がこの海を見るのは最後になるだろうと俺は思い、つらかったが、当の父親は母親といっしょに、砂浜に落ちている変わった色や形の石を拾っていた。

 俺が両親の写真を海を背景に撮り、3人でもう一度海を見てから、帰途についた。



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平成16年-夏~17年-春
2009/07/17.Fri

平成17年-春-(2)

 父親の鼻水・鼻づまりがひどくなり、本人はいやがったが、俺はなんとか耳鼻科に連れて行った。

 父親は、この年齢(63歳)になって初めて、花粉症と診断された。
 鼻水の検査で、スギの花粉症と医師から言われた。

 処方された飲み薬(錠剤、毎日夜に1錠)は飲んでくれたが、マスクをつけるのはいやだと言って、どうしてもつけてくれなかった。

 花粉の多いところには近寄らない等、家族はさらに配慮が必要になった。


 後日、飲み薬が残り少なくなって、再度、父親と耳鼻科に行った時に俺は、父親の鼻水・鼻づまりが見られるのはスギ花粉の時期だけではないので…

 「他の花粉などの原因はないか(血液)検査をしてほしい」と父親に代わって医師に頼んだら、「薬を飲み続けていたら検査してもわからない」と断られてしまった。

 とりあえず、スギ花粉の飛散がおさまるまで、耳鼻科で出された薬を父親に飲み続けてもらうしかない。


 家族3人で行った認知症(若年性アルツハイマー)の定期検診で、父親は、福知山線の列車事故の場所(どこの都道府県の出来事か)を主治医に聞かれたが、わからなかった。

 現在の年、月、自分の年齢も答えられない。

 俺は主治医から、若年認知症に対応したリハビリのようなプログラムを実施する構想がある、と聞かされた。

 しかし、主治医は本来の仕事が忙しくて進められないのか、主治医からこのリハビリの話が出ることは、次第になくなっていった。



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平成16年-夏~17年-春
2009/07/16.Thu

平成17年-春-(1)

 父親は、やったことをすぐ忘れてしまうのか、同じことを繰り返すようになった。

 例えば、運転免許証をさがして、あちこちのポケットに手を突っ込み、みつかった後も、たいして時間が経たないうちに、また同じことをする。

 歯磨きを続けて2回することもあった。


 時間がかかっても一人でできていた着替えが、だいぶあやしくなってきた。

 半年ほど前から、排尿・排便回数がやたらと多くなっていたのだが、水分を多く取らせることで、だいぶ改善された。


 父親は、自分ができると思っていること、母親の手伝い、洗濯物干し・たたみ、庭の水撒き等をやりたくてしょうがない様子なのだが、ちゃんとすることはできない。

 おかしなところがあると、俺や母親がなるべく穏やかに指摘するのだが、それでも怒ってしまい、かといって指摘しないでいると、おかしなままだから、俺と母親、特に母親が後始末で苦労することになる。

 母親は、だいぶまいってきた…



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平成16年-夏~17年-春
2009/07/14.Tue

平成16~17年-冬-(6)

 ある日、俺がスーパーに父親と買い物に行った際、買い物が終わって2人で歩いて駐車場の俺の車の前に来て、俺が車の運転席に座ったのだが、いつも同じタイミングで助手席に座る父親が… いない?!

 俺は急いで車を出て周囲を見回した。
 すると、隣の車に乗り込もうとする父親の後姿が見えた。

 カギをかけていなかった隣の車もどうかと思うが、問題は、その車に子供が乗っていて、びっくりさせてしまったことだ。

 俺はその子供に謝りながら、あわてて父親を自分の車の助手席に座らせ、すぐに自分も運転席に座り、車を出してその場を立ち去った。

 父親は何が起こったのかわからず怒り出したが、やがて、自分が悪いことをしたのが少しわかってきたようで、ふさぎこんでしまった。



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平成16年-夏~17年-春
2009/07/14.Tue

平成16~17年-冬-(5)

 俺は俺で、いろいろな福祉・介護サービスについて、自分なりに調べてみた。

 この時調べて、理解できた範囲では、父親が通いのデイサービスなどを利用した場合は、父親よりもずっと年上の人々と一緒に過ごすことになりそうで、父親の考え方やプライドを考えるとどうかと思ったし…

 ホームヘルプサービスなどを利用した場合は、時間や人手の制約などがあり、父親のできることも、やってもらうことになるようだった。

 一方で、主治医の話や認知症(若年性アルツハイマー)に関することを調べてわかったことは、ストレスになることや心情が傷つきそうなことは避けながら、小さなことでも、父親本人のできることは本人にやらせるほうが、病気の進行を遅らせるためには良いということだった。

 デイサービスは、だいたい9:00から16:00くらいまでで、どこに行くかによるが、送迎時間を考えると、8:30頃から16:30頃まで家にいないということになるだろう。

 父親には、午前中の母親の家事・庭仕事・内職の手伝いという、それなりに達成感のあること、そして夕方の時代劇の再放送という楽しみもあり、これを奪ってまでデイサービスに通わせるのはどうかと俺は思った。

 父親が介護保険のサービスを受ければ、俺や母親の負担は減るだろうが、父親のやる気やプライドに悪影響を与える可能性がある。

 逆に受けずに、俺や母親が見守りながらアドバイスすれば、父親のプライドが傷つくことは少ないという点ではいいかもしれないが、俺は働きづらいし、母親の心身にも負担がかかる。

 父親のしたいことがないときに、1~2時間立ち寄ることができて、若年認知症に配慮した趣味の教室に参加したり入浴サービスを受けたりできるような施設が近くにあればよかったが、そういうものはなかった。


 俺はどうするか迷ったが、家には住宅ローンなどの借金がなかったし、父親が再就職先の団体の退職後すぐに、ほぼ満額の老齢年金をもらえる年齢になっていた。

 また、俺も多少の貯金はあったので、半年くらいを目処に、「家族の思い出づくりとその後の準備」をすることにした。


 俺は、母親と交代で父親を見守りながら、その合間に、働けるようになった時のための勉強をしたり、福祉や介護、認知症(若年性アルツハイマー)について調べたりした。

 父親の状態や天候などをみて、平日に旅行をしたりイベントに参加したりした。

 休日の旅行やイベント参加では、どうしても人が多いところに行くことになり、父親が俺や母親を見失ってしまう危険性が高くなっていたので、平日に行くしかなかった。

 それが、俺が仕事を辞めたもう一つの理由なのだが。


 俺は、自分が働けないでいる期間は、冬は雪が多くて出かけづらくなるため、長くてもこの年の秋くらいまでと思っていたが、もっと長くなった…



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平成16年-夏~17年-春
2009/07/13.Mon

平成16~17年-冬-(4)

 俺は、秋に受けた国家資格の試験に合格していたが、年が明けると、仕事を辞めた。

 職場に言った辞める理由は、俺自身が実際に病気(内臓疾患)になったということだ。

 日常の家庭生活においては特に問題はないが、仕事をするとなると支障があり、悪化させるおそれもあるので、この際しっかり治そうと思うと伝えた。
 それはそれで、嘘はついていない。

 しかし、一番大きな理由は、平日の日中(俺が働いていた時間)に母親一人で父親を見ているのが非常に厳しくなってきたことだ。

 母親は、父親のことが大きな原因と思われるストレスで、頭痛等の体調不良を訴えることが増えてきていた。

 父親はもともと特に趣味はなく、人付き合いもあまりなく、最近は無気力ぎみで、すぐ眠りがちになっていたが、それでも一応の生活のリズムがあり、まだ自分はそんなに年をとっていない、いろいろなことができるというプライドがあった。

 いろいろなことが少しずつできなくなってきてはいたが、各作業において、本人のできる部分は本人にやらせ、できない部分は俺や母親が手助けやアドバイスをすることで、なんとかなっていた。


 そんな状況のある日、父親が家で昼寝をしている時間に、俺は一人で出かけて、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医のスタッフに会い、父親の症状に合う介護保険等のサービスについてたずねた。

 俺は、父親の症状に合う何らかのサービスがあると予想し、父親がそのサービスを受け始め、しばらくしておちついたら、サービスを受けている時間だけでも働くつもりでいた。

 しかし、そのスタッフからは、現在の父親のような若年認知症患者に合うサービスについて、「この地域には今のところない、そういうサービスができたら教える」と言われた。

 認知症の進行状態が微妙だった、ということもあるだろう。
 もう少し良ければ、あるいはもっと悪ければ、適切に対応してくれるサービスがあったかもしれない。

 他の地域なら、今の父親に合うサービスがあるのかもしれないが、引っ越しなどできる状況ではなく、そんなことは考えるだけ無駄だった。



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平成16年-夏~17年-春
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