FC2ブログ
2009/07/31.Fri

平成18年-春-(6)

 介護保険法の改正により、自己負担が増える場合が多くなる等の問題もあったが、サービスの種類が増えることにもなった。

 父親のできないことが増え、俺や母親の負担も大きくなり、俺も働かなければと思ったから、精神障害者保健福祉手帳、障害年金、そして介護保険サービスを受けるための具体的な準備を始めた。


 まず俺は、精神障害者保健福祉手帳を申請することにした。

 通院医療費公費負担制度の件(平成17年-秋-(4) 参照)があって、しばらく申請しないでいたが…

 父親の症状がだいぶ進んでしまったようだし、この手帳(2級以上)があれば65歳になると認知症以外の病気の診療でも医療費が安くなり、父親に知られても、「医療費をさらに安くできるから」と説明することができると思ったので、申請に踏み切った。

 この申請に関して、役所から家に届く郵便物は、父親が自分宛に郵便物がくると内容が理解できなかったり対応に困って悩んでしまったりするので、俺宛にしてもらった。

 役所の窓口でそうしてくれるように頼んだら、すぐ了解してくれた。

 この後の各種申請も、同じように俺宛に届くように頼むことにした。

 この時に気づいたのだが、精神障害者保健福祉手帳は、通院医療費公費負担制度(自立支援医療費制度)と一緒に申請したほうが何かと都合がいい。

 申請の窓口は同じで、作成する書類は似ている部分も多いし、更新も一緒にできる。

 俺の場合は、今さら言っても仕方がなかったが。


 俺は、精神障害者保健福祉手帳の件が済んだ後の障害年金申請に備え、(父親が俺についてこないように、そしてなるべく早く帰れるように)父親が昼寝を始めた直後に出かけて社会保険事務所に行って、父親の年金について手短に聞いてきた。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成17年-夏~18年-春
2009/07/30.Thu

平成18年-春-(5)

 父親の歯の定期検診で、かかりつけの歯科医院で診てもらったら、歯科医師から、一部に少し腫れがあると言われた。

 その際に勧められて、いわゆる特保のキシリトールガムを、一日数回、父親に噛んでもらうようにした。

 その際、父親だけだと、父親がガムをどうしてよいかわからなかったり不自然に思ったりする(そして怒る)可能性が高かったので、俺も父親の近くで、ガムをどうすればよいか父親に見せながら、父親を見守りながら、父親のペースに合わせて一緒に噛むようにした。

 それを何日か続けたら、父親は、することがなくてやっていたような鼻かみの回数がやや減り、胃の働きがよくなるのか、食べたものが口に戻ってくる症状も幾分おさまったようだ。

 次の歯科医院の定期検診を後日に受けた際は、特に問題なかった。


 別の日に、父親は、認知症で通院している病院の泌尿器科で定期検診を受けた。

 検査結果は特に問題なく経過観察ということだったが、尿検査の採尿が一人でできず、俺が手伝った。


 数日後、スギ花粉の季節になったせいか、父親の鼻水・鼻づまりがひどくなったので、認知症で通院している病院の耳鼻咽喉科で診てもらった。

 花粉症の薬をもらい、それを毎晩飲むようになってからは、ある程度おちついた。

 ただ、俺が医師に、父親の鼻水・鼻詰まりの原因は何なのか、スギ花粉以外のものも血液検査で一通り調べてほしいと頼んだら、「希望があれば検査するが、治療のための注射が必要なほど症状がひどくないかぎり、検査はしない」と言われた。

 どういう意味かよくわからなかったが、父親は、長い時間の診察や、わかりやすい説明のない検査を受けるのは難しかったため、検査しないことにした。

 しかし、この判断により、父親の鼻の具合の悪さは、原因がよくわからないままずっと続いていくことになり、俺と母親の精神的な負担の一つになる。


 耳鼻咽喉科に行ってから数日後、父親は、認知症で通院している病院の眼科で定期検査をしてもらった。

 目は特に問題なかったが、前回は病院スタッフと俺の手助けでなんとか最後までできた視力検査が、今回は途中でできなくなった。

 自分が何をやっているか、わからなくなったようだ。


 父親は、スギ花粉の季節が終わっても、父親の鼻水・鼻づまり・痰はひどいままだった。

 ただ、ずっとひどいというわけではなく、同じ場所でも、ある時間はひどく、別の時間はまったくないという極端な差がある。

 やむをえず父親は、花粉症の(鼻水・鼻づまりを抑える)薬を、スギ花粉の時期や鼻水・鼻づまりがひどい時期は毎日、そうでない時期は数日おきという形で飲み続ける(家族が飲ませ続ける)ことになる。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成17年-夏~18年-春
2009/07/29.Wed

平成18年-春-(4)

 この時期の認知症(若年性アルツハイマー)の定期検診で、父親は、主治医が見本を示す指の形ができなかった。

 血液検査をした際には、一般の健康診断で調べる項目も加えてもらった。


 翌月の認知症の定期検診では、主治医に「今は何月?」と聞かれて、父親は答えられなかった。

 自分の年齢もわからず、60歳になっていないと答えた(実際は64歳なのだが)。

 俺と母親は主治医に、父親の着替えは家族が手伝うように、また、椅子にちゃんと座れないのも仕方がないから見てあげるようにと言われた。

 前回やった血液検査の結果が出ていて、特に問題なかった。


 その翌月の認知症の定期検診でも、主治医に年齢を尋ねられ、父親は「突然でわからない」と答えた。

 主治医が言った数字を、その後にすぐ父親が言うという形のテストをした際、3桁と4桁はなんとかなったが、5桁は無理だった。


 父親の、認知症の定期検診は家族3人で、それ以外の検診や通院は父親と俺の2人で行き、父親の代わりに(父親は医師の話を理解できなくなってしまったので)家族が話を聞く、という形が続いている。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成17年-夏~18年-春
2009/07/28.Tue

平成18年-春-(3)

 父親は、また体重が増えた。
 過食の傾向が強くなってきたようだ。

 周りがちょっと遅れているのを待てずに食べ始めたり、テーブル中央の全員分のおかずをどんどん食べたりするので、家族以外と外で食事するのは、もう難しいと思った。

 俺が都合で一人だけ遅く食事をとった時、それを見た父親は、自分はさっき食べたばかりなのに、「ごはんはまだか?」と母親に尋ねた。


 父親に一人で着替えさせると、前後逆に着ようとするなどおかしなことが多くなり、着替えの際には目が離せなくなった。

 薄着の季節になると、腹辺りの服の乱れが表に出るようになった。


 ちょっとしたことで父親が怒り、母親が泣いてしまった。

 もう家族だけでなんとかするのは、限界かもしれない。

 母親によると、夜寝る時に母親が敷いた布団を、その直後に父親がたたもうとしたので、母親がそれを止めたら父親が怒ってしまい、一度着たパジャマを投げ捨て、「ちくしょう!」、「みんな生意気だ!」などと言いながら周りの物に当り散らした。

 別の部屋にいた俺がかけつけた時、母親が父親に謝り、なだめていた。

 父親は、約10分後にはだいたいおちついたが、今度は以前のうつ病の時のように落ち込み、「すいませんでした」と言ったりした。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成17年-夏~18年-春
2009/07/28.Tue

平成18年-春-(2)

 父親は、やる気のなさ、無気力な様子が目立ってきて、こちらから何も言わないと、ボーっと立ったまま(あるいは座ったまま)でいることが多くなった。


 全般的に行動が遅くなってきた。
 俺が外出しようとすると、さっと一緒に出かけようとするなどの例外もあったが。


 家のトイレでも、場所や行き方がわからなくなったようで、自分からトイレに行こうとしなくなった。

 腹をおさえたりなどのトイレに行きたそうな素振りを母親か俺が気づき、行くように勧め、トイレ近くまで案内するようになった。


 外出先のトイレで、小便器で用を足すのが難しくなってきた。
 できないわけではないが、遅かったり混乱したりする。


 父親は、日常生活上の習慣的な単純作業もできなくなってきた。

 入浴後の浴槽フタの閉じ忘れ、トイレで用を済ました後の流し忘れ、扉の開閉で頻繁に指を挟む、布団を三つ折りできないなど。


 階段の上り下りが、危なっかしくなってきた。


 父親が一人で爪切りをした際の、切り残しや深爪がひどくなったので、俺か母親が父親の爪を最初から最後まで切るようになった。


 父親を黙って見ていると、今やって繰り返す必要のないこと(歯磨き・トイレなど)を繰り返すことが多くなり、繰り返さないように誘導する必要が出てきた。


 父親は、何をするにも遅かったり間違えたり、いつもやっていることを忘れたりといったことが多くなった。

 特に朝の髭剃りと歯磨きの際に、それが目立つ。

 一方で、鼻をかむ回数や勢いはひどい。

 鼻血が出ても鼻かみ・鼻ほじり・鼻毛抜きをやめず、鼻血がなかなか止まらない、ということがあった。

 以前も同じようなことがあったが、ある日、スーパーに買い物に行った際、買い物後の駐車場で父親は、俺が目を離していたわずかな間に隣の車の運転席のドアを開けて、乗っていた人を驚かせてしまった。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成17年-夏~18年-春
2009/07/28.Tue

平成18年-春-(1)

 弟の奥さんの家族にはある程度伝わっていたが、俺は、それ以外の親戚にも、少しずつ俺の父親の認知症(若年性アルツハイマー)について話すようになった。

 うまく説明できたか自信はないが、それなりに正しく理解してくれたようだ。


 母親の親戚のほうは、サポートする母親の立場を考えて、よく話を聞いてくれた。


 父親の方の親戚には、若年性アルツハイマーが発症する原因の一つとして遺伝の可能性があることを伝えると、より真摯に聞いてくれた。


 認知症が広くメディアで取り上げられるようになり、映画になったことも大きいと思う。


 しかし、すべての親戚が俺の父親の病気を理解し、受け入れてくれたわけではない。

 父親の友人についても同様で、事情を話すと、あるいは話さなくても事情を知ると離れていく人もいたし、そういう人のほうが多かったかもしれない。

 あやしい話とともに近づいてこられるよりは、ましだったかもしれないが…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成17年-夏~18年-春
 | HOME | Next »