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2009/10/31.Sat

平成20~21年-冬-(28)

 家に要介護認定結果の通知が届き、父親の要介護度が2から3に変わった。

 これを機会に、ケアマネージャーを別の人に替わってもらうことにした。

 父親の入院に至る経緯のこともあるが、何より、現在のケアマネージャーは、受入れを断られ、もう二度と父親が行くことはないだろうデイサービス先に紹介された人だ。

 そういう立場の人に頼み続けることには、俺も母親も抵抗が大きかった。


 父親が入院して一週間ほどして、母親の風邪がようやく治り、俺と一緒に父親との面会に行った。

 その際に看護師から、父親が同じ病棟の人たちが集まるホールで、短時間だが過ごすようになったという話を聞いた。


 その数日後、父親の面会に行ったら、父親のいる急性期病棟に担当医師がちょうど来ていて、父親の状況を話してくれた。

 「全体的にはおちついてきており、薬については、入院前の薬の量を増やして経過を見ていて、入院後に新しく別の薬を追加してはいません」とのこと。


 その後、俺と母親は2~3日に1回のペースで父親に会いに行った。

 たまに、少しだが、父親に笑顔や元気な様子も見られるようになり、俺がシェーバーで父親の髭を剃ったり、綿棒で耳掃除をしたりできるようになった。

 父親は、精神病院で平成21年の春を迎えた…



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平成20~21年-冬
2009/10/29.Thu

平成20~21年-冬-(27)

 父親の入院2日目、風邪が治らない母親は家で休んでいてもらって、俺一人で、前日に精神病院の看護師から必要と言われた物を持って、父親に面会しに行った。

 父親は、激しい精神症状が出ている患者を短期的・集中的に治療するという急性期病棟(のフロア)にある、すべての出入口に鍵のかかった個室にいた。

 看護師にドアの鍵を開けてもらって、いっしょに部屋の中に入ると、そこはベッドとトイレしかない部屋で、父親は、うつろな目をしながら、壁に向かって立っていた。

 俺は父親に声をかけたが、ぼんやりとした反応が返ってきただけだった。

 俺は、看護師に家から持ってきた物を渡し、父親の前日からの様子を聞いて、洗濯物を引き取って帰ることしかできなかった。

 父親は、夜中にウロウロしたり、尿失禁があったりしたそうで、病院ではリハビリパンツをはかせるようにしたとのこと。

 この尿失禁については、認知症(若年性アルツハイマー)の進行によって尿意や自分で(トイレでちゃんと)排尿する方法がわからなくなってきていることが主因だと、俺は思う。

 ただ、病院では、家や認知症対応型デイサービス・ショートステイ先と違って、本人が頻繁にトイレに行きたそうにする度に誘導・介助することが、人数・体制といった点で難しいこともあるようだ。

 病院のリハビリパンツを使うより、ドラッグストアで買ったものを病院に持ち込むほうが経済的なので、この後はそうすることにした。


 その後の一週間ほど、2日に1回くらいのペースで、俺一人で父親に面会したが…

 父親は、自分の個室とその前の小さな共同スペースだけに留められ、オロオロしている時もあれば、元気がない時もあり、どちらにしろ、俺には良くなっているように思えなかった。

 看護師が、誤飲を防ぐために父親の食事はペースト状になっていることや、入浴は週2回であることなどを教えてくれた。

 入院前、食事が唯一の楽しみになっていたような父親が、ペースト状の食事では不満を持たないだろうか?

 認知症対応型デイサービスや(日帰り)ショートステイで週3~4回していた入浴も、入浴が始まるまでは大変だったが、入浴中・後はうれしそうにしていたという父親には、週2回は少ないのではないか?

 俺はいろいろ考えたが、病院に任せるしかない…



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平成20~21年-冬
2009/10/27.Tue

平成20~21年-冬-(26)

 入院予定当日の朝、家での朝食が始まろうとした時、父親はいつものように暴れだした。

 いつもと違ったのは、箸を持って暴れたため、母親と俺が箸で刺されそうになったことだ。

 俺は父親を押さえつつ、なんとか箸を取り上げたが、怒りのおさまらない父親は、俺の左手の人差し指だけを強く握っていつまでも離さず、そのうえ強い力で俺の手の甲の方向に曲げようとし続けるので、俺の左手の人差し指は付け根から折れそうになった。

 俺は、やっとのことで父親の手を振りほどき、さらに数分かかって父親を少しおちつかせた。


 午前中の指定されていた時刻に、入院を申し込んでいた精神病院へ家族3人で行った。

 診察室に呼ばれると、約1ヶ月前に俺が一人で入院申込した時に相談した医師(平成20~21年-冬-(17) 参照)が座っていた。

 俺と同じくらいの年齢に見える男性医師で、今後は父親の担当医師ということになる。

 俺は医師に父親の状況を話し、(一般型)デイサービス・認知症対応型デイサービス・ショートステイ(約1ヶ月前からは日帰り)の記録を渡して読んでもらった。

 父親は暴れたりはしなかったが、徐々におちつきがなくなり、不安そうになり、医師の問いかけに対して、ほとんど何も対応できなかった。

 医師は、すぐに俺の父親を入院させると言った。


 女性の看護師が父親を入院病棟に連れて行くのを見送った俺は、ほっとすると同時に、「これでよかったのか?」という思いが頭をよぎったが、それは一瞬のことだった。

 すぐに医師から俺と母親への聞き取り、入院は1~2ヶ月を予定しているなど治療方針の説明、看護師の入院に関する説明、事前に電話で指示されて持ってきた着替えなど荷物のチェックと立て続けに進んだ。

 休む間もなく相談室というところに移動し、裁判所に提出する書類に記入したり、入院中の食費を低く抑える手続の説明を受けたりした。

 病院でのことが一通り終わった時には、俺も母親も心身共に疲れきって、何も考えられなくなっていた。


 帰宅すると、母親は風邪の症状が出てきて、俺が車で内科医院に送った。

 後で母親を迎えに行った時、母親によると、やはり風邪と診断され、身体がまいっているとも医師に言われ、点滴を受けてきたそうだ。


 この後の数日、母親は風邪の症状がひどく、外出できなかった。



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平成20~21年-冬
2009/10/27.Tue

平成20~21年-冬-(25)

 俺の弟の子供、俺と弟の父親から見たら孫が、春になれば小学生になるということで…

 父親が(日帰り)ショートステイも認知症対応型デイサービスもなく、家でめずらしくおちついていた日に、俺と父親と母親、俺の弟とその奥さんと子供の6人で、ショッピングセンターにランドセルを買いに行った。

 父親は、興奮したり怒ったりはしなかったが、周りがにぎやかなせいか、ひどく不安そうになり、おちつきもなくなり、買い物どころではなくなった。

 ランドセルは母親と弟一家に任せ、俺は、父親をセンター内のなるべく静かなところに連れて行き、おちつかせながら待つしかなかった。


 入院したら散髪してもらうことが難しくなると考えた俺は、父親がわりとおちついていた日にいきつけの床屋に連れて行った。

 父親は、腰が痛いようで座り続けていられず、おちつきもなくなってきたので大変だったが、なんとか髪(ヘアカット)だけやってもらった。


 床屋に行った翌朝に、父親の歯の大きなかぶせものがとれてしまい、やたらと気にするので、3日後に俺が父親を歯科医院に連れて行って、かぶせなおしてもらったものの…

 腰の痛みについては、診察椅子に座った父親の足を俺が押さえて、膝を立てることによってなんとかなったのだが、おちつきなさという点では、父親は口を開け続けられず、処置している歯科衛生士の指を噛んでしまうこともあり、たいへんだった。


 これまで、しばらくの間、鼻水・鼻づまりを抑える薬(平成20年-秋-(2) 参照)は、父親に頓服薬として1錠ずつ、鼻の症状にもよるが2~3日に1錠、時には予防的に飲ませていた。

 しかし、花粉症の時期が近づいてきて、そろそろ父親の鼻にも症状が出てきそうで…

 鼻が気になるとおちつかなくなり、ひいては暴れやすくなるから、そのリスクを少しでも小さくするため、毎日夕食後に飲ませる(つぶして粉状にしてヨーグルトなどに混ぜて食べさせる)形に変えた。



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平成20~21年-冬
2009/10/26.Mon

平成20~21年-冬-(24)

 父親は、暴れること以外にも、抵抗やおちつきなさなどが増え(ひどくなり)、最低限の日常生活もできなくなってきた。

 いっそう身体が動かせなくなり、衣服の着脱や靴の脱ぎ穿きは、ほとんど介助に頼るようになった。

 介助者(家なら俺か母親、認知症対応型デイサービス・ショートステイ先では介護スタッフ)が介助したいのに(介助が必要な時なのに)、怒ったり身体にすごく力を入れたりして、介助させてくれない。

 家では何度も、居間などでズボンをおろそうとしたり、こたつに上ろうとしたりする。


 また、やたらとどこかに行こうとする(主にトイレ、トイレ以外思いつかない?)。

 家で、父親が何回もトイレに行きたそうにするので、その度に俺がトイレに連れて行くのだが、排泄がないことのほうが多い。

 声がけや介助をする俺の服をつかみあげるなど、怒ったり抵抗したりが多く、暴れたりすることもある。

 せまいトイレの中で何度もこのような状況になるので、俺は、腰だけでなく膝や足首などの他の関節も痛くなってきた。

 せっかく取り付けた手すり(平成20年-秋-(1) 参照)が、暴れる父親にとってはぶつかって危険で、介助する俺には邪魔なものになってきた。

 父親は、認知症対応型デイサービスと(日帰り)ショートステイでも、トイレに関しては同じようで、本人が行きたそうにするのでスタッフが何回もトイレに誘導せざるをえないが、排泄がないことのほうが多く、スタッフに向かって怒ったりもしてしまうそうだ。


 父親が家の洗面所で歯磨きをした際(父親の歯を磨くのは俺だが)、口をゆすいだ後の水を、洗面台ではなく床に吐き出そうとすることが増えた。

 俺が止められず、実際に床に吐き出してしまったこともある。


 父親は、おちつきなさや混乱で飲食が(服薬も)できなくなってきた(食べ物を自分で口に運べない、食事中に立ち上がり動き回る等)。

 以前よりもさらに距離感がつかめなくなってきたのか、何もないところに手や箸をのばすことが多くなっている(手のふるえも時々見られる)。

 歯にひっかかったものをひどく気にして、指や箸でとろうとする(だから歯に詰めたものがとれやすい)。


 また便秘がちになり(おちつきなさや怒りの原因?)、下剤を飲んでもあまり効果がないようだ(食べる量が減って便の量も減っている?)。

 知っている歌が出てくる番組等わずかなものを除き、テレビにまったくついていけなくなり、それもおちつきなさや怒りに発展してしまうようだ…



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平成20~21年-冬
2009/10/26.Mon

平成20~21年-冬-(23)

 精神病院に入院を申し込んだ時、1~2週間のうちには電話をするという話(平成20~21年-冬-(17) 参照)だったが、入院申込の日から2週間経っても、精神病院から電話はなかった。


 そのため、父親が(日帰り)ショートステイに行っている時間に、俺のほうから精神病院に電話したところ…

 「入院する部屋が空かないし、入院を待っている人が他にもたくさんいて、まだ入院予定日が決まらない。順番がきたら電話するので、もう少し待ってほしい」という返事だった。

 俺は、入院を申し込んだ時より状況がひどくなっていることと、昼間だけ父親を受入れてくれている施設からさえ、「早く入院予定日を教えてほしい」と言われていることを伝えた。

 そして、「すぐに入院できないなら、せめて、だいたいでもいいから、何日くらい後なら確実に入院させてもらえるかを教えてほしい。いつから入院できるかわかれば家族は、その時までなんとか耐えようと思えるし、(認知症対応型)デイサービス・ショートステイ先にも“入院まではなんとか”と頼める」と訴えた。


 その翌日、精神病院から電話があり、10日後に入院することになった…



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平成20~21年-冬
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