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2009/11/29.Sun

科学技術関連予算の事業仕分け

 このテーマは、世間の話題になっているようですので、私(作者)も意見を述べさせていただきます。

 「日本は科学技術立国であり、そうであり続けるためには、次世代型スーパーコンピューター開発などを含む科学技術のために相応の予算が必要である」という意見は、もっともだと私は思います。

 一方で私は、このようなブログ(小説)を書いていますと、自分が直接知る範囲でも、テレビの報道などでも、家族の介護のために離職した、あるいは仕事を辞めるところまではいかなくても第一線で働けなくなった研究者・技術者・職人、といった人たちが気になってしまいます。
 こういう人たちは、間違いなく日本の科学技術を支えていた、元の仕事に戻れれば再び支えてくれる、と私は思います。

 また今は、必ずしも介護が関係しているわけではありませんが、本人にはまったく責任のない家庭の(経済的な)事情などで学校の授業を受けられない、受けられなくなりそうな理系の科目が得意な若い人(学生・生徒)も少なくないようです。
 こういう人たちは、研究や勉強ができる環境さえあれば、将来、日本の科学技術を支えてくれる可能性が高いと思います。

 科学技術に直接かかわることと、科学技術を支えている・支えてきた・将来支えてくれそうで現在本当に困っている人たちを助けること、その両方に十分な予算がつけられないとすれば、私は、後者を優先させたほうがよいと思います。

 もちろん、科学技術に直接かかわることにあてなかったお金(予算)が、現在本当に困っている人たちに回っていかなければ問題ですし、科学技術関連予算が少なくなることによって、それにかかわる産業が縮小して研究者・技術者・職人の仕事が減るという面もあるでしょう。

 だから、科学技術に直接かかわることと、科学技術を支えている・支えてきた・将来支えてくれそうで現在本当に困っている人たちを助けることを両立できる方法があれば、一番よいのでしょうが…

補足と意見
2009/11/28.Sat

平成21年-春-(14)

 父親が退院する日になった。

 俺と母親は、退院予定時刻の少し前に病院に着いて、急性期病棟の父親の部屋に行くと、父親はいなかったのだが、ほどなく看護師に付き添われて戻ってきた。

 父親は退院する日だということがわかっていたのか、朝から(外履きの)靴をはいてウロウロしていたとのこと。

 父親を外出する格好に着替えさせ、薬を受け取り、病棟のスタッフに挨拶した。
 一人の看護師が荷物の一部を持ってついてきてくれた。

 父親のことは母親と看護師に任せて待合室の椅子に座っていてもらい、俺は受付に行き、あらかじめ頼んでおいた、生命保険の入院給付金申込に必要な診断書を受け取り、その支払を済ませた。

 看護師は俺の車がとめてあるところまでいっしょに来て、荷物の積み込みや父親を助手席に座らせるのを手伝ってくれた。


 父親は、特に混乱することもなく家に帰ってきた。
 初めて見るベッドや背の高いコタツテーブルなども、さほど気にする様子はなかった。

 入院前と比べて家族が大変になったのは、少し身体が動かなくなって必要な介助が増えたこと、メインがおかゆと刻み食という食事を用意すること、念のためにリハビリパンツをはかせること等だが、なんとかやっていけそうに思えた。

 錠剤の薬がなくなり、シロップと、食事に混ぜてよい粉薬だけになる等、家族の負担が減った部分もある。
 何より、暴れなくなったことがうれしい。


 父親が退院する時に病院から出された飲み薬(など)は、次の通り。
○アリセプト(平成13年-春-(2) 参照)の粉薬を毎日朝食時に1包

○おちつきなさや興奮を抑えるシロップ薬(平成20年-秋-(11) 参照)を毎日朝昼夕食後に数cc(入院前より増量)ずつ

○鼻水・鼻づまりを抑える薬(平成20年-秋-(2) 参照)が粉薬になって毎日夕食時に1包

○エンシュア(低栄養にならないようにするための経腸栄養剤、缶飲料)を毎日1~2本

○興奮や不安を抑える液体の頓服薬(興奮や不安がひどい時だけ、スポーツドリンクに混ぜて飲ませてよいとのこと)

 これらの薬で俺が一番驚いたのは、エンシュアを箱ごと、大量に渡されたこと、そして、低栄養気味の父親には、おかゆや刻みのおかずを食べられない時でも、なんとかエンシュアだけは飲ませてほしい、つまり、父親の食事については「エンシュア最優先」と看護師に言われたことだ。

 俺は、手術や大きな病気で絶食した後は、胃腸にやさしいおもゆ、おかゆと食べていく、つまり低栄養の時は「おかゆ最優先」であることを、幸い自分自身でそういう経験はないが、そういう経験をした人からの話などで、知っていた。

 俺は時間が無かったので、その看護師に「エンシュア最優先」の理由を詳しくは聞けなかったものの…

 少し教えてもらえたことから推測すると、こういうことらしい。

 手術や大きな病気で絶食した後、ほとんど味が無い、はっきり言って美味しくないおもゆやおかゆを食べるのは、それが必要なことだと理解できる人、美味しくなくてもがんばって食べれば、やがて他の美味しいものを食べられるようになることがわかる人なら耐えられるからだ。

 つまり、そういう人が低栄養の時は「おかゆ最優先」でもよい。

 ただし、俺の父親のような人には、ほとんど味が無いおかゆ(だけ)を食べる意味を理解することは難しく、苦痛でしかないかもしれないし、栄養も偏っているから…

 ある程度の量のおかゆを食べるまでは次に進めない、といったように「おかゆ最優先」にこだわって、おかゆだけ食べさせ続けたら、食欲も食べる力も失われていく可能性の方が高い。

 エンシュアには甘みがあり、多くの栄養が含まれていて、それでいて胃腸にもやさしいから、父親には「エンシュア最優先」の方が合っている。


 父親は、急性期病棟にいた時は、入院当初は別として、おだやかで、精神薬をむしろ減らしたから、入院前に暴れたりしたのは精神薬の種類が多くなりすぎて副作用が強く出たせいではないか、と俺は思った。

 しばらくは穏やかに暮らせるのでは、と俺も母親も期待したが…



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平成21年-春
2009/11/24.Tue

平成21年-春-(13)

 母親が65歳になったので、俺が母親の国民年金にかかわる手続をした。

 父親が入院してから、母親の状態は少しよくなったが、精神的にまいっていることには変わりなく、面倒なことは俺が引き受けざるを得なかった。

 俺が、父親のことで手続等に慣れたこともあるが…


 父親の退院予定日の2日前には、ケアマネージャーが紹介してくれた福祉用具会社が、退院後に父親が使うベッドを家に持ってきて、設置してくれた。

 俺と母親は、ベッドメイキングの方法も福祉用具会社の人に教わった。


 その翌日、つまり父親の退院予定日の前日に俺は、家具量販店でベッドパットを、ドラッグストアでベッド中央部用の防水シーツを買い…

 帰宅してすぐ、(介護保険による)レンタルのマットレスの上にベッドパッド、ベッド中央部に防水シーツ、(普通の)シーツ、ベッド上で父親の頭がくるところにバスタオル、という順番で敷きながら、ベッドメイキングしてみた。

 初めてにしては、わりとうまくできたと思う。



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平成21年-春
2009/11/23.Mon

平成21年-春-(12)

 関係者の話し合いを経て、父親の退院後について、しばらくは、入院していた病院に付設されている認知症デイケアと、入院前にも通っていた認知症対応型デイサービスを組み合わせる形でやっていくことになった。

 以前に担当医師と話したことがベースになっている(平成21年-春-(7) 参照)が、入院前にも通っていた認知症対応型デイサービスは週2日しか通えないことと、同じ施設のショートステイには(毎週何曜日から何曜日までは空いているといった)定期的な空きがしばらくないことが大きい。

 家族は、通う場所が2箇所になることで父親が混乱するのでは、という不安はあったが、もう1箇所が入院している病院に付設されているデイケアなら、病院との連携がとれていて大丈夫だろうと思った。

 様子を見て、入院前にも使っていたショートステイも取り入れていくことになった。

 定期的な空きが出るまでの間でも、キャンセルなどで2泊くらいの空きは時々出るとのことで、その時に、父親の様子を見ながらショートステイを利用してみるという形だ。


 ある日、俺一人で父親が入院している精神病院の急性期病棟に面会に行き、いつも通り俺が介助して、父親にお茶を飲ませ、靴下をはかせ、シェーバーで髭を剃り、(ぬるま湯で濡らして絞った)タオルで父親の顔をふいた。

 それらが終わった頃、約束どおり新しいケアマネージャーが急性期病棟に来てくれて、(初めて会う)父親の様子を見てくれた。

 その後、予定通り、父親と俺とケアマネージャーと付き添いの看護師の4人で、病院に付設されていて、父親が退院後に通うことになっているデイケアまで歩いて行って、見学した。


 デイケアの施設に入ると、父親は最初、少しおちつきがなかった。

 俺、父親、デイケアの担当者、ケアマネージャーの4人で、デイケアのホールの隅にあるテーブルについた。

 ほどなくお茶が出て、父親が飲みたそうにしたので俺が介助して少し飲ませると、それから父親は椅子に座ったままウツラウツラしてしまい、その間に俺、デイケアの担当者、ケアマネージャーの3人で話し合った。

 やはり俺は、利用している人数が多いのが少し気になったが、「多くの人がいるところが苦手な人などには個別対応もしています」というスタッフの言葉を聞いて、そこは任せることにした。

 また、スタッフの中にケアマネージャーの知り合いがいるようで、それも安心材料の一つだと俺は思った。

 デイケアのホール全体に懐メロが流れ出すと、父親は目を覚まして、曲に合わせて少し歌った(ハミングした)。

 見学が終わり、俺、父親、ケアマネージャーの3人で急性期病棟に戻った。

 ケアマネージャーは看護師に俺の父親のことを聞き、その後、父親に挨拶して帰って行った。

 俺はしばらくして、父親がおちついたのを確認して帰った。



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平成21年-春
2009/11/22.Sun

平成21年-春-(11)

 父親が入院している精神病院の急性期病棟の一室で、父親の担当医師・担当看護師、俺と母親の4人で、予定通り面談が行われた。


 担当医師の話は、次のようなものだった。

 父親はおちついていて、退院できる状態になっている。

 デイケア、認知症対応型デイサービス、ショートステイを有効に使うことによって、しばらくは在宅で生活していけるだろう。

 入院前に飲んでいた精神薬のうち、今飲んでいる薬は増量した1種類だけで、他は、泌尿器系への副作用が強く出たこともあってやめたのだが、それでも精神的にはおちついていて、入院当初は興奮することが多かったが、今はほとんどない。

 食事も、普通食は(多少なりとも誤嚥の危険があるので)無理だが、おかゆとある程度刻んだおかず、といった家庭で用意できるものを食べられるようになってきた。

 排泄も問題ないペースであり、念のためリハビリパンツをはかせ続けるほうが良いものの、ある程度の介助があれば家や施設のトイレでできる目処が立った。


 その後いろいろ質疑応答があり、退院前に病院併設の認知症対応型デイケアを本人が見学すること(実際は家族が本人をデイケアに連れて行くこと)、家で使うベッドの手配から設置、といろいろ準備もあるということで…

 父親の退院予定日は、この日から10日後ということになった。

 また、退院後の外来の診察でも担当医師に父親を診てもらうことになり、今後は完全に主治医ということになる。

 これを受けて、俺は、自立支援医療受給者証の医療機関の変更手続にとりかかった。



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平成21年-春
2009/11/21.Sat

平成21年-春-(10)

 俺は、これまでのケアマネージャーが所属する居宅介護支援事業所に電話して、正式に、他の人に交代してもらうことにした旨を伝えた。

 本人(これまでのケアマネージャー)は不在だったようで、電話に出た人から、「次のケアマネージャーは決まっていますか? いつ交代ですか?」といったことを聞かれたが、交代理由を問われることもなく、すぐに済んだ。


 あいかわらず、俺1人あるいは俺と母親の2人で、精神病院に入院している父親に2~3日に1回のペースで会いに行き続けている。

 父親の状態はよくなっているようで、おだやかな「はいよ」を繰り返すことがあった。

 前回の面会から父親の入浴がなかった面会日には、病院から引き取る洗濯物が全く無かったこともあった。

 もともと、前回の面会日から父親の入浴(した日)を挟んだ面会日は、入浴の時に服を全部替えるようなので、家族が家に持ち帰って洗濯する物が多くて…

 逆に、前回の面会日から父親の入浴を挟まなかった面会日は、わりと洗濯物は少なかったのだが、それでも排泄がうまくいかなくて服を汚して洗濯せざるを得なくなる(家族が病院から引き取る洗濯)物が必ずあった。

 それが全く無い日が出てきたということは、排泄についても状況がよくなっているようだ。


 そんな中、父親が精神病院での生活スタイルに慣れてしまっただろうから、また、俺と母親の介護負担を減らすため、家の生活用具を変えることにした。

 入院前の父親は、家では畳の上に敷いた布団で寝ていたが、入院してからはベッドを使っている。

 また、日中は、普通のコタツ(夏はコタツ布団を取って背の低いテーブル)の前で座椅子に座っている時間が長かったが、今、病院での座るところは、ベッド端や普通の椅子だ。

 そのようなわけで、父親用のベッドを介護保険でレンタルすることと、普通の椅子に座って使う背の高いコタツテーブルを用意することを決めた。

 ベッドを介護保険でレンタルすることは、近日中に新しいケアマネージャーに頼むこととして、先に、背の高いコタツテーブルを家具量販店で購入した。



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平成21年-春
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