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2010/05/30.Sun

福祉ネットワーク 患者・家族が求める精神医療

 私(作者)は、先日NHK教育テレビで2日連続2回にわたって放送された、「福祉ネットワーク 患者・家族が求める精神医療」を見ました。

 主に統合失調症について取り上げられていたのですが、統合失調症のご本人やそのご家族がおかれている状況や訪問支援の効果・有効性など、認知症、特に若年性認知症に共通する部分が多いと私は思いました。

 私が一番印象に残ったのは、2回目の、イギリスの事例が取り上げられた部分です。
 イギリスも国家財政は苦しいものの、「今、精神医療にしっかりお金をかけて取り組まなければ、将来、その数倍の財政負担になってしまう。逆に言えば、今、しっかりお金をかければ、長期的には財政負担を低く抑えられる」という考え方で、精神医療にしっかり予算をつけています。

 「今、しっかりお金をかけて取り組まなければ、将来、その数倍の財政負担になってしまう」という点は、日本の、精神医療はもちろん、介護・介護保険も同じでしょう。

 一つ例を挙げれば、介護・介護保険に充分なお金がかけられていない(国や地方公共団体の予算が充分についていない)ことによって、このブログ本編の‘俺’のように家族の介護に追われて働けない、また、介護の仕事に従事する方々についても、介護の仕事は大変なのに給料が少ない、だから結婚も(自分の)子供も望めないという人は、現在、たくさんいるはずです。

 働きたくても働けない、がんばっても給料が少ないということは、税金を(多く)納め(られ)ないことになり、結婚も子供も望めないということは、少子高齢化がさらに進むことであり、両方とも国家財政が非常に苦しくなることです。

 これまで、福祉ネットワークではたびたび介護や介護保険のことが取り上げられ、私は、そのテーマの時もなるべく見ていまして、あくまでも私の個人的な記憶・印象ですが、必ずと言っていいほど、前向きな議論や意見を封じるように「しかし、財源の問題が…」という言葉が出てきて、悪く言えば、介護サービスや介護保険の利用者とその家族の方々、介護の仕事に従事する方々などに我慢を強いているように感じていました。

 これからも、福祉ネットワークという番組では、介護や介護保険の問題が取り上げられていくでしょうから、その時はイギリスの精神医療のように、「今、しっかりお金をかけて取り組まなければ…」という視点でお願いしたいです。

 もちろん、しっかり予算をつける前に、事業仕分けではありませんが、制度上の重複する部分などの無駄を無くしてシンプルなわかりやすい制度にしたり、必要なら制度を統合したり(健康保険と介護保険-(2) 参照)、といったことをするべきでしょう。

 この記事をUPしたのが今日、2010年5月30日で、明日31日と6月1日のお昼にNHK教育テレビで再放送があると思いますので、よろしければご覧ください。

補足と意見
2010/05/29.Sat

平成21年-夏-(71)

 父親のデイサービスが2日続いた後、デイサービスもショートステイもない日が2日続いた。

 父親は、早朝に起きてしまうことはまだ続いているが、夜中に何度も起きることは、ここ数日はない。


 この2日間の1日目、父親は6:30頃に起きてしまったが、またベッドに寝かせるほど早い時間でもない。

 少し尿モレがあったので、いつものように俺と母親が介助して、夜用尿取りパッドとオムツをリハビリパンツと昼用尿取りパッドに交換し、着替えも同時に済ませ、椅子に座らせて休ませた。


 2日目は3:30頃に起きてしまい、尿モレしていたが、オムツ交換をしてベッドに寝かせたら、その後は8:00頃までぐっすり寝てくれた。


 眠気の副作用がある興奮や不安を抑える液体の薬(平成21年-夏-(67) 参照)を、朝食の際には父親に飲ませないようにしたせいか…

 以前のように午前中にずっと眠そうにしていることはなく、日中に起きているから夜はわりと寝ていてくれるようになった、という感じだ。

 一方で、日中の抵抗が少し強くなったようだ。

 トイレで俺が父親を便座に座らせようとしたら、身体に力を入れて立ち続けたり、俺の手を少し痛いくらい強く握ったり、ということがあった。


 退院後から現在に至るまで、家で父親を座らせている椅子は、もともと家にあった肘掛椅子なのだが、父親には大きすぎるようで、身体の傾きがよけいひどくなる感じだった。

 とはいえ、父親の身体に完全にフィットする肱掛椅子を用意する時間もお金もなかったため、もともとある肱掛椅子で、傾くほうにクッションを置くなどいろいろ工夫してきたが、なかなかうまくいかなかった。

 最近になって、クッションと枕の2つをうまく配置したら、父親の身体のおさまりがよく、傾きもあまり見られなくなった。
 少し暑そうだが…



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平成21年-夏
2010/05/26.Wed

平成21年-夏-(70)

 今日も昨日に引き続いて、父親のデイサービスがある日だ。

 俺が6:00頃に居間に行くと、父親がベッド端に座っていた。

 母親によると、父親は5:00頃には起きてベッド端に座ってしまい、母親が見守っていたとのこと。
 それまでは、ぐっすり寝ていたようだ。

 すぐに俺は、母親にも協力してもらって、父親の着替え介助やオムツ交換をした。


 まだ8月中旬だが、今朝は比較的涼しい。

 9:20頃に、デイサービスの送迎車が家に父親を迎えに来た。


 今日は弟が家に来て、俺と母親と3人で出かけ、飲食店で昼食を食べた。
 俺と母親は、本当に久しぶりの外食だった。


 16:45頃、父親が帰宅した。

 送迎スタッフによると、リハビリを始めてくれたそうで、父親は、特に抵抗や混乱もなく受けていたとのこと。


 夜、家からそう遠くないところで花火大会があって、家の窓からも花火が見えた。
 父親にも見せたが、反応は特になかった。

 昨日までと比べると、夜も涼しい。
 少しずつ秋に近づいているのだろう。



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平成21年-夏
2010/05/26.Wed

認知症の人と家族の会 会報誌

 私(作者)は先日、「認知症の人と家族の会」の会報誌、『ぽ~れぽ~れ』2010年5月号を読む機会がありました。

 その中に、認知症を老いの問題としてとらえる、という内容の文章がありました。老年性(老人性)認知症に限って言っているわけではないようです。

 若年性認知症のご本人やそのご家族が、この文章を読んだら、どう思われるだろうか? と考えた時、私は心配になりました。

補足と意見
2010/05/24.Mon

平成21年-夏-(69)

 精神病院に行った日の翌日、父親のデイサービスがあるので、俺は7:30頃に父親を(いつものよう介助・オムツ交換しながら)起こした。

 父親と同じ部屋で寝ていた母親によると、父親は夜中に1~2度ほど咳をしたが、目を覚ましたり起きたりすることはなかったそうだ。

 昨日の主治医の指示通り、退院直後から昨日までずっと朝に飲んでいた興奮や不安を抑える液体の薬を、今日の朝食の際には父親に飲ませなかった(平成21年-夏-(67) 参照)。


 9:15頃にデイサービスの送迎車が家に父親を迎えに来た。

 俺はケアマネージャーに電話し、昨日の診察について伝えた。
 父親のリハビリについての主治医の話を(平成21年-夏-(67) 参照)俺が言ったら、今日か明日のデイサービスからリハビリを始めてもらえるだろう、とのこと。


 それらが済むと、いつものように俺が自家用車を運転して母親と出かけ、精神病院に行って昨日受け取れなかった薬を受け取り、その後、スーパーで食料品を買った。


 16:30頃、父親がデイサービスから帰宅した。

 夕方の父親は、少し険しい表情や抵抗が見られる一方で、俺の声がけに対して反応がよく、椅子にスムーズに座ってくれることも多く、座ってもすぐには眠らなかった。

 昨日の夕方と比べると、良い意味でも悪い意味でも少し元気な感じだが、興奮や不安を抑える液体の薬を朝に飲ませなかったからか?

 夕食時にはこれまで通りその薬を飲ませ、しばらくすると、少し元気がなくなり、身体が傾いている方の口の端からよだれが垂れるようになった。



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平成21年-夏
2010/05/22.Sat

平成21年-夏-(68)

 …前(下)の記事(平成21年-夏-(67))の続きです。

 診察が終わって、俺は、父親が眠そうに座り続けている車椅子を押しながら診察室を出た。

 すると、タクシーの運転手がやってきて、「次の予約が早まってしまったので、早めにお帰りいただくことはできませんでしょうか?」と俺に言った。

 早く帰れないと、次の予約の人の送迎が終わるまで長時間病院で待つか、他の(台数が少ない)軽バンタイプの介護タクシーを自分で手配するしかないという、どちらにしても非常に大変なことになる。

 仕方なく会計だけ済ませ、薬の受取りは明日にして、早々に帰宅することにした。

 前回までの診察(俺だけが精神病院に来て主治医に父親の経過を報告した時のことも含む)の際、少し多めに薬をもらっていたので、今回の薬の受取りが明日になっても間に合うことは救いだった。


 帰りの車中で、約半月後になる次回の車椅子用軽バンタクシーを予約した。
 早めに予約しないと、使えなくなる可能性が高いからだ。

 俺は、「やはり介護タクシーは使いにくい」と思った。


 家に着いた時、タクシーの運転手は、次の予約の人のところに直行しないと間に合わないのだが、その人は自分の車椅子を持っており、その人を乗せると、俺が借りた車椅子は積めなくなる、要するに邪魔になる、と言うのだ。

 そんな訳で、次の送迎の仕事が終わるまで、家でタクシー会社の車椅子を預かることになった。

 俺は、面倒な話だと思うとともに、家でも父親専用の車椅子を買う必要性を感じた。


 午後になってから、タクシーの運転手が車椅子を引き取りにきた。


 夕方、年に数回しか会わない叔母(俺から見て。俺の父親からすると姉妹や従姉妹にあたる)2人が来宅した。
 父親の退院後、父親が家に居る時に来たのは初めてだ。

 母親が客間で会ったが、その2人は俺の父親の様子を見たいと言い、父親が椅子に座っている居間に入ってきた。

 そこまでは仕方ないと思うが、父親のそばで、父親の現状を母親にいろいろ尋ね始め、母親もそれに応じてしまった。


 母親は質問に率直に答えているだけなのだが、最近の父親についてどうしても、「~がひどい」、「~が大変だ」、「~ができなくなった」という話になる。

 父親のそばにいた俺は、「どうしてそんなことを本人の前で話すんだ! すぐにやめろ!」と大声で言いたいのを抑えていた。
 母親を含めた3人が、悪気があってそういう話をしている訳でないことは、わかるから。

 父親はずっと無言で、自分の目の前の空間を見ている感じだった。


 叔母2人が帰ると、父親は「オレばっかり…」と一言だけつぶやいた。

 自分のことばかり(結果的に)ひどく言われたこと、自分だけ会話に入れなかった(言い返せなかった)ことのどちらか、あるいは両方が、父親にはとてもつらかったのだろう。

 俺にはそのように思えた。



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平成21年-夏
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