FC2ブログ
2010/08/31.Tue

平成21年-秋-(34)

 精神病院に通院した日の翌日と翌々日は、父親のデイサービスがあった。

 父親のデイサービス中に、母親の心療内科医院への定期通院があり、俺も同行した。
 母親は、医師の指示で血液検査を受けた。

 また、家の修理の件で、いつも来る福祉用具会社の人が工務店の人と一緒に来宅して、修理してほしい箇所を見てくれた。

 両日とも、家にいる時の父親は、わりとおちついていたのだが、「ダメだ」や「イタイ」といった発語があり、おびえるような様子が見られる時もあり、俺は心配になった。


 デイサービスが2日続いた後は、3泊4日のショートステイだった。

 父親のショートステイ中、俺と母親は、父親の長袖シャツやカーディガンを家中から探して出してみた。

 父親は肘や肩関節の拘縮があるようで、首を通す形のポロシャツやセーターなどを着せる時は、腕をうまく曲げ伸ばしできず苦しそうに抵抗し、その後も不機嫌な状態がしばらく続いてしまう。

 前が上から下までボタンの長袖シャツやカーディガンで、脇下に比較的ゆとりがあるものなら、首を通す必要はないし、少なくとも片袖を通す時はスムーズだし、苦しそうな抵抗や、その後の不機嫌な状態になることも少なくて済むようだ。

 俺と母親は、家にあった父親の服の中からそういうものを選び出したが、洗濯のサイクルやショートステイの着替えのことを考えると、少し足りない。

 衣類のディスカウントショップで、父親に着せる、最低限必要な数の、前が上から下までボタンで脇下に比較的ゆとりがある長袖シャツやカーディガンを、この期間中に探して買った。


 ショートステイから帰ってきた時の父親は、おちつきがなかった。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  
平成21年-秋
2010/08/28.Sat

平成21年-秋-(33)

 今日は、父親のデイサービスもショートステイもなく、父親の定期通院で精神病院に家族3人で行くことになっている。

 10:00頃、家族3人で精神病院に向かって出発した。

 父親は、福祉車両の自家用車にも家の車椅子にも慣れてきたようで、病院に着いて診察が始まる頃までは、わりとスムーズだった。


 父親は、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医の診察を受け始めた時は、少しぼんやりした感じだが、主治医の問いかけに「はいよ」と言ったりした。

 これまでと同様に、主治医が父親を診察し、俺と母親が前回の診察から今日までの父親の状態を主治医に伝えた。

 今回は、頭のケガについて重点的に手紙と口頭で伝えた(平成21年-秋-(19)-(20)-(21) など参照)。

 主治医は、「退院してから頭の画像を撮っていないし、今回のケガで脳内血腫ができてないか念のため、ということもあるので、頭部CTを撮ろう」と言った。

 ただ、CT撮影は後頭部を少しおしつけるので、ケガしたところに今あるふくらみがなくなってから、また、待ち時間が短くて済むように、CTを撮ってもらう人数が少ない日に行うことになった。

 主治医は、「MRIは時間がかかるので、(俺の父親は)おちつきがなくなりやすいから、もう無理だろう。麻酔で眠らせるなら別だが」と付け加えた。

 父親は下剤に頼らないと排便できず、その下剤が少なくなったので、また、興奮や不安を抑える液体の頓服薬も、予防的に飲ませていたら少なくなってきたので、両方を追加で出してもらうことにした。

 それ以外の薬はこれまで通りで、様子を見ていくことになった。

 診察が終わる頃になると、父親は車椅子から立ち上がろうとするなど、再びおちつきがなくなってきた。


 母親が、家から持ってきたスポーツドリンクを父親に飲ませ、次に俺が父親を病院の障害者用トイレに連れて行って、そこでまた抵抗されたが、なんとかリハビリパンツの中の尿取りパッドを排尿していたものから新しいものに交換し…

 待合スペースに戻った頃から、父親は少しおちついた。

 会計や薬の受取りを済ませ、帰宅した時にはお昼を過ぎていた。


 帰宅してからの父親は、混乱する時もあれば、発語が聞かれる時も、歩き回る時もあり、俺と母親はその度に違う対応をしなければならなかった。

 ただ、どんな状態の時でも、父親の手をそっと握ると、父親は少しおちつくようだ。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  
平成21年-秋
2010/08/25.Wed

平成21年-秋-(32)

 父親の3泊4日ショートステイの2日目、ショートステイ先で父親を病院に連れて行ってもらった翌日だが、俺の風邪はまだ治らず、のどが痛かったので、できるだけ身体を休めた。


 3泊4日ショートステイの3日目は、俺の体調も少しよくなったので、まず、出かける用事をこなした。

 午前中、俺は、母親を内科医院に自家用車で送迎した。

 母親の今回の通院は、毎年のことだが、健康診断の複数の項目で、要再検査・要精密検査と判定されたことによるものだ。


 母親が内科医院にいる間、俺は市役所に行き、紙オムツ支給の変更申請をした。

 支給された紙オムツを実際に使ってみて、使用した枚数や保管について検討した結果、若干の変更をしたほうがいいと判断したからだ。


 午後には、介護ベッドなどでお世話になっている福祉用具会社の人が約束どおり来て、我が家の一部の修理について相談した。

 介護保険を利用したバリアフリー化などの住宅改修ではなく、いわゆる家の修理を頼むことにしたのだ。

 我が家にどうしても専門業者に修理してもらわざるをえない部分が出てきて、俺も母親も、最初は、この家を建てた工務店や知っている大工などに頼むことを考えたのだが…

 父親のことを考えた時、福祉用具会社に頼むほうがいい、という結論になった。

 福祉用具会社は、その仕事柄、工務店等としっかり提携している。

 介護ベッドや介護シューズ、車椅子などのことを通じて、お世話になっている福祉用具会社が信頼できることはわかっている。

 何といっても、(めったに会ったり話したりすることのない)工務店や大工と違って、現在の父親のことや家庭の状況を(福祉用具を通じてよく知っているので)説明する面倒がなく、工事の日時等について配慮してくれるからだ。


 3泊4日ショートステイの4日目は、俺の風邪はもう治ったようなので、風邪薬を飲むのをやめてみた。


 夕方、父親がショートステイから帰宅した。
 頭のケガの抜糸したところは少しふくらんでいたが、特に問題はないようだ。

 ショートステイ初日に俺が電話した後も、おちついて過ごしていたようだ。


 夕食後に俺と母親が話していると、近くにいた父親が「何だ?」と聞いてきた。
 それ以外の発声・発語は、ほとんどなかったが。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  
平成21年-秋
2010/08/23.Mon

「みんなの党」の渡辺代表の発言について

 「みんなの党」の渡辺代表が、公務員をリストラして、辞めさせた公務員はハローワークに行ってもらう、といった内容のことを言っているようです。

 私(作者)は、徹底的に行財政の無駄をなくすことには賛成ですし、それを実行すれば、それまでの仕事が無くなる公務員がたくさん出てくるでしょう。
 その一方で、公務員の身分保障には、それなりの重みがあるとも感じています。

 私が提案したいのは、それまでの仕事が無くなった公務員の方々には、人手が不足しているところで、公務員の身分のまま、長期(5年・10年単位)の派遣や出向といった形で働いてもらってはいかがか、ということです。

 例えば、介護施設やホームヘルパー事業所の介護スタッフという仕事です。この職場が慢性的な人手不足になっていることは、今さら申し上げるまでもないでしょう。

 こういったところで派遣や出向といった形で働く公務員の方々には、その職場で同じ仕事をする公務員ではないスタッフと同じ労働条件、給料になります。
 そうしなければ、必然的に混乱や問題が生じますから。

 この提案は、「公務員をリストラして、辞めさせた公務員はハローワークに行ってもらう」という方針よりも、反対する人は少ないでしょう。

 誠実で有能な公務員の方々が、それまでの仕事が無くなったということで、人手不足で困っている介護現場に行って、そこで公務員ではないスタッフと同じ条件・給料で協力し合って働くのですから、そうなったら素敵な話だと私は思います。

補足と意見
2010/08/21.Sat

平成21年-秋-(31)

 講習会(平成21年-秋-(19) 参照)、その後…

 俺は、聴講生のような形で講習会に数回参加したが、初回に参加できなかったハンデがあまりにも大きく、フェードアウトするようにやめてしまうことになる。

 俺は、父親がショートステイやデイサービスに行っている時間は、自分の時間として使える、働けると思って就職を考え、その準備としてこの講習会に参加することにしたのだが…

 今回の父親のケガで、俺は「在宅介護」の厳しさの一つを思い知らされた。

 デイサービス中でもショートステイ中でも、このようなことがあったら、家族はすぐに動いて対応しなければならない、ということだ。

 今回はショートステイ先が、もともと誠実に仕事をしてくれるところだし、俺の父親のケガに責任を感じていて、ケガの直後の経過観察も、翌日と抜糸の日の通院もショートステイ先で引き受けてくれたが…

 本来なら、家族がしなければならない。

 俺は、「こういうことを理解した上で俺を働かせてくれる(こういうことが何度あってもその度に、すぐに、場合によっては数日間休ませてくれる)職場なんてあるのか? あるわけがない。自営で仕事をしても、こういうことを理解して仕事が遅れても待っていてくれる顧客なんているのか? いるわけがない」としか思えず…

 講習会を受講し続ける意欲がなくなってしまったことも、フェードアウトしてしまった理由の一つだ。

 それでなくても、もともと俺が就職するには、40歳という年齢、ここ数年は(父親の介護のために)働いていないブランク、といった大きなハンデがあるのだ。


 俺は、覚悟を決めた。

 父親の障害年金と、母親の老齢年金(わずかだが)、そして我が家の家族3人の貯金だけで、なんとかやっていくしかない。
 出費は、できるだけ切り詰めて…

 それでどうしようもなくなったら、俺が働くことを優先させるため、父親を見捨てる。
 見捨てることができなければ、父親を殺して俺も死ぬ。

 そんなことになる前に、父親が特別養護老人ホームに入居できてほしい。

 せめて、父親の要介護度(現在は3)が4か5に認定されれば、少しは希望が見えてくるのだが…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  
平成21年-秋
2010/08/19.Thu

平成21年-秋-(30)

 俺は、「父親の頭のケガについて、ショートステイ先をうらむ気持ちが全くなかった」と言えばウソになる。

 しかし、元はといえば父親の病気や身体の問題が主な要因であり、入院前は施設に本当に迷惑をかけていたし、父親がケガをした時にスタッフの目が離れていたのは、その時のスタッフの数が少なかったことが主な要因で、その背景にあるのは介護報酬の低さであろう。

 このケガの後は(直後から)、しっかり対応してくれたと思う。

 俺が本当にうらめしいと思ったのは、むしろ、要介護認定の制度のほうだ。

 父親のケガの状態がおちついた後、俺は、主治医、ケアマネージャー、市役所の要介護認定の窓口などに事情を話し、父親の要介護度が現在の3から4か5に上がらないか聞いた。

 要介護度が4か5になれば…

 介護保険の限度額内で受けられるサービスの量を増やすことができて、毎週同じパターンで介護サービスを受けられるようになり(現在はできていない、平成21年-夏-(55)-(56) 参照)、父親の行動におちつきや規則性が出てきて、ケガをするリスクが減ることを期待できる。

 また、デイサービスやショートステイでも、より注意して父親を見てくれるだろう。

 さらに、同じところでずっと暮らすことにより、父親の行動におちつきや規則性が出てくることをもっと期待できる特別養護老人ホームに、入居できる可能性が高くなる。

 しかし、誰に聞いても答えはほぼ同じだった。

 寝たきりでないと、要介護度が4か5には、まずならない…

 こんな大変なケガをしても、それによって全く目を離せないことが、介護が本当に大変であることが証明されても、要介護度は3のままだ。

 要介護を認定する人には、全国の、それが無理なら少なくとも俺たち家族が住んでいる市の要介護度4と5の人が全員、俺の父親より介護が大変であることをはっきりと示してほしい。

 そうでなければ、俺は絶対に納得できない…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  
平成21年-秋
 | HOME | Next »