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2011/08/31.Wed

平成22~23年-冬-(11)

 年末年始はデイサービスがないので、俺は、ショートステイの日数をいつもより少し増減するなどして、一年前も今回も父親には、大晦日と元日のどちらかは一日中家にいるが、それ以外はずっとショートステイに行ってもらうようにした。

 大晦日と元日の2日くらいは父親に家で過ごしてほしいとも思うが、父親に2日連続で家にいられたら、俺も母親も、父親の介護でつぶれてしまうだろう。

 弟や親戚が、その2日のうち1日、数時間だけでも家に来て父親の介護を手伝ってくれれば、なんとかなるかもしれないが… やっぱり無理だ。

 これまでに、毎週1回以上、短い時間でも家に来て介護を手伝ってくれていたならともかく、たまに来て急にでは、コミュニケーションがとれない、抵抗する、姿勢・動きが不安定で転倒や激突の危険性が高い父親の介護なんて、できるわけがない。


 年末のショートステイから帰宅して、年明けのショートステイに行くまでの間の父親は、あいかわらず、おちつかない・うなる・歩き回る・手が震えるといったことが時々見られたが、それ以外に大きな問題はなかった。


 父親が年明けのショートステイに行っている間、俺は、父親の年賀状作りとその発送に追われた。


 そんな時、俺の弟が年始の挨拶で家に来た。

 俺は忙しくて弟と顔を合わせることもできなかったのだが、後で母親に聞いた話では、話さず、顔も合わせない俺について、弟が、「自分は兄貴に嫌われたのか?」と心配そうに母親に尋ねたそうだ。

 俺は単に、父親の年賀状を作ることなどで忙しくて弟と会う時間がなかっただけで、別に嫌ってはいない。

 それ以前に俺は、人を嫌うということにも気力や体力が必要だと思うのだが、今の俺に人を嫌う気力や体力はない。


 父親がショートステイから帰ってくる予定日の前日、俺は、日常生活でいつもやっている作業の中で、身体を少しひねった時、腰にするどい痛みが走った。

 ぎっくり腰になってしまったようだ。
 短い時間なら歩くことも立っていることもできるが、痛む。

 最近、ヒザが痛くてそこをかばうような動作をするようになり、それが腰に負担をかけていたのだろう。

 父親の年賀状作りと発送も含め、やらなければいけないことはあったが、母親の買い物に運転手として同行した際、スーパーでは椅子のあるところで座って待っているようにするなど、なるべく腰を休めるようにした。


 その翌日、父親は予定通りショートステイから帰宅した。

 昨日よりも俺の腰の痛みは小さく、また、年末年始の特別な日程にもかかわらず父親に混乱はなかったようなので、俺と母親は、なんとか父親を介護できた。

 ただ、父親の鼻が少しグスグスしているのが気になった。

平成22~23年-冬
2011/08/30.Tue

平成22~23年-冬-(10)

 俺は先日、認知症の薬でガランタミン(レミニール)、メマンチン(メマリー)といったものが、ようやく日本で承認された(まもなく承認される)というニュースを見た。

 その後これらの薬について、新聞やインターネットで俺なりに調べていた。

 興奮や暴力などを抑える効果も期待できるようで、父親の入院前に承認・販売されていたら、父親本人も、俺も母親も、あんなに苦しむことはなかったのではないか(平成20~21年-冬-(21)平成20~21年-冬-(26) など参照)?

 入院がやむをえなかったとしても、短期間で済んだのでは?
 ひょっとしたら、入院すること自体もなかったのでは…

 つくづく、この国の薬事行政がうらめしい。
 とはいえ、俺もわかっているのだ。

 この国で新しい(良い)ものを取り入れようとする時、「すべての」とは言わないが、政治家(政治屋・職業議員)と役所と大企業が悪い意味でしっかり協力し、古いもの・残っているものを使わなくなることによる損失が消えること、また、新しいものを取り入れることによる“彼らの中での”利権の分配と問題が起きた場合の責任逃れの方法を決めること等が優先される。

 だから、その新しいものが俺のような普通の国民に届くのは、だいぶ後になる、ということを。


 それに対して俺ができるのは、議員選挙の際、少しでもましな候補者に投票することだけだ。

 最近の俺の投票行動は決まっている。
 俺の住む地域には、介護や認知症にかかわる本質的かつ具体的な政策を訴える候補者がいないので…

 新人で、地盤も看板も無く、議員にならなくても一個人としての人間性・能力で自分の生活費くらいは稼げて、だらだらと議員を続けることがなさそうな候補者に、俺は投票している。

 実際は、その条件にピッタリ合う候補者はおらず、それに一番近い候補者を、なんとか選ぶことになるのだが。


 父親のショートステイ中の俺は、他に、往診の際に出された処方箋を持って調剤薬局に行って父親の薬を受け取ったり、母親と一緒にお歳暮を届けたりした。

 ケアマネージャーさんが来宅し、来月の介護サービス利用の予定表を渡され、こちらからは父親の現状を伝えた。

 また俺は、父親の介護を優先せざるをえなくて後回しにしていたのだが、ここしばらくずっと悩まされていた足のしもやけを、年末年始休み直前の皮膚科医院に行って診てもらった。

平成22~23年-冬
2011/08/29.Mon

平成22~23年-冬-(9)

 一日中家にいて往診があった日の翌日から、父親は今年(平成22年)最後のショートステイだった。

 俺は朝から頭痛があり、きつかったが、なんとか父親の介護と、ショートステイの準備のうち出発日の朝にしかできないことをし終えて、9:30頃にショートステイに送り出した。


 夕方になって、俺の頭痛もおさまり、疲れも少しはとれたと思った頃に、ショートステイ先から電話があった。

 さっき俺の父親の体温を測ったら38度近くあったそうで、解熱剤があったらすぐに届けてほしいとのこと。

 俺はすぐに自家用車でショートステイ先に行き、父親の解熱剤を渡した。

 急な発熱以外の症状(鼻づまりや咳など)がなかったとはいえ、時期が時期だけに、インフルエンザの予防接種(平成22年-秋-(27) 参照)をしてなかったら、したことをショートステイ先に伝えてなかったら、すぐ家に帰されただろう。

 夜になってショートステイ先から、俺の父親について「体温が37度以下に下がり、咳や鼻水などの風邪やインフルエンザのような症状も無く、もう大丈夫そうです」という連絡があった。

 おそらく、暖房のしっかりきいたところで服を多く着すぎていて、夏と同じように、身体に熱がこもって熱中症のようになったのだろう。


 父親のショートステイ中のある日、母親は、父親が今ショートステイで行っている(デイサービスでもお世話になっている)施設の「年末ボランティア清掃」に参加してきた。

 数日前から母親は、時々、肩の痛みを訴えていた。
 母親のその他の心身の状態も考えた俺は、昨年末と同じように俺が参加するか、俺が母親と一緒に参加したほうがいいと思った。

 しかし母親は、「清掃活動後の懇親会で、他の施設利用者の家族とゆっくり話したい」と言うし、俺が昨年末に参加した時のことを思い出し、この活動の主催者側も、俺の母親の心身の状態に配慮してくれると思えたから、俺は自家用車での送迎だけで、母親一人で参加してもらうことにした。

 迎えに行って帰宅する途中の自家用車の中で、母親は、懇親会で他の人と話した内容を俺に語った。

 運転中の俺は相槌を打つことくらいしかできなかったが、母親が参加する前より明るくなっていたので、「参加してもらって、よかったのだろう」と思った。

平成22~23年-冬
2011/08/27.Sat

平成22~23年-冬-(8)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親はデイサービスがあり、その次の日は、デイサービスもショートステイもなく一日中家にいて、午後には往診があった。

 今回の往診では、いつもの利尿剤の他に、以前出してもらった塗り薬(平成22年-秋-(31) 参照)の中の一つで、その効果で父親が身体をかかなくなったと思われる保湿クリームが少なくなってしまったので、それも出してもらった。

 精神病院では出なかった父親の手の震えが、この往診中には出たので、往診の先生にこの震えの原因は何か俺が聞いたら、「パーキンソン病のような、脳の問題からきているものだろう」ということだった。


 家にいる時の父親は、うなり、歩き回り、手の震えなどのいつもの問題行動に加え、俺が毎食後の歯磨き介助をする際、歯ブラシを強く噛む、噛み付くという、これまでにない行動が見られた。


 父親の毎回のトイレ介助では、抵抗があり、それでいて姿勢も動きも不安定な父親を、なんとか便座の正しい位置に座らせ、それでも腰を浮かしたり立ち上がったりするので、また苦労して座らせなければならない。

 摂取した水分量、前回の排泄時刻、排泄したいと思われるわずかなサイン、といったことから判断してトイレ誘導し、トイレで排泄してくれることも多くなっているし、した後はおちつくので、排泄したい可能性が高いのだが、どうしてトイレに入るとこういう行動をとるのか?

 それに加えて最近は、リハビリなどによって父親の肩・肘関節の拘縮が以前よりましになっているのだが、その拘縮具合ゆえに、父親の手が、介助している俺の目の前に常にあるような感じになり、よけいに介助しづらくなっている。

平成22~23年-冬
2011/08/25.Thu

平成22~23年-冬-(7)

 精神病院に行った翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 10:00少し前に父親をショートステイに送り出す際、外は寒かったが、父親はおちついていた。
 眠いのか、朝食後のトイレで座って排便してすっきりしたからか…

 そんなことを俺が送迎スタッフさんに言うと、その人は、俺の父親のショートステイ中のトイレ誘導について話しくれた。

 ショートステイでは、自分一人ではトイレに行けず、トイレに行きたい(時にその)意思を示すこともできないものの、介助があればトイレに行けるという俺の父親のような利用者は他に何人もいるが、日中にトイレ誘導する1日あたりの回数と時間帯は、基本的にみんな同じ。

 しかし俺の父親は、他の利用者さんたちより1日あたり1回多く、また、決まった時間帯以外でも、様子や状態によってはトイレに誘導してくれているとのこと。

 他の利用者さんたちと同じトイレ誘導だった頃の父親は、(尿取りパッドとリハビリパンツをあてていても、多量の)失禁で身体や服を汚すことが多く、その後始末が大変だったので、このような特別な・個別の対応をするようになり、そうしたら、失禁で汚れることがだいぶ減ったそうだ。

 俺と母親は、本当にありがたく、そして申し訳なく思う。

 父親を送り出した後、俺はいつものように自分の朝食をとった。
 今朝は、昨日までの下腹の痛みはおさまったようだが、だるい、眠い…

 なんとか自家用車を運転して、昨日行った精神病院にまた行き、昨日の診察で処方された父親の薬を受け取り、その後、母親に頼まれたスーパーでの買い物をして、帰宅した。


 父親のショートステイ中、母親は心療内科医院への定期通院があり、俺は自家用車で送迎しつつ付き添った。
 精神安定剤など、これまでと同じ種類・量の薬が出された。

 その後、眼科医院に行き、ここでは俺も受診した。


 俺も母親も、父親の介護に追われているとはいえ、最低限の年末年始らしいことはしたい。
 そのための買い物や準備もした。


 4泊5日ショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。

平成22~23年-冬
2011/08/23.Tue

平成22~23年-冬-(6)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。


 父親のデイサービス中、俺と母親は、父親のためにミトン風の手袋を買いに行った。

 指関節にも拘縮のある父親に5本指の手袋は、はめにくい。
 昨冬の外出時は、大きめの5本指手袋をはめさせていたが、少し無理があったので、この冬はちゃんとミトン風の手袋を用意することにした。


 デイサービスがあった翌日の父親は、月1回の精神病院に行く日だった。

 いつものように家族3人で、午前中、福祉車両の自家用車で精神病院に行ってきた。

 今日の父親は、朝食時に予防的に飲ませた頓服薬の「興奮や不安を抑える液体の薬」がよく効いているのか(平成22~23年-冬-(4) 参照)、診察中もその前後も、車椅子に座ったまま眠そう、無言で、時々目を開ける。

 父親の手が震える様子を、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医に見てほしかったが、今回も診察中に限って震えない。

 ショートステイでの父親についての記録を主治医に読んでもらうとともに…

 鎮静剤を少し減量したためか(平成22年-秋-(30) 参照)、父親は、家でもショートステイ・デイサービス先でも、日中のひどい眠気はなくなった。

 一方で、鎮静剤を飲ませる前ほどではないが、不穏な状態が時々見られるようになった。
 しかし、笑顔を見せる時もあり、精神状態(薬の効き具合?)の波がやや激しいと言う方が正しいのかもしれない。

 このように俺がまとめて伝えると、主治医は、「このくらいであれば、薬はこれまでと同じで様子を見よう。ある程度の不穏や介護抵抗はやむをえない。たまにある一番悪い状態の時に合わせて(多い、強い)薬を飲ませたら、身体が動かなくなるかもしれないから」とのこと。

 いつものように薬の受け取りは明日にして、会計まで済ませたら早々に帰宅した。


 ここ数日、俺は時々下腹が痛くなり、病院にいた時に強い痛みが出た時は、特につらかった。

 今日の父親は、うなりと前かがみになることが多く、また、それらが強かった。

平成22~23年-冬
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