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2011/12/29.Thu

平成23年-春-(36)

 一日中家にいて午後には往診があった翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 父親の風邪は、昨夕から飲んでいる風邪薬が効いていることが大きいのだろうが、鼻づまりはあるものの、他の症状は特に見られず、熱もない。
 俺の風邪は、ノドが痛み、少し咳が出るものの、昨日よりはましだ。

 二人とも風邪は良くなってきたので、俺は、父親の介護を昨日より楽にできたし、父親をショートステイに送り出すことができた(風邪がひどいと、ショートステイに行かせられない場合もある)。

 いつもの薬に加えて、風邪薬もショートステイに持たせなければいけないので、その準備は大変だったが。


 父親のショートステイ中、俺は、母親を歯科医院と心療内科医院への定期通院と、その後のスーパーでの買い物に、自家用車を運転して送迎・同行した。

 俺自身の帯状疱疹で皮膚科医院に行って受診したら、前回よりさらに治ってきているが、飲み薬と塗り薬は続けるようにと指示された。

 そんなことをしていたら、俺は、風邪がぶり返してしまった。
 ノド痛、鼻水、咳がひどくなり、特に咳が激しく、また、吐き気もするようになってしまったので、やむなく内科医院に行った。
 風邪と診断され、症状に合わせた風邪薬を出された。


 4泊5日ショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。
 椅子での立ち座りや歩き回りなどの問題はあったが、演歌や歌謡曲が流れると少しハミングするなど、良い状態もあったようだ。

 帰宅時の父親に風邪の症状は特に見られず、その後も、声が少し低い、たまに咳をするくらいしか問題はなかった。

 俺の方は、内科医院で出された風邪薬のおかげか、風邪の症状はややおちつき、父親の身体の傾きが小さくて身体介助の負担もいつもより小さく、なんとかなったが…

 夜、家でのいつものように父親を介護ベッドに寝かせたが、震えたりうなったり、時には身体を起こそうとするなどして、なかなか眠ってくれない。

 ベッドのサイドレールに身体をぶつけたり、そこを越えて転落したりする危険もありそうで、おちつくまでの約1時間、俺と母親が交替でベッドの近くにいなければならなかった。
 父親は、動きがおちついた後も、しばらく眠れなかったようだ。

平成23年-春
2011/12/27.Tue

平成23年-春-(35)

 デイサービスに行った翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 俺が朝起きた時、ノドは少し痛いが、ひどい寒気・だるさ・熱っぽさは無くなっていた。
 帯状疱疹の部分や腰、股関節は、動かすと痛む。

 7:00前には父親を介護ベッドから介助して起こしたが、父親は顔が少し赤く、起こす前に時折咳をしていた。

 朝の父親は、鼻水・鼻づまり、声がちょっと低くてかすれている、少ししんどそう、といった風邪が原因と思われる症状がいくつかあったが、朝食はしっかり完食し、体温も37度より低かった。

 今日の午後に(主に内科の)往診が予定されていたので、俺は午前中、父親が比較的おちついていて母親に見守りをまかせられるわずかな時間に、その先生の内科医院に電話して、俺の父親の状態について伝えた。

 往診の際の診断によるが、いつもの薬(平成23年-春-(28) 参照)の他に、症状に合わせた、父親にも飲ませられる風邪薬(シロップ、食事に混ぜられる粉・細粒、ぬるま湯や水に溶いて飲ませられるドライシロップなどのタイプ)を処方してくれるとのこと。


 午後に往診があり、今回は当然、父親の風邪のことが中心になった。

 いつもの往診で処方され、父親に継続的に飲ませたり塗ったりしている薬は、余裕を見て少し多めにしてもらっているので、往診の翌日、父親がショートステイに行ってから、俺が調剤薬局に行って処方箋を出して受け取っても充分に間に合っている。

 しかし、今回の風邪薬は、今日の夕食時から父親に飲んでもらわなければならない。
 俺は、我が家から一番近い薬局に電話して事情を話し、処方箋をFAXした。

 電話してしばらく経った夕方、その薬局から、薬の準備ができたという電話があり、俺は、父親が比較的おちついていて母親に見守りをまかせられた間に、自家用車で急いで薬を受け取りに行ってきた。

 父親の夕食中、いつものように、夕食をほぼ全介助で食べさせる担当の母親と連携して、普通に薬を飲めない父親のために俺が複数の薬を、少しずつ間を空けて父親に飲ませ(食べさせ)たのだが、今回は普段の薬(平成23年-春-(25)-(28) 参照)に風邪薬が加わり、薬の数が多すぎて俺は混乱しそうになった。


 父親が若年性アルツハイマーに風邪などの病気が加わると、介護はずっと大変になり、病気・ケガ・体調不良の俺は、痛みに耐えながら、倒れそうになりながら父親を介護した。

平成23年-春
2011/12/25.Sun

平成23年-春-(34)

 4泊5日ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。

 いつものように父親を介護ベッドから起床させる約1時間前に起きた俺は、帯状疱疹の痛みは昨日よりましだが、頭とノドの痛みが強くなり、寒気もするようになっていた。
 頭は、こめかみや側頭部が、時々鋭く痛む。

 俺は、痛み・寒気・だるさで身体に力が入らなくなってきたが、なんとか父親を介護して(ほとんどあらゆる介助を、抵抗や不安定さに対応しながら行い)、9:00過ぎにデイサービスに送り出した。


 父親がデイサービスに行った後、俺が自分の体温を計ってみたら、38度を超えていた。
 帯状疱疹と股関節痛の痛み止めとして、解熱鎮痛剤を朝夕に飲んでいるのに、それでも38度を超えるって、どういうことだ?

 俺は、父親のデイサービス中は家で休んでいたかったが、どうしても買いに行かなければならない物があった。

 父親は、あの大地震の後の不調で、それ以前より失禁がひどくなり、市の支給紙オムツのうち、リハビリパンツと尿取りパッドが足りなくなってしまった。
 俺の変更(支給枚数を増やす)申請も、追いつかなかった。

 ドラッグストアに行って買ってきたが、それだけで俺はヘトヘトになってしまい、内科医院に行くこともできなかった。


 夕方に帰宅した父親は、鼻水がどんどん垂れてきて、俺と母親は、その拭き取り・吸い取りに追われた。

 俺が風邪をひいていて、父親にうつしてしまったのか?

 俺はもともと、父親に帯状疱疹をうつさないように、父親と接する時は、俺にとっては面倒でも、ずっとマスクをつけ、こまめにしっかり手洗いするなど配慮していたのだが…

平成23年-春
2011/12/22.Thu

平成23年-春-(33)

 父親のショートステイ中、俺は母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム)に入所している祖母(母親の実母)に会いに行ったのだが…

 玄関から入ってすぐの窓口で、スタッフさんに、俺が帯状疱疹になってしまい、良くなってきているがまだ治っていないことを伝えると、祖母との面会はおろか、玄関付近より先に行くことも断られた。

 この施設の特養の入所者さん、デイサービス・ショートステイ利用者さんたちの中には、体調の悪い人・身体が弱っている人もいて、その人たちに帯状疱疹がうつる可能性があるから、という理由だ。

 母親だけが祖母と面会し、俺は、スタッフさんに玄関近くの応接室で待っているよう言われ、その通りにした。


 父親のショートステイ中、俺はノドも痛くなってきた。

 帯状疱疹は治っておらず、股関節痛も続いていて、帯状疱疹を治す薬や痛み止めを飲み続けているのだが…


 父親のショートステイ中も、母親の外出には俺が自家用車を運転して同行せざるを得ないので、俺はなかなか休めず、疲れもとれない。

 母親は運転免許を持っておらず、取得することも、持っていた場合の運転も、これまでできなかったし、今後もできないだろう。
 昔、交通事故に遭って、日常生活に大きな支障が出るほどではないものの(父親の介護には出ているが)、心身に後遺症が残っているから。


 俺は、このような体調不良のせいだろう、腰ベルトをしないで重い物を持った時、ぎっくり腰になってしまった。


 4泊5日ショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。
 父親は、ショートステイ中にドライブに出かけ、施設に帰ってきた時は笑顔を見せたそうだ。

 俺は、身体のあちこちが痛む状態で、家での父親の介護を始めなければならなかった。
 父親の身体介助が、いつもの数倍きついし、ノドが痛いから声がけもつらい。

平成23年-春
2011/12/20.Tue

平成23年-春-(32)

 デイサービスもショートステイもなく一日中家にいて、ケアマネージャーさんによる介護保険更新・要介護認定のための訪問調査があった翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 朝の俺は、帯状疱疹の痛みは昨日よりましだが、胃が痛くなってきて、その痛みにも耐えながら父親を介護した。
 もちろん、母親ができるだけ協力・配慮してくれたから、なんとかなったのだ。

 9:30頃にやっとの思いで父親をショートステイに送り出すと、俺は自分の朝食をとり、その食後に帯状疱疹の薬、帯状疱疹と股関節の痛みを抑えるための解熱鎮痛剤、薬による胃の荒れを防ぐための胃薬などを飲んだ。

 しばらくして、解熱鎮痛剤と胃薬が朝からの胃痛にも効いたようで、徐々に痛みはひいてきた。


 疲れはひどかったが、痛みはそれなりにおちついてきたので、皮膚科医院に行った。
 前回、今日あたりに再来院するよう言われていたからだ。

 皮膚科医院の診察で先生にこれまでの経過を話すと、順調に治ってきていると診断されて、今後については次のことを実行するよう言われた。

 次回は、約十日後に受診する。
 帯状疱疹の飲み薬は、前回出した「値段は高いけれど強く・早く効く」ものをあと数日で飲みきった後は、今回出す「穏やかに効く比較的安価な」薬に切り替える。
 湿疹の塗り薬は、少なくとも次回までは塗り続ける
 今は1日3回毎食後に飲んでいる痛み止め(や胃腸薬)は、1日2回朝夕食後、1日1回夕食後と徐々に減らす。

 経済的に助かる指示が多く、「順調に治ってきている」という話とともに、俺は、ほっとした。


 父親のショートステイ中、母親がスーパーへ買い物に行く際、俺はいつものように(やむなく)運転手として送迎・同行したが、なるべく車内で待っているようにした。

 店内に行った際は帯状疱疹をうつさないように、マスクをつけて、小さい子供や妊婦さん、(年齢問わず)体調の悪そうな人・身体が弱っていそうな人に近づかないよう気をつけた。

 スーパーは、あいかわらず(節電で)照明の一部が消えているし、不足している商品もあるが、大震災前に近い割引セールも行われるようになっていた。

平成23年-春
2011/12/17.Sat

平成23年-春-(31)

 4泊5日から帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。

 俺の帯状疱疹は、湿疹の状態は昨日とさほど変わらない。
 痛みは、胸部分はひいてきたものの、わきの下とそのまわりはまだ強い。

 デイサービスから帰宅した際、送迎スタッフさんが俺に、今日(デイサービス中)の父親は、ほとんど身体を休めることがなかったと話した。

 そのせいか、夜、俺が帯状疱疹の痛みに耐えながら父親を介護ベッドに寝かせた際、父親の足のほうを見ていた母親が、「いつもより足が強くむくんでいる」と俺に言った。


 デイサービスがあった翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 午前中、ケアマネージャーさんが来宅し、介護保険更新・要介護認定のための訪問調査が行われた。

 ケアマネージャーさんは、俺と母親に対して、現在の父親の症状・状態や必要な介護について聞いた後、父親の全体的な様子、(俺か母親が介助しての)関節がどこまで動くか・伸びるか、歩行・椅子からの立ち座りなどを見たが、こんな時に限って、父親はいつもよりおちついていて、動きなどもわりと安定している。

 ケアマネージャーさんが帰ってから、父親は、普段のようなうなり声や不安定な歩き回りが出てきた。

 夜、俺が自分の帯状疱疹の状態をチェックすると、一つ一つの湿疹が小さくなってきており、痛みも全体的にひいてきた。

平成23年-春
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