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2012/01/31.Tue

平成23年-夏-(3)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスがあった。

 父親は、朝に介護ベッドから起こした直後から歩き回り、抵抗もある。
 朝食時には険しい顔でうなり、前のめりも強かった。


 デイサービスから帰宅した後も、父親はおちつかず、歩き回り、うなる。

 その一方で、父親の夕食時、介助して父親に食べさせ終えた母親が、「ごちそうさま」と声がけしたら、父親は、「わからん」と言った。
 久しぶりの発語だった。


 デイサービスがあった翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 俺は朝から身体がフラフラする。しんどい…

 父親は朝食後のトイレで、介助していた俺に、腕で強く抵抗した。

 父親は、家に一日中いる日は、朝食後の排泄(失禁していた場合はその後始末)が済むと午前中は、椅子に座り、目をつぶって眠そうになる時間もあるなど、わりとおちついていてくれる。

 とはいえ、椅子に座っていてくれればそれでいい、ということにはならない。

 昨日も今日も、家で椅子に座っている時の父親は、上半身の横への傾きが非常に強くて、俺と母親は、父親をできるだけ正しい姿勢にする介助を何度もしなければならなかった。

 正午ころ、暑くなってきたので、今年になって初めて扇風機をつけた。


 午後には、予定されていた(主に内科の)往診があった。
 今回は、暑くなってきたことにより、父親に急な体温上昇が起きやすくなってきたことを先生に伝えた。

 往診後の父親は、おちつきがなくなり、歩き回ったりうなったり、手が強く震えることも時折あった。


 夕方、父親に排泄したいような、あるいは失禁してしまったような様子が見られたので、俺がトイレに誘導したら、トイレ内での父親のうなり、抵抗が強く、姿勢・動きの不安定さは壁に激突しそうになるほどだった。

 俺は懸命に介助していたのだが、父親に、急に手の親指を捻りあげられた。

平成23年-夏
2012/01/28.Sat

平成23年-夏-(2)

 父親のショートステイ中、俺は、先日の整形外科医院での指示と予約を受けて、大きな病院に行って、痛む方の股関節のMRIを撮った(平成23年-春-(41) 参照)。

 前回の、腰の椎間板ヘルニアがわかった時のMRI(平成22年-春-(30) 参照)もそうだったが、撮影中は装置の音がうるさくて、また、身体を動かせないので、ひどく疲れる。

 結果は後日、通院している整形外科医院で聞く予定であることも、前回と同じだ。

 帰宅後も、俺は股関節が痛む。
 最近は、同じ側のヒザも痛くなってきた。

 足を組む、寝返りをうつ、といったことだけでも、股関節とヒザに強い痛みが走る。
 もう、あぐらはかけない。


 俺が自家用車を運転して、母親と、特養(特別養護老人ホーム)に入所している祖母に会いに行った。

 前回(平成23年-春-(33) 参照)と違って、俺も祖母に会うことができた。
 帯状疱疹を発症してからだいぶ経つし、ちゃんと皮膚科医院を受診し続けたこともあって、今回は面会を許された。

 祖母は、他の入所者さんたちもいる中央の共同スペースで、リクライニングの車椅子に座って休んでいた。

 祖母は俺の母親の実母だから、俺の弟の子供は、祖母からするとひ孫になる。
 先日生まれたばかりのひ孫の写真(今回の父親の4泊5日ショートステイ初日に俺の弟が我が家に届けてくれたもの)を見せたら、祖母は笑顔になった。


 4泊5日ショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。

 帰宅後、父親が少しおちついていた時、先日生まれたばかりの、父親からすると孫の写真を見せたが、特に反応はなかった。

 おちついている時間は短く、うなる、不安定に歩き回る…

平成23年-夏
2012/01/24.Tue

平成23年-夏-(1)

 一日中家にいた翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 朝、俺が父親を介護ベッドから起こした時、父親が俺の腕、帯状疱疹の痛みが残っているところを、爪を立てて思いっきり掴み、俺は痛さで思わず顔をしかめた。

 母親と二人がかりで父親のオムツ交換と着替えを済ませ、俺が父親を居間の椅子に座らせると、父親は(関節の拘縮が小さいほう、比較的動くほうの手で)自分の頭を強く掻いた。

 母親が心配して、その強く掻いた部分をさわったら、父親は怒った。

 父親は失語症状があるので言葉にはならないのだが、険しい表情やうなり声の大きさ・調子などで、怒ったことがわかる。

 俺と母親の全介助で父親に朝食をとらせ、その後、俺の全介助で洗面所での歯磨き、そしてトイレへ。

 今朝はトイレで座って、自分で力んで排便してくれた。
 下剤を飲ませたタイミング、その後の過ごし方など、いろいろな条件がそろえば、こういう本人も家族も便失禁よりずっと楽な場合が、たまにはある。

 それでも、父親は抵抗や不安定な動き、立ち座りの繰り返しなどがあり、トイレ介助はきついのだが。

 9:00過ぎ、ショートステイの送迎車が家の前に来て、父親を送り出した。

 この日の夜、俺の弟が我が家(弟にとっては実家)に来て、先日生まれたばかりの子供の写真を持ってきてくれた。


 父親のショートステイ中、俺は、主に帯状疱疹のことで皮膚科医院に行ってきた。

 先生は、「帯状疱疹は、しばらく痛みが残るかもしれないが、だいたい治っているので、飲み薬と塗り薬をあと2週間続けて、特に問題がなければ、それで終わり」と俺に言った。

 帯状疱疹が一段落したことは良かったが、俺の身体の痛みは他にもあり、そっちのほうがきついし、長く続いている。

平成23年-夏
2012/01/23.Mon

認知症の新薬

 このブログ(小説)本編のこの時期(平成23年春の終わり頃)、東日本大震災の影響で遅れたものもあったようですが、認知症(主にアルツハイマー病)の新薬が数種類、健康保険適用で使えるようになってきました。

 とはいえ、どれも「治す」薬ではなくて、「進行を遅らせる」薬です。

 「治す」、「進行を止める」薬が使える目処はたっておらず、研究が進んでいる薬も、認知症(アルツハイマー病)の発症初期、発症前に使い始めなければ効果がないという話もあり、当分の間、期待することはできないようです。

 進行を遅らせることや、これまで唯一の薬だったアリセプトが、副作用が強く出るなど合わなかった人に、その人に合う新薬を使うことなどによって、症状がおちつく、介護者の負担が減るということはありうるでしょう。

 しかし、「新薬によって介護が必要なくなる」ということはありえませんし、「進行を遅らせる」訳ですから、特に若年性認知症において、「介護期間が長くなる」ということになるのではないでしょうか?


 このブログ本編の‘父親’は、この時期(平成23年春の終わり頃)で、若年性アルツハイマーと診断されてから10年経ったわけですが、その際の主治医(認知症専門医)に、「遅くとも2年前には発症していたはず」と言われています。

 つまり、診断時にはすでに症状が進行していて、診断直後から家族は、配慮・手助けを始めなければなりませんでした。

 その配慮や手助けを介護と呼ぶのなら、私(作者)は呼べると思いますが、介護期間も10年を超えたことになります。
 そして、先のことはわかりませんが、この時期(平成23年春の終わり頃)の‘父親’の様子からすると、トータルの介護期間は15年、いや、20年以上とも考えなければいけないかもしれません。

 これは、10年前はアルツハイマー病の(進行を遅らせる)唯一の薬だったアリセプトが‘父親’に合っていた、効き続けてきたということも、要因の一つとしてあると思います。

 その一方で、‘父親’に合った介護サービスがなかなか見つからなかったり、あっても使えなかったりして、‘俺’も‘母親’も厳しい介護生活が続いてきており、今後も続いていきそうです。


 私は、認知症(アルツハイマー病)の「進行を遅らせる」薬が広く使われるようになることと、特に若年性認知症について「介護期間が長くなる」ことへの充分な対策(福祉政策)がとられることはセットでなければいけないと思うのですが、現実はそうなっていないようです。

補足と意見
2012/01/21.Sat

平成23年-春-(45)

 ショートステイから帰宅した翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 父親は朝から怒りっぽく、父親に朝食をとってもらうため、母親が居間からDKに父親を手引き歩行で誘導していたら、父親が急に母親に向かって大きくうなり、強い力で母親の腕を掴んだり、逆に振り払おうとしたりした。

 父親は、一日通して歩き回りやうなり声が多く、横への身体の傾きも強かった。


 一日中家にいた翌日の父親は、デイサービスがあった。

 デイサービスから帰宅した後の父親は、うなり声が多かった。
 このうなり声が、介護している俺と母親には、ずっと怒られているように感じられて、きつい…

 父親は、とにかくおちつきがなく、手の震えも強い。


 デイサービスの翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、一日中家にいた。

 父親が一日中家にいる日が、この一週間で2日目になり、俺も母親も朝には既に疲れがたまっていた。

 こんな朝に限って、父親を介護ベッドから起こした時、父親は介助している俺の手の甲に、思いっきり爪を突き立てた。

 今日も父親は、何度もうなる。

 午後、親戚が我が家に来たが…
 父親が家にいる時は、俺も母親も父親の介護に追われ、その介護を手伝ってくれる人なら別だが、そうでない来客に家にいてもらえるのは、30分が限界だ。


 日中は暑さを感じるようになり、季節は夏へと移ってきたようだ。

平成23年-春
2012/01/18.Wed

平成23年-春-(44)

 父親のショートステイ中、俺は自分の歯の定期検診で歯科医院に行った。

 毎回のことだが、父親の介護などでしっかり歯磨きする余裕がないからだろう、歯と歯の隙間、歯の根元に磨き残しが多いことを指摘された。

 とはいえ、虫歯も含めて大きな問題はなかったので、それは良かった。
 時間的にも経済的にも、虫歯の治療で頻繁に通院する余裕はないから。

 逆に、それらの余裕がないから、歯をきれいにしてもらうため、そして、歯に大きな問題が出ないように、歯の問題が大きくならないように、約3ヶ月に1回の定期検診だけはしっかり受けている訳でもあるのだが。


 3泊4日ショートステイ4日目の午前中、ケアマネージャーさんが我が家に来た。

 俺は、来月の介護サービス予定表を受け取り、そして父親の要介護認定について、先日電話で相談した手紙と資料を、精神病院に届けたことを報告した(平成23年-春-(40)-(41) 参照)。


 この日の夕方、父親が予定通り帰宅した。
 ショートステイ先でも、立っている時、歩行中のヒザ曲がりが強く、介助していても転びそうになっていたらしい。

 やはり4泊5日でなく3泊4日では、俺の心身の疲れが、いっそう取れない。

 帰宅してすぐ、父親は歩き回るようになった。
 姿勢は、今回のショートステイ前よりは悪くないが、座り込みは強く、転倒のリスクが高い。


 21:00過ぎ、父親を介護ベッドに寝かせたが、うめき声が多く、頭を掻いたり上半身を起こそうとしたりもするので、俺も母親も、父親が寝つくまで目が離せなかった。

 父親は、失語症状などでコミュニケーションがとれないし、俺と母親がわかる範囲では身体のどこかが痛いということも、体調が悪いということもないようだし、今夜のこの時間に排泄の問題は、前回の排泄の時刻や内容から判断して無さそうだし、ショートステイ中はだいたい規則正しい睡眠だったようだし…

 俺も母親も父親を見守りながら、父親が眠らず、うめいたり、おちつかない行動をしたりする理由をいろいろ考えたのだが、わからない…

 しばらくして俺は、夏が近づいて以前と比べたら夜も気温、室温が高くなっているので、父親の掛け布団の枚数や種類、厚さが合わなくなってきて不快なのでは、と思いつき、調節してみた。

 それが良かったのかどうかわからないが、父親は、ほどなく寝ついてくれた。

平成23年-春
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