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2012/03/19.Mon

平成23年-夏-(28) 早朝から…

 平成23年(2011年)の7月中旬になっていた。

 ショートステイから帰宅した日の翌日の父親は、デイサービスがあった。

 早朝、居間で声がすることに気づいた俺は、疲れた身体を自分で叩き起こして、自分の部屋から居間に行った。

 父親が介護ベッドでうなりながら、自分で上半身を起こそうとしていた。

 しかし、自分自身で身体を起こすための力と柔軟性はなく、その方法もすでにわからなくなっている…

 母親が介護ベッドを操作して上半身部分を少し高くして、介助してお茶を飲ませたが、父親はおちついてくれなかった。

 もう一度寝かせてもよい時間帯だったが、寝かせる方が本人も家族も大変だと思い、父親をちゃんと起こし、オムツ交換や着替えを済ませ、椅子に座らせた。

 その後の父親は眠そうになったり歩き回ったりしたが、朝食の頃には普段の朝の状態に近づいた。

 父親が眠そうになっていたわずかな時間に、俺と母親は、眠い目をこすりながら自分の着替えや父親の朝の介護の準備などをした。


 9:30頃、我が家にデイサービスの送迎車が来た時、送迎スタッフさんに「今日はドライブに行く予定ですが、どうしますか?」と聞かれた俺は…

 この日の早朝のことを伝えて、父親はデイサービス中に転倒や激突の危険性が生じるほど眠そうになるかもしれず、また、外出では熱中症も怖いので、不参加とさせてほしいと答えた。


 父親のデイサービス中、俺は、ショートステイ先に訪問診療に行ってくれている歯科医院に電話し、昨夜、父親の歯の詰め物がとれてしまったようであることを伝えた。

 今回は早めに対応するが、ここしばらく(俺の父親の)歯の全体的な状態はおちついているので、3か月に1回くらいの検診で様子を見ている、という話だった。


 俺は眠気と闘いながら、父親の(明後日からの)ショートステイの準備、介護ベッドのメーキング、トイレ掃除などを済ませた。

 今日は暑いので、父親が帰宅する時間帯の少し前から、居間のエアコン(冷房)をつけておいた。


 帰宅後の父親は、夕方は断続的に歩き回るもののすぐに座り込みそうになり、夜は早朝のことがあったせいか、ひどく眠そうになった。

 夕方から夜にかけて、歩き回っていた時も、眠そうに椅子に座っていた時も、身体の横への傾きが大きかった。

 夜、父親が寝ついて1時間くらいたってから、涼しくなっていたこともあり、俺は居間のエアコンを止めた。



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平成23年-夏
2012/03/17.Sat

平成23年-夏-(27) エアコンの使い方

 精神病院に通院した日の翌日から、父親は4泊5日のショートステイだった。

 9:30頃にショートステイの送迎車が父親を迎えに来て、いつものように俺は玄関先で、送迎スタッフさんと協力して、父親を転倒させないように注意して車椅子に座らせたのだが…

 フラフラの俺は、自分が転倒しそうになった。

 その後、俺はフラフラだったが、なんとか自分の朝食をとり、そして、昨日行った精神病院にまた行って、父親の薬を受け取ってきた。


 父親のショートステイ中も暑かったが、家ではなるべくエアコン(冷房)を使わないようにした。

 熱中症になりやすい父親が家にいる時は、使わざるを得ないことが多くなるので、父親が家にいない時くらいは節電に協力したい、と俺も母親も思ったからだ。


 いつものように母親と、事前にチラシの安売りを充分に検討してから、俺が自家用車を運転して、スーパーやドラッグストアへ買い物に行ってきた。

 もともと経済的に楽ではなく先の不安も大きい我が家の買い物は、チラシの安売り品がほとんどだから…

 スーパーなどのチラシが、東日本大震災以前のものに近くなってきたことは、本当に助かる。


 母親とは、特養(特別養護老人ホーム)に入所している祖母(俺の母親の実母)に会いにも行った。

 祖母は、特養の共同スペースにスタッフさんや他の入所者さんたちと一緒にいて、パジャマ姿でリクライニング車椅子に座って目をつぶっていたが…

 声をかけたら目を開けてくれて、他の反応も良かった。


 俺一人で、自分の慢性的な症状のことで皮膚科医院に行き、受診した。

 隣の薬局で薬を受け取った後、そこから足を延ばして衣料品の量販店に行って、父親の夏服を探した。

 節電のこの夏、少しでも涼しく過ごせる服を…


 4泊5日ショートステイ5日目の夕方、父親は予定通り帰宅した。

 父親の体温を測ったら微熱が出ていて、蒸し暑いこともあり、居間のエアコン(冷房)をつけた。

 すると、熱のだるさが引いたのか、父親は断続的に歩き回るようになり、手も強く震え、おちつかない…

 父親の夕食後、俺がいつものように父親を手引き歩行で洗面所に誘導し、全介助の歯磨きをしていたら、歯の詰め物らしきものが父親の口から出てきた。

 夜、体温はおちついた父親を、いつものように介護ベッドに寝かせたが、その後、上半身を起こそうとするなどおちつかない体動があり、しばらく寝ついてくれなかった。



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平成23年-夏
2012/03/14.Wed

平成23年-夏-(26) レビー小体型?

 …前(下)の記事~ 平成23年-夏-(25) ~の続きです。

 俺と母親は父親の現状について、父親の認知症(若年性アルツハイマー)の主治医に伝えた。

 熱中症になりやすいこと、ショートステイ中の興奮やケガ…

 トイレでの姿勢・動きの不安定さや、歩き回りが以前はずっと歩き続けることが大変だったが、今は、長く続かないものの急に転倒しそうになることが多くて大変であること。

 以前からあったことで徐々に目立ってきたのだが、父親は、何もないところに手を伸ばす、手に何も持っていないのに何かを、何もないところに向かって投げるような動きを時々するので…

 レビー小体型認知症特有の幻視ではないのか、と俺が主治医に尋ねると、「一種の幻視かもしれないが、コミュニケーションがとれないので確定できない。レビー小体型以外の病気・型の認知症でも、幻視は起きるよ」という答えだった。

 今回の薬について主治医は、「興奮することもあったようだけど、転倒リスクが高まっているようなので精神薬は増やしにくいから、これまでと同じで様子を見よう」とのこと。

 もともと通院は大変なのに、今年の夏、病院内は節電による蒸し暑さで父親の熱中症リスクが高いということで…

 来月の定期通院は、父親に大きな変化がなければ、家族だけ来ればよいことになった。


 診察の途中から、父親は車椅子から何度も立ち上がろうとする等ひどくおちつきがなくなり、手の震えや抵抗、うなり声もひどくなった。

 俺と母親は、診察直後に父親を障害者用トイレに誘導し、尿失禁していた尿取りパッドを二人がかりでなんとか交換して…

 待合スペースに戻ると、父親にスポーツドリンクを飲ませたが、父親の状態は少しましになった程度だった。

 会計まで済ませたら、薬の受け取りは明日にして早々に帰宅した。


 帰宅しても父親は、断続的にうなる、手が震える、不安定に歩き回る、身体が傾く。

 それに加えて、昼食後に父親の体温を測ったら微熱が出ていた。

 俺は、家でも節電しなければと思っているが、冷房を控えすぎて父親の熱中症が悪化したらかえって大変なことになるので、やむを得ずエアコン(冷房)をつけた。

 母親と分担して、父親に水分補給させ、アイスノンや保冷剤で父親の首回りなどを冷やしたが…

 父親はおちつきがなく、姿勢や動きが不安定で抵抗もあるので、なかなかうまくいかない。

 それでも苦労したかいはあったようで、夜、父親をベッドに寝かせる前に体温を測ったら、37度を下回っていた。

 俺は、通院介助の疲れなども加わって朝より更にフラフラで、父親を介護ベッドに寝かせる介助がうまくできず、2回目にやっとのことで、できた…



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平成23年-夏
2012/03/13.Tue

平成23年-夏-(25) 要介護度を報告

 デイサービスの日の翌日の父親は、デイサービスもショートステイもなく、精神病院への定期通院があった。

 俺は、朝起きた時からフラフラだった。

 父親の介護が、もともと大変なのに、最近は熱中症や身体の強い傾きへの対応が加わって、より厳しくなっているせいだろう。

 午前中、いつものように福祉車両の自家用車の、回って外にせり出す機能が付いた助手席に父親を乗せ、後部座席に母親が乗り、俺が運転して精神病院に行ってきた。

 待合スペースは混んでいて、節電ということだろうが冷房も弱くて、蒸し暑い。

 体温調節が困難な父親はだるそうで、このままでは早々に熱中症になってしまう…

 俺が外来受付の看護師さんに事情を話すと、待合スペース(の一部?)の冷房をちょっと強くしてくれたようで、父親の周りが少し涼しくなり、俺も母親もとりあえずホッとした。


 診察が始まった時の父親は、おちついて車椅子に座っていたが、元気がないようでもあった。

 おちつきは朝食時に念のため予防的に飲ませた頓服の精神薬によるもので、元気のなさは先程までいた待合スペースの蒸し暑さによるものだろう。

 俺が、父親の要介護度が5になったことを主治医に伝えると…

 主治医は「5!?」と少し驚いた後、「5になったのは、(俺の父親の要介護度を審査した)介護認定審査会の委員が、いい人たちだったからだろうね」と続けた。

 この場合の「いい人」とは、寝たきりかそうでないかより介護の大変さを重視してくれた人、あるいは…

 映画やドラマではなく現実の、しかも、初期・軽度ではなく中度・重度・最重度の若年性認知症を理解していた人、という意味のようだ。

 そして、「5だったら特養(特別養護老人ホーム)に入れないかな?」と俺と母親に聞いてきたが、入所待ち順位が思ったほど上がらない現実を伝えるしかなかった…

 俺は、やむをえず続ける在宅介護について、先日の(介護にかかわる)担当者会議(平成23年-夏-(19) 参照)の内容をまとめた手紙を主治医に読んでもらい、了解された。

 次の記事に続きます…



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平成23年-夏
2012/03/12.Mon

今朝の『モーニングバード』の、とあるコーナー

 今日、2012(平成24)年3月12日の朝、私(作者oretomo)はテレビで、『モーニングバード』という番組の、「山口美江さんの孤独死」のコーナーだけたまたま観ました。

 司会者もコメンテーターも出演者全員が、「山口さんがずっと、積極的に、自らの意志で一人で生きてきた」という前提で話していて、何かしっかりした根拠があってそう言っていたなら、別にかまわないのですが…

 認知症、ことに若年性認知症の親の介護のために結婚できない、結婚をあきらめたという人は、少なくないはずです。

 山口さんが認知症のお父様の介護のために結婚をあきらめざるを得なかった可能性について、出演者のうち誰か一人でも、少しでも触れてほしかったと思うのは、私だけでしょうか?

補足と意見
2012/03/10.Sat

平成23年-夏-(24) 老眼で介護が…

 ショートステイから帰宅した日の翌日の父親は、デイサービスがあった。

 デイサービスから帰宅した時、送迎スタッフさんが、「デイサービス中、(俺の父親の)体温が一時的に38度近くまで上がってしまいましたが…

 熱中症の対応をしたところ、帰宅するまでには体温も下がり、熱中症の症状も特に見られなくなりました」と言った。


 帰宅後の父親はおちつかず、歩き回ったのだが、俺がその手引き介助をしていたら、父親の一部の爪がとがっていて、俺の手にくいこんだ。

 父親がおちついて椅子に座っていてくれた時に、母親にも協力してもらい、その爪を切った。

 父親には介護抵抗や指関節にも拘縮があって、元々このような介助・作業は厳しいのだが、老眼になってきた俺には細かい作業の難しさが加わった。

 夜、父親を介護ベッドに寝かせる前、いつものようにDKで立っていてもらいながらオムツ交換したのだが…

 最近は父親の姿勢・動きの不安定さがいっそうひどくなってきたので、俺と母親が交互に、しっかり父親の身体を支えなければならなかった。



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平成23年-夏
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