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2013/03/31.Sun

平成24~25年-冬-(31)

 2月上旬も俺と母親は、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)へ週2回くらい行ってきた。

 父親が特養に入所して(入居を始めて)から1年が経ったので、俺と母親は、これまでのお礼と、これからもよろしくお願いしますということを特養のスタッフさんに言った。


 気分良さそうにしていた父親が急にうなり出す、ということがあった。

 姿勢や歩行の様子、スタッフさんから聞いていた排泄状況の話などから便失禁ではないかと俺は思って、母親と二人がかりでトイレに誘導したら、やはり便失禁していた。

 なんとか便座に座らせ、残りの排便をさせたらスッキリしたようで、その後はおちついてくれた。


 身体の横への傾きが非常に強い時があり、俺と母親は、父親の身体を支えるのに苦労した。

平成24~25年-冬
2013/03/29.Fri

平成24~25年-冬-(30)

 俺は、自分の住む県以外の、若年性認知症専門の家族会、支援団体・事業者などのうちテレビや雑誌で取り上げられていた複数のところに、自分のNPOの挨拶メールを送っていた。

 俺の苦しみ(平成24~25年-冬-(21) など参照)をわかってくれて、アドバイスもいただけるのでは、と期待したのだが…

 なかなか返事が来なくて、この県内での当NPOへの理解・支援が広がらない状況もあって、俺は若年性認知症支援NPOを続けるのがしんどくなってきた。


 そんな時、挨拶メールを送ったうちの1ヵ所から(事務局の固定電話に)電話があった。

 若年性認知症専門の支援事業をやっている団体の代表者の方で、俺が現在の状況・悩み・苦しみを話すと、その人も自分の団体を立ち上げた頃に同じことを経験しているそうで、それを聞いた俺は、少し心が軽くなった。

 その団体の現在の活動については、その地域の若年性認知症の人やその家族にとても感謝されているが、運営は大変とのことだ。

 いくつかアドバイスをいただき、今後は連絡を取り合っていくことになった。
 まずは、おたがいの団体の資料(チラシ、リーフレット、会報など)を郵送で送り合うことから始める。

 俺はもう一度、自分のNPO活動をがんばることにした。

平成24~25年-冬
2013/03/28.Thu

平成24~25年-冬-(29)

 俺一人で出かけ、今月も(月1回の)美術リハビリ教室に参加した。

 今回は、いつも遠くから自家用車で来て参加している若年性認知症の本人とその奥さんの他に、俺が住む市内の、ご主人が若年性認知症という奥さん(だけ)が参加した。

 今日(だけ)はご主人を娘さんに任せられるから、ここに一人で来ることができたそうだ。
 ご主人にとっての居場所に、リハビリになると思ったら、次回はご主人と一緒に参加することも考えているらしい。

 他に、会場の福祉施設のデイサービスから5人のおばあちゃんが参加し、俺も含めて生徒は9人だった。

 今回は樹脂粘土を使って、置物をつくった。

 デイサービスのスタッフさんがお茶やコーヒーを持ってきてくれたり、おばあちゃんたちを手伝ったりしたからだろう、みんなが最後まで楽しく作業できた。

 教室が終わると俺は、若年性認知症の本人の奥さん2人と先生に、自分のNPOの会報2号などを渡した。


 後で、俺が一つ心配になったことがある。

 今回は参加したおばあちゃんたちが多かったので、俺と同じ市内のご主人が若年性認知症という奥さんが、この教室は老年性認知症の人が多いところ、ご主人には合わないところと判断してしまうのではないか…

平成24~25年-冬
2013/03/26.Tue

平成24~25年-冬-(28)

 いつものように俺が自家用車を運転して母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム、父親のところとは別)に入居している祖母に会ってきた。

 祖母は部屋のベッドで寝て(寝たきりで)おり、胃ろうの食事中だった。
 今回は、わりと目を開けていてくれた。

 スタッフさんによると、祖母の体調はおちついていて反応も時々あるが、痰が絡むことが多くなったそうで、それは少し心配だ。


 1月下旬の俺は、何度か腰痛が強くなった。
 椎間板ヘルニアからきていると思われる時もあれば、ギックリ腰のような時もある。

 太もも裏などに、坐骨神経痛と思われる痛みがやや強く出ることも、時々ある。

 この冬は雪が多く、何度も雪かきをしなければいけないことも影響しているのだろう。

平成24~25年-冬
2013/03/24.Sun

平成24~25年-冬-(27)

 1月後半も俺と母親は週2回くらい、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に会ってきた。

 全体的にはおちついていて、笑顔が見られることもあったが…

 もともと姿勢や動きが不安定なのに、ひどく眠そうだったり、ヒザ関節が(いつもよりさらに)固まった感じになったりして、何度も転倒しそうになるのを支えた時もあった。

 目ヤニが多くてちゃんと目を開けていない時も、何度かあった。

 父親を部屋に誘導し、慎重に目ヤニを拭き取るだけでなく顔拭きや頭拭きをする(ことによって顔の筋肉を少しほぐす?)と、だいたい父親はちゃんと目を開けてくれるようになるのだが…

 面会に行った時間が、たまたまボランティアさんたちによる歌謡ショーと重なって、父親にショーを見せたくて目ヤニ拭き取りしかできなかった時は、ちゃんと目を開けてくれなかった。

 この歌謡ショー(月1回くらい開催される)を見ている時の父親は、良い反応を示してくれることもあるので、ちゃんと目を開けられる状態で参加させたかった。

平成24~25年-冬
2013/03/22.Fri

平成24~25年-冬-(26)

 俺は、しもやけを抑える漢方薬とずっと飲み続けている蕁麻疹の薬が残り少なくなったので皮膚科医院を、その次に、坐骨神経痛の薬も残り少なくなったので整形外科医院を受診した。

 皮膚科医院で俺は、蕁麻疹はおちついているが、アナフィラキシー・ショックの原因がはっきりしないので、可能性のある複数の物すべてについて食べない、飲まない、触れないという生活が続いており、はっきり言って面倒くさいし、ストレスになっていることを先生に伝えたが…

 再発しないように続けてもらうしかない、とのことだった。

 しもやけは厳しい寒さもあってか、漢方薬だけでは抑えきれないが、靴下の2枚重ねなどの生活の工夫と合わせることでなんとかなっていることも伝えた。

 これまでと同じ漢方薬と蕁麻疹の薬が出された。


 皮膚科医院の後に整形外科医院に行った俺は、診察の際、まず先生にアナフィラキシー・ショックを起こしたこと、注射や食べ物がその原因だろうということを伝えた。

 そして、以前に出してもらった鎮痛剤の飲み薬も原因の可能性が少しあり、かといって腰痛などが強くなるとシップを貼るだけでは厳しいので、種類(成分)の違う鎮痛剤を出してほしいと頼んだら…

 俺のカルテを遡って読んでいた先生は、以前に出した鎮痛剤が(唯一の)原因ではないか、と言った。

 昨年の春に受診した際、その鎮痛剤を飲んだら蕁麻疹が少し強く出た、と俺が先生に伝えたことが、記録として残っていた。

 帰宅した後のことだが、俺の昨年の手帳を確認したら、その診察の際に先生の方から、今度同じことがあったら、すぐに受診するように指示されたことを示す(俺が書いた)記述が残っていた。

 腰痛と坐骨神経痛は、前回の受診の頃よりは小さくなっている感じであることも先生に伝えた。

 これまでと同じシップと坐骨神経痛の飲み薬、これまでと違う鎮痛剤の飲み薬を出してもらうことになった。


 先に整形外科医院を受診すれば良かった…

平成24~25年-冬
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