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2013/07/30.Tue

平成25年-春-(10)

 4月初旬、この地域の介護家族会の責任者から、俺のケータイに電話があった。

 この地域の若年性認知症支援のことで話し合いたいから、家族会の事務所に来いと言うのだ。

 具体的に何を話し合うのか、俺の退会届はどうなったのか、俺がいなかった先月の若年性認知症の人と家族の集会(家族会の主催、俺は事前に不参加の連絡をした)の内容などについては一切話さず、こちらから聞いてもはっきり答えない。

 ただ「話し合いたいから、とにかく事務所に来い」と繰り返すだけなので、俺は「ああ、またか」と思った。

 俺が「退会届を提出した時にお話しした事情で、とても忙しいから」と断ると、責任者はその時(平成24~25年-冬-(37) 参照)のことを思い出したのか、俺の退会届をちゃんと処理していない(うやむやにしたい)のか、事務所に来いという話は終わった。

 しかし最後に、「連絡をくれ」と繰り返された。

 それに対して俺は、「状況が変化したら」と答えたが、この家族会に俺が再びかかわれるような状況になることが、あるだろうか?

 この家族会が、若年性認知症について老年性認知症と分けた支援を目指すようになり、俺の方は、どのような形であれ一定の経済的・時間的余裕ができるような状況になることが…

 あるとしても、だいぶ先のことだろう。

 後で俺は、一つ心配になったというか、気が重くなったことがある。

 こんな一方的な電話でも家族会の責任者に、俺が退会の意思を撤回した、俺(のNPO)と連携している、俺と連携を取り合っている、考え方は一緒、近いうちに必ず俺が連絡する、連絡しないなら俺の方が悪い、などと向こうに都合よく解釈・利用されてしまうのではないか…

 次の記事に続きます…

平成25年-春
2013/07/27.Sat

平成25年-春-(9)

 いつものように俺が自家用車を運転して母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム、父親のところとは別)に入居している祖母(俺の母親の実母、脳梗塞による麻痺と脳血管性認知症がある)に、約半月ぶりに会ってきた。

 あいかわらず祖母は部屋のベッドで横になっていたが、今回は目を開けていてくれて、口をパクパクするなど、動きや反応があった。

 スタッフさんに祖母の近況を聞いたら、発熱もなく、体調はおちついているそうだ。


 俺は、肩から上腕にかけての痛みが続いており、それに加えて、腰から片方の太もも裏にかけての坐骨神経痛が時々強くなった(平成25年-春-(3) 参照)。

 この地域も花粉の飛散量が多くなり、外出時は必ずマスクをしなければならない。


 母親のヒザもずっと痛いようで、歩くと足を引きずる。

 母親は、整形外科医院で指示されていることに加えて何かをしないと耐えられなくなったらしく、ドラッグストアで、関節痛を抑えられるというサプリを買って飲むようになった。

 そんな状態でも、約束していたコンサートや婦人会の集まりには行きたいというので、俺は自家用車を運転して送迎した。

平成25年-春
2013/07/22.Mon

平成25年-春-(8)

 3月下旬も俺と母親は、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に、週2回くらい会いに行った。

 家から父親の春物の衣類を少し持ってきて、父親の部屋の衣装箱にしまい、それによって入りきらなくなった分の真冬物を家に持ち帰った。

 父親は、目ヤニも少なく身体の傾きも小さく、全体的におちついていて、笑顔が見られることもあった。


 特養のスタッフさんから、父親の食事用のスプーンを、黒い木製の物から銀色の普通の物に替えたという話があった。

 両方の現物を見せてもらうと、大きさはほぼ同じだし、形も同じようなのだが…

 ずっと黒い方を使っていたのだが、最近は、なかなか食が進まず、父親が疲れてしまうくらい時間がかかっていたそうだ。

 スタッフさんは言わないが、時間がかかるということは、全介助で食べさせてくれるスタッフさんにも大きな負担になっていただろう。

 銀色の方に替えたら、スムーズに食べてくれるようになったとのこと。

 認知症の人は黒っぽいものを闇のように感じて嫌がる場合がある、という話を俺は聞いたことがあるものの、若年性アルツハイマーが最重度まで進行してからだいぶ経つ父親が、今になってそのような反応を新しく示すとは考えにくい。

 父親の食が進まなかった理由も、スプーンを替えたら食が進むようになった理由も、結局わからなかった。

平成25年-春
2013/07/17.Wed

平成25年-春-(7)

 まず俺は、パソコンの資格を取ることを考えた。

 試験の回数が多く、いつでも試験を受けられそうであることと…

 指定されたテキストを使って自分で勉強して、わからないところ、自信がないところだけ1時間いくらのレッスンを受けられる教室を探し出せたからだ。


 俺は、これを機会にブラインドタッチを覚えることにした。

 今さらとも思ったが、ちゃんと身につければ腰や目への負担が減るらしいので、これから長く事務仕事をするとしたら、覚えるのは今しかないと考えた。

 いざ始めてみると大変だったが、慣れてくると、確かに以前ほど腰や肩がこらなくなり、目が疲れなくなり、それに加えて… おならとトイレが改善された。

 以前の俺は、パソコン作業をしていると、ほどなくおならしたくなり、頻繁にトイレに(大きい方も小さい方も)行きたくなってもいた。

 ブラインドタッチができないから画面とキーボードを何度も交互に見ていて、それが、おならやトイレが多くなる原因という歯の噛みしめ行為につながっていたようだ。


 会計の資格も取り直すことにした。
 もちろん、市販の一番安いテキストと問題集を使う独学だ。

 その試験日程の関係から、徐々にこちらの勉強の比重がパソコン資格のそれより大きくなっていく。

平成25年-春
2013/07/12.Fri

平成25年-春-(6)

 俺は、週2回くらいハローワークに通う中で、職探しをしながら、職業訓練についても調べた。

 俺の身体、特に腰痛や坐骨神経痛のことを考えれば事務系の仕事しかないのだが、パソコンや会計の能力を求められる。

 俺は、それなりにパソコンを使えるが、完全に我流だし、能力を証明するのも難しい。
 会計の資格は持っているが、取得したのは20代で、その後にキャリアがほとんど続いていないから、自信も説得力もない。

 ハローワークが勧める職業訓練の中には、事務や会計の仕事に就くためのものもあり、それを受ければパソコンや会計の能力が身につき、その能力をハローワークが証明してくれることになるし、優先的に就職支援もしてくれるらしい。

 教材費以外の費用がかからないのも、魅力的だ。

 しかし、この訓練は約3か月間、平日は朝から夕方まで必ず訓練があり、父親と母親のことがある俺には無理だ…


 俺は母親と相談した上で、(腰への負担が小さい)事務仕事で就職するために必要な資格を、なるべく早く、できるだけお金をかけずに取得する、取得し直すことにした。

 一年前から、この地域の介護家族会に一切かかわらず、こういうことをしていれば良かったのかもしれないとも思ったが…

 後悔しても仕方がない。
 40代半ばになっての試験勉強はきついが、やるしかない。

平成25年-春
2013/07/05.Fri

平成25年-春-(5)

 春彼岸の時期になったので、俺と母親は墓参りに行った。
 その日の午前中は風が強くて肌寒かったが、午後になって風が弱くなると、だいぶ暖かくなった。

 まだ俺は、肩が痛い。


 今月も俺は、月1回の美術リハビリ教室に参加したが、就職とその準備を最優先させることにしたので、今回を最後に、しばらく来られなくなるかもしれない。

 今回の生徒も、いつも遠くから自家用車で来て参加している若年性認知症の本人とその奥さん、そして俺という3人だけで、少し寂しかった。

 俺が、今回を最後にしようと思った理由がもう一つある。

 この奥さんは、自分の住む地域の(福祉・介護)専門家の勧めで、若年性認知症のご主人には、高齢者向けのデイサービスに行ってもらうことにしたそうだ。

 若年性認知症にも対応すると言っているところらしいし、何より、奥さんがその専門家を信頼しきっているようだから、俺はもう、何も言えない…

 こうなる気配は以前からあって、俺が自分の若年性認知症支援NPO活動を縮小することにした理由の一つでもあるのだが、やはり自分が情けないし、つらいし、ご主人が心配だ。

 最初はうまく利用できたとしても、進行していくと高齢者向けのデイサービスでは本当に厳しくなるから。

 俺は、教室の最後に先生に自分の事情を話してから、帰った。


 父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)から、父親の2月分の請求書や生活記録が届いた。

 先月の父親は、体調は特に問題なさそうだが、肌が乾燥しやすかったようだ。
 やむを得ない季節的なものだろう。

 父親が転倒した時の詳しい状況も、この生活記録でわかった。

平成25年-春
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