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2015/03/28.Sat

取材(?)、その後…

 この前(下)の記事(平成25~26年-冬-(9) 参照)の「取材」の後、このテレビ局と‘俺’とのやりとりは無くなり…

 平成26年の夏、若年性認知症をテーマにしたドキュメンタリー番組が‘俺’の住む県内で放送され、引き続いて、そのテレビ局を含む全国ネットワークの系列各局で放送されました。

 番組の中に ‘俺’にとっては引っ掛かるというか納得できない部分がいくつかあり、NPO活動を完全に止めるきっかけにもなってしまったのですが…

 それまでの若年性認知症をテーマにしたテレビ番組は、若年性認知症の本人が、従来ある高齢者・障害者向けサービスに当てはめられるだけ、主に家族の支えだけ、あるいはその二つだけで(例外的にうまくいって)なんとかなっている人・時期・場面(だけ)をクローズアップするような番組が多かったと思います。

 この時に放送された番組は、そういう作り方とは違っていたので良かったと思いますし、その点は‘俺’も評価しています。


 実は毎年、この番組が放送されたテレビ局を含む全国ネットワークの系列全局が、それぞれドキュメンタリー番組を作って放送し、その中から大賞と優秀賞が一つずつと特別賞二つが選ばれています。

 この番組は、平成26年の特別賞を受けました。

 そして、賞も、それに伴う栄誉や特典も、(他局の)テレビのウソを追求しないことを明言した番組担当者が受け取って…

 番組の中で紹介された重要な数字や言葉、若年性認知症の正しい理解などをこの担当者に教えた‘俺’には、何もありません。

 もちろん‘俺’は、賞や栄誉(の分け前)、お礼の言葉などが欲しかったわけではなくて、望んでいたのは、その番組が(放送されたこと、遅くとも)受賞したことをきっかけにして‘俺’の住む地域で、若年性認知症の正しい理解が広まり始めることや、それまでの若年性認知症対策を見直そうという動きが起きることでしたが…

 そうはならず、受賞したテレビ局の内輪の祝い事でしかなく、地域社会からは、ほとんど無視された感じでした。

 全国レベルで評価された番組が、その番組が作られた県では評価されなかった、ということになります。


 このテレビ番組のことは、本編記事を進めればいつか出てくるはずですが、そこまで続けられるかわかりませんし、続いたとしてもだいぶ先のことになると思うので、このように補足させていただきました。



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補足と意見
2015/03/21.Sat

平成25~26年-冬-(9)

 若年性認知症についてのテレビ番組を制作しているというテレビ局担当者(平成25年-秋-(24)平成25年-秋-(25) 参照)から、俺の元にメールが届いた。

 その担当者は俺の言葉を信じて、若年性認知症の人には老年性認知症向けの支援や介護サービスは(一緒にされることも含めて)合わない、という考え方で取材や調査を続けていたようだ。

 ところが最近、取材の中で複数の一般高齢者(主に老年性認知症の人)向けサービス事業者から、「こちらとしては老年性認知症も若年性認知症も同じであり、同じように対応することで何も問題は起きていない」と言われたらしく…

 それは本当なのかと思い、どうすればよいかわからなくなってしまった、という内容だった。


 これは、俺が以前に断ったはずの「その後の取材」にあたるだろうから、無視するという選択もあるが…

 しっかり俺が対応しないと、この地域の多くの若年性認知症の本人と家族の思いに向きあわず、老年性認知症のサービスに無理にあてはめようとする人々にとって都合の良い番組内容になりそうなので、反論のメールを送った。

 まず、「老年性認知症も若年性認知症も同じであり、同じように対応することで何も問題は起きていない」という言葉の奥にある無理や矛盾を、客観的な裏付けを示しながら説明した。

 そして、そのように言ってくる事業者への具体的な対応方法も書いた。


 俺がメールに書いた説明を理解し、対応方法を実行してくれれば、悪い番組内容にはならないはずだ。



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平成25~26年-冬
2015/03/14.Sat

平成25~26年-冬-(8)

 俺の母親と仲がよい近所の奥さん(平成25年-秋-(13) 参照)が交通事故に遭って、運転していた自家用車が壊れた。

 その奥さんに特にケガは無く、悪いのはほとんど相手方で事故の責任を問われなかったことなどは良かったが…

 その奥さんは、車の修理や新しく車を買うことも、運転することも家族に止められてしまった。

 俺の母親よりも年齢が上だし、少し前にも小さい事故があったらしく、ご家族が心配するのはもっともだから、仕方ないのだが…

 この奥さんは、これまで俺の母親と一緒に外出する時に自家用車に乗せてくれていて、俺の母親の送迎も少し頼めたら、俺は就職などしやすくなると思っていた矢先だったので、俺のショックは大きかった。

 しかも今後、この奥さんが俺の母親と外出する時には、毎回ではないものの俺が自家用車での送迎を引き受けざるを得なくなり、ますます俺は自分の時間が減って、働きにくくなってしまった。



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平成25~26年-冬
2015/03/07.Sat

平成25~26年-冬-(7)

 1月後半になって、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)における伝染性の病気の心配がなくなり、俺と母親は約2週間ぶりに父親と面会できた。

 父親は、涙を流した。

 父親に音楽番組(DVD)を(ポータブルプレーヤーで)見せていて、父親が好きだった曲が流れた時で、俺の弟の子供(俺の父親からすると孫)から家に届いた年賀状を見せた時でもあったので、そのどちらかか、あるいは両方に反応したのだろう。

 俺と母親はどう対応するか困ったが、ほどなく父親は落ち着いてくれた。

 この日の後は、以前と同じように週2回くらい会いに行った。


 この時期に母親は、脳の検査があって(平成25年-秋-(20) 参照)、俺は自家用車を運転して病院に同行した。

 経過観察を続ける、という結果だった。


 冷え込みが強くなり、家の窓が結露するだけでなく、その結露が凍るほどだ。

 俺は、主に雪かきのせいだろう、腰の痛みや太ももあたりの坐骨神経痛が強くなってきた。



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平成25~26年-冬
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