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2015/05/30.Sat

平成26年-春-(1)

 3月後半になると、この地域もだいぶ春らしくなった。
 まだ、何度か寒の戻りはあるだろうが。

 この時期も俺(44歳)は週2回くらい母親(69歳)と一緒に、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親(72歳)に会いに行った。

 気温の変化に注意しながら、父親の春物の衣類を家から少しずつ持ってきて、特養の父親の部屋の押入や衣装箱にある真冬向けの衣類を少しずつ家に持ち帰ることにした。


 俺と母親が訪れる時、父親はだいたい特養の共同スペースの片隅にあるソファで、眠そうに、横に傾きがちに座っていることが多い。

 その横には小さなテーブルがあり、CDプレーヤーが載っていて、俺が持ちこんだ、かつて父親が好きだった曲が入ったCDがかかっている時もある。

 この時期の面会では、父親がそのCDに反応を見せることがあった。


 面会が、看護師さんによるリハビリと重なることがあった。

 まずは歩行訓練で、短い廊下を往復するだけなのだが、父親を看護師さん二人が前後で支えながら、という大変さだ。

 父親が少し抵抗する感じもあったので、俺も手伝った。

 次に、2~3人がかりでモジュール車椅子に父親を座らせてから、看護師さんの一人が、肩回しなどのストレッチやマッサージをしてくれた。

 父親の関節の拘縮はあいかわらずで、悪くならないようにする、維持するのが精一杯のようだ。


 消費税率が5%から8%になったことにより、その分、特養の料金も上がって、それに伴う書類の提出などがあった。

 大きな増額ではないとも言えるが、先の見えない生活をしている俺にとっては経済的にも精神的にも、きつい…



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平成26年-春
2015/05/23.Sat

目次に追記しました

 <平成25~26年-冬>の本編記事をUPし終えましたので、「目次」に、以下のタイトルを追記しました。


平成25~26年-冬  テレビのウソから離れて生きる決心
 俺は、「テレビでウソをついた人及びその仲間とはかかわらずに生きていく」
 と決意しました。
 それが非常に大変で、苦しいことを承知の上で。


 平成25~26年-冬-(1) から順にお読みくださる際に、ご利用いただければと思います。



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連絡
2015/05/17.Sun

安全保障法制・集団的自衛権行使容認について-2

 …前(下)の記事~ 安全保障法制・集団的自衛権行使容認について ~の続きです。

 新国連軍ができた場合、自衛隊すべての所有権を新国連軍に帰属させ、自衛隊は「新国連軍日本部隊」になります。

 その一方で日本国は、すべてを国際連合・安全保障理事会に帰属させる代わりに、国防と国内の災害対応についての「絶対優先使用権」を持ちます。

 つまり、国防と国内の災害対応に常に必要な(最低限の)新国連軍日本部隊は、日本国内に常駐します。

 それ以外の新国連軍日本部隊は、必要とあれば国外にも出て行きますが、あくまでも国連と安保理(あるいはその直下の新国連軍総本部)の指示にのみ従い、国防や国内の災害で緊急事態が起きれば、「絶対優先使用権」があるので日本国政府の指示にのみ従って速やかに帰国できます。

 新国連軍日本部隊の「国防」において、武器の使用は新国連軍の規定に従い、活動範囲は日本国の領土・領海・領空およびその境界周辺に限られ、その外に出る・出てしまった場合は、国連・安保理の指示・承認が必要になります。


 新国連軍日本部隊の国外における通常の活動は、国連あるいは安保理の指示に基づき複数の国が共同で行う、戦闘地域(前線)で作戦行動する新国連軍部隊への後方支援(非戦闘員・避難民の安全確保などを含む)や災害対応(非戦闘地域における災害対応においては日本部隊が最前線に出る場合も考えられます)のみになるでしょう。

 いつ帰国するかわからない部隊を単独で行動させることは常識的にありえませんし、戦闘地域で最前線におくのは戦略上も戦術上もありえません。

 他方で、自らと、共同で行動している他国の軍隊と、周囲の非戦闘員を守るため(だけ)には、新国連軍の規定に基づいて武器を使えます。


 緊急対応としては、海外で日本人が危険な目に遭った・遭いそうな場合、近くに新国連軍日本部隊がいれば駆けつけて、いなければ近く(近隣諸国)の新国連軍部隊が駆けつけます。

 一方、日本国の周辺で外国人が危険な目に遭った・遭いそうな場合は、日本国内の新国連軍日本部隊が駆けつけます。


 絶対優先使用権は、自国の軍隊(あるいは軍隊に相当するもの、相当すると見られるもの)の全部の所有権を新国連軍に帰属させた国のみに認められる特別な権利であり、一部の所有権を新国連軍に帰属させる・一部を指揮下に置かせる国には認められません。


 新国連軍を創設して自衛隊を新国連軍日本部隊にすることで、それらを提唱するだけでも、以下のようなメリットがあると思います。

 日本国としては、特定の国にのみ軍事協力をしているようには見られにくくなって、(主に海外の)日本人がその特定の国と敵対する勢力や国家に狙われるリスクは減るでしょうし…

 全部の自衛隊の所有権を新国連軍に帰属させ、かつ、国外での行動はすべて国連・安保理の指示・承認によるものですから、憲法9条を変える必要性は小さくなります。

 アメリカ合衆国としても、一つの国として「世界の警察」の(リーダーの)役割を担うのは限界に来ているようですし、アメリカ合衆国(領土・領海・領空)の外で展開している(現在くらいの規模の)アメリカ軍を新国連軍の指揮下に置くこと(新国連軍アメリカ部隊)にすれば、それだけで国連に対する大きな貢献になり、分担金の未納は問題でなくなるでしょう。

 中国軍などの一部が新国連軍の所属になるか指揮下に置かれれば、(そういう方向になるという見込みだけでも)東アジアのミリタリーバランスが変わり、沖縄県にアメリカ軍部隊が現在のようにいる必要はなくなるでしょうし、ある程度残るとしても新国連軍アメリカ部隊に変われば、もうアメリカ軍ではないのですから、地位協定の廃止・変更も可能でしょう。


 一方で、大変なこともあります。

 現在の安保理の常任理事国制度を根本から変える必要があります。

 現在のままで新国連軍ができたら、常任理事国は新国連軍に一人の兵士もわずかな資金も出すことなく、拒否権を使って新国連軍の作戦や動きを変えたり止めたりできます。

 新国連軍、特に現場、最前線の兵士は、たまったものではないでしょう。

 新国連軍において、特に現場での誠実な貢献が大きい国ほど、安保理・新国連軍全体における発言力・決議力が大きくなるべきだと思います。



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補足と意見
2015/05/16.Sat

安全保障法制・集団的自衛権行使容認について

 これまでカテゴリ「補足と意見」の記事で、安全保障法制・集団的自衛権行使容認について触れたことがあり、また、最近特に話題になっていますので、私(作者oretomo)の意見を、ここでまとめておきたいと思います。

 このブログ本編の趣旨と少し離れることかもしれませんが、安全保障法制・集団的自衛権行使容認について政治が一生懸命すぎて、医療・福祉・介護・認知症対策といったことが後回しにされている感もありますので、このブログ本編と無関係ではないと思います。


 安全保障法制・集団的自衛権行使容認についての立場は、大きく次の3つに分けられるようです。

(1) 集団的自衛権の行使を積極的に容認していく

(2) 集団的自衛権の行使を絶対に認めない訳ではないが、しっかりした議論や憲法改正といった手順を踏まなければならない

(3) 集団的自衛権の行使は絶対に認めない


 私は、(2)と(3)の間があってもいいのではないか、集団的自衛権行使の容認に、ただ反対するだけでなく建設的な対案が必要ではないのか、と思うのです。

 その一つとして、「新国連軍の創設を世界に向けて提唱する」というものは、どうでしょうか。


 私の考える「新国連軍」とは、以下のようなものです。

 国際連合・安全保障理事会に直属する組織。

 全国連加盟国が、自国の軍隊の全部または一部を常に所属させ(指揮下に置かせ)、国連・安保理の指示・承認(のみ)の下に協調して作戦行動する。

 国を問わず、災害・戦争・迫害といったことで非常に苦しんでいる、困っている人々の救助・安全確保が最大・最優先の任務。
 その目的のために、やむを得ず踏み込んだ作戦行動をする、という任務もあるだろう。

 各国の新国連軍に所属する・の指揮下にある部隊は、国連・安保理の指示・承認による上記の任務を、可能な範囲で助け合って実行する。

 国連・安保理が想定して(対応策・方針を決めて)いなかった緊急事態が生じた場合、緊急であっても国連・安保理の指示を待てるなら、その指示が必要であり、待てないならすぐに行動を起こせるが、事後速やかに国連・安保理に報告して承認を得る必要がある。

 核兵器、大量破壊兵器、および生物化学兵器を所有・所持・使用することはない。


 そもそも、集団的自衛権の行使容認は、上記の新国連軍のようなものが「できっこない」という前提に立っています。

 新国連軍ができたら、紛争地域から民間人を避難させる場合は、その国と近隣国の新国連軍の部隊がすぐにそれを担うことになり、ある国の新国連軍部隊が武装勢力などに攻撃された場合も、その近くの新国連軍の部隊が当然に助けるわけで、国家間での集団的自衛権の行使は不要になります。

 確かに、新国連軍の創設は難しいと思いますが、提唱・提案することもなく、「できっこない」と決めつけるのもどうかと思うのです。


 私の考える、安全保障法制・集団的自衛権行使容認についての進め方をまとめると、次のようになります。

1.新国連軍の創設を世界に向けて提唱する

2.新国連軍の創設について、世界から一定以上の理解が得られたら、推し進める。反対の声が大きければ、3.へ

3.新国連軍の創設に反対されたからやむを得ず、ということを世界に伝えた上で、集団的自衛権行使容認を、しっかりした議論や憲法改正といった手順を踏んで、進める


 ただ、新国連軍創設の提唱が、あからさまに反対されたりバカにされたり、ということはないでしょう。
 そういう行為は、国連軽視や国連に対する侮辱と解釈される恐れがありますから。

 反対は、「理想論、非現実的」、「可能だとしても実際にできるまで時間がかかり、それまでの間はどうする」といった言葉になると思いますが、こういうものに対しては、反論の余地がありそうです。

 次の記事に続きます…



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補足と意見
2015/05/09.Sat

平成25~26年-冬-(15)

 3月前半は、晴れて少し暖かくなったかと思えば、除雪をしなければならないほど雪が降る日もあって、冬と春の境目であることを感じた。

 その不安定な天候も原因の一つだろうか、俺は、片方の太ももの痺れるような痛みが強くなり、腰もしんどい。


 問題の親知らず(平成25~26年-冬-(6) 参照)が原因と思われる歯の痛みも出てきた。

 まだ抜けるほど親知らずは顔を出しておらず、この痛みがすぐに強くなったら、全身麻酔の手術しかない。

 俺は「歯の痛みだけでもおさまってくれ」と祈りながら、勉強を続けている。


 その一方で、毎年のこの時期の問題にも対応しなければならない。

 俺は、花粉症の症状を抑える目薬を使い始めた。


 そのような生活をしていたある日、俺が家でテレビの地域ニュースを見ていたら、昨年の秋に新聞やインターネットに出ていた県の認知症対策担当者(平成25年-秋-(31)平成25年-秋-(32) 参照)のことが紹介された。

 しかし、「若年性認知症」対策の担当者(でもある)という話は無かった(消えていた)…


 東日本大震災の発生から3年の3月11日には、俺はテレビの追悼番組を見ながら、黙とうした。

 俺の住む地域は大きな被害が出た被災地から遠くはないし、そこで今も本当に苦しんでいる、困っている人たちがたくさんいることも、俺はわかっている(少なくともわかろうとしている)。

 それなのに、自分の先行きが全く見えず、被災地や被災者のために黙とうしかできない自分が、情けない…



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平成25~26年-冬
2015/05/02.Sat

平成25~26年-冬-(14)

 3月前半も俺は週2回くらい母親と一緒に、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に会いに行った。


 父親の表情や姿勢は良いものの、少し疲れているような時があった。

 スタッフさんに話を聞いたら、その日の俺と母親が面会する前にトイレで排便があって、今回は出るまでやや時間がかかったそうで、それでスッキリしつつも疲れたからだろう。


 この特養では月一回、同じ建物内(の一室)に喫茶店が開店するのだが、面会と重なることがあった。

 その日は父親の調子が悪くなかったので、スタッフさんの勧めもあり、家族3人でそこに行った。

 父親を喫茶店まで慎重に誘導する際、最初は手引き歩行で、途中からモジュール車椅子に乗せて行くつもりだったが…

 なぜか父親が車椅子に座ることに抵抗したので、俺と母親は父親の疲れや転倒を心配しながらも、ずっと手引き歩行で移動させるしかなかった。

 そこでやっと車椅子に座らせられたものの、斜め前に傾いていくので、それを俺が抑えながら、母親が全介助でコーヒーを飲ませた。

 すぐ隣に別の入居者さんが来てしまったので、その人にも配慮しながらになり、大変だった。


 また別の日に面会した際には、特養がある建物のホールで、ボランティアの人たちによるコンサートがあり、家族3人で見た。

 ホールには特養の入居者さんたち、わりとしっかり身体が動き、普通の椅子におちついて座って聞いている人から、リクライニング車椅子の座面・背もたれをだいぶ後ろに倒してほとんど動かない人たちまで、数十人いる。

 総合的な介護施設なので、デイサービスやショートステイの利用者さんたちも何人か来ているようだ。

 ただ、俺と母親のように面会して同席している特養入居者家族はいない。

 このようなコンサートは月に数回あるので、俺と母親が父親に面会する時と重なることも2~3か月に1回はあるのだが、こういう際に他の入居者家族と会うことはめったにない。

 80代以上の高齢の入居者が多く、その子供世代も定年を超えたり子育てを終えたりしている場合が多いはずで、こういうイベントの際に面会して付き添うことは充分可能だと思うのだが…

 そういう人たちがいなくて、働き盛りの年代で、本来この場にいないのが普通の俺がいるわけで、いつも俺は違和感を覚え、居づらさを感じている。

 しかし、このペース・時間帯で、しかも俺が自家用車を運転して連れてこなければ、(母親の体調や日頃の言動からすると)母親が面会することはなくなるだろう。

 それでは、あまりにも寂しい。

 母親が父親と定期的に面会できる状態を維持しながら自分が働く方法を、俺は探り続けている。



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平成25~26年-冬
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