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2015/09/27.Sun

フォーラムが開催されて

 インターネットで調べただけですが、以前の記事(しばらく本編記事を休止します 参照)で紹介した都会のフォーラムが先日開催されて、盛況だったそうです。

 インターネット上の複数の報道・情報サイトで、その概要を知ることができました。

 問題の認知症の当事者はビデオ出演だけで、介護家族である夫が壇上にいたようです。

 インターネット上の情報だけでは、問題の当事者の経歴がどのように紹介されたかまでは今のところ、わかりません。

 もし、ウソがつき通されていたなら、これまでの経緯も踏まえると、公共性の高い複数のメディア(新聞・テレビ・公共性の高いホームページなど)がウソを伝えたり黙認したりしていることになります。


 時間的にはさかのぼりますが、9月上旬、上記フォーラムの共催者とは違う新聞(こちらも主要5紙の一つで‘俺’の住む県の地方版)の認知症にかかわる記事上で、この当事者が「69歳の頃からアルツハイマー型認知症」と紹介されていました。

 経歴について「発症」や「診断」という言葉を使わない一方で「頃」という表現になっていることからだけでもウソが、少なくとも「ごまかし」があることがわかります。


 少し話はそれるかもしれませんが、上記のフォーラム開催の前日、安保法案が成立しました。

 その成立を「戦争に近づくリスク」と捉える人も多いようですが、私(このブログの作者oretomo)としては、公共性の高い複数のメディアが同じウソについて伝えたり黙認したりし続けている事実の方が、「戦争に近づくリスク」をより高めているように思います。


 念のために、付け加えたいことがあります。

 私は、この認知症についてのウソが公表されることを望んでいますが、この認知症当事者やその家族をあまり責める気はありませんし、あまり責められるべきではないとも思っています。

 この当事者とその家族は元々、年相応の物忘れと認知症の物忘れの違い、アルツハイマー病の「疑い」診断と発症・確定診断の違いをよくわかっていなかっただけと思われます。

 一番悪いのは、「よくわかっていないなら、発症・確定診断の前でも、まだ疑いの段階でも既に発症した・確定診断されたことにしてしまえ。その方が、そして発症・確定診断からの年月が長いほどインパクトがあるし都合がよい」と考えて利用したと思われる周囲の人々です。


 そういえば、今から約1年前に朝日新聞が、吉田証言・吉田調書を上記と(方向性が)似た感じに都合よく解釈・利用したことで批判され、謝罪して、「このようなことは二度としない、事実を正確に伝える」と誓っていましたね。


 また少し脱線したかもしれません。
 認知症についてのウソの話に戻します。

 正確な公表がされて、本当に責任をとるべき人がとれば、当事者とその家族が強く責められることはないでしょう。

 そして、何よりも肝心なのは、こういうウソのある当事者や家族がテレビや新聞・インターネット上で取り上げられ、フォーラムや講演会にも登場して注目されているということは…

 その分、認知症で本当に苦しんで・困っていて、それでもウソをつかず・つかされずに努力している本人や家族が誤解・無視されている、声を上げられないでいるのは間違いない、ということです。

 このような状況は一刻も早く改善されなければならない、と私は思うのです。



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補足と意見
2015/09/20.Sun

目次に追記しました(遅くなりましたが)

 遅くなりましたが<これまで、これから10>を、「目次」に以下のように追記しました。


これまで、これから10
 平成26年の初夏頃に俺が、平成25年初秋からのことを振り返り…
 また、先のことをどう考えていたかです。


 “これまで、これから10-(1)”から順にお読みくださる際に、ご利用いただければと思います。



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連絡
2015/09/13.Sun

しばらく本編記事を休止します

 これまで、このブログの本編記事に、その記事UP時の‘俺’の苦労や困りごとが推測されるような話や「テレビのウソ」に関することが書かれていると、その後で‘俺’に変な連絡がくる、周囲で変な動きがあるといったことが何度かありました。

 「テレビでウソをついた側の人々」がこのブログを‘俺’の現状や苦労(弱み)を調べるために使って、結果的に‘俺’を苦しませていると思われる節があります。

 そういうこともあって‘俺’の直近の状況がわからないように、本編については記事UPのペースを落としたり一時的に休止したりして、だいぶ前のことについて書いた記事がUPされるようにしてきたのですが…

 このまま本編を続けると、ほどなく‘俺’の現在(2015年・平成27年の晩夏)の状況がかなり正確に推測できるような内容が出てきます。

 そして、下記に述べるようにウソが全国へ、全世界へと広まる可能性が出てきて、「テレビでウソをついた側の人々」が、“ウソについて事情を知っているがウソをついた側にいない”という立場にいる‘俺’の現状や弱みを握って、‘俺’を引き入れよう、抑え込もうとする恐れが強くなっています。

 そのような訳で、‘俺’とその家族(両親と弟)などを苦しませないようにするため、本編記事は当分の間、休止させていただきます。


 「テレビのウソ」は、続編の動画がインターネット上の公共性の高いホームページに出てしまい(あるインターネット上の動画について 参照)、さらに、インターネット情報ですが、ウソの当事者が近日中に東京の大きなフォーラムで講演することになっているようで…

 その認知症の当事者が、地域のイベント、テレビ、講演会、そして公共性の高いホームページ、東京の大きなフォーラムと出演の幅を広げていくということは、それだけウソや問題が広まることを意味します。


 このフォーラムには、矛盾もあります。

 このフォーラムの司会者は福祉の世界では有名な人で、問題の地域フォーラム・テレビ番組でも司会者を務めていて、ウソの話を直接聞いて受け入れていましたし、その続編の動画が出ている公共性の高いホームページにも、コラムを寄稿するなど深くかかわっているようです。

 一方で、このフォーラムを共催する新聞社(の支社)はいわゆる主要5紙のうちの一つで、ウソではない事実の一端を新聞に書きました(「テレビのウソ」の表記について 参照)。

 つまり、このフォーラムでもウソがつき通されれば、司会者には一貫性がある(司会者については整合性がとれる)ことになりますが、新聞社の立場に(共催したフォーラムの参加者の経歴が新聞で書いたことと違うという)矛盾が生じますし…

 もしも、ウソではない事実が語られれば、新聞社には一貫性があることになりますが、司会者に(これまで司会者が受け入れてきたことと今回のフォーラムで語られることが違うという)矛盾が生じます。


 上記のことがどうなるにせよ、ここまで話が広がれば「テレビのウソ」が、時が経てば忘れられる・無かったことになる、ということはもう、ありえません。

 ‘俺’は最悪「時が経てば忘れられる・無かったことになる」のパターンでもいい、と思っていた(平成25年-秋-(17) 参照)ようですが…


 「テレビのウソ」が公表されないまま、本当に苦しんでいて・困っていて、それでも誠実に・ウソをつかずに努力している認知症の本人とその援助・介助者の思いが踏みにじられ続けて、さらに、混乱やトラブルが起きてしまうのか(平成27年の夏の雑感-2 参照)。

 それとも、できるだけ早く「テレビのウソ」が公表され、「テレビでウソをついた人とその仲間」が相応の責任をとって、まともな社会になっていくのか。

 後者のようになり、‘俺’が「テレビのウソ」にかかわっていないことが明らかになれば、この件に関して‘俺’を苦しめる人はいなくなるでしょうし、このブログの本編を再開できると思いますが、現在まで明らかにされていませんし、今後もあまり期待できないと思います。

 地域の中だけのウソなら、その地域内だけの公表・謝罪で済んだかもしれませんが、ウソが全国・全世界に広まってしまったら、公表・謝罪する場合の範囲も全国・全世界になりますので、ウソをついた側の人々にとっては公表・謝罪のハードルが非常に高くなり、逆に公表される可能性は低くなったのかもしれません。

 全国・全世界から指摘・批判されて公表せざるを得なくなる、というパターンも考えられなくはありませんが…


 なお、‘俺’とその周辺の人々を守るためには本編記事をUPした方が良いと私(作者oretomo)が判断した、といった理由などで再開する可能性はあります。


 また、本編を休止している間、「補足と意見」の記事などはUPすることがあると思います。

 ご了承ください。



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連絡
2015/09/12.Sat

「アルツハイマー病 進行をくい止めろ」を観て

 私(作者oretomo)は、先日(9月8日 午後10:00~10:49 NHK総合)放送された、認知症キャンペーン特集番組 第4弾「アルツハイマー病 進行をくい止めろ」を(録画して)観ました。


 若年性アルツハイマーを発症してから9年になるものの、とてもそうは見えず“希望の星”と呼ばれているという、しっかりした人が映像とスタジオに登場しました。

 物忘れ(記憶力の低下、記憶障害)はあっても、脳の委縮はわずかで進行も遅く、やや複雑な図を書けたり、簡単な計算問題を解けたりしていましたが…


 アルツハイマー病についてある程度知っている人なら、「おかしい」と思うでしょう。


 それこそNHKの番組でも何度も言われてきましたが、物忘れだけでアルツハイマー病と診断されることはなく…

 一般の(健康な・同年代の)人より脳の委縮が強い・委縮の進行が速い、やや複雑な図が書けない・書けなくなっていく、簡単な計算問題ができない・できなくなっていく、といった症状・要素も加わって初めて、アルツハイマー病と診断されるはずです。

 この人が8年前にアルツハイマー病(を発症した)と診断された理由・判断基準が何だったのか、不思議に思いました。



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補足と意見
2015/09/08.Tue

これまで、これから10-(4)

 平成26年の春に父親は、若年性アルツハイマーと診断されてから13年、発症からは15年以上になった。


 約1年前と比べると、大きな変化はないものの、手引き歩行中の転倒リスクが大きくなってきたこと、長時間排尿が無いという状態が増えてきたことなど、若年性アルツハイマーの進行にかかわっていると思われる変化・心配がある。


 今の俺が望むのは…

 まず、長く働き続けられる、将来が見通せる仕事に就くことだ。
 あせりはあるが、何でもいいからと無理して働いて身体の痛みなどを悪化させたら、その後の俺に未来は無いだろう。

 長く働き続けられる、将来が見通せる仕事に就けたら自家用車を、父親が車椅子でそのまま乗れるものに買い替え、少しでも多く父親を、父親の状態が良い時に合わせて外出させ、孫のところにも俺が連れて行けるようにしたい。


 もう一つは、父親のためにも、介護の現場で働く人たちの労働条件や環境が良くなることだ。

 ただ、これについては具体的に俺に何ができるか、わからない。

 テレビでウソをついた側に行けば、地域の大きな勢力の一員になれるが、それでは絶対に良くならない。

 ウソをついた側にいる人が「介護の現場で働く人たちの労働条件や環境の改善を!」と訴えても、信頼されないし説得力もない。

 それに加えて、ウソを前提に「この地域の医療・介護・福祉がとても充実している」ということになっているので(これまで、これから10-(1) 参照)、訴えた相手に「そんなに充実しているなら、介護の現場で働く人たちの労働条件や環境も良いはずだ」と言い返されて終わりだと思う。

 ウソをついた側に行かなければ、ほとんど一人だから結局、俺は何もできないだろう…



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これまで、これから10
2015/09/05.Sat

これまで、これから10-(3)

 平成25年の秋から26年の春にかけての俺は…

 父親をちょっとした外出にも連れて行けない、自宅に一時帰宅もさせられない、同じ市内にいる孫(俺の弟の子供)に会わせに行くこともできない自分が、どうしようもなく情けなくなり、自分で自分を殴りたくなる衝動に何度も駆られた。


 孫に会わせるということについては、弟に子供を連れて特養(特別養護老人ホーム)の父親のところに行ってもらえれば助かるが、だいぶ手のかかる小さい子供もいるし…

 認知症、ことに若年性認知症について、ウソが訂正されず正しい理解が広まらない地域だから、父親との面会に弟が抵抗を感じているのも、俺にはわかる。

 だから、弟に家族を連れて面会に行くことを、もう俺からは頼めない。


 今の父親を安全に外出させるためには、車椅子に座らせたまま乗せられる福祉車両が必要だが…

 もちろん特養にはそういう車両はあるものの、介護保険制度の改悪などで厳しい状況にある特養とそのスタッフさんに、このようなことで協力を求める訳にはいかない。

 この地域にも車椅子に座らせたまま乗せられる介護タクシーはあるが、予約が必要であるなど融通が利きにくく、数少ない、そしていつそうなるかわからない父親が外出できるほど状態の良い時にすぐに利用することは、難しい。


 結局、自分の自家用車を、車椅子に座らせたまま乗せられる福祉車両に買い替えるしかないが、そんな余裕は、もう無い。

 (昔の交通事故のせいで)助手席恐怖症のある母親が一緒に乗ることも考えると、母親が座れる後部座席があって、その横に車椅子を余裕をもって乗せられるタイプの福祉車両になるが、そうなると値段は相当高い。

 まだ貯金は残っているが、父親と母親と俺の慢性的な病気・症状は悪くなることはあっても良くなることはないだろうし…

 本当に困って・苦しんでいて、それでも正直に生きようとする人にとって、地域・社会・制度は良くなるより悪くなる可能性の方がずっと高い。

 だから、ある程度の貯金は手をつけずに取っておく必要があり、俺の今後の収入の見通しが立っていない状況では、そういう車の買い替えなどの大きな買い物は、絶対にできない。

 しっかりした形で俺が働き始められれば購入することは可能になるだろうが、父親と母親のことに対応しながら働けるようになる目処は、立っていない。


 母親は、自分のできる家事をする以外は、趣味や近所づきあいに時間を費やしている。

 厳しい在宅介護生活を思い出せば、現在、それ以上のことをするのが身体に厳しいことも、年齢なりの普通の生活を取り戻そうとしていることも、俺にはわかるが…

 もう少しだけ、自分の夫のために努力してもらえないだろうか?

 特養への対応や面会の準備も、ほとんど俺がやらなければならないのは、正直きつい。


 俺の住む市内にも元々の路線バスの他に、いわゆるコミュニティバスが数年前から走るようになり、母親がこれを利用できれば、俺の負担も少しは減るのだろうが…

 元々の路線バスとコミュニティバスの両方が走っている地域が複数あるのに、我が家とその周辺は元々の路線バスからも、コミュニティバスの路線からも遠く(いつまで待ってもコミュニティバスの路線ができず)、相変わらず俺が運転する自家用車に頼るしかない陸の孤島状態が続いている。



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これまで、これから10
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