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2017/12/31.Sun

平成27年-夏-(13)

 平成27年(2015年)の7月上旬のある日、俺の誕生日が来て46歳になったが、例年のごとく誕生日らしいことはしない、できない…

 俺は下腹痛の薬は飲み切ったが、しばらく痛みが出ていないので、下腹痛のための通院はしないで様子を見ることにした。


 俺は、耳鳴りの薬も飲み切ったが、耳鳴りは続いているので、耳鼻咽喉科医院を受診した。

 診察で、俺の耳鳴りは、深夜は毎日、早朝・朝は時々出ていること、それに合わせて夕食後は毎日、早朝・朝に耳鳴りが出た日とその次の日くらいは朝食後も薬を飲んできたことを医師に伝えると…

 その飲み方でかまわないが、状態が悪くなったら毎日朝夕に戻すように、よくなったらもっと減らすことも可、とのことだった。


 日中に耳鳴りがあまり出なくなったことは、特にTOEIC学習の上では助かっている。


 母親の歯の定期検診があって、俺は自家用車を運転して送迎した。

 別の日に母親は美容院に行き、いつものように俺が送迎した。

 どちらの日も俺は、母親を待っている間、近くのスーパーの休憩スペースでTOEIC学習をした。



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平成27年-夏
2017/12/29.Fri

平成27年-夏-(12) 一日一回のトイレ誘導さえ

 俺と母親は、6月下旬は3回ほど父親と面会して、その2回目の日は、けっこう蒸し暑かったのだが、父親の部屋の冷房が入っていなかった。

 窓は開いていて、父親の上着シャツは七分袖なのだが、それでも暑そうだ。

 父親が熱中症になりやすいこともあって、俺は介護スタッフさんに頼んで、部屋の冷房を入れさせてもらった。

 同じ部屋の隣の寝たきりの人にとっても、その方がよいと思ったし。


 その次の面会は、父親の口腔ケアの日と重なった。

 俺と母親が特養に着いてすぐ、共同スペースで眠そうにリクライニング車椅子に座っていた父親に声をかけていると、約週1回のペースで口腔ケアをしてくれている歯科衛生士さんが近づいてきて…

 俺の父親に話しかけたら、父親は急に目を覚ました感じになって、目を大きく開けて、少し動く方の手を上げたりした。

 歯科衛生士さんが「今日の口腔ケアは少し後で、部屋の方でします」と俺と母親に言ったので、俺が父親の車椅子を押して、母親がその横について、父親の部屋(二人部屋の父親のスペース)に移動した。

 俺が父親の顔拭きなどを終えた頃、歯科衛生士さんが来室して、父親の口腔ケアをした。

 二人部屋の父親のスペースは、以前の個室より狭いので、俺と母親は近くで見ていることができず、部屋の外で待っていた。

 終わった後、歯科衛生士さんが俺と母親に話してくれたところによると、俺の父親は特に強く抵抗することもなく、わりとスムーズに終わり、できるケアが増えてきているそうだ。

 歯科衛生士さんが退室して、しばらくすると介護スタッフさんが、父親の分のトロミ付コーヒーと、俺・母親の分の冷たいお茶を持ってきてくれた。

 その際にスタッフさんが、家族に話があるということなので、俺は部屋の外で聞いた。

 父親は、食事中にムセることが増えていて、また、眠そうすぎて(誤嚥のリスクが高いので)食事を抜くことも、たまにあるそうだ。

 また、父親をトイレに誘導するのは、そろそろ限界ということだ。

 父親の排泄介助は、ほぼ部屋のベッドでのオムツ交換になっているが、一日一回はトイレに誘導してくれていた(平成27年-春-(12) 参照)。

 その一回も厳しくなってきた、ということらしい。

 現在の父親のトイレ介助は、女性スタッフだけだと、転倒防止を含めて万全を期すために3人がかりでする必要があるそうで、人手不足で、特に男性スタッフが少ないこともあって、非常に難しいようだ。

 排便はトイレで座ってしてくれることもあるので、排便が近そうな時はトイレ誘導するが、尿は(尿取りパッドや紙オムツなどへの)失禁を部屋のベッドで対応するしかないかも、とのことだった…



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平成27年-夏
2017/12/27.Wed

平成27年-夏-(11)

 平成27年(2015年)の6月下旬、俺の住む地域は蒸し暑く、涼しくなったのは雨が降った時だけだった。


 俺のTOEIC学習は、瞬間英作文に対する自分なりの取り組み方が定まってきた(平成27年-夏-(6) 参照)。

 もちろん毎日、少しでもTOEICの問題集も解いているし、さらに時間をみつけて、英語のニュース・アニメ・ドラマなどを観ることも、ずっと続けている。

 ハローワークへ行って仕事を探すこともあるが、両親のこと、俺の(福祉や介護にかかわること以外の)経験・能力・資格、俺の身体の状態などのバランスが(最低限でいいのだが)取れる仕事は、なかなか見つからない…


 俺は、坐骨神経痛があまり出なくなったし、整形外科医院で医師から俺自身で調整してよいと言われてもいたので、朝夕2回飲んでいた坐骨神経痛の薬を、時々、朝だけ飲むようにしてみた。

 その一方で、夜以外は耳鳴りがあまり出なくなっていたので、朝に耳鳴りの薬を飲むのをやめて夕だけにしていたが、時々、朝も耳鳴りが出るようになってしまったので、そういう日は仕方なく朝夕にした(戻した)。

 下腹痛は、薬が効いているだけかもしれないが、おさまってきた。


 俺は、節約のために受診回数が少なくなるよう多めに出してもらっていた蕁麻疹(じんましん、アレルギー)の薬が少なくなってきたので、皮膚科医院を受診した。

 診察では、顔の皮膚の荒れは順調に改善してきて、その塗り薬や蕁麻疹の飲み薬を継続するように、と医師に言われた。


 俺は歯の定期検診で歯科医院にも行ったら、1ヵ所だけだが虫歯になっていた。

 数日後にまた歯科医院に行って、その虫歯の治療を受けたが、まだ小さかった(虫歯の範囲が狭かった)ので、麻酔なしで、短時間で治療が終わった。


 からだの痛みや不調がなければ、せめて少なければ俺は、もっと勉強できるし、もっと積極的に仕事探しもできるのだが…



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平成27年-夏
2017/12/25.Mon

平成27年-夏-(10) 寝たきりで胃ろうの隣人

 6月下旬も俺と母親が、特養(特別養護老人ホーム)に入居している父親に会いに行くと…

 いつものように父親は、共同スペースでリクライニング車椅子に座っていて、眠そうだが、手は震えていた。

 父親は目ヤニが多くて、固まってこびりついているものもあれば、涙まじりでドロッとしているものもある。


 いつものように俺と母親は、まず、父親の部屋(二人部屋の父親のスペース)へ荷物を置きに行った。

 父親に口ゆすぎ水を出させるために使うストローが少なくなっていたので、この日は新しい一袋を持ってきた。

 最近は少しずつ、家から父親の七分袖上着シャツなど真夏向けの衣類を持ってきて、その分、衣装ケースに入りきらなくなった春(秋)向けの物を持ち帰るようにしている。

 連絡用ホワイトボードに、先日注文していた、父親が写っている2枚の写真があったので受け取り、後でスタッフさんに代金を支払った。


 父親をリクライニング車椅子に座らせたまま、それを俺が押して、母親がその横について父親の部屋に行ったのだが、隣の入居者のスペースのカーテンが大きく開いていた。

 そのため、父親のスペースとその人のスペースの間にある通路のようなところに出る度に、ベッドに寝たきりで、こちら向きの姿勢にされているその人と、何度も目が合ってしまうので…

 俺や母親が勝手に閉めるのもどうかと思い、俺が介護スタッフさんに頼んで、そのカーテンを閉めてもらったのだが、すぐに見つからず、閉めてもらったのは少し後のことだった。

 とても人手不足なので、少ない介護スタッフさんたちが、他の寝たきりで部屋にいる入居者にかかりきりになっていて、なかなか見つからない、ということも多い。

 目が合うということからもわかるが、同じ部屋の隣の男性入居者はコミュニケーションが取れる人らしく、会話もできるようだ。

 それでも、寝たきりで胃ろうだ。

 何の病気・障害かは知らないので、身体(だけ、首から下)が動かなくなる病気・障害という可能性もあり、それなら不思議はないのだが…

 おそらく認知症の人で、周囲が介護の大変さから、まだ口から食べられるのに胃ろうに、まだ動けるのに寝かせきりにしたことによって「寝たきり状態」になってしまったように、俺には思えた。


 俺は、慎重に父親の目ヤニを拭き取ったが、こびりついたものは取りきれなかった。



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平成27年-夏
2017/12/23.Sat

平成27年-夏-(9) ある医師の辞職

 …前(下)の記事~ 平成27年-夏-(8) ~の続きです。

 少し動画のショックがおちつくと、俺は…

 なにげなく「そういえば、問題の公共放送のテレビ番組で当事者の隣に座っていた、その人の主治医は、どうしているのだろう」と思い、ネットで調べてみた。

 この主治医とは、俺の住む県内の(国立)大学医学部附属病院の医師で、また、その大学医学部の「准教授」でもあり、県の認知症の権威でもあり、認知症の分野では全国的にも名前が知られてもいるらしいが…

 なんと、その医師は、問題のテレビ放送から一年も経たない昨年(平成26年、2014年)の夏に、他県の(県立)大学病院に行ってしまっていた。

 俺は、この医師が認知症サポーター養成講座で講師を務めていたことで(平成26年-春-(14) 参照)、完全に公共のメディアや場でウソをついている連中の仲間になったと思って、恨んでいたが…

 その2~3か月後には、俺の住む県を去ってしまっていたのだ。

 もともと、この県の出身で、県内の(国立)大学医学部出身でもあり、それから、その大学医学部の附属病院の医師になり准教授にまでなって、附属病院だけでなく県内の複数の病院でも多くの患者を診察していたので…

 現在も週末だけ、その内の一つくらいの病院で、医師としての仕事をしているようだが。

 この県の出身でゆかりも深く、多くの患者を診察していたからこそ、この県内での立場も医師としての仕事の大部分も捨ててしまったのには、特別な「理由」があるはずだ。

 移った先の「県立」大学で教授になったようなので、准教授から教授になりたかった、という理由の可能性もない訳ではないが、それはそれで…

 (認知症の家族会にかかわること以外での)経歴・実績・貢献度などからすると、もう少し待っていれば移る前の「国立」大学の教授になることは充分可能だったと思われ、なぜ待てなかったのか、という「理由」が問われることになる。

 どちらの「理由」も同じで、この県内で問題の認知症当事者の主治医でい続ける限り、ウソつきの仲間にされ続けるから、それを避けるためではないか?

 公共放送の認知症フォーラム番組からすると、問題の当事者は大学医学部附属病院の患者だったので、その患者の主治医でなくなるためには、大学そのものを辞めなければならなかったはずだし。

 他の理由は、考えられない。

 そして俺は、公共のメディアや場でウソをつきながら公的な援助を受けいる人たちの仲間にされるのを拒否したのが、俺一人ではなかったように思えてきて、少しホッとしたが…

 よく考えれば、大変なことだ。

 この県の認知症・精神医療を広く・強く支えていた医師が(ほぼ)県内からいなくなってしまったのだから、この県の認知症医療・精神医療において、医師不足も質の低下も免れない。

 認知症当事者がついたウソ、認知症の家族会がつかせたウソが、地域医療に大きな打撃を与えてしまったことになる…


 少し後になるが、俺は、県内の信頼できる、だが(俺にとって残念ながら)認知症には詳しくない医療関係者と、この准教授・医師が県外の大学(病院)に行ってしまったことについて話す機会があった。

 その人によると、県内の医療関係者の中では「急で、理由もはっきりしない辞職・移籍」と言われていたらしい。

 また、この准教授・医師が辞める際の言葉が、「この県では精神科の医師が少なくて、しっかりした精神医療ができない」だったそうで…

 その人は、この准教授・医師に「あなたがいなくなったら、たくさんの精神科医師が急にいなくなるのと同じで、余計に県内の精神医療が大変になるでしょう。何おかしなことを言っているんですか? と指摘したかった」と俺に話した。

 確かに、そのような辞職の言葉では“理由がはっきりしない”ということになってしまうだろうが、俺は、公共のメディアや場でのウソを思い出して…

 准教授・医師の言葉が「この県では、ウソに気づいて指摘・批判する精神科の医師がいなくて、正直に努力している患者のための精神医療ができない」ということを(ストレートには言えず)少し変えたものだとしたら、おかしなことではないと思った。



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平成27年-夏
2017/12/21.Thu

平成27年-夏-(8) 動画

 6月下旬に俺は、なんとなく認知症に関する情報をネット上で調べていたら…

 地元の公共放送のテレビ番組でウソをついていた当事者夫婦(平成25年-秋-(11)平成25年-秋-(12) など参照)が、認知症をテーマにした公共放送系のホームページ上の動画に出ていることに気づいた。

 今年(平成27年、2015年)の1月における当事者夫婦の状態・生活と、地域の認知症の家族会とのかかわり…

 その時点で奥さんは77歳で、9年前(77歳の9年前なら68歳、78歳になる年の9年前と見るなら69歳の時)にアルツハイマー型認知症と「診断」されたこと、などが紹介されていた。

 つまり、地元の公共放送のテレビ番組のウソに沿っており…

 俺は、ついにウソが全国、ひいては全世界に発信されたことに、大きなショックを受けた。

 しかも、この動画は認知症の当事者が語るシリーズ動画の一つで、タイトルに、そのシリーズの通し番号がついているから、この動画(だけ)が削除された場合、不自然になってしまう。

 つまり、このホームページそのものがなくなるか、このホームページの大幅リニューアルがない限り、この動画は公開され続けるだろう。


 認知症の奥さんは、隣県の新聞記事で書かれていた状態(平成26年-秋-(13)平成26年-秋-(14) 参照)よりは、その約3か月後であろう、この動画の撮影時の状態の方が良さそうだが…

 おそらく、公共放送系のホームページ上の、認知症の家族会とのかかわりも紹介されている動画なので、以前の公共放送のテレビ番組の内容に沿うように、なんとか状態が良い時を選んで撮影したから、そのように見えるのだろう。


 次の記事に続きます…



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平成27年-夏
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