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2018/03/30.Fri

平成27年-秋-(28) 特養を退去

 11月中旬の次の面会で、俺と母親が、父親が入院している総合病院の病室に着いた時、父親はベッド上で、少し横向きの仰向けになっていて、ベッドの周りの張り紙からすると、この日の午前中に(全介助で)入浴したらしい。

 足から点滴中なのは、父親の手や腕が、入院してから何度も点滴の針を刺されて、刺すところが無くなってきたからだろう。

 それ以前に、手も腕も足も関節の拘縮があるので、点滴の針を刺す場所が限られてしまうらしい。

 看護師に父親の現状を聞くと、食事は昼だけ(ジェルくらいのやわらかいもの)で、全部を食べられない時もあるが、特にムセはなく、37度台前半の微熱があるものの、大きな問題は無さそう、とのことだった。


 その次の面会では、俺と母親が父親のいる6人部屋の病室に入ると、父親はベッドで仰向けになったまま、PT(理学療法士)のリハビリ(マッサージ)を受けていた。

 父親の足は、このリハビリを受ける前よりは、伸びるようになっている。

 脇の下にピッタリくっついたままのようになっていた腕も、そこまで窮屈ではなくなってきた。

 父親は午前中に(全介助の)シャワーだったようで、入浴やシャワーの後は顔周りなどがきれいになり、それはいいのだが、洗濯物が多く出るので、持ち帰るのがしんどい。

 頭の下(枕の上)にアイスノンのようなものが敷いてあるが、父親は熱っぽい感じではなく、頭を自分で上げようとするくらい元気だった。

 この日は手から点滴中で、手の甲のあちこちにある点滴あざ(点滴の針を刺したところに残る内出血)を見ると、俺も母親も、つらい…


 11月中旬の、父親との面会に行かなかった日の俺は、父親が入居していた特養(特別養護老人ホーム)に行った。

 父親が、一時的だとしても特養を退去することになり(平成27年-秋-(25) 参照)、父親の私物を引き取る必要があったからだ。

 俺が事前に電話してから特養に行くと、受付のところに、すでに父親の私物が手押し台車の上にまとめて置かれていて、その台車で、特養の駐車場に停めていた自家用車のところまで運んで、台車の上の物を自家用車に積んで、台車を返してから帰宅したが…

 家で整理しながら確認すると、足りない物があったり、別の入居者の物が混じっていたりしたので、その対応で、また特養に行った。

 二度手間になったが、この2回目の際に、父親が経管栄養や胃ろうをせずに退院しても、また特養は受け入れてくれると確認できたことは、よかった。



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平成27年-秋
2018/03/28.Wed

平成27年-秋-(27)

 …前(下)の記事~平成27年-秋-(26) ~の続きです。

 父親に胃ろうで栄養を取ってもらうことについては、俺は様々なことを調べ、考え、そして母親と相談してきた。

 胃ろうなどの経管栄養にすれば、栄養は取れるだろうし、食べ物や飲み物を誤嚥する(食べ物や飲み物が気管に入る)ことはなくなるが、生きている限り出続ける痰やツバ(唾液)を誤嚥するリスクは残る。

 先日の嚥下内視鏡検査からすると父親は、そのリスクが高いようだ(平成27年-秋-(24) 参照)。

 アルツハイマー病のような病気の場合、飲み込みの力が衰えていくのは、止められない…

 胃ろうで栄養を取れて延命できても、胃ろうで口から飲んだり食べたりしなくなることによって飲み込みの力はさらに衰えて、痰やツバの誤嚥で苦しみ続ける可能性が高い。

 俺と母親は、父親が痰やツバの誤嚥で苦しみ続けることは望まないと思うし、そのような苦しむ姿を見たくない。

 だから、この時の俺は担当医師に、「胃ろうはしない方向で。また、少し発熱があっても、少ししか食べられなくても…

 特養が(特養の判断で)受け入れてくれる状態になったら、できるだけ早く(父親に)特養に戻ってもらい、徐々に食べられなくなって看取りに近づいていくとしても、それを受け止めます」とだけ答えた。

 担当医師は、「どうして胃ろうにしないんだ?」と言いたそうな、少し不満そうな表情でカンファレンスルームを出て行った。


 俺と母親が父親のところに戻ると、PT(理学療法士)らしい人がいて、父親のリハビリ(マッサージ)をしていた。

 平日に毎日、少しずつやってくれるそうだ。

 リハビリ後の父親は、目を大きめに開けたり、口を動かしたり、少し元気になったように見えた。



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平成27年-秋
2018/03/26.Mon

平成27年-秋-(26) 胃ろうにするべきか

 平成27年(2015年)11月中旬の週末、フランスで大きなテロが起きた日、俺と母親は(俺の)弟と一緒に、父親が入院している総合病院に行った(平成27年-秋-(22) 参照)。

 父親は高齢者病棟の病室のベッドで、少し横向きの仰向けになっていて、やはり足が窮屈そうに曲がっているが、もう顔の赤みや腫れは、ないようだ。

 点滴中で、目は開いているがぼんやりしている感じで、頭の下(枕の上)にアイスノンのようなものはない。

 弟が父親に声をかけている間、母親は洗濯物にかかわることをして、俺はシェーバーを、家で水洗い・充電をしてきたものと交換した(平成27年-秋-(24) 参照)。

 俺が病院の看護師に父親の現状を聞くと、熱は下がり、少量だが口から食べているそうで、また、尿取りパッドが少なくなったので持ってきてほしいと言われた。

 俺と母親と弟は、しばらく病室にいて、その間は父親にラジオを聞いてもらい、そして、声をかけてから帰った。


 その次の面会では、いつもの洗濯した父親の衣類やタオルの他に、在宅介護の頃から未開封で家に残っていた最後の尿取りパッドを病院に持ってきた。

 今度足りなくなったら、ドラッグストアなどで買わなければならない…

 父親は病室のベッドで少し横向きの仰向けになっていて、眠そうで、顔には目ヤニと鼻クソがついていて、首回りや枕も毛クズや鼻クソでけっこう汚れていた。

 俺は、お湯で絞ったタオルで、父親の顔や首回りをやさしく拭いた。

 この日はカンファレンスルームで、父親の担当医師、看護師、俺、母親の4人での話し合いがあった。

 医師によると、父親の入院の原因となった皮膚細菌感染症は治ったようだが、高熱ではないものの原因不明の発熱があり、また、特養に戻れるほど口から食べられるようになっていないので…

 発熱の原因を突き止めて発熱しないようになって、ある程度は食べられるようになるまでは、父親は退院できないそうだ。

 そして経管栄養、つまり胃ろうにすれば早く退院できるが、どうするか、と俺と母親に聞いてきた。


 次の記事に続きます…



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平成27年-秋
2018/03/24.Sat

平成27年-秋-(25) 母親の動揺

 …前(下)の記事~平成27年-秋-(24) ~の続きです。

 俺は頭を切り替え、自分が父親のために今できることは何か、を考えることに集中した。

 父親の飲み込みの悪さの原因の一つに首の硬さがあるようだ、と検査した医師から言われたし、足の関節の拘縮がひどくなってきた父親の姿を見てもいるので…

 俺は、検査で疲れたように見える父親に声をかけてから、帰り際にナースステーションに立ち寄り、父親が特養で受けていた身体リハビリや訪問マッサージと同じようなことを、特に首や足について、病院のリハビリでやってほしいと頼んだ。

 それを聞いた看護師は、「(父親の)担当医師に伝えます」と答えた。


 俺は帰宅すると、嚥下内視鏡検査の医師の説明の中に父親の退院時期にかかわるものがあったので、特養に電話して、生活相談員さんにそのことを伝えると、「あと3~4週間は入院ということであれば、特養を一度、退去してもらうことになります」と言われた。

 特養の入居を待っている人は多いし、特養の運営・経営の点からも、長く部屋を空けておくことはできないらしい。

 とはいえ、父親のように、もう在宅介護に戻れないことが明らかな人については、退院したらショートステイのロングステイなどで(特養を含む介護)施設に戻れて、特養の部屋に空きが出たら優先的に入居できる、とのこと。


 この日、父親の看取りが近いと言われたり、父親がすぐに胃ろうになるかのように説明されたりして(病院にいた時からずっと)動揺していた母親が、夜に複数の親戚に電話して、父親が危篤状態であるかのように話してしまい…

 その中の一部の親戚が、「今すぐ病院に面会に行く!」と騒ぎ出し、母親はさらに動揺してしまった。

 俺は母親をおちつかせながら、その親戚に電話して父親の現状を正確に・丁寧に話したら、ようやく興奮を鎮めてくれて、親戚の面会はしばらく父親の様子を見てから、ということになった。

 俺は、疲れた…



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平成27年-秋
2018/03/22.Thu

平成27年-秋-(24) 嚥下内視鏡検査

 11月中旬に入り、父親の嚥下(えんげ)内視鏡検査の日に、俺と母親が病院に行くと…

 父親は病室のベッドで、少し横向きの仰向けで寝ていて、足がだいぶ窮屈に曲がっていた。

 入院によって特養でのリハビリや訪問マッサージが受けられなくなり、関節の拘縮がまた強くなってきたようだ。

 ベッドに「絶食」という札が掛けられているということは、前回の面会後から、ずっと点滴だけだったのかもしれない。

 目ヤニは多くないし、ベッド横の大きめのバケツの中に洗濯物がいっぱいあったから、昨日か今日の午前中に入浴があったと思われる。

 すぐに母親が、その多い洗濯物をゴミ袋ごとバケツから出して、大きな紙袋に入れて中身が見えないよう持ち帰れるようにして、俺が新しいゴミ袋をバケツにセットした。

 俺は、家で俺のシェーバーをハンドソープを使って水洗いし、シェーバーオイルをつけるなどしてから、この日に病院に持ってきて、父親のシェーバーを一時的に家に持ち帰って水洗いなどをしてくることにした。

 病院でもシェーバーのブラシでの掃除はできるが、特養と違い、ハンドソープを使って水洗いしたり、乾かしておいたりが難しいので、このような持ち帰る形にするしかなかった。


 嚥下内視鏡検査をする医師が、看護師二人と来室した(後で思ったのだが、看護師二人のうちの一人は言語聴覚士だったかもしれない)。

 この医師は、この総合病院の、飲み込み検査が必要な全ての入院患者の検査をしてきているそうだ。

 その医師は、父親の鼻の穴から内視鏡を入れて、モニターで父親の喉のあたりを見ながら看護師に指示を出し、看護師の一人は検査装置を操作して、もう一人はヨーグルト状の物、ジャム状の物、おかゆ、と父親に食べさせた。

 父親は少し苦しそうで、それを見ていた俺と母親は、つらかった。


 検査が終わり、その医師が俺と母親に結果を説明した内容は…

 ヨーグルトくらい以上のしっかりした物なら、飲み込む力は残っていて、アルツハイマー病になってだいぶ年数(確定診断から14年半、発症からは16年半以上)が経っているのに、これだけ飲み込み能力が残っているのは、信じられない。

 逆に言えば、ヨーグルト状より水っぽいものは無理で、唾液が気管に入りかかっているようにも見える。

 首が硬いことも、飲み込みを悪くしている大きな要因かもしれない。

 3~4週間かけて徐々に食事の量を増やしていって、それなりに食べられるようになれば特養に戻れるが、その間に高い発熱などあれば誤嚥性肺炎の可能性が高いので、2~3週間後にまた検査する予定だが、胃ろうになるだろう。


 そう言うと、医師は同室の他の患者のベッドに行き、同じような検査を始めた。

 俺は、検査した医師の「信じられない」という言葉に、違和感を覚えていた。

 父親本人と周囲の人たちが、できるだけ口から飲もう・食べよう、飲ませよう・食べさせようと努力してきたから、飲み込み能力が残っているのだ。

 個人差などはあるだろうが、いわば「努力に見合った結果」であって、父親以外の人にも充分にあり得ることだから、意外そうに「信じられない」と言われるのは、何か違う気がした。

 しかし、俺はあることに思い至り、違和感が寒気(さむけ)に変わった。

 この病院では、いや、この地域では、飲み込みの力が少し落ちただけで、まだ充分に口から飲んだり食べたりできても、早々に胃ろうなどの経管栄養にされてしまっているのではないか?

 経管栄養にすると、飲み込みという身体の機能を使わなくなる分、飲み込みの力はより早く衰えてしまう。

 だとすれば、父親のことを「信じられない」という言葉が理解しやすいし、この日の検査医師と、先日の父親の担当医師が「胃ろう」という言葉を複数回、軽く使っていたことと整合性が取れてもいる…

 父親と特養で同室だった、コミュニケーションが取れる等それなりにしっかりしているのに胃ろうで寝たきりの男性入居者や、脳梗塞で倒れてほどなく鼻からの経管栄養、そして胃ろうになってしまった母方の祖母のことにも、つながる気がした。


 次の記事に続きます…



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平成27年-秋
2018/03/20.Tue

平成27年-秋-(23) 看取りの説明

 父親が入院して6日目の午後、俺と母親が、父親が入院している総合病院の病室に行くと…

 父親はベッド上で、上半身を少し高くされた仰向けで寝ていた。

 点滴中で、頭の下(枕の上)にはアイスノンのようなものがあり、口の周りが汚れていて、目ヤニが多く、全体的に少し苦しそうに見えた。

 看護師が来て、俺と母親に、カンファレンスルームで担当医師の説明があると言った。


 すぐに俺と母親がそこに行くと、担当医師は、父親の現状について次のように話した。

 皮膚細菌感染症はよくなってきていたが、一昨日あたりからまた熱が出て、誤嚥性肺炎の可能性があるので、抗生剤を皮膚細菌感染症だけでなく肺炎にも対応しているタイプに変更した。

 絶食して点滴だけに戻す可能性があり、また、3日後に嚥下(えんげ)内視鏡検査を実施する予定。

 だいぶ認知症が進行しているので、今後、経口摂取が困難になって胃ろうにすることが考えられ、また、看取りの時期が迫っていると思ってほしい。

 退院の見通しは立たない。


 俺と母親は父親のところに戻り、俺は、そっと父親の口周りを拭き、できるだけ目ヤニも拭き取ってから、家から洗濯して持ってきた衣類やバスタオル5枚などをベッド横の棚に入れた。

 母親は、父親の看取りが近いという担当医師の話を聞いてから、動揺していた。

 俺は、納得できない、理解できないことが多すぎて、混乱していた。

 父親の看取りが近いとしても、その大きな要因は「若年性アルツハイマー」の進行である。

 看取りが近いと言っているこの医師は、確かに特養に往診に来ていて、父親を何度も診ているのだろうが、あくまでも「内科」の往診をしている泌尿器科が専門の医師である。

 父親の若年性アルツハイマーを往診しに特養に来ていた別の病院の精神科医師と連絡を取り合っている様子・気配は、全く無い。

 この総合病院に精神科は無く、認知症に対応している・できるのは神経内科だけで、そこの医師が、俺の父親と若年性アルツハイマーをよくわかっていて「看取りが近い」と判断した、という説明なら、俺は最低限の納得はできるが…

 すぐ近くにいるはずの神経内科の医師が俺と母親に説明に来ることは無く、担当医師が神経内科の医師と連携している気配すら無かった。

 このような状況で、泌尿器科の医師に「認知症(若年性アルツハイマー)の進行によって、看取りが近い」と言われても、俺は訳がわからない…

 また担当医師が、胃ろうについて、メリットやデメリットを含めて詳しい説明をすることなく、「胃ろう」という言葉を何度も、軽く使っていたことも気になった。



 その次の日、俺はディーラーに行って、自家用車のタイヤを冬タイヤに交換してもらった。

 予約なしだったが、タイヤ交換で混み合う時期より少し前だったからだろう、やってもらえた。

 前日の担当医師の話を全て信じた訳ではないが、ここしばらく何があるかわからないから、早めに交換しておきたかった。


 母親は、父親の急な入院と前日の担当医師の話のせいだろう、精神的におちつかず、風邪気味でもあったので、いつもの高血圧などの定期検診を兼ねて、かかりつけの内科医院を受診した…



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平成27年-秋
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