FC2ブログ
2018/04/30.Mon

平成27~28年-冬-(12) 精神科の薬は中止

 12月中旬の、その次の面会では…

 俺と母親が父親の部屋に行くと、父親はベッドでやや横向きの仰向けになっていて、手からの点滴中だった。

 布団と服から出ている手や腕を見ると、相変わらず点滴あざが目立つ…

 ベッド近くの部屋の壁に、前回はなかった「体位変換スケジュール表」が貼ってあり、父親がほとんど寝たきり状態であることを、はっきりと示していた。

 父親は時々、うなったり咳をしたりしたが、前回よりは元気そうに見えた。


 精神科の医師が(特養を含む介護)施設の看護師さんと、往診で来室した。

 父親を見た医師は、俺と母親に、「こういう状態なので、精神科の薬は中止します」と言った。

 だいぶ弱っているので、精神薬をやめても異常行動などが出るとは思えず、精神薬の副作用で、さらに弱らせている可能性もあるから、ということらしい。

 総合病院に感染症で入院する前、入院中と飲み続けていた精神薬(平成26年-秋-(9) 参照)はなくなり、飲み薬は下剤だけになった。

 とはいえ、このような(弱った)状態になったのは入院中であって、この精神科の医師と、父親が入院していた(精神科の医師が普段いる病院とは別の)総合病院の泌尿器科が専門の担当医師と入院中に連絡を取り合っていたら、精神薬をやめていたはずだ。

 やめなかったのだから、入院中は連絡を取り合っていなかったことになる。

 それはそれとして、精神薬には身体の動きや働きを悪くしたり、元気がなくなったりする副作用があるので、精神薬を飲まなくなることによって、父親の元気や食べる力、意欲が出てくるのでは、という希望が持てた。


 往診が終わって医師たちが退室した後、久しぶりに俺はポータブルDVDプレーヤーを使って、歌謡曲番組を父親に見せて・聞かせてみたら、少しだが反応があったように見えた。

 父親の手の爪の一つが尖っていたので、俺は家から持ってきていた爪切りでそこを切って整えたが、父親の手が震えるし、その手を強く掴む訳にもいかないので、大変だった。


 さっきと違う看護師さんが来室して、家族に話があるというので、俺と母親は部屋の前の廊下で聞いた。

 今の父親は、ほんのちょっとしか(口から)食べられず、栄養を考えてもう少し口に入れても、ちゃんと飲みこめなくて食後に痰の吸引器で吸引せざるを得ず、そうすると父親はとても苦しそうなので…

 内科の往診医師からの指示で、点滴を一日に2本、食べさせるのは数口のジュースゼリーだけにしたいのだが、家族はそれでよいか、という話だった。

 俺は父親を苦しませたくないので、点滴についてと「数口だけ」は了承したが、同じ“甘いものを数口だけ”ならジュースゼリーでなく、エンシュアのような高カロリー・高栄養の液体にトロミ付けしたもの、にしてほしいと頼んだ。

 看護師さんは、エンシュアの件は医師の往診日に医師の了承を得なければならないので、すぐには無理だが、なんとか実現したいと言ってから、その場を離れた。


 数口しか食べられないようでは、父親を近いうちに看取ることになるかもしれない、と俺は思った。

 その一方で俺は、認知症の人の飲食について精神病院で言われたこと(平成21年-春-(14)平成27~28年-冬-(2) 参照)が正しいならば…

 ジュースゼリーをエンシュアに切り替えることによって、父親の食べる量が徐々に増えて、看取りが遠のくかもしれない、とも思った。

 とはいえ、父親を近いうちに看取る場合に備えて、できる準備はしなければならないのだろう…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成27~28年-冬
2018/04/27.Fri

平成27~28年-冬-(11) 看取りファイル

 12月中旬の次の面会は…

 俺と母親は父親に会う前に、(特養を含む介護)施設の特養の手前にあるホールで、忘年会の準備をしていた特養の生活相談員さんに会ったので、看取りについての同意書に記名捺印したものを渡した(平成27~28年-冬-(9) 参照)。

 今の父親は忘年会に参加できる状態ではないし、父親が参加しないのに俺と母親だけが参加するのもおかしいので、先日、3人とも不参加の旨を生活相談員さんに伝えていた。


 俺と母親が、特養の父親の部屋(個室)に行くと、父親はベッドで、相変わらず関節の拘縮はあるものの、ほぼ仰向けになっていて、布団が掛けられていた。

 ほぼ寝たきりなのだから、ずっとパジャマ姿でもおかしくないのだが、この特養では、本人の体調などが許せば、日中は長袖シャツやスエットパンツ(中は下着シャツと紙オムツ)にしてくれる。

 朝にパジャマから日中の部屋着へ、夜の寝る前にパジャマ姿になることだけでも、生活のメリハリや意欲が出てくるという考え方らしく、それには俺も賛成だし、ありがたいと思っている。

 父親は全体的に元気がなくて、時々、咳をしたり、胸の上にある手が震えたりした。

 父親の目ヤニが多くて、俺は拭こうと思ったが、今の父親にはそれすらも負担が大きそうなので、やめた…

 部屋の棚の上に「看取りファイル」が置いてあり、これまでの生活記録よりさらに細かく、父親の状態と父親への対応が専用の書式(用紙)に書き込まれ、ファイルに綴じられ、この部屋で情報が共有されるようにする物らしい。


 介護スタッフさんが来室して、家族に伝えたいことがあるというので、俺と母親は部屋の前の廊下で聞いた。

 父親の抜けた奥歯は、排泄した便の中から出てきた、とのこと(平成27~28年-冬-(9) 参照)。

 また、入院する前まで父親に訪問マッサージをしてくれていた会社から特養に電話があって、今の父親にとって「マッサージは、効果より負担の方が大きそうなので、控えたい」と言われたそうだ。

 奥歯の件は、ちゃんと飲みこまれて、気管や肺に行かずに、食道・胃・腸へと進んで出てきたということだから、俺と母親は安心したが…

 訪問マッサージの方は、父親の関節の拘縮が苦しそうなくらいに戻って(また強く・悪くなって)いるので再開してほしかったけれども、負担が大きいということなので、控えたいという意向を受け入れるしかなかった。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成27~28年-冬
2018/04/25.Wed

平成27~28年-冬-(10) 数日分の生活記録

 12月中旬の父親に会いに行かなかった日の俺は、まだ耳鳴りが時々出ているのに、それを抑える薬が少なくなってきたので、耳鼻咽喉科医院を受診した。

 医師は、「薬も、現在の飲み方も、これまで通り続けるように」と俺に言った。


 父親が入居している特養から、父親の先月分の請求書と生活記録が届いた。

 請求書は特養の分と、提携しているからか、入院していた総合病院の分と両方の11月分で、まとめて同じ口座から引き落とされるらしい。

 一日あたりで比較してみると、特養より病院の方がずっと低額で、父親は11月初めに入院したから、特養からの請求は月初めの数日分だけ、残りの日数は全て病院からの請求なので、10月分までの一か月全てが特養の請求に比べると、だいぶ少なかった。

 経済的には助かるが、病院の方がケア(介護)や見守りという点でずっと劣ることが、特養より病院がずっと低額であることの大きな要因だとすれば、喜べない…

 介護と医療の両方で、かかるお金を減らせる制度の多くを使っていて、その制度によって医療の方がより多く減らせている、ということもあるかもしれないが。

 生活記録は特養の分だけで、11月初めの数日分だから、10月分までと比べると書かれている量は少なかったものの…

 父親が弱って入院するまでの様子が詳しく書かれていて、それは家族が知りたかったことなのでありがたいのだが、読むのはつらかった。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成27~28年-冬
2018/04/23.Mon

平成27~28年-冬-(9) 奥歯、看取りの書類

 父親が退院した日の3日後の午前中、俺と母親が、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)に行くと…

 父親が共同スペースにいなかったので、部屋に移動したら、父親はベッドで上半身を少し起こされた姿勢で、苦しそうにうなったり咳込んだりしていた。

 歯科衛生士さんがいて、父親の口の中に指を入れている。

 すぐに(特養を含む介護)施設の看護師さんが来て、痰の吸引器を使って父親の口の中・奥から痰やツバを吸い取ったのだが、吸引チューブをを通過したそれは、だいぶ赤くなっていた。

 父親が少しおちつき、看護師さんは退室し、歯科衛生士さんは父親の口の中から自分の指を出しながら口の中を見て、何かを確認してから、俺と母親に向かって説明を始めた。

 俺と母親が来る少し前、父親は総合病院の入院から戻ってきて最初の口腔ケアを受けていたのだが、歯科衛生士さんが歯の状態をチェックするために父親の奥歯を触ると、グラグラして、あっという間に抜けて口の奥に行ってしまい…

 抜けた歯茎のところからの出血が多くて、すぐに指で押さえて止めたが、それでも口の中に血が溜まってしまい、ベッド近くのナースコールボタンで看護師さんを呼んだ、という事情だった。

 歯科衛生士さんは、「(俺の父親の奥歯が抜けたところからの)出血は止まったようですし、抜けた奥歯は飲みこまれて食道・胃の方へと行ったと思いますが…

 今日の内に、歯が抜けた部分(歯ぐき)は歯科医の先生に処置してもらい、抜けた奥歯については、肺に行っていると大変なので、念のために肺のレントゲンを撮ってもらいます」と言って、他の入居者さんの口腔ケアに向かった。

 その後も数回、歯科衛生士さんは父親のところに来て、口の中をチェックした。


 退院して間もなく、すぐに抜けたということから考えると、入院中からグラグラしていたはずだ。

 入院中に父親の前歯の差し歯が外れた出来事(平成27~28年-冬-(3)平成27~28年-冬-(4) 参照)の後、病院は反省して、同じことが起きないように父親の(他の)歯をしっかりチェックしてくれていると俺は思ったが、そんなことはなかったようだ。

 チェックして気づいていたが、家族や特養に連絡するのを忘れていたのか…


 父親は時々、痰が絡むような咳をして涙を流すので、その度に俺は父親の涙を拭いたが、咳がひどくなってきたので、看護師さんに来てもらうと、また痰の吸引をした。

 今度の吸引物は、ほとんど赤くなかったし、ほどなく父親はおちつき、そして眠ってしまった。

 俺と母親が、介護スタッフさんに父親が眠ってしまったことを伝えつつ後のことを頼み、帰ろうとしたら…

 施設の受付の近くで特養の相談員さんに声をかけられ、応接室に案内された。

 俺の父親は、食べる量も少なく、毎日ではないが点滴も必要であり、往診している、入院中も俺の父親を担当していた医師の判断が、「もう看取りが近い状態、終末期」なので…

 この特養の看取りの方針や具体的な対応をまとめた書類を渡すので、家で、それを読んで、同意書に記名捺印をして、相談員さんのところにに持ってきてほしいとのことだった。


 同じ日の夕方、特養の相談員さんから家に電話があり、歯科医師に父親の奥歯が抜けたところを診てもらったそうで…

 また、(特養を含む介護)施設の近くの内科医院で父親の肺レントゲンをやってもらったら、気管や肺に奥歯らしき物はなくて、食道・胃・腸へと行ったようで、父親が排泄した便のチェックを毎回しながら、胃腸のレントゲンを検討するとのことだった。

 それを聞いた俺と母親は、とりあえず安心した。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成27~28年-冬
2018/04/20.Fri

平成27~28年-冬-(8) 退院

 父親が退院した日は雨が降り、肌寒かった。

 午前中に俺と母親が、父親が戻ってくる特養(特別養護老人ホーム)に行くと、介護スタッフさんに、入院前の二人部屋ではなく、同じブロックの個室に案内された。

 この個室は、二人部屋になる前の個室とは別である。

 俺は、父親が総合病院から戻ってきても、しばらくは特養と同じ施設のショートステイの部屋になることを覚悟していたが(平成27年-秋-(25) 参照)、特養の、しかも父親が入居していたブロックの個室が、少し前に空いたらしい。

 その部屋の入ると、棚の上には痰の吸引器があり、介護ベッドは、しっかりベッドメーキングされていた。

 俺と母親は、特養から一度引き取った父親の私物、衣類やコップなどを、その部屋の押入の中にしまったり、棚や洗面台に置いたりして、父親が戻ってきたら、すぐに以前のように生活できるようにした。

 昼少し前、施設の福祉車両で父親が病院から戻ってきて、俺と母親は玄関で、施設の看護師さんと一緒に父親を迎え入れた。

 父親は、寝たきりの人が使うようながっしりしたリクライニング車椅子に座っていて、顔は汚れており、防寒のために帽子を被らされていたからだろうか、髪がピタッとくっついてしまっていて、足は窮屈そうに曲がったままになっていたが…

 それでも、うれしそうな、ホッとしたような顔をした。

 やはり父親のいるべき場所は、あの総合病院ではなく、この特養なのだと俺と母親は思った。

 看護師さんが父親の車椅子を押して、俺と母親が病院から運ばれてきた荷物を持って、特養の共同スペースに移動した。

 俺は、この移動中に看護師さんに、父親の口腔ケアと訪問マッサージを早めに再開してほしいと頼んだが、医師の同意書が必要なので、すぐには難しいということだった。

 その看護師さんが共同スペースを離れた後、俺と母親は介護スタッフさんにことわって、昼食前のわずかな時間だったが、父親を車椅子に乗せたまま、新しい部屋へ連れて行った。

 久しぶりにポータブルDVDプレーヤーを使って、歌謡曲番組のDVDを父親に見せた。

 俺は、父親の汚れていた顔を、お湯で絞ったタオルで拭いた。

 父親の昼食に時間が近づいたので、俺と母親は、父親を共同スペースに移動させて、元気そうに声を出す父親に話しかけてから特養を離れた。

 帰りがけに施設の受付のところで俺は、特養の生活相談員さんから、俺の父親が「このまま看取りになるかも」と言われたが、父親が元気そうに声を出していたことを思うと、ピンとこなかった。


 その日の夜、特養の介護スタッフさんから家に電話があり、父親が食事の際に、なかなか口を開けてくれないので、注射器のようなものを使って食べ物を口の中に入れてよいか、という問い合わせだった。

 「本人が嫌がらず、施設の看護師さんなども、それで大丈夫と言っているのなら、かまいません」と俺は答えた。

 父親の夕食はどうだったか聞くと、ムセもうなり声も少なく、おかゆとジュースゼリーを8割くらい食べたそうだ。

 もっと多くの味と栄養のあるものを食べさせてほしいが、医師の指示で、おかゆとゼリー(平成27~28年-冬-(2) 参照)のままらしい…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成27~28年-冬
2018/04/18.Wed

平成27~28年-冬-(7) 退院前日

 12月中旬に入った頃、俺の住む地域では、冷たい雨が降った。

 俺と母親が、父親が入院している総合病院の病室に行くと、父親はベッドで、いびきをかいて眠っていた。

 点滴中で、顔、特に口周りが少し汚れていて、ヒゲも伸びていた。

 すると、病院スタッフが父親のところに来て、電気シェーバーで父親のヒゲのシェービングだけをして、出て行った。

 シェービングが始まる頃から少し目が覚めた感じになっていた父親が、うなり出したので、俺はシェービングされた(だけの)ところがピリピリしているからではないかと思って…

 お湯で絞ったタオルでシェービングされたところを蒸らし、それから顔全体をそっと拭いたら、父親はおちついた。

 その直後、俺の携帯電話が鳴り、慌てて父親の病室のある階の廊下の端に行って電話に出ると、父親が入居していた特養(特別養護老人ホーム)の生活相談員さんからで…

 俺の父親の退院が、急だが明日の午前中になり、特養のスタッフさんが病院に迎えに行くとのことで、家族は特養で父親が戻るのを待つことになった。

 しかし、この日に病院に来てからしばらく経ち、看護師など何人かの病院の人と挨拶などもしているのに、病院の人からは退院の話が一切なくて、特養から先に退院の連絡があるって、どういうことだ?

 俺はナースステーションに行き、そこにいた看護師に父親の退院のことを聞いたら、「知りません」と言われた。

 少し間を置いて、別の看護師に確認したら、明日の退院で間違いないそうだ。

 この病院は本当に、スタッフ同士の意思の疎通が不足しているようで、スタッフによって発言が違ったり、話が伝わっていなかったりということは、今回だけでなく入院中に何度もあった。

 それはともかく、俺と母親は、明日の特養スタッフさんの負担を少しでも減らそうと、この日のうちに病院から持ち帰っていい父親の私物をまとめて、父親に声をかけてから…

 ナースステーションに行き、「明日の退院は特養のスタッフさんに任せて、自分たちは来ないので、お世話になりました」と形式的な挨拶をしてから、まとめた父親の私物を持って家に帰った。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成27~28年-冬
 | HOME | Next »