FC2ブログ
2018/08/31.Fri

平成28年-夏-(6) 採用試験

 平成28年(2016年)の6月下旬、俺の住む地域は、ムシムシしたり強い雨が降ったりという、梅雨らしい日が多かった。


 母親が、かかりつけの内科医院の医師に、大きな病院で心臓を診てもらうように言われたので(平成28年-夏-(4) 参照)、その病院に俺が自家用車で送迎して、母親は精密検査と診察を受けた。

 検査は2回に分けて行われ、また、その結果を後日に聞かなければならなくて、結局3回、その病院に行った。

 結果としては、少し問題はあったが特に治療などは必要なく、かかりつけの内科医院で経過観察ということで、「重い心臓病の可能性があるかも」と思っていた母親と俺は、ホッとした。


 俺は、ハローワークで応募した、駅前にある個別指導塾・家庭教師派遣の事業所の教室兼事務所で採用試験を受けた(平成28年-夏-(4) 参照)。

 高一程度の英・数、中学程度の国・理・社の学力を見る筆記試験は、英語で点数を稼いで、合格ラインを超える点数を取れた。

 その後で面接があり、ハローワークの求人票によると採用・不採用の連絡は数日後のはずだったが、この場で採用が決まった。

 俺はTOEICスコアがわかる書類を持って行ったが、筆記試験の結果が全てということだろうか、その書類の提示を求められることは無かった。

 この仕事で俺が一番気になっていたのは、自家用車で通勤できるものの、駐車場は自己確保しなければならないという点だ。

 家庭教師の方は、ここは地方なので、職場となる生徒さんの自宅には複数台を駐車できる駐車場がある可能性が高く、そこに自家用車で行って駐車できるだろう。

 しかし、駅前のビルの中にある個別指導塾の教室で、講師として働く方は…

 ここで毎日のように授業をする講師なら、近くの月極め駐車場の1台分を借りてしまった方が便利で、一日あたりでは多くない駐車手当でもなんとか賄えそうだが、両親のことがある俺には、そのような働き方はできない。

 教室で働く時だけ、コインパーキングに停めるしかないのだが、地方とはいえ県庁所在地である市の主要駅の前なので、教室の近くのコインパーキングは、この採用試験のために駐車したところもそうだが、料金が割高で、それでもすぐに埋まってしまう。

 割安な料金で確実に駐車できるコインパーキングとなると、教室から離れたところになってしまい、そこから教室まで歩くのは、腰痛と坐骨神経痛がある俺には、きつい。

 しかし、この事業所長でもある面接官の話では、最初は駅前の教室で指導してもらう可能性が高いが、徐々に家庭教師メインで働くようにもできる、ということで…

 また、俺が両親のことで大変であることにも配慮してくれるとのことだったので、俺はここで働くことに決めた。


 その後、6月下旬のうちに研修があり、最初の授業・指導もあった。

 研修の前に、俺は衣料量販店で新しい服を買わなければならなかった。

 スーツで働けるのなら、古いとはいえ持っている物でなんとかなったのだが、個別指導塾・家庭教師派遣の事業所の所長から、「講師がスーツ姿では授業が堅苦しくなるなどデメリットの方が大きいから、ラフではない私服で授業・指導するように」と言われて…

 俺はそのような私服をほとんど持っていなかったので、新しく買うしかなく、このような給料が出る前の出費は、痛い。


 俺が担当することになった一人目の生徒は進学校の高校生で、最初の授業は駅前の個別指導塾の教室で行なったが、TOEIC英語とは違う高校英語・受験英語に俺は戸惑うこともあった。

 また、この個別指導塾・家庭教師派遣の事業所の方針として、生徒さんの学校の教材を使って指導することになっていて、丁寧に指導するためには講師もできるだけそれらの教材を自前で購入する必要があり、それも、給料が出る前の痛い出費だった…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成28年-夏
2018/08/29.Wed

平成28年-夏-(5) 弟一家の面会

 6月中旬に俺と母親は、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)に4回ほど行った。

 今年も全ての居室の窓に、夏の日差しが直接当たらないように、特養の屋根の庇に遮光カーテンが取付けられて、屋内は、日差しと暑さが抑えられて省エネにもなるようだが、晴れた昼でも少し暗い。

 俺と母親は、父親の部屋に入ると、まず父親に声をかけてから、部屋の中でついていたラジオのスイッチを切って、面会中は家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーを使って、演歌・歌謡曲番組を録画したDVDをかけた。

 父親は部屋のベッドで仰向けになっていることが多かったが、10:00頃の(トロミ付)コーヒーを介護スタッフさんに、ベッドの上半身部を少し高くされて、全介助で飲ませてもらっている日もあった。

 父親はベッド上で、関節の拘縮のために窮屈な姿勢でいることが多かった。

 身につけている衣類は、薄手の長袖シャツ、その中は夏向けの通気性のよいサーフシャツ、薄手のスエットパンツであることが多く、スエットパンツなどの中は紙オムツ+尿取りパッドか布オムツ+オムツカバーのどちらかだろう。

 また、薄手の靴下を履いていて、腹と足にタオルケットが掛けられていた。

 俺と母親は、いつものように「看取りファイル」を読んだり、父親のシェーバーをブラシで掃除したり、歯ブラシやコップを洗ったりして…

 父親の目ヤニが多い時はできるだけ拭き取ったり、父親が自分で首を強めにつかんでいた時は徐々に手を下へ動かしたり、手の爪が尖っていた時はそこを爪ヤスリで削ったりした。

 シェーバーをハンドソープで水洗いしたり、その洗面台に置いてあるハンドソープが少なくなったので交換したり、家から持ってきた父親の夏物・真夏物の衣類を収納の中の衣装ケースにしまい、入りきらなくなった春物を家に持ち帰ったりした日もあった。


 「父の日」でもあった日曜日の面会では、弟一家も特養に来て、父親に会った。

 父親は部屋のベッドで少し横向きの仰向けになっていて、弟の子供(父親にとっては孫)が父親に挨拶したら、父親はちょっと反応したように俺には見えた。

 この日は暑かったからか、特養の父親の部屋のエアコン(冷房)が少し強めで、その風が、ベッドで寝ている父親の顔に直接当たるせいか、父親が咳を数回した。

 介護スタッフさんが、大人の分の冷たいお茶と、子供の分のジュースを持ってきてくれた。

 その際、俺がスタッフさんにエアコンの風のことを話すと、父親の顔に風が直接当たらないように、エアコンの風向きを変えておいてくれるそうだ。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成28年-夏
2018/08/26.Sun

平成28年-夏-(4) Windows10

 平成28年(2016年)の6月中旬に入ると、俺の住む地域は、この年の初の真夏日になるなど、だいぶ暑くなってきたと思ったら、ほどなく梅雨入りして、雨が降った時は涼しかった。

 ノド痛と頭痛が残っていた俺の風邪は、それらの症状もなくなり、ようやく治ったようなので…

 ハローワークに行って、就職相談の窓口で、2つに絞っていた家庭教師・個別指導塾講師のパート求人の一つに、応募した(平成28年-夏-(1) 参照)。

 そこの事務所で一週間後に、面接と筆記試験(高一レベルの英・数、中学レベルの国・理・社)を受けることになった。


 帰宅した俺は、本当に久しぶりに履歴書を作り、スーツを収納から出した。

 筆記試験については、これまで勉強してきたので、ある程度の点数は取れると思うが、確実性を高めるために要点チェックに取りかかった。

 しかし、ここしばらく俺の勉強時間は減っていたので、不安もあった。

 両親のための時間や俺の風邪はやむを得ないことで、ある意味、想定内・計算内だったが…

 想定外・計算外だったのは、俺のパソコンを、マイクロソフト社が強引に、しつこくウィンドウズ10を使わせようとして、それをブロックするのにけっこう時間を取られたことだ。

 まず、今の俺に、ウィンドウズ10にバージョンアップする必要性は全く無い。

 それに加え、俺のパソコンは古く、メーカーのホームページを確認したら、俺のパソコン(の機種)はウィンドウズ10の動作保証がないので、仮にバージョンアップをしたいと思っても、(パソコンが正常に動かなくなるリスクが高いから)できない。

 マイクロソフト社からは何度も何度も、ウィンドウズ10にしろという通知が来るし、ウィンドウズ10へのバージョンアップにつながるウィンドウズ・アップデートを、バージョンアップに無関係の普段のパソコン使用で必要なアップデートに紛れ込ませてくるし…

 ちょっと油断すると、ウィンドウズ10関連のアップデートやウィンドウズ10へのバージョンアップを、自動的にされそうになるし…

 しかし、なんとか対処し続けて、ようやく、これまでのウィンドウズのバージョンで、おちついて使えるようになった。


 母親は、高血圧などの内科の症状で処方されている薬が少なくなってきたので、かかりつけの内科医院を受診したら…

 医師から、心臓に問題があるかもしれないので、念のために大きな病院で検査するように言われ、紹介状を渡されたそうだ。


 父親が入居している特養から、先月分の請求書や生活記録が届いた。

 5月の父親は時々、笑顔や発声・反応が見られた一方で、身体に力を入れすぎたり、不安定に動かしすぎたりということもあったが、全体的にはおちついていたようだ。

 特養主催のホールでのイベントには、だいたい行っていて、月3回くらいの歯科衛生士さんによる口腔ケアも受けられていた。

 この生活記録を第三者が読んだら、父親が「終末期」と診断されているとは思わないだろう…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成28年-夏
2018/08/24.Fri

平成28年-夏-(3) 訪問マッサージの再開へ

 6月上旬の次に面会した日、俺と母親は(特養を含む介護)施設に着いてすぐ、受付で特養の生活相談員さんに声をかけられた。

 父親は総合病院を退院してから関節の拘縮が強くなってしまったので、俺と母親が、リハビリと訪問マッサージの再開を希望し続けていた件だった(平成27~28年-冬-(11)平成28年-春-(16) など参照)。

 父親が元気になってきたこともあり、近日中に訪問マッサージ会社の人がこの施設に来て、俺の父親の状態を見て再開できそうだと判断したら、それを(相談員さんが)父親を往診している医師に伝える、ということを相談員さんは話した。

 訪問マッサージを受けるためには、マッサージが必要かつ受けられる身体の状態であることを示す(医師の)診断書が必要だからだろう。

 訪問マッサージの内容についての家族の希望を聞かれたので、俺と母親は、曲がらない腰ができるだけ曲がるように、窮屈に曲がったままのヒザがなるべく伸びるように、小さく縮こまっているような腕の関節が少しでもやわらかくなるように…

 また、硬い首回りと肩を飲み物・食べ物を飲みこみやすくなるように、マッサージしてもらえたら、と答えた。

 俺と母親が父親の部屋に行くと、父親はベッドで仰向けになっていて、眠そうだったが、目が覚めた感じになると、より動く方の手で首や胸のあたりをかいたり、身体を動かしたりした。

 この日は施設のホールで地域ボランティアの人たちによる歌謡コンサートがあるので、介護スタッフさん二人が来室して、その二人がかりで父親をベッドからリクライニング車椅子に移した。

 その二人のうちの一人のスタッフさんが、今日はホールまで車椅子を押してくれて、俺と母親はついて行った。

 コンサートは既に始まっており、ボランティアの歌手が歌っている壇を扇形に囲むように特養の入居者さんたち数十人がいて、その後ろに父親の座るリクライニング車椅子を固定してスタッフさんが立ち去ると…

 いつものように俺と母親は、父親の両脇にホール備品の椅子を出してきて座った。

 父親は、安全のためにリクライニング車椅子の座面も背もたれも大きめに後ろに傾けられていることもあってか、なんとなく天井を見ている感じだったが、時々、手を少し動かしたり小さい声を出したりした。


 その次の面会では、俺と母親が父親の部屋に入った時、父親は部屋のベッドに仰向けで、久しぶりに自分の手で首をしっかりつかんでいた。

 俺と母親は交替しながら、父親の首をつかんでいた手を徐々に首から離した。

 最初に父親の手を握った時は、強く握り返されて少し痛いくらいだったが、最初だけだったし、ある意味、元気ということだろう。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成28年-夏
2018/08/22.Wed

平成28年-夏-(2) サイドレール

 6月上旬も俺と母親が、父親(74歳)が入居している特養(特別養護老人ホーム)の部屋に行くと、窓が開いていて、外の少し涼しすぎる空気が入ってきていた。

 父親は上半身部を少し高くされたベッドで、介護スタッフさんから午前中の(トロミ付)コーヒーを全介助で飲ませてもらっていた。

 ほどなく終わり、スタッフさんは退室した。

 俺は、ついていたラジオを消して、面会中はポータブルDVDプレーヤーを使って歌謡曲番組DVDをかけた。

 母親は、家から持ってきたラジオ用の予備の乾電池は部屋の収納にしまい、BOXティッシュは今使われている物の隣に予備として置いた。

 介護スタッフさんが、この日の涼しすぎる気温に合わせてくれたのだろう、俺と母親の分の温かいお茶を持ってきてくれた。

 父親は、前日にヘアカットしてもらったようで、髪はスッキリしていた。

 父親は相変わらず横に傾きやすく、頭も傾きがちで上向きになる方の耳穴に髪切りクズが入りやすいので、いつものヘアカット後の最初の面会でやるように、俺が老眼鏡をかけて、LEDライト付き耳かきを使って、手早く父親の耳掃除をした。

 この日は嫌がられなかったので、ついでに専用シェーバーを使って耳毛・鼻毛シェーブもした。


 その次に面会した日は、風が弱くて少し暑かった。

 父親は部屋のベッドで強めの横向きで、関節の拘縮で窮屈に曲がっているヒザが、ベッドから少しはみ出していた。

 父親の身につけている物は、(着替えさせやすいように全前開きタイプの)七分袖の上着シャツ、その中は(着替えさせやすいようにサイズ大きめの)サーフシャツ、下はスエットパンツ、その中は紙オムツと尿取りパッドだろう。

 そして、靴下も履いていて、タオルケットが腹から足の範囲に掛けられていた。

 介護スタッフさんが、この日の少し暑い気温に合わせてくれたのだろう、俺と母親に冷たいお茶を持ってきてくれた。

 その際、俺がスタッフさんに、ベッドから少しはみ出している父親のヒザを見てもらいながら、「看取りファイル」に最近の父親が身体を動かすことが多いと書かれていることもあって…

 ベッドから転落しないよう、念のために、ベッドの上半身部だけでなく下半身部にもサイドレールを取付けてほしいと頼んだ。

 するとスタッフさんは、サイドレールで囲むようにしてしまうことも「拘束」になってしまうので、それはできないと言い、クッションを使って、父親のヒザがベッドからはみ出さないようにした。



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成28年-夏
2018/08/19.Sun

平成28年-夏-(1)

 平成28年(2016年)の6月上旬、俺(46歳)の住む地域は、最初の数日はだいぶ涼しかったが、その後は夏らしい暑さになった。


 母親(72歳)は、まだ歯の治療が終わらず、この6月上旬も1回受診し、その際、いつものように俺が自家用車で送迎した。


 俺は、手の皮膚の一部がひどく荒れてきたので、皮膚科医院を受診したら、塗り薬を処方された。

 6月上旬も俺はハローワークに行って、家庭教師か個別指導塾の講師のパート求人の中から2つに絞って(平成28年-春-(21) 参照)、窓口で相談しようとしたが…

 ノドが痛くなってきて、耳鳴りで通院している耳鼻咽喉科医院を受診したら、医師に風邪と診断され、風邪薬を処方されて、「なるべく身体を休めるように」とのことだった。

 暑くてもマスクをつけて、こまめにしっかり手洗いもして、父親との面会や母親の通院・買い物の送迎をするようにして、それらの時間以外は、なるべく身体を休めるようにした。


 この時期の、俺にとって最も大きなニュースは、俺の父親と同じ年齢で、大変な病気という点でも同じだったモハメド・アリが亡くなった、ということだった…



ランキングや拍手をクリックして応援していただけると、うれしいです。

  にほんブログ村 介護ブログ 若年性認知症へ
平成28年-夏
 | HOME | Next »