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2018/11/30.Fri

平成28~29年-冬-(3) 年賀状の裏面

 11月下旬の次の面会では、俺と母親が父親の部屋に入った時、父親はベッドで、ほぼ真横向きになっていて、口の端からヨダレが垂れてきていたので、俺は急いでティッシュで拭き取った。

 俺は、ついていたラジオを消して、面会中は、家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーを使い、演歌・歌謡曲番組を録画したDVDをかけた。

 母親が、家から持ってきたコロコロ(粘着クリーナー)を使って、できる範囲で父親の部屋を掃除して、また、今回も父親の衣類の入れ替えをした。

 俺は、家で作って拡大印刷してきた、今度の正月に父親を差出人として出す年賀状の裏面を、父親に見せながら、「今度の年賀状は、これで出すよ」と言った。

 もう何年もそうだが、このように見せても、特に父親に反応がある訳ではない。

 それでも俺は、父親らしい文面・デザインを考え、挨拶文は数年ごとに、イラストは毎年変えた上で、父親に見せて確認するべきだと思っている。

 俺は、父親の部屋の洗面台の、ハンドソープの中身が少なくなってきていたので、家から持ってきた(中身が入っているものと)交換した。


 その次の面会では、父親の部屋に、冬の間に使うであろう加湿器が置かれていた。

 父親はベッドで、褥瘡(じょくそう・床ずれ)予防のための(数個のクッションを使った)体位変換による、やや横向きの仰向けになっており、涙まじりの目ヤニが多く、口まわりが少し汚れており、また、少し口を開けたまま、痰が絡むような咳を時々した。

 部屋の棚の上の「看取りファイル」には、昨日から今朝にかけて2回ほど痰吸引されたことが書いてあった。

 常勤の介護スタッフさんと研修中の名札を付けたスタッフさんの2人が、俺と母親にお茶と丸椅子を持ってきてくれた。

 俺は、お湯で絞ったタオルで、父親の目ヤニを拭き取り、口にまわりも拭いてから、シェーバーのブラシでの手入れ、スポンジブラシ・歯ブラシ・コップ洗い、連絡用ホワイトボード記入などをした。

 やがて、父親は口を閉じで咳もおちつき、俺と母親は、父親に声をかけてから帰った。



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平成28~29年-冬
2018/11/28.Wed

平成28~29年-冬-(2) 訪問マッサージの回数

 11月下旬も俺と母親が、父親(75歳)が入居している特養(特別養護老人ホーム)の部屋に行くと…

 父親は、上半身部分を少し高くされたベッドで、相変わらず関節の拘縮や背骨の湾曲で縮こまった感じで、左右への傾きはほとんどない仰向けになっていて、目ヤニが多く、少し開きっぱなしの口から、時々小さなうめき声(?)を出した。

 父親が身につけているのは、全前開きタイプの長袖上着シャツ、その中も脱がせやすい・着させやすい下着シャツで、下はやや厚手のスエットパンツ、その中は紙オムツ+(男女兼用)尿取りパッドか布オムツ+オムツカバーのどちらかのはずだ。

 また、靴下を履いていて、それらの服の上に、毛布が胸から足に掛けられていて、布団は足下に置いてあるだけだったが、部屋のエアコン(暖房)のスイッチが入っておらず、ちょっと寒いので、母親が(毛布の上に)布団を父親の腹と足に掛けた。

 部屋の壁に掛かっているホワイトボードに書かれていることと、棚の上の痰吸引器のタンクからすると、父親は、この日の朝に痰吸引されたようだ。

 介護スタッフさんが俺と母親にお茶を持ってきてくれて、その際に俺はスタッフさんに、父親の小さなうめき声(?)のことを伝え、また、少しだけ部屋のエアコンを使わせてほしいと頼んだ。

 スタッフさんが退室した後、5分だけエアコンをつけたら、それなりに暖かくなった。

 俺は、お湯で絞ったタオルで父親の目ヤニを拭き取り、シェーバーを(ハンドソープを使って)水洗いをして、また、スポンジブラシ・歯ブラシ・コップ洗い、連絡用ホワイトボード記入などもした。


 その次の面会も午前中で、俺と母親が部屋に入った時の父親は、ベッドでの姿勢は前回と同じだったが、うめき声を出すことではなく痰が絡むような咳を時々していたことは、前回と違った。

 しばらくすると、父親の咳はおちついた。

 母親は、家から父親の冬物衣類を持ってきて、部屋の押入の中の衣装ケースにしまい、その分入りきらなくなった秋物を家へ持ち帰るために袋に入れた。

 介護スタッフさん2人が来室して、その二人がかりで父親をベッドからリクライニング車椅子に移して、服の上、肩・胸あたりにマフラーを、足にハーフケットを掛けてから退室した。

 (特養を含む介護)施設の少し寒いホールで、この後、地域ボランティアの人たちによる歌謡コンサートがあるので、家族で行ってほしいということだ。

 前から掛けただけのマフラーは、すぐにズリ落ちてしまうので、俺と母親は二人がかりで、マフラーを父親の後ろ(背中)から肩に掛けた。

 それから、俺が父親の車椅子を押して、その横で母親が見守りながらホールへ移動して、コンサートを聞いた。

 父親は眠ってしまったり、目を覚まして手を少し動かしたりした。

 コンサートが終わると昼近くになっていたので、俺と母親は、父親を特養の共同スペースの、父親が食事をする(スタッフさんに全介助で食べさせてもらう)場所に連れて行った。

 俺と母親は帰り際、施設の受付のところで特養の生活相談員さんから声をかけられた。

 家族が、関節の拘縮や背骨の湾曲などが改善されない父親のために、訪問マッサージを現在の週1回から、もう少し増やせないか相談していた件で…

 相談員さんによると、週2回にすることは可能かもしれないが、今の週1回でも身体に力を入れて嫌がったりすることなどから、増やしてもあまり効果がないのでは、とのことだった。



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平成28~29年-冬
2018/11/26.Mon

平成28~29年-冬-(1) 地震、雪、知事

 平成28年(2016年)の11月下旬に入ると、早朝に東北地方の太平洋沖を震源とする最大震度5弱の地震が発生し、東日本大震災以降最大の津波が観測され、50万を超える人々に避難勧告が出され、負傷者もいて…

 全てのテレビ局が特番・特別編成で伝え、俺(47歳)も母親(72歳)もそうだが、多くの人が東日本大震災の恐怖・つらい体験を思い出させられただろう(このブログ本編の舞台は… など参照)。

 その二日後、全国ニュースで、東京都心で史上初の「11月の初雪」があったことが伝えられた。

 俺の住む地域は(東京よりも)冷え込みが強くなり、時々、雪が降るようになった。


 母親は約2か月ぶりに美容室へ行き、いつものように俺は自家用車で送迎し、母親を待っている間は近くのスーパーの休憩スペースで、仕事のための勉強をしていた。

 母親は、高血圧などの内科の症状で処方されている薬が少なくなったので、かかりつけの内科医院を受診した。

 また、母親は約一年前のピロリ菌除去(平成27~28年-冬-(5) 参照)の経過観察的なことで、総合病院も受診した。


 俺は、皮膚の問題で処方されている薬が少なくなったので、皮膚科医院を受診した。

 診察の際、俺が医師に、足の指が赤くなってきたことを話すと、しもやけの症状がはっきりと出てきたとのことで、しもやけ・冷え対応で前回処方された薬(平成28年-秋-(8) 参照)でしっかり予防・対応するよう指示された。

 蕁麻疹(じんましん・アレルギー)の飲み薬や顔の肌荒れの塗り薬なども、継続ということで処方された。


 この時期の、俺の自律神経の不調は…

 不眠については、以前より眠れるようになった感じだが、疲れは取れず、食欲不振も相変わらずで、少量を食べただけで嫌になり、無理して食べると胃腸がおかしくなる。

 また、少し強めのストレスがかかっただけで身体が熱くなり、顔などが赤くなる…

 それでもなんとか、受験生を含む高校生2人・週2日に減ったが(平成28年-秋-(22) 参照)、個別指導塾講師・家庭教師の仕事を続けている。


 この時期、俺の住む県のニュースの中に、今度の県知事選挙では現職の再選が濃厚になった、というものがあった。

 この県知事は、公共のメディアや場でウソをついてきた団体との結びつきが強く(平成27年-夏-(16) 参照)、この人が再選するということは…

 この県内の、苦しくても困っていても正直に努力している認知症の人とその家族・支援者・介護者を巡る困難な状況が、続いていくことを意味している。



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平成28~29年-冬
2018/11/25.Sun

目次に追加しました-16

 “平成28年-秋”の本編記事を一通りUPし終えたので、「目次」に「平成28年-秋」を追加しました。

平成28年-秋  俺の不調、父親は少しずつ…
 俺は自律神経がおかしくなり、治療を受け始めました。
 父親に大きな問題はありませんでしたが、体重が減ってきている、
 もう歯ブラシでの歯磨きはしない、といった変化がありました。


 次回から「平成28~29年-冬」の記事をUPする予定です。

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 今後ともよろしくお願い致します。



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連絡
2018/11/23.Fri

最近のニュースについて

 平成30年(2018年)11月の最近の福祉・介護・認知症にかかわるニュースについて、私(このブログの作者oretomo)の感想や意見を述べさせていただきます。

(1)鹿児島の老人ホームで入居者が次々と亡くなった件

 介護の現場を知っている人には常識でしょうが、入居者の全員がそれなりに元気な人たちならまだしも、認知症・寝たきり・終末期の人たちが含まれている老人ホームで、正規の介護スタッフ無し・夜勤一人で対応するのは不可能です。

 また、介護の不足によって死んでしまう、少なくとも死のリスクが高くなるのは充分ありうることで、医療・看護はしっかりしていたのだから文句言われる筋合いはない、という代表者の発言もおかしいです。

 この施設の運営者側が批判・追求されるべきなのは、当然です。

 しかし、やはり、介護にかかわるウソ・疑惑・(主に芸能人や有名人の)感動話・(介護苦による無理心中などの)残酷な他人事、といったことがテレビや新聞で真っ先に・広く伝えられて…

 介護への理解・支援・サービス・給与が足りなくて、苦しくて困っていて、感動話になどなり得ないが、残酷な結果にならないよう正直に努力している多くの人たちの「現実」が無視・軽視されてきたことが、このような件が起きた原因の一つだと私は思います。

 逆に言えば、これまでに「現実」の方が真っ先に・広く伝えられ、そして「現実」に基づいた法律や制度づくり・改正がなされていれば、このような件は起きなかったかもしれません。


(2)国が外国人材を、特に介護分野で多く受け入れようとしている件

 こちらも、介護サービスの現場の「現実」が広く伝えられていれば、早急に進めることにはなっていないと思います。

 この件に限らず、現行の制度における「現実」や問題点をしっかり把握し、現行の制度において最大限の改善をして、それでも無理なら制度を変える・新しく作る、という順序を踏まないと、だいたい失敗します。

 このまま早急に外国人材を受け入れたら、様々な問題が発生し、その問題への対応は地方自治体、そして地方・地域の、介護はもちろん、それ以外の様々な働く現場にも押し付けられることになるでしょう。

 それを考えると、地方自治体の首長選挙などでは、早急に外国人材を受け入れようとする国政与党と慎重な国政野党が、地方議会の同じ党・会派を通して、それぞれ候補者を立てて外国人材のことも争点にして戦うのが当然だと思いますが…

 先日のニュースでは、外国人材の受け入れについての国会対立が伝えられた直後に、全国あちこちの首長選挙で与野党相乗りの候補が大差で勝利した、という話題が続きました。



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補足と意見-2
2018/11/21.Wed

平成28年-秋-(24) 忘年会についての返事

 11月中旬の次に面会した日、まず俺と母親は(特養を含む介護)施設の受付で特養の生活相談員さんに、施設のホールで来月に開催される特養の忘年会に家族が参加するかどうか聞かれていたことについて、バイキング形式の食事を…

 その中に「なめらか食」やミキサー食に近い品などがあっても、家族が(全介助で)父親に食べさせるのは誤嚥リスクが高いからできず、父親に食べさせられない状況で(隣で)家族が食べるという訳にはいかないので、家族は参加しない旨を伝えた。

 父親が特養スタッフさんに忘年会の会場へ連れて行ってもらうとしても、雰囲気を感じてもらうだけの短時間だろう。

 家族3人で出し物・余興どを見ていることは可能だが、料理を食べることがメインの忘年会の会場に、食べられない、食べない人が参加するというのは違和感があるし、寂しいと俺は思う…

 その後、俺と母親が父親の部屋に行くと、女性スタッフさんと男性スタッフさんがいて、二人がかりで父親をベッドからリクライニング車椅子に移し、ハーフケットを足にかけてから退室した。

 ほどなく施設のホールで、特養入居者参加型の歌イベントが始まるので、家族にホールへ連れて行ってほしいということだ。

 部屋はエアコンが止まっていても特に寒くはないが、ホールは少し寒いので、俺が父親の頭と肩を少し浮かして、その間に母親がマフラーを父親の後ろから肩にかけ、そして俺は静かに父親の頭をヘッドレストに、肩を背もたれにつけた。

 俺は手短に、父親のシェーバーのブラシでの手入れ、スポンジブラシ・歯ブラシ・コップ洗い、連絡用ホワイトボード記入などをした。

 俺が父親の車椅子を押して、母親がその横で見守りながらホールへ移動して、そのイベントに参加した。

 父親はおちついていたが、手や頭を動かすことがあった。

 精神科の医師が父親の近くに来て、ちょっと見るだけの「往診」があった。


 その次の面会では、父親は部屋の、上半身部分を少し高くされたベッドで、横への傾きがほとんどない仰向けになっていた。

 いつものように俺は、ついていたラジオを消して、部屋での面会中は、家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーで演歌・歌謡曲番組を録画したDVDをかけた。

 父親の手の爪の一部が尖っていたので、関節の拘縮で曲がったままの父親の指を可能な範囲で母親が伸ばして、その間に、老眼鏡をかけた俺が手早く、爪ヤスリで尖っていた部分だけ削った。



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平成28年-秋
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