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2018/12/30.Sun

平成28~29年-冬-(19) 訪問マッサージの変更

 1月中旬も俺と母親が、午前中に、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)の部屋に行くと…

 部屋の中のリクライニング車椅子が、元のものに戻っていた(平成28~29年-冬-(17) 参照)。

 父親は、上半身部分を少し高くされたベッドで、少し横向きの仰向けになっており、何か絡むような咳と、少し苦しそうな発声が時々あった。

 父親が身につけているのは、全前開きタイプで脇の下などにゆとりがある厚めの長袖シャツ、その中はゆとりのある半袖下着シャツ、下は厚めのスエットパンツで、その中は紙オムツと尿取りパッドのようだ。

 また、靴下を履いていて、それらの服の上に毛布が胸から足に、その上に布団が腹から足に、掛けられていた。

 窓際の棚に、父親の着替えやバスタオル・オムツなどがセットのように置かれていて、今日の午後に入浴があるようだ。

 生活相談員さんが来室して、俺と母親に、父親が訪問マッサージを嫌がるようになってきたので、実施するマッサージのメニュー・時間を減らし、できる範囲で、気持ちをほぐすことを心がけながらマッサージしていく方向に変えたい、という話があった。

 俺と母親は、咳や発声は少なくなった一方で、口を少し開けっ放しになった父親に声をかけてから、帰った。


 その次の面会では、父親は部屋の真っ平らな(上半身部が高くされていない)ベッドで、(体位変換による)やや横向きの仰向けになっており…

 目ヤニが多くてまつ毛にこびりついてしまっていて、鼻クソや鼻毛も目立ち、また、時々、小さな声を出したり少し体を動かしたりした。

 部屋のエアコンのスイッチは入っていて温風が出ており、小さなテーブルの上の加湿器も動いていた。

 俺は、ついていたラジオを消して、面会中は、家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーを使い、父親が好きだった歌謡曲や演歌を多く含む最近のテレビ番組を録画・ダビングしていたDVD-RWをかけた。

 初めて見る女性スタッフさんが、俺と母親にお茶を持ってきてくれた。

 俺は、そっと、できるだけ父親の鼻クソを取り、家から持ってきた専用シェーバーを使って鼻毛シェーブをしてから、お湯で絞ったタオルで目ヤニを拭き取り(全部は無理だったが)、そして、スポンジブラシ・歯ブラシ・指ガード・コップ洗いなどもした。

 母親が、家から持ってきた父親の新しい歯ブラシとデンタルリンス(平成28年-秋-(16) 参照)を、部屋の洗面台の、毛先のへたった歯ブラシ・残り少なくなっていたデンタルリンスと交換した。



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平成28~29年-冬
2018/12/28.Fri

平成28~29年-冬-(18) 仕事が週一日に

 平成29年(2017年)の1月中旬になると、俺の住む地域は極寒と言えるほど冷え込みが厳しくなり、真冬日が続くこともあった。

 雪は降り続けて高く積もり、俺は一日に2~3回も家の軒雪落としや雪かきを(しっかり腰サポーターをつけて)せざるを得なかったし、母親にもできる範囲で手伝ってもらわなければならなかった。


 俺は、蕁麻疹(じんましん・アレルギー)を抑える飲み薬、しもやけ・冷えを緩和する漢方薬といった、皮膚の問題で処方されている薬が少なくなったので、皮膚科医院を受診した。

 診察で医師から、それらの飲み薬と、これまでと同じ皮膚の塗り薬を処方されて、継続するよう指示された。


 父親が入居している特養から、父親の先月分の請求書と生活記録が届いた。

 12月の父親は、11月よりも痰などを吸引される回数が増えたことが、はっきりと生活記録でわかった。

 それ以外は、おちついて過ごしていたようだが…

 11月の歯科衛生士さんによる口腔ケアの記録も同封されていて、痰のことが多く書かれていた。


 俺は個別指導塾講師として一人の高校生に、家庭教師としてもう一人の高校生に英語を教えていたが、家庭教師の方の生徒さんは大学受験生で、とりあえずセンター試験までの指導ということになっていたので…

 センター試験後、俺の仕事の担当生徒は、個別指導塾講師として教えている高校生一人になり、担当する生徒さんを増やして仕事を続けるか、3月が期限の雇用契約を更新しない(仕事を実質的に辞める)かを、2月上旬までには決めなければならない。

 今の非常勤の仕事では有休や慶弔休暇など取れないし、仕事を増やして続けたら忙しくなり、授業日時の変更・振替も難しくなり、父親を看取ることとその後のことはしっかりできないだろうから、父親の最後が本当に近そうならば、更新しないという方に傾くが…

 父親の状態に大きな変化はないし、できるなら俺は働き続けたい。

 俺の腰痛・坐骨神経痛を考えると駅前の個人指導塾で勤務するのは厳しいし、事業所の方針にも合わないが(平成28年-秋-(5) 参照)、家庭教師メインならば、自律神経の不調はだいぶ改善されたので、今の事業所で働き続けられる目処が立った。

 だから、ほぼ家庭教師だけで(個別指導塾講師の方はできるだけ無くして)働けるなら雇用契約を更新したい、と個別指導塾・家庭教師派遣の事業所に伝えようと思っていたが…



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平成28~29年-冬
2018/12/26.Wed

平成28~29年-冬-(17) 新しいリクライニング車椅子?

 1月上旬の次の面会も午前中で、父親はベッドで横への傾きがやや強めの仰向けになっていて、時々、小さな咳をしたりガラガラする声を出したりした。

 介護スタッフさんが、俺と母親にお茶を持ってきてくれて、その際にスタッフさんから、ラジオの乾電池が切れたので予備として部屋に置かれていたもの(平成28年-秋-(23) 参照)と交換して…

 また、この日の朝食時に父親が激しくムセたので、10:00頃のコーヒーを飲ませなかった(安全のために避けた)が、もうおちついた、という話があった。

 この日は、(特養を含む介護)施設のホールで平成29年(2017年)初の、特養入居者参加型の歌イベントがあるので、女性スタッフさん2人が来室して、その二人がかりで父親をベッドからリクライニング車椅子に移した。

 その際に俺がスタッフさんに、部屋にある父親のリクライニング車椅子が数日前から新しい物になっているので、交換されたのか尋ねると…

 もともとのリクライニング車椅子を、入浴直後のオムツをつける前の尿失禁や、それ以外の座っている時にも多量の尿失禁で汚してしまうことが、最近の父親は多いそうだ。

 それを洗って乾かすことが連続しているから、別の車椅子を使い続けざるをえない状況になっており、介助やオムツの使い方を工夫して汚さないようにして、そのうちリクライニング車椅子を元に戻したい、とのことだった。

 ホールの歌イベントが始まる時刻を過ぎていたので、俺が父親の車椅子を押して、母親がその横について父親を見守りながら、3人でホールへ移動した。

 イベント中の父親は、全体的にはおちついていた。


 その次の面会では、俺と母親は家から、予備の新しいBOXティッシュとラジオ用乾電池を父親の部屋に持ってきた。

 父親はベッドで、やや横向きの仰向けになっており、ガラガラする咳や、ちょっとうなる、喘ぐような発声があった。

 ここしばらく俺と母親は、父親の少し苦しそうな姿を見ることが多く、良い反応や表情を見ていない気がする…



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平成28~29年-冬
2018/12/24.Mon

平成28~29年-冬-(16) 年始で休日体制の特養

 平成29年(2017年)の元日の10:00頃に俺と母親が、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)の部屋に行くと…

 父親は(上半身部を全く高くされていない)真っ平らなベッドで、横への傾きがほとんどない仰向けになっており、目ヤニが多く、(関節の拘縮で)ぎこちなく手を口のあたりに持っていったり、発声があったり、クシャミをしたりした。

 父親が身につけているのは、(厚くない秋物の)長袖上着シャツ、その中はゆとりのある半袖下着シャツ、下は厚めのパジャマで、その中は紙オムツ+(男女兼用)尿取りパッドか布オムツ+オムツカバーのどちらかのはずだ。

 上は日中の部屋着の上着シャツ、下はパジャマというのは、明らかにアンバランスだ。

 また、靴下を履いていて、それらの服の上に毛布が肩から足に、その上に布団が胸から足に、掛けられていた。

 母親が、いつもより早く朝のうちに家に届いた年賀状のうち、父親宛の分を家から持ってきて、父親に見せた。

 見せたからといって、特に反応はなかったが…

 介護スタッフさんが、俺と母親にお茶を持ってきてくれた。

 その際にスタッフさんは、今日の10:00頃の(トロミ付)コーヒーは、昼食の少し前、父親を(昼食のために)共同スペースに移動させてから飲ませる、という話をした。

 もともと人手不足の上に、年末年始の休日体制でさらにスタッフさんが少ないので、一人のスタッフさんがこの部屋で父親につきっきりで全介助でコーヒーを飲ませることは、できないのだろう。

 父親の上下の衣類のアンバランスも、人手不足の影響があると思われた。

 スタッフさんが退室した後、俺は、お湯で絞ったタオルを使って、父親の目ヤニを拭き取り、口まわりと手も拭いてから、シェーバーのブラシでの手入れ、スポンジブラシ・歯ブラシ洗いなどをした。


 1月上旬の次の面会では、ベッド上の父親は、厚めの長袖シャツと厚めのスエットパンツを身につけていた。

 部屋のエアコン(暖房)のスイッチは入っていて、室温が下がってくると温風が出てきて、だいぶ暖かくなると、温風が出なくなった。

 部屋の中の小さなテーブルの上で、加湿器が動いていた。

 箱根駅伝の復路中継がラジオから流れていたが、中継アナウンサーの興奮した声が父親には少し厳しくなってきていたようなので…

 俺はラジオを消して、面会中は家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーを使い、演歌・歌謡曲番組を録画したDVDをかけた。



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平成28~29年-冬
2018/12/23.Sun

平成28~29年-冬-(15) 休日夜間診療所

 平成29年(2017年)の元旦、俺の住む地域は、この時期この地域にしてはめずらしく、そんなに寒くなくて、ほとんど雪が積もっていなかった。

 その後、日を追うごとに冷え込んできて雪も積もるようになり、俺は、しっかり腰サポーターをつけて家まわりの雪かきをしなければならなかった。

 そのせいもあるだろう、俺の腰と太ももウラの痛みが強くなっている。


 三ヶ日の日中の俺は、例年通り、父親と面会していた(日の)時間以外は、父親宛に届いた年賀状の対応に追われた。

 その中から、父親の年賀状を(後出しで)送る人を母親と相談して選び、その分の年賀状をパソコンとプリンタで作り、届いた日の夕方までにポストに投函した。

 三ヶ日の間に、俺と母親は、母親の実家にだけ年始の挨拶に行った。


 三ヶ日が過ぎた後の1月上旬の週末の夜に、母親が家で急に強い腹痛を訴えたので、俺は自家用車を運転して、母親を休日夜間診療所に連れて行った。

 母親は、診察を受けて胃腸薬と痛み止めを処方され、その薬を院内処方ですぐに受け取り、その場で飲んだら…

 母親によると徐々に痛みは引いたそうで、家に帰って寝ることもできて、次の日にはおちついたが、母親が痛みを訴えていた間の俺は、ずっと心配していたこともあって、心身ともに疲れた。


 そのようなことがあっても、俺は一人の高校生に個別指導塾講師として、もう一人の高校生に家庭教師として英語を教える仕事を続けていたが…

 家庭教師の方の生徒さんはセンター試験直前ということで、その生徒さんも俺も、大きなプレッシャーを感じながらの授業だった。



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平成28~29年-冬
2018/12/21.Fri

平成28~29年-冬-(14) 平成28年(2016年)の年末

 12月下旬の次の面会で、父親は部屋のベッドにいて、鼻のキズはカサブタになっていた。

 母親が、家から持ってきたコロコロ(粘着クリーナー)を使って、父親の部屋を軽く掃除した。

 介護スタッフさんが、俺と母親にお茶を持ってきてくれた際に…

 今日はもうすぐ、(特養を含む介護)施設のホールで、地域ボランティアの人たちによる歌謡コンサートがあるのだが、デイサービス主催であることと、特養スタッフさんが(人手不足で)誰もホールにいられないことから…

 特養入居者については(何か起きた時の責任問題とかもあるのだろう)、一人で元気に・安全に聞いていられる人以外は参加を勧められない、という話があった。

 だいぶ前なら、特養スタッフさんがいなくても俺と母親がついていれば(家族3人で)参加できたが、今の父親は、俺と母親が対応できない状態になるリスクが以前より高いから…

 ホールにデイサービスのスタッフさんはいるはずだが、父親の現状をよく知る特養スタッフさんが一人もいないということなので、参加できなかった。


 その次の面会では、父親は部屋の(上半身部がわりと高めの)ベッドで、いつものように、褥瘡(じょくそう・床ずれ)予防のための体位変換による(さらに関節の拘縮に対応するために)複数のクッションを使った、やや横向きの仰向けになっていた。

 背中とマットレスの間に三角クッションが挟んであるだけでなく、太モモの間・ヒザ裏などにもクッションが挟まれている。

 いつものように、褥瘡予防マットレス(電動エアマットレス)のスイッチは入っていて、時折、大きめの音と共にマットレスが小さく波打った。

 父親は、発声や痰が絡むような咳があった。

 棚の上の「看取りファイル」の、前日のスタッフさんの記入欄に、午後に痰吸引したことが書いてあった。

 俺は、この年最後の、父親のシェーバーの水洗い(ハンドソープを使って)をした。


 その次の面会は、平成28年(2016年)の大晦日で、俺の弟とその家族も一緒だった。

 弟の子供(俺の父親と母親からすると孫)たちの顔を父親に見せることはできたが、小さい子が動き回り続けて、ほどなく帰りたいと言いだしたので、短時間でみんな帰ることになってしまった…



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平成28~29年-冬
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