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2018/03/22.Thu

平成27年-秋-(24) 嚥下内視鏡検査

 11月中旬に入り、父親の嚥下(えんげ)内視鏡検査の日に、俺と母親が病院に行くと…

 父親は病室のベッドで、少し横向きの仰向けで寝ていて、足がだいぶ窮屈に曲がっていた。

 入院によって特養でのリハビリや訪問マッサージが受けられなくなり、関節の拘縮がまた強くなってきたようだ。

 ベッドに「絶食」という札が掛けられているということは、前回の面会後から、ずっと点滴だけだったのかもしれない。

 目ヤニは多くないし、ベッド横の大きめのバケツの中に洗濯物がいっぱいあったから、昨日か今日の午前中に入浴があったと思われる。

 すぐに母親が、その多い洗濯物をゴミ袋ごとバケツから出して、大きな紙袋に入れて中身が見えないよう持ち帰れるようにして、俺が新しいゴミ袋をバケツにセットした。

 俺は、家で俺のシェーバーをハンドソープを使って水洗いし、シェーバーオイルをつけるなどしてから、この日に病院に持ってきて、父親のシェーバーを一時的に家に持ち帰って水洗いなどをしてくることにした。

 病院でもシェーバーのブラシでの掃除はできるが、特養と違い、ハンドソープを使って水洗いしたり、乾かしておいたりが難しいので、このような持ち帰る形にするしかなかった。


 嚥下内視鏡検査をする医師が、看護師二人と来室した(後で思ったのだが、看護師二人のうちの一人は言語聴覚士だったかもしれない)。

 この医師は、この総合病院の、飲み込み検査が必要な全ての入院患者の検査をしてきているそうだ。

 その医師は、父親の鼻の穴から内視鏡を入れて、モニターで父親の喉のあたりを見ながら看護師に指示を出し、看護師の一人は検査装置を操作して、もう一人はヨーグルト状の物、ジャム状の物、おかゆ、と父親に食べさせた。

 父親は少し苦しそうで、それを見ていた俺と母親は、つらかった。


 検査が終わり、その医師が俺と母親に結果を説明した内容は…

 ヨーグルトくらい以上のしっかりした物なら、飲み込む力は残っていて、アルツハイマー病になってだいぶ年数(確定診断から14年半、発症からは16年半以上)が経っているのに、これだけ飲み込み能力が残っているのは、信じられない。

 逆に言えば、ヨーグルト状より水っぽいものは無理で、唾液が気管に入りかかっているようにも見える。

 首が硬いことも、飲み込みを悪くしている大きな要因かもしれない。

 3~4週間かけて徐々に食事の量を増やしていって、それなりに食べられるようになれば特養に戻れるが、その間に高い発熱などあれば誤嚥性肺炎の可能性が高いので、2~3週間後にまた検査する予定だが、胃ろうになるだろう。


 そう言うと、医師は同室の他の患者のベッドに行き、同じような検査を始めた。

 俺は、検査した医師の「信じられない」という言葉に、違和感を覚えていた。

 父親本人と周囲の人たちが、できるだけ口から飲もう・食べよう、飲ませよう・食べさせようと努力してきたから、飲み込み能力が残っているのだ。

 個人差などはあるだろうが、いわば「努力に見合った結果」であって、父親以外の人にも充分にあり得ることだから、意外そうに「信じられない」と言われるのは、何か違う気がした。

 しかし、俺はあることに思い至り、違和感が寒気(さむけ)に変わった。

 この病院では、いや、この地域では、飲み込みの力が少し落ちただけで、まだ充分に口から飲んだり食べたりできても、早々に胃ろうなどの経管栄養にされてしまっているのではないか?

 経管栄養にすると、飲み込みという身体の機能を使わなくなる分、飲み込みの力はより早く衰えてしまう。

 だとすれば、父親のことを「信じられない」という言葉が理解しやすいし、この日の検査医師と、先日の父親の担当医師が「胃ろう」という言葉を複数回、軽く使っていたことと整合性が取れてもいる…

 父親と特養で同室だった、コミュニケーションが取れる等それなりにしっかりしているのに胃ろうで寝たきりの男性入居者や、脳梗塞で倒れてほどなく鼻からの経管栄養、そして胃ろうになってしまった母方の祖母のことにも、つながる気がした。


 次の記事に続きます…



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