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2018/04/20.Fri

平成27~28年-冬-(8) 退院

 父親が退院した日は雨が降り、肌寒かった。

 午前中に俺と母親が、父親が戻ってくる特養(特別養護老人ホーム)に行くと、介護スタッフさんに、入院前の二人部屋ではなく、同じブロックの個室に案内された。

 この個室は、二人部屋になる前の個室とは別である。

 俺は、父親が総合病院から戻ってきても、しばらくは特養と同じ施設のショートステイの部屋になることを覚悟していたが(平成27年-秋-(25) 参照)、特養の、しかも父親が入居していたブロックの個室が、少し前に空いたらしい。

 その部屋の入ると、棚の上には痰の吸引器があり、介護ベッドは、しっかりベッドメーキングされていた。

 俺と母親は、特養から一度引き取った父親の私物、衣類やコップなどを、その部屋の押入の中にしまったり、棚や洗面台に置いたりして、父親が戻ってきたら、すぐに以前のように生活できるようにした。

 昼少し前、施設の福祉車両で父親が病院から戻ってきて、俺と母親は玄関で、施設の看護師さんと一緒に父親を迎え入れた。

 父親は、寝たきりの人が使うようながっしりしたリクライニング車椅子に座っていて、顔は汚れており、防寒のために帽子を被らされていたからだろうか、髪がピタッとくっついてしまっていて、足は窮屈そうに曲がったままになっていたが…

 それでも、うれしそうな、ホッとしたような顔をした。

 やはり父親のいるべき場所は、あの総合病院ではなく、この特養なのだと俺と母親は思った。

 看護師さんが父親の車椅子を押して、俺と母親が病院から運ばれてきた荷物を持って、特養の共同スペースに移動した。

 俺は、この移動中に看護師さんに、父親の口腔ケアと訪問マッサージを早めに再開してほしいと頼んだが、医師の同意書が必要なので、すぐには難しいということだった。

 その看護師さんが共同スペースを離れた後、俺と母親は介護スタッフさんにことわって、昼食前のわずかな時間だったが、父親を車椅子に乗せたまま、新しい部屋へ連れて行った。

 久しぶりにポータブルDVDプレーヤーを使って、歌謡曲番組のDVDを父親に見せた。

 俺は、父親の汚れていた顔を、お湯で絞ったタオルで拭いた。

 父親の昼食に時間が近づいたので、俺と母親は、父親を共同スペースに移動させて、元気そうに声を出す父親に話しかけてから特養を離れた。

 帰りがけに施設の受付のところで俺は、特養の生活相談員さんから、俺の父親が「このまま看取りになるかも」と言われたが、父親が元気そうに声を出していたことを思うと、ピンとこなかった。


 その日の夜、特養の介護スタッフさんから家に電話があり、父親が食事の際に、なかなか口を開けてくれないので、注射器のようなものを使って食べ物を口の中に入れてよいか、という問い合わせだった。

 「本人が嫌がらず、施設の看護師さんなども、それで大丈夫と言っているのなら、かまいません」と俺は答えた。

 父親の夕食はどうだったか聞くと、ムセもうなり声も少なく、おかゆとジュースゼリーを8割くらい食べたそうだ。

 もっと多くの味と栄養のあるものを食べさせてほしいが、医師の指示で、おかゆとゼリー(平成27~28年-冬-(2) 参照)のままらしい…



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平成27~28年-冬