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2019/01/09.Wed

平成28~29年-冬-(24) 気づかれないように

 前回の面会と交通事故があった2日後、俺と母親は、父親が入居している特養(特別養護老人ホーム)の部屋に行った。

 俺も母親も、ずっと思っていることだが…

 父親は若年性アルツハイマーを発症してから、記憶力や理解力は落ちていったものの、感覚は鋭くなってきた。

 だから俺と母親は、父親の前で事故のことを話さないのはもちろん、できるかぎり、母親は痛む手足をかばわないように、俺は精神的・神経的にまいっていることを見せないように、ふるまった。

 父親は、上半身部も下半身部も少し高くされたベッドで、やや横向きの仰向けになっており、アゴ周りが少し汚れていた。

 父親が身につけているのは、全前開きタイプの厚めの長袖シャツ、その中はゆとりのある半袖下着シャツ、下は厚めのスエットパンツで、その中は紙オムツと尿取りパッドのようだ。

 また、靴下を履いていて、それらの服の上に毛布が胸から足に、その上に布団が腹から足に、掛けられていた。

 部屋のエアコンから温風が出ていたが、室温が少し高すぎるくらいになると、出なくなった。

 小さなテーブルの上で、加湿器が動いていた。

 俺は、ついていたラジオを消して、面会中は、家から持ってきたポータブルDVDプレーヤーを使い、演歌・歌謡曲番組を録画したDVDをかけた。

 介護スタッフさんが、俺と母親にお茶を持ってきてくれた。

 母親は、痛めた腕をひねらないように注意して(平成28~29年-冬-(22) 参照)、部屋の中にある父親のリクライニング車椅子の、ヘッドレストカバー(代わりの枕パッド)を交換した。

 俺は、お湯で絞ったタオルを使って、父親のアゴ周りを拭いた。


 1月下旬の次の面会では、俺と母親が父親の部屋に行くと、父親はベッドでイビキをかいて眠っていた。

 俺と母親が、棚の上の「看取りファイル」を読むと、ここ数日では、痰の吸引が1回あった他は、特に問題なかったようだ。

 父親が目を覚まし、しばらくすると、女性の看護スタッフさん2人が来室して、その二人がかりで父親をベッドからリクライニング車椅子に移し、服の上から肩のあたりにマフラーを、腹と足にハーフケットをかけてから退室した。

 この日は(特養を含む介護)施設のホールで、地域ボランティアの人たちによる歌・踊りのステージがあるとのことで、俺が父親の車椅子を押して、母親がその横について父親を見守りながら、3人でホールへ移動した。

 父親は、最初はおちついていたが、時々咳をするようになったので、ステージの途中だったが3人で特養に戻った。


 その次の面会でも、父親は部屋のベッドでイビキをかいて眠っていたが、前回より早く目を覚ました。

 いつものようにベッドの褥瘡(じょくそう・床ずれ)予防マットレス(電動エアマットレス)は、時々、少しずつ動いていた。

 女性の介護スタッフさん2人が来室して、その二人がかりで父親をベッドからリクライニング車椅子に移した。

 この日は施設のホールで特養入居者参加型の歌イベントがあるそうで、俺が父親の車椅子を押して、母親がその横について父親を見守りながら、3人でホールへ移動した。

 ホールで父親は徐々におちつかなくなったが、イベントが終わるまでホールにいられた。



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平成28~29年-冬