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2019/03/21.Thu

平成29年-春-(23) 弔電や手紙

 父親の葬儀の三日後から4月末にかけては…

 葬儀社の人が請求書を持って来宅して、俺は後日、といっても4月末までに、葬儀社への支払いを済ませた。

 俺は石材店へ行って、父親が亡くなったことによる墓誌刻みを依頼した。


 父親が亡くなった頃から俺の胃痛と自律神経の不調が更に悪化していたので、俺は、かかりつけの内科医院を受診したが、これまでと同じ薬・同じ飲み方で様子を見るように、と診察で医師から言われただけだった。

 俺は坐骨神経痛も強くなっているし、ひどい腰痛は、ちょっとましになったくらいか…


 この期間も、毎日1~2組ほど親戚や弔問客が来宅して、俺と母親が応対した。

 弔問客は、俺の弟の職場の人や、新聞のお悔やみ欄(平成29年-春-(21) 参照)を読んだと思われる父親と母親の古い知り合い、といった人たちで、父親を苦しませた・見捨てた連中、疑わしい人などは一人も来なかったので、俺は精神的に助かった。


 お悔やみ欄といえば、そこを読んだのだろう、父親が亡くなった翌日からこの期間にかけて、地元の国会議員・地方議員の数人から弔電や「お悔やみ」の手紙が届いたものの、俺の住む県では野党になっている政党・会派の議員からだけだ。

 公共のメディアや場でウソをついてきた認知症の家族会と関わりの深い県政与党側の議員からは一切届かないが、わかりやすいし、届いても腹が立つだけなので、かえってありがたかった。

 しかし、このように「お悔やみ」の違いはあっても、県政与党と野党は多くの面で馴れ合っており、野党が(知っているはずの)与党側の公共のメディアや場でのウソ及びそれによる地域への悪影響について…

 与党側を批判・追求するようなことは、これまでもなかったし、今後もないだろう。 


 4月末日に俺と母親は、墓誌の確認と納骨の下見を兼ねて、お墓掃除とお墓参りをした。

 父親が亡くなってから俺は、それにかかわること以外のことが見えていなかったようで、この日になって、俺の住む地域の平地のソメイヨシノがほとんど散っていたことに、ようやく気づいた…



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平成29年-春