FC2ブログ
2013/12/08.Sun

これまで、これから9-(1)

 父親は72歳の誕生日(平成25年-夏-(26) 参照)の時点で、認知症の専門医に「若年性アルツハイマー」と診断されてから約12年半が経ち、その診断時に「遅くとも2年前には発症していた」と言われたから、発症からは14年半以上になる。


 現在(平成25年夏の終り頃)の父親は、若年性認知症の人に個別対応してくれる部分もあるが、基本的には老人福祉施設、老年性認知症の人が多いところでお世話になっている。

 父親は、日常生活が全介助になって、だいぶ経つ。

 見たものも聞いたことも理解できなくなって、失語症状もあり、ほとんどコミュニケーションはとれない。

 入浴は、チェアー浴。
 排泄は、ほぼ常時失禁状態。

 骨格の湾曲、関節の拘縮、身体の硬化、筋力・体力・嚥下機能(飲み込み能力)低下などもあり、介護・介助をより大変なものにしている。

 しっかり、かつ慎重な手引き介助の歩行でも転倒のリスクが大きくなり、その距離・時間も短くなって、日中もほぼ車椅子かソファで過ごし、毎日の昼寝など、完全な車椅子生活や寝たきり生活も遠くないように思えてくる。

 しかし、スタッフさんたちは、俺の父親の自立度を維持するために最大限の努力をしてくれている。

 食事は父親が食べやすく、味わえて、咀嚼(食べ物を噛むこと)・嚥下機能も維持できる一口サイズに切ったり分けたりした上で、粘り強い全介助で食べさせてもらっている。

 リハビリや訪問マッサージ、行事参加なども、父親の受けられる・できる範囲でなるべく多くやってもらっている。

 ほぼ常時失禁状態でも、トイレに誘導してくれている。

 父親に時折、反応や笑顔が見られるのも、これらのおかげだろう。


 だから俺は、若年性認知症専門の支援を求める、作ろうと考える自分に矛盾を感じることもある。

 しかし、今の施設のようなところは、この地域には少なく、そこにお世話になる前の(高齢者向け)デイサービスだけや小規模多機能の事業所では、結果的に父親を受入れてもらえなくなったし…

 受入れてもらえなくなり、やむを得ず入院した精神病院では、「この地域には若年性認知症専門の施設が無いから、老年性認知症の人が多くいる施設に慣れてもらうため」という理由で老年性認知症病棟に長期入院することになり(平成21年-春-(16)-(17) 参照)…

 その結果、父親の身体機能がガクッと落ちて、その後の介護は非常に大変になった。

 今の俺のひどい椎間板ヘルニアや坐骨神経痛の要因は、父親の精神病院(再)退院後から特養に入居するまでの期間の身体介護が大変だったことが、一番大きい。

 主に、その自分の経験から、この地域で、他の若年性認知症の人とその家族に同じような苦しみを味わってほしくないと思った俺は、若年性認知症専門の支援を求めたり、求めるだけでは叶わないようなので作ろうとしたりしていた訳だが…

 俺は今、それをあきらめようとしている(平成25年-夏-(19) 参照)。

これまで、これから9